呪術総監部より通達。
一、加茂憲倫生存の事実を確認、渋谷事変の主犯格として死刑を宣告する。
二、与幸吉は呪詛師への情報の漏洩は認められたものの、情状酌量の点が有る事、渋谷事変にて多数の呪術師の
命を救った点を考慮し呪術界からの永久追放とする。なお、現状事態が未曽有の呪霊災害が発生しているた
め、追放は無期限延期と決定する。
三、虎杖悠仁の死刑執行猶予を取り消し、速やかな死刑の執行を決定する。
四、虎杖悠仁の死刑執行約として準一級術師与幸吉を任命する。
五、五条悟の封印開放は虎杖悠仁の死刑後と決定する。
「一体、どうなってるの幸吉が執行人って」
「総監部の命令に忠実かを見せるためだろう。とはいえ、これは禪院の当主殿が随分と手を回してくれたようだな」
首を傾げる桃に対して憲紀はある程度、事態を飲み込めているのだろう。得心が言ったと頷いていた。
「本来の基準ならば幸吉の死罪は免れない。だが御三家当主の命を救ったことと、死んでいたはずの加茂憲倫が生きていたとなれば、それも大きく変わる」
「どういうこと?」
「禪院は幸吉の功績を謳うだろう。我が加茂家は本来ならどんな理由が有ろうが呪詛師に手を貸したとあらば糾弾する。だが禪院が幸吉を糾弾しない代わりに加茂憲倫について深く追求しないと持ち掛ければ強くは出れまい」
御三家の汚点、加茂憲倫の生存の隠匿と呪術テロの画策。加茂家の陰謀と疑われれば御三家からの追放、お家断絶はおろか一族全体が呪詛師と認定されても不思議ではない。
知らん存ぜぬと突っぱねるにしても、現地にいた特級術師一名と禪院当主の証言はあまりにも重い。更に同じ読みの次代当主、加茂憲紀の存在も無視できない。御三家の汚点と言っておきながら相伝の術式を持つ嫡男(表向き)に忌み名と同じ韻を踏ませるのは加茂憲倫を信奉していると難癖を付けられておかしくはない。
故に何が飛び出すか自分達も分からぬ腹を探られることを避けたい加茂家は禪院家の助け舟に乗らざるを得ないのだ。
「そして五条悟がワンマンの五条家が当主不在で他の二家が死罪を反対する幸吉の死刑を訴えて睨まれるのは避けたいはずだ」
五条家は現代最強と名高い五条悟が内外問わず好き勝手しているだけに、五条悟の封印の機に溜まり切った不満を爆発させたくないので消極的な態度しか取れないのは明白だった。
「あぁ~なるほどねぇ」
「へぇ、政治は分かりませんが幸吉はとりあえず死刑は無しってことですか」
「そういうことだ」
桃と霞が喜び合う中、憲紀も喜色を覚えながら自身が説明した内容を反芻していた。
(概ね私の予想通りだと思うが、面倒だから二人には説明しなかったが総監部からの通達に加茂家への制裁がなかったのも禪院のご当主の力添えだろう。御三家から追及が無くとも総監部から突き上げられてる可能性があっただろうが、そこにも手を回していたのだろうな)
呪術界を席巻する御三家だが、その意向が全て総監部へと通るわけではない。他の二家の妨害や、その他の有力な家が束になれば揺らぐこともある。故に自分たちの派閥の家を増やし、意向を通りやすくするように日夜画策しているのだ。
(……だが何故、次代当主の私に何の連絡もないのだ?)
相伝の術式を継承した為、庶子だったことを隠し、密かに嫡男と取り換えられた経緯を持つ憲紀。故に子を奪われた母が腹いせに忌み名と同じ韻の名を付けられたのだが、それでも相伝持ちの次代当主として文句の無い待遇を与えられていた。にも拘わらず、最前線に居たはずの憲紀に本家連中からの聞き取りすら無いというのは聊か、不自然さがある。
「憲紀?」
桃が訝しむ声にはっと憲紀は顔を上げた。
「いや、何でもない。休憩は終わりだ東堂達と交代しよう」
憲紀は軽く頭を振るうと救助活動の続きを再開するのだった。
「せめて、電気が通っていればな……」
ショッピングモール内を歩きながら小さく幸吉は溜息を吐いた。
傀儡操術。自らが作った傀儡を操るこの術は古代、近代、現代と徐々にアップデートされ今では人形のみならず手ずから作ったロボットすらも操れるという現代ならではの恩恵を受けた術式である。
それに加え幸吉と契約するネクロノミコン機械語翻訳加筆版であるリトル・エイダは機械との相性に抜群に優れた魔導書でありあらゆるコンピュータを操る事が出来る。
この二つが合わさることで任意または周囲のコンピュータを制御下に置くことが出来るという現代戦にて無双必至の能力を幸吉は手にしていた。のだが。
とはいえ、それはあくまで電気が生きていればの話である。スマートフォンや携帯機器が手元に有るものは苦も無く見付けることが出来たが、テロから十時間以上経てば徐々に充電は切れていく。
物理的に送電線や変圧器が破壊された箇所も多く、監視カメラも多くが機能していない中、幸吉とリトル・エイダの能力を活かす場面は少なくなっていった。
「アアア……ア゛ア゛!!」
だが、幸吉の仕事がないわけではない。まだまだ人海戦術は必要であるし、それよりも羂索が渋谷に放った数多の呪霊を払うのに準一級術師の力は大いに役に立つ。
横合いから飛び出してきたキャンピングカー程もある呪霊をするりと幸吉は避けるといつの間にか右腕に握られたバルザイの偃月刀を振り抜いた。
まるで素振りをするかのような軽さで振るわれたそれは、呪霊をあっさりと両断する。
「ァアアァ……っ」
両断されて数瞬後、ようやく自らの顛末を悟ったのか呪霊はか細い声を上げて消滅していく。後には僅かばかりの痕跡すらも残らない。
「それ、どうなってるの?傀儡操術ってそんな事、出来るの?」
上空から索敵を行っていた桃がふわりと地面に下りながら問いかけた。ビームや電気、通信と割と汎用性が高い傀儡操術だが、物体の生成というのは聊か以上に術式が逸脱していると感じたのだ。
「厳密には違う、通信の応用だ。別の場所に用意しておいたものを電気信号に変換して、こちらに呼び寄せているだけだ。分かりにくければ3Dプリンターを思い浮かべればいい」
無論、完全な嘘である。魔力で一々作成しているのだが、そんな事を馬鹿正直には言えないので幸吉は予め用意してた嘘を平然と話し始めた。
「そんな事、出来るんだ。じゃあこの前の冷気とかは?」
「一度、ほぼ死んだせいか術式の解釈が再定義されたみたいでな。機械の持つ機能を増幅させる事が出来るようになったという感じだ。あの冷気はフリーザーを極限まで強化したんだ。ヒーターなら熱波、サーキュレーターなら暴風なんかも可能だろう」
「じゃあ、あの反転術式みたいな治癒は……」
「あれも術式の解釈だ。タイムマシンの理論だよ。とはいっても俺自身をまるごと未来や過去に送れるってのは無理だがな。知っているか?素粒子の一部は過去現在の区別なく存在していて日常的にタイムトラベルしているってのが提唱されているんだ。とはいえ、未来なんてのは俺を含め誰一人正確に想像できない。でも過去なら物体自体が覚えているから、そこから再生が可能なんだ。つまり怪我人が覚えている無傷な自分の過去を引っ張ってくるっていうのが近いかもな。そもそも……」
「あ、あぁ、もういい、もういいから……」
べらべらと喋るキャラではないからこそ、敢えて饒舌に話すことで桃の機先を制し幸吉は深く追及されのを防ぐ。ちなみに素粒子うんぬんの話は本当でありリトル・エイダがこっそりテレパシーで情報を伝えていたりする。
この世の裏側を歩く呪術師だが、理の裏側まで知る必要は無いのだ。無知は無防備だが、かの邪神達はそんな小さな知を足掛かりに手ぐすねを引いているのだ。
幸吉の住む世界はかつて大十字九郎達が居た世界と遠く遠く離れており邪神の気配は皆無だが、存在しないとは絶対に言い切れない。感性が人並み外れた芸術家達が突如として悍ましき理に触れ狂い死という例も古から少なからず存在している。悍ましき知を無駄に知る必要はない。
№イ§ルラЖホテプの残滓が何処にあるかも知れぬのだ。用心に越したことはない。
「で、本当に虎杖君、殺しに行くの?」
桃は真剣な表情を浮かべてそう問うた。
かつては宿儺の器と呼んでいた虎杖を名前で呼ぶのは多少なりとも友諠を結んだからだ。交流戦とそこの場で起こった事件、渋谷事変。呪物の入れ物と断ずるには虎杖の性格は善人過ぎた。
とはいえ、桃は虎杖の死刑に関しては賛成派だ。虎杖の人柄を知り渋谷事変が起こる前なら宿儺を抑え込めていたので指を全て取り込むまでは死刑を延期するというのも許容できたが、渋谷の凄まじい惨状は桃に恐怖を植え付けた。なにせ現場にいたのだ。何処かでボタンの掛け違えが有れば自分が、仲間が死んでいたかもしれない。
それでも、五条が封印されていなければ全責任を負ってくれたであろうが、その五条は封印された上に封印した呪具の所在も不明、下手人の所在も不明の上に、その解除方法さえも不明。不明不明の役満なのだ。日本という国家機能すらも危ぶまれるこの状況で両面宿儺という爆弾を抱えた虎杖は日本壊滅の一手となりかねない。
「あぁ、禪院家当主が手を尽くしてくれたんだ。無下には出来ない」
そして、幸吉は虎杖の死刑執行人に任命されている。
五条への嫌がらせに五条復活を餌に改革派に虎杖の死刑を行わせるという悪辣な案も有ったが、虎杖の死を隠蔽されるのも面倒であり、それに五条復活後の軋轢が生まれるのは自明の理である。それならば死刑肯定派で速やかに虎杖を葬る方が良い。その中で幸吉が選ばれたのは偏に禪院直毘人の推薦である。
本人曰く。
死刑はなんとか回避した。後は試練とのことらしい。
「んー眞依ちゃんが言ってた通りの性格……」
「俺の永久追放の撤廃の為の功績作りにしろって事だと思う。むしろ聞いてた話よりは大分話せる人だったぞ」
「へぇ~意外かも」
桃はあまり信用してないのか胡乱げな表情を浮かべる。選民思想の具現化の様な一族と認識している禪院家しかもその当主が話せる人物というのを意外だったのだろう。
正直、幸吉自身は乗り気ではない。死刑自体は賛成寄りだが、それでも自分の手でなると尻込みしてしまう。卑怯者の偽善者じみた考えに幸吉は自己嫌悪を抱いていた。
虎杖と対峙するため幸吉は単身、都内を歩き回っていた。優れた術式、そしてリトル・エイダのサポートも停電の中では効力が薄く、虎杖の残穢を探し回るためだ。
「てっきり一人だと思ったが、脹相も一緒とは意外だな」
死刑の通達を知らないのか破壊音を聞きつけやって来た幸吉は只ならぬ雰囲気を出し合う男たちを見て呟いた。
一人目、虎杖悠仁。幸吉の目標であり、両面宿儺をその身に宿す少年。
二人目、脹相。羂索と手を組む特級呪霊達の仲間。特級呪物、呪胎九相図の受肉体。
そして……。
「先に言っとくけど、俺は味方や、そっちは幸吉君やっけ?」
「あぁ……あんたは?」
「禪院直哉、真依ちゃんのいとこや。君と同じで虎杖君殺せって言われとる。まぁお目付け役って奴や。俺じゃなくても良かったんやけど、まぁ当主サマを治してくれたお礼も言わへんとって思ってなぁ」
「……なるほど、まぁ分かりました」
禪院と聞いて幸吉は口調を改める。そしてお目付け役が来た事には得心していた。そもそも一度死んだとされたはずの虎杖は五条は蘇生したことを隠匿していたという事実がある。今度こそ完璧なる死刑執行が望まれる。監視役が来るのは当然の事だった。
とはいえ、その監視役が次代禪院家当主候補筆頭というのは与幸吉の後ろに禪院家が居ると見せる為でもある。
「確かメカ丸?……」
「そっちでも良いが、与幸吉だ。俺の本名はな。まぁ、別に覚えなくてもいい」
「悠仁!!」
脹相が構えると同時に幸吉から異質な呪力が立ち上がる。想像以上の呪力量に二人は気圧されるが、それは大きな隙だった。
「バルザイの偃月刀!!」
虚空に光る軌跡が刻まれるや否や幸吉は右手に生み出した異形の剣を虎杖へと振り下ろす。
咄嗟の事態にバルザイの偃月刀と幸吉の表情を見比べることしか出来ない虎杖に訪れる未来は真っ二つ、しかなかったが、ひょんなことから同行していた脹相が虎杖の命を救った。
「悠仁、呆けるな!」
「うぉっ!?」
言葉とともにいつの間にか、生み出した多量の血液にて脹相は虎杖を突き飛ばす。
「赤血操術か……」
べったりと刀身にこびり付いた血を見つめると、幸吉はバルザイの偃月刀を霧散させた。そして、代わりとばかりに新たな魔剣を再度、生み出した。バルザイの偃月刀は魔剣を召喚する魔術に非ず、正確にはバルザイの偃月刀作成の記述という魔術であり、術者の魔力が尽きぬ限り何度でも何本でも何十本でも生み出せる魔術なのだ。
「ふん!」
幸吉が振りかぶると魔剣を勢い良く虎杖へと投げつけた。如何なる力が加わったのか、魔剣は凄まじい勢いで回転する。その様子はまるで回転ノコギリ。
「うぉおおおおお!!?」
性格からか真正面からぶつかりがちな虎杖は放られたバルザイの偃月刀を白羽取りでカッコ良く取ろうと目論んでいたが、殺意をこれでもかと込めれた様子に早々に諦めるも、ギリギリで魔剣を回避する。
「殺意高すぎんだろ…って、はぁあああ!?」
切り裂かれた空気で髪を揺らした虎杖がチラリと後方に目を向ければ、まるでバターの様に大型トラックを両断するバルザイの偃月刀の姿が目に入る。いや……それどころか。
「おいおい、嘘だろ」
トラックを素通りするように切り裂いたバルザイの偃月刀はそのまま、ビル街に乱立するビルの一棟に進むと、これまた何事もなくビルを通り抜けていく。
「いやいや、いくら何でもめちゃくちゃすぎんだろ!!」
そして、何を思ったのかそのままブーメランよろしく、再び虎杖へと戻りだしたのだ。そして、その最中に通り抜けたビルの切り損ねた柱をついでに切り裂いたのか、ビルは轟音とともに傾きだした。
「騒ぎすぎだ」
「がぁ!!」
激しいリアクションを繰り広げる虎杖に対し、冷めた口調で幸吉は虎杖に拳を振るう。バルザイの偃月刀ばかりに気を取られていた虎杖は腹部にモロに拳を受けて呻いた。
「うっ!こんちくしょぉ!!」
「ぐっ!?」
しかし、殴れながらも虎杖は呻くだけで幸吉の両手を掴むとそのまま、体当たりを敢行する。踏ん張ろうと力を入れる幸吉であったが、虎杖のフィジカルは呪術師になったばかりの頃でさえも並みの呪術師に劣らぬ程に優れていた。それが、数々の訓練と実践を経て今や脹相が鬼神と称するまでに昇華されている。呪力はあっても肉体を使った戦闘に慣れていない幸吉で分が悪すぎた。
「ちっ離れろ!!」
「へ、やなこった!おらっ!!」
「馬鹿が」
慣れぬ接近戦を呪力を高めることで乗り切る幸吉に対して剛力、剛腕を更に呪力で底上げする虎杖。骨まで響く攻撃の乱打に幸吉は呻き声を挙げるが、幾つか捌けぬ拳を受けた後ににやりと笑う。
「っ!!?」
視界の端で怪しく光る何かに虎杖の体が無意識に上半身を仰け反らせた。
瞬間、虎杖の右半身に赤い一本の軌跡が縦に走った。目の真下、頬まで伸びたそれは赤の筋肉と白い脂肪を覗かせ、次の間には赤い飛沫を当たりへと撒き散らした。
「浅かったか」
そう笑う幸吉の左手には妖刀よろしくの気配を振りまくサバイナルナイフが握られていた。
「な、んだよ、それ……?」
思わぬ負傷に虎杖は動揺する。これが切られる、殴られると分かってさえいれば、即座に反撃する気概を持っているが、意識もしていなかった一撃は虎杖の精神を肉体以上に傷つけていた。
そして、そのサバイナルナイフの皮を被った異様な刃。それの余りの切れ味も虎杖を驚愕させていた。布と肉、そして骨の一部。それをナイフ程度の重量で下から切り上げるという体重を乗せられない切り方で一息に切り裂いたのだ。まともな武器ではありえない。
「さぁな、だが」
ふっと幸吉の左手に握られていたナイフが掻き消える。そして右手に小さな魔方陣が浮かんだと思えば先のナイフよりも更に小型なナイフが生み出されていた。大きさこそ違うが、その意匠は虎杖を切り裂いたナイフと同じ……否。
「さっきのデカい剣と同じ?」
「さぁな」
バルザイの偃月刀、それはバルザイの偃月刀作成に関する記述が正確な魔術の名であるが、実は明確な姿、形、大きさはそこには記されてはない。大雑把にこういうものだと記されているだけであり、幸吉が良く作製するものは偉大なる旧神が好んで使っていた物をそのまま作成していたに過ぎない。いざとなれば一寸法師の針の様にも巨神が振るうに値する巨剣にも魔力次第に作れるのだ。
さらにいえば、彼が好んで使っていた形状は数多の邪神を滅ぼしたという因果が刻まれた結果、闇雲に作るよりも加護が込められていたりする。
「呆けている暇は無いぞ」
「く、くそぉ!!」
狼狽える虎杖に幸吉は右手にもナイフを生み出すと攻撃のスピードを一段階上げる。両手別々に武器を振るうのは卓越した技術が必要であり、幸吉にはそんなスキルは無いが、金属すら容易く切り裂く凶器が自らに振るわれるという恐怖は虎杖の体に要らぬ硬直を生み、動作を鈍らせていた。
数舜、数秒、数合ごとに勝負の天秤は幸吉へと確実に傾いていった。
「悠仁!!」
「いかせへんよ」
「どけっ!」
禪院直哉と交戦していた腫相は悠仁の不利を見るや、なりふり構わずに悠仁に加勢しようと駆け出すが、それは眼前を塞ぐ直哉に阻まれる。
これ以上に無いほどの隙と焦りを見せた腫相に攻撃を加えなかったのは禪院家次期当主筆頭としての、そして生来の傲慢さからの驕りである。
「相方、心配している場合ちゃうで?」
「がっ!」
直哉を振り切ろうと再度走り出した腫相の目の前に再び現れると、直哉は無防備なその腹に右拳をめり込ませた。体内が軋む音を聞きながら腫相は体をくの字に折り曲げた。
しかし、腫相も特級の呪物の受肉体であり術師としても一級並みの上澄みだ。それに虎杖とも近接戦が出来るフィジカルも持ち合わせている。
「ふっ!!」
「そこから反撃出来んのかい、思たよりも出来るんやなぁ自分……でも遅すぎるわ」
「うっ!っ!」
凄まじい速さで繰り出される連撃の嵐、タイミングも呼吸もを無視した攻撃は通常の物理法則からは逸脱した妙技だった。
(まただ、この不可解な速さ動き、なんらかの術式かっ!)
ポテンシャルは有るが、生まれてすぐに封印の憂き目にあった腫相には実践という経験が乏しい。それでもなんとか食らいつこうとするが、禪院家でも選りすぐりの術者である直哉には届かない。
「しかし、自分なんなんや?そいつは加茂家の相伝、赤血操術や。でも加茂家に自分みたいな顔の奴なんて見たことないで?」
赤血操術は御三家加茂家の相伝。しかも今代は加茂のりとし以外では受け継いでおらず、それ故に内情はどうあれ次代当主の選定はスムーズだったと聞く。そんな中で見たことも聞いたこともない男が赤血操術を使っている。しかも、戦いの経験はそこまでだが、術式への造詣、理解は相当だ。穿血どころか身体強化、防御を淀みなく使う様は本家と遜色ない。
「さあな、あいにく俺もロクな育ちじゃないんでな」
「ふぅん、無口なんやな。もっとおしゃべりしようや」
「黙れ!!」
悠仁の援護に回りたい腫相に対して直哉は別に何が何でも腫相を倒そうという気はない。高専生で反転術式染みた回復持ち、術式も現代では利便性が計り知れない。顔見せと多少縁を繋いでおけば後々、便利だと来た程度だ。
「っ!!」
「おっと!?」
腫相は時間が惜しいとばかりに距離を取ると両手を合わせる。穿血、赤血操術の奥義である。
既に直哉には見せていたが、何度目かの衝突で直哉が遠距離の攻撃手段を持っていないと判断したからだ。しかし、遠距離攻撃がないからこそ、常に警戒しているのか、易々とそれは避けられた。
「穿血は確かに侮れんけど、百斂が絶対必要や。避けるのはそんなに難しゅうない」
「ちっ」
ビームよろしく帯状に離れた穿血を直哉が居る方向に振るう腫相。腫相の動きに合わせ穿血はコンクリート壁をガリガリと削り直哉に迫る。
「っ!」
(しかし穿血の練度は相当なもんや……それに妙やあんだけ血、出しといてピンピンしよる)
赤血操術は身体強化、五感の強化、遠中近と距離を選ばない戦いが出来る。しかも血は自らを離れても操れ、矢の誘導も可能であり、なんなら血を硬化させた防御や体温の維持も可能という凄まじい応用力を秘めている。しかし、血を使えば使うほど体内の血は減少してしまうので失血死というデメリットも存在する。なので外部に血を保存して置くなどの対策が有るのだが、それにしても直哉から見て腫相が使用した血液量は少々多すぎる。
「どないなっとんねん」
異常なその状態に不要に攻めるのではなく見に回ろうとしたその瞬間、それは起こった。
「悪いがこれで終わりだ。せめて、恨んでくれ
爆音とともにビルの壁面に叩きつけられた虎杖に極太のビームが降り注ぐ。無表情にしかし、やや眉を顰めながら幸吉は棺桶型の砲塔を力強く握り、これでもかと魔力を込めていた。そしてディグ・ミー・ノーグレイブは幸吉の魔力を受け、嘆くような音と共に出力を上げていく。空間が軋むような音が辺りに響く。
やがて、ガラスが割れるような透き通る音が辺りに響き、パラパラとガラスが辺りに降り注ぐ。
数舜前まで虎杖が居たそこには乗用車が優に通れそうなほどの大穴が開いていた。ジュウジュウと未だに熱を放ち、ビールの向こうどころか、その更に向こうのビルまで貫通するような穴には虎杖が居た痕跡は僅かたりとも残っていなかった。
「う、う……貴様っ!!よくも悠仁を!!」
瞳をフルフルと震わせ、敵とばかりに腫相は目の前の直哉を無視して幸吉へと殴り掛かった。
「ぐぼぉお!!?」
しかし、そんな見え見えの攻撃はリトル・エイダに防がれた。無人のトラックを遠隔で操り横合いから腫相を吹き飛ばしたのだ。まるでじゃなくても交通事故の様に腫相は数メートル吹き飛び動かなくなる。
「こわぁ……自分、可愛い顔してえげつない事するんやな」
「回答、一番近い車両がアレだっただけ」
半ば獲物を奪われた形になった直哉だが、腫相のあんまりな顛末に興味を失ったのか、はたまたリトル・エイダの所業にドン引きしたのかこれ以上、腫相に手を出すつもりは無いようだった。
「始末するか?」
「別にええ、金も出ぇへんし。余計な仕事はするつもりないで。……はぁ~これが噂のエイダちゃんか、こんな式神があるんやなぁ」
「……」
ニヤニヤと自分とエイダを見比べる直哉に嫌な予感がするも藪蛇になるので幸吉は口を閉ざす。
「握手とか出来るんか?」
「?……この行為の意味は?」
「体温有るんや……」
「無論、仕様。何か?」
「うーん、……いや、なんでもないわ」
そのまま、直哉は何事かをリトル・エイダと話す。ある程度は笑いつつも所々でドン引きするような表情を直哉は浮かべ、そしてはっとした表情で幸吉に顔ごと視線を移す。
「そや、これって幸吉君がいちいち操作しているわけじゃないよな」
「え、えぇ。完全に自立してリトル・エイダの意志で喋ってますよ」
「リトル?……いや何でもないわ。ま、要済んだし、失礼するわ。あっちの奴は好きにして良えで」
「分かりました」
そう言うと直哉はてくてくと歩き去っていく。迎えや車が常ならば有るが信号が機能しておらず、放置車両が多く贅沢は言えない。
赤血操術の良く分からない相手をしたことを直哉は既にほとんど忘れていた。
術式が術式でそれなりにアニメを見ることも有る直哉からしたら幸吉のパワードスーツを見れなかったのは少々残念と感じていた。次に会ったら見せてもらおう、そんな事を思いながら帰途を進む。
それにしても、あの二次元から飛び出してきた様な幸吉の式神、幸吉がロールプレイしているのではなく、自立思考を有するということに直哉は驚愕していた。
「人の心あるんや」
そんな事を知らずに直哉は呟いていた。
直哉が若干キャラ崩壊ですが、それ以外はクズで禪院家なのでご安心ください(?)