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真央地下大監獄から脱獄した囚人を追い、十一番隊隊長──鬼厳城剣八は流魂街へと足を踏み入れた。山本重國より発せられた『可能な限り生きたまま捕えよ』との指示を破り、最後の脱獄囚を屠ったところで、その影にある男がいたことに気付く。
人の姿をした獣が棲むその荒野の名は、流魂街北八十区──更木。最も深い闇の底であり、『力』によって全てが決まる、理屈など通用しない世界。
斬魄刀を振り下ろした瞬間に鬼厳城は理解する。『剣八』の称号はこの男のためにあったのだと──……。
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更木剣八がいかにして十一代目剣八を襲名したのかについてと、更木が初めて卯ノ花と邂逅した日の記憶の妄想。

原作 59巻
526.The Battle
527.Eliminate From Heaven
アニメ 千年血戦篇
エピソード10 THE BATTLE
辺りを見ながら読んでもらえるといいかも。

【注意書き】
・元々違う長編の章のひとつとして書いた話なので、ちぐはぐな部分は見逃してください。


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最愛の敵と地の底で

 

 尸魂界 流魂街 北八十区 更木 

 

 霊子さえ乏しい枯れ果てた荒野に鋸草(のこぎりそう)(なび)く。

「チッ……無駄な仕事増やしやがって……」

 『まァ朝っぱらから人を斬る、ってのも案外悪かねえな』瀞霊廷を抜け、流魂街まで逃げ延びた脱獄囚の胸に咲いた仄かな希望は、力のままに振り下ろされた斬魄刀によって見るも無惨に打ち砕かれた。

 十一番隊隊長並びに十代目剣八──鬼厳城(きがんじょう)剣八(けんぱち)の前に立ち塞がる者は、もう誰一人としていない。狩りを終えた獣は首を鳴らしながら、気怠げな声を上げている。

 瀞霊廷から流魂街の外れにある荒野まで続く脱獄囚たちの血液で彩られた赤い(わだち)は、さながら生と死の境界線のようであった。

 護廷十三隊最強と謳われる『戦闘専門部隊』を束ねるに相応しい実力を持った者のみに与えられる『剣八(・・)』の称号が持つ意味──。

 

 〝幾度斬り殺されても絶対に倒れない〟

 

 そのことを知らしめるかのように、暴力によって引かれた血の轍(境界線)が空へと死臭を(くゆ)らせる。

 

 隊首会への度重なる欠席を山本元柳斎から咎められ、此度の緊急招集に応じた鬼厳城であったが、裏廷隊(りていたい)からの報告を共有している段階で、任務遂行の責任感よりも億劫さが(まさ)ってしまい、山本から言い渡された当初の配備予定地を強引にねじ曲げ、山本の監視の目が届かない郛外区(流魂街)警邏(けいら)する運びとなった。

 無論山本もその事には勘付いてはいたが、只でさえ既に大きく遅れをとっている火急の事態に、鬼厳城程度と言い争って浪費する時間の余裕などなく、それに加えて、自身の意見を聞き入れられないことに拗ね、任務を完全放棄する可能性を排除するため、願いを聞き入れるという選択肢を選ばざるをえなかった。

「鬼厳城隊長。総隊長殿に北流魂街の郎党制圧の報告をしなくても()──……」

「五月蝿えな……。んなこたあいちいち言われなくても分かってンだよ。コレ(・・)のついでにてめえも死ぬか?あァ?」

 他隊の同期から『制圧の旨は逐次報告すべし』との情報を聞いていた第四席──軛屋(くびきや)四戎郎(しじゅうろう)から差し込まれた忠告(窺い)に対して向けられたのは腹の底に響くような低い声と静かな怒気。(とき)に中央四十室の裁定さえ退かせる傍若無人な振る舞いが牙を向く。

「……っといけねえ。勢い余って殺しちまったじゃねえか。どうも口より先に手が出ちまうらしい」

 『仕事熱心(・・・・)ってのも考えモンだな』穿たれた大地と裂けた肉に嗤い声が降り注ぐ。

 第四席とはいえ『戦闘専門部隊』の上位席官であり、単純な膂力だけで言えば他隊の副隊長らと比較しても決して劣っているわけではなかった。しかし、有無を言わさぬ境界線(剣八)の前には、敵と味方の両者の間に命の重さの違いなどなく、『否定』を『否定』する圧倒的な力こそが『剣八』であり、その傍若無人な態度を認めざるを得ない状況を作り出していた。

「……あァん?誰だてめえは?」

 敵が潰えたにも関わらず緊張感が走ったままの荒野に新たな風が吹く。

 敵意が込められた疑問符の先には、桃色の髪を持つ幼子(おさなご)を左肩に乗せ、顔の左半分を縦に割る傷跡が特徴的な一人の青年が立っていた。

 

 過去 

 

 人が人よりも獣に近い、最も深い闇の底で暮らすその青年は、かつて名前を持っていなかった。

 名前を持たぬ少年期の彼であれば、一も二もなく鬼厳城に斬りかかっていたことであろう。

──『腹の足しにもならねえ名前なんざいらねえよ』

──『斬って捨てりゃあ時間潰しにはなるかもな』

 名前とは個人を識別するのための単なる飾りに過ぎず、名乗るよりも先に斬り殺してしまえば、後は土に還るだけ。生きながら死んでいるような肉塊の名前など、あったとて無いにも等しいという固定概念が少年の根底に植え付けられ、深く根を張っていた。

 戦いの作法すら知らない少年は己の魂が発する声を聴けずにいた。

 己の魂が渇望する『モノ』の正体を理解できないまま戦いに明け暮れる日々。そんな彼の魂に、酷く優しい刃が触れる。

 護廷十三隊十一番隊隊長にして初代剣八──卯ノ花八千流。彼女が振るう剣もまた、少年の魂同様に倦んでいた。

 

 かけがえのない敵。

 愛すべき敵。

 幾度殺しても殺し足りない敵。

 

 それぞれの魂を乗せた天秤は、意図しない揺らぎによってその均衡が崩され、生死を司る境界線を押し曲げた。

 新たな隊長に成り代わる一騎討ちの条件(・・)に足る二百有余(ゆうよ)名にも上る十一番隊の隊員たちが二人の周囲を取り囲んでいたが、地面に伏した少年こそが勝者(・・)であり、胸の傷以外目立った外傷もなく、立ってそれを見下ろしていた卯ノ花こそが敗者(・・)であることに気付くことができた者は卯ノ花本人を除いて他にいなかった。()には少年も含まれており、それはつまり、底知れぬ力を秘めた少年を満足させるほどに卯ノ花は強く、それと同時に、無自覚の内に少年に力の抑制を生じさせるほどに弱いということを偽りの勝者である卯ノ花に痛烈に知らしめていたのだ。

 

『貴方にかけた枷を()くための卍解()を手に入れ、

   再び刃を交えるその日までどうな死なないで』

 

 最強を自負する己の身体に生涯消えることの無い傷を刻み込んだ、()凡百(ぼんびゃく)相手に(およ)そ死ぬとは思えない幼き修羅に抱いた一見矛盾した感情に込められた二つの意味。

──この子に殺されるまで、私が死ぬことは決して許されない

──どうかもう一度、筆舌に尽くし難いあの悦びに身を浸せますように

 自身()少年()に向けて発した『呪い』と『祈り』。

 複雑に絡み合った運命の糸をそのままに、名も無き少年に名前(・・)を与えて卯ノ花はその場を去った。

 

 

 言葉の真意を読み取ることが叶わぬまま幾年月が過ぎ、青年期を経て、数えきれぬ程の昼夜と生死の廻転によって()の天井を掴みかけた遠い先。その男は光も届かない地獄の底にいた。

 そこは奇しくもあの日と同じ、『最も深い闇の底』に良く似ていたが、瀞霊廷より弾き出された郛外区(ふがいく)の底でさえも、その場所からすれば()くも遠く高い空に思え、その違和感がかつての少年の口角を空へと引き上げた。

 永遠にも思える長い長い斬り合いの果て。魂の鎮火を以て雌雄が決する。

 果てしない宇宙を想起させる無間の闇。何処までも広く、深く、決して晴れることの無い暗闇を止めどない慟哭が埋め尽くそうかというそんな折、男はかつて去り際にかけられた言葉の意味を漸く理解する。

 

──嗚呼、あれは遺言だったのか、と

 

 戦い続けるためには資格が必要であり、それこそが『剣八』という称号なのだということを、あのとき既に卯ノ花は伝えていたのだ。

 卯ノ花の魂が完全に燃え尽きて灰となる間際。あのときと異なり、抱き(かか)えられた腕の中から見上げた男に、卯ノ花はかつての少年の姿を垣間見ていた。

 自身を殺した相手に向けられる慈愛に満ちた微笑を見下ろしながら男は想いを馳せる。

 死して尚、あの日と変わらず燦然と輝き続ける憧れの人(卯ノ花)のことなど理解できよう筈もない。

 そして、最愛の敵を(うしな)って再び新たな理解を得る。

 己の魂が渇望していたのは『剣八』の称号だけでなく、『卯ノ花八千流』その人だったのだと。

 

 現在 

 

 そして今、乾風(からかぜ)吹く更地には、名も知らぬ一輪の花と鋸草が並んでいる。

「名前か──……」

 青年は手にした刀に一瞬視線を落とし、脳裏に誰かを浮かべながら、目の前の男が発した問いを反芻(はんすう)する。

 金も、地位も、帰るべき場所すらも持ち合わせていない男の両の掌に在るもの、それは────。

 

 枷が付いたままの()と、

 

「……剣八。更木の剣八だ」

 

 彼女から与えられた名前だけだった。

 

 

 


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