スパイダーマン、ようこそテラへ   作:庵間亜狐也

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#5 Rhino ver.TERA prototype

 目の前の光景を、スワイヤーはただ口をあんぐりと開けて眺めていることしかできなかった。

 

 スパイダーマンは壁や天井の至る所に糸を貼り付けて、その糸を手繰って振り子のように、あるいはスリングショットのように、縦横無尽に飛び回りグリーンゴブリンを翻弄している。

 

 謎のデカブツが近衛局ビルに飛び込んできて暴れ始め、嫌な予感がして留置所に行けばそこは既にもぬけの殻。

 ピーターを探してビルを走り回り、ようやく見つけたと思えば目下捜索中のグリーンゴブリンと遭遇。

 

 スワイヤーは運命の類を心から信じるタチではないが、こればかりは何らかの因果を感じずにはいられない。

 

 苦し紛れにピーターに共闘を持ちかけたら、快く応じてくれたのは幸運だった。

 

「にしても、すごいわね……」

 

 ホシグマの腕力を真正面から受け止めて、留置所の扉も破壊できたことからスパイダーマンの怪力は窺い知るところではあったが。

 

 ウェブシューターを手にしたスパイダーマンが、これほどまでの機動力を得られるとは思わなかった。

 

 報告に、糸を用いて曲芸師のような動きをする、なんてものがあったが、これはスワイヤーの想像を遥かに超えている。

 

 彼は異世界人だ。当然アーツなんて使えない。アーツ制御なしの身一つでこの動き。

 一体どれほどの修練と修羅場を積み重ねてきたのか。

 

 スパイダーマンが放った糸がグリーンゴブリンを拘束する。暴れ回るグリーンゴブリンを羽交締めにして壁に押し付け、スパイダーマンがスワイヤーに向かって叫ぶ。

 

「ゴブリンは僕が引き受ける! スワイヤーは下に行って!」

「わかったわ! 頼んだわよ!」

 

 今この場でスワイヤーにできることはない。

 一刻も早くエントランスに向かって指揮をとり、体勢を立て直す。それがスワイヤーにできること。

 

 スワイヤーは一階に通じる非常階段を全速力で駆け降りた。

 

 ◆◆◆

 

 スワイヤーが駆け付けた時、一階は凄惨な有様だった。

 

 ほとんどの柱は根元から薙ぎ倒され、壁も床も砕け、調度品の類はあらかたが原型を留めていない。

 損害を考えるだけで頭が痛くなる。

 

 駆け寄ってきた局員が叫んだ。

 

「スワイヤー上官、どこにいたんですか!」

「悪かったわ、こっちも立て込んでたの。状況は?」

「局員の大半が行動不能です。ホシグマさん率いる小隊と残った術師部隊が応戦していますが……」

 

 もう何度目か分からない、何かが砕ける轟音が響き渡った。

 

「防戦一方です。あいつには矢もアーツも効かない」

 

 スワイヤーは唇を噛んだ。状況は刻一刻と悪化していく。

 

「交戦した局員からの報告では、あの金属の塊はロボットではなく中に人が入ったパワードスーツのようなものらしいです」

「人が入っているの!?」

「はい。ボディカメラの映像解析によると、中にいるのは捜索願が出されている龍門市民の可能性があるとのことで……」

「そいつの目的は」

「分かりません。極度の錯乱状態にあり意思疎通は不可能で」

 

 ここ数日で奇妙なことがひっきりなしに起こっている。

 情報の処理が追いつかないが、今はやれることをやるしかない。

 

「軽傷者の中で動けるやつは総出でビルの周囲三ブロックの住民を避難させなさい。あのデカブツはビルから絶対に出させないように。龍門のプライドにかけてこの状況は切り抜けるわよ!」

「了解!」

 

 駆けていく近衛局員を横目に、スワイヤーは通信端末を引っ張り出した。

 

「さあ、早く出なさい……早く……」

 

 もどかしさでおかしくなりそうになりながら、スワイヤーはコール音に耳を澄ます。

 

 しばらく続いたコール音が途切れ、同時にスワイヤーは捲し立てた。

 

「出たわねネズ公! 手を貸しなさい!」

 

 電話口の相手は不愉快そうに唸った。

 

「そっちが掛けてきたんでしょ。これ秘密回線なんだけど、どうやって——」

「んなことどうだっていいのよ! 近衛局のビルは見える!?」

「見えてるわ。状況も大体知ってる」

「ならいいわ、ビル内で暴れているやつを外に出さないように協力してほしいの!」

 

 電話口からこれ見よがしにため息が聞こえた。

 

「ベアトリクス・スワイヤーお嬢様。人はチェスの駒じゃないのよ。そんな簡単にあちこち動けるわけじゃないの」

 

 それだけ言って、通信が強制的に切断された。

 

「ネズ公? ユーシャ!? ……はぁ!? 何よそれ、あんの*龍門スラング*! こないだに続いて今回も切りやがったわね!」

 

 ◆◆◆

 

 投げつけられたパンプキンボムをウェブで絡め取った。ぐるりと頭上で振り回して弾みをつけ、そのまま持ち主に向けて投げ返す。

 

「落とし物だよ!」

 

 グリーンゴブリンはグライダーを巧みに操り、ボムの爆風から逃れた。小規模な爆発は通路の天井を浅く抉るに留まった。

 

「ハッ、惜しかったな!」

 

 グリーンゴブリンは鼻を鳴らしたが、スパイダーマンは次の攻撃に移っていた。

 手近な壁を駆け上がり、ウェブを放つ。狙いは寸分違わず、ウェブの先端はグライダーに絡みつく。

 その糸を握りしめて壁を蹴る。

 

 持ち前の身体能力、あらゆる場所に引っ付く能力、そしてウェブシューター。これらを併せれば、あらゆる物体がスパイダーマンにとっての足場になり、武器になり盾となる。

 そしてそれは、相対する敵本人ですら例外ではない。

 

 スパイダーマンは空中のグライダーを支点に、振り子の要領でグリーンゴブリンの背後へと回り込む。

 さらに糸をたぐって弾みをつけ、スパイダーマンの蹴りがグリーンゴブリンの顔面をぶち抜いた。

 

「拘留されても体がなまることはなかったらしいな」

 

 血を吐き出したグリーンゴブリンが、ぎょろりとスパイダーマンを見据えてくる。

 

「ベッドの寝心地は悪くなかったよ。是非キミにも味わってもらいたいな」

「ハッ、ごめんだね!」

 

 機銃弾を紙一重でかわし、スパイダーマンは再びグリーンゴブリンへ飛びかかる。

 身を捻って回避を試みるグリーンゴブリン目掛けてウェブを発射。ウェブは吸い付くように肩に絡みつく。もう一方の端を廊下の壁へ。

 間髪入れずにもう一度。右足に引っ付けたウェブの端を今度は床へ。

 左腕、天井。腹、壁。スパイダーマンはリズミカルにウェブを連射し、またたくまにグリーンゴブリンを空中へと磔にした。

 

「捕まえたよ! このまま愛の語らいでもどう?」

 

 ジョーク混じりに、スパイダーマンは、グライダーごと拘束されたグリーンゴブリンに語りかける。

 しかし、グリーンゴブリンは、その凶暴な笑みを絶やさない。

 

 下のフロアでは相変わらずライノが暴れているはず。一刻も早く加勢に向かいたいところだが。

 

「貴様などとくだらん語らいはごめんだ。——だがな、化学の講義ならしてやらんこともないぞ」

 

 拘束されているとは思えない、グリーンゴブリンの態度に、スパイダーマンの脳裏を嫌な予感が過ぎる。

 

「君から教わることはそんなにないと思うけどね。その悪趣味なマスクの作り方とか?」

 

 グリーンゴブリンは笑みを深めた。

 

「あのライノの動力源は源石だ。ちょいと知り合いから源石バッテリーを頂戴したのさ。そしてそいつを人間に埋め込んでみたんだよ。

 初めはスラムの鉱石病患者で試した。が、体内の源石と過剰反応して暴走し、上手くいかなかった……そこで、非感染者に目をつけたのだ。結果はご覧の通り。大成功だ!」

 

 スワイヤーから、ここ最近、不可解な失踪を遂げる龍門市民が増加しているという話は聞き及んでいた。

 今のグリーンゴブリンの話でその謎が解けた。

 

 スパイダーマンの声が掠れる。

 

「君は……なんてことを……!」

 

 グリーンゴブリンは哄笑する。

 

「あの新型のライノは排熱機構に少々難があってな。つまりだ、あのライノはパワードスーツであると同時に強力な源石爆弾でもある! 下手をすると近衛局ビルが粉微塵になるだけでは済まんぞ、スパイダーマン?」

 

 スパイダーマンがこの場から動けば、グリーンゴブリンは拘束を脱してしまう。かといって、このままでは大規模な源石汚染が発生する危険がある。先の病院での一件とは規模が段違いだ。

 

 最悪の二者択一。

 

「…………くそっ!」

 

 悪態をつき、スパイダーマンはグリーンゴブリンから飛び退くと、吹き抜けから階下のエントランスへと飛び降りた。

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