「モーモタロさんモモタロさん〜お腰につけた〜きび団子〜一つ俺に下さいなぁ〜っと」
1人の
街道に入る手前の茶屋で買った物だ。三つの団子が竹串に刺さり、うんと甘いタレがかかっている。大男はそれを一つ口に含み頬張るとなんともみっともない顔をした。それに茶屋で団子を買う前に酒と冷飯をかっくらい気分は上場だった。
「こりゃ美味いなぁ〜桃のガキのやつより格段に美味い」
桃のガキ。大昔、大男の住む島に犬、猿、雉を連れやってきた小童だった。
大男は団子を一つ食べてそれを言うやいなや、あっという間に残りの団子も食べてしまう。
竹串についた団子のカスと甘いタレも残さず平らげ、綺麗になった竹串を口に咥え竹の味を噛み締めた。
「娑婆の空気はうめぇなぁ〜……」
団子を食べ、フラフラと陽気に月を見ながら歩いていると前から2人の男女が歩いてきた。
「んー?」
大男が目にした男と女はどちらも異常に色白で、そして臭かった。大男の嗅覚が男女に染み付く、いや、主に男に染み付く死臭を捉える。
(なんじゃあ?アイツ…臭いのぉ…こりゃどえらい人を喰っとるなぁ)
大男は直ぐにその臭いを看破した。それが人を喰らった時に付く臭いだという事をだ。
(せっかく美味いもん食っていい気分だったのになんじゃあ気分悪いのぉ…)
大男はゆっくりと近づいてくる男女を見ながらそう思った。そして遂に男女が大男の目の前にやってくる。
「おい、お前くっさいのぉ!それになんや白くて弱そうじゃのぉ!大丈夫か?ちゃんと飯食ってんのかぁ?」
「なっ!?なんだと…!お前今なんと言った?」
大男はいきなり馬鹿正直に青白い男に言った。
そして途端に青白い男の眉間に皺が寄り額に血管が浮き出て、
バァン!とけたたましい音がなり大男に腕が当たった。
「んあ?なんやおめぇ…俺になんかしたか?」
「なんだ…と?」
青白い男は異形に変化した腕を大男に振るっていた。しかし大男には傷一つない。いや厳密に言えば大男の纏っている一張羅の半纏が裂け地面にパタリと落ちた。
「……」
「……」
「……」
ヒラヒラと舞いながら地面に落ちていった切り裂かれた半纏を見つめる3人。
「オメェ…」
大男はそう言いしゃがみ地面に落ちた半纏の切れ端を拾う。そしてそれを握り締めて青白い男の顔の前に持ってくる。そして握った手を開いた。
「おいこれを見ろやおいアホンダラ!!俺の一張羅が破れちまったじゃねーかぁ!!!馬鹿野郎ォ!!!」
大男が開いた手を再び握り締め、声を荒げながら突然青白い男の顔面に向かって拳を放った。
「グピィッ」
青白い男は突然の事に放たれた拳に反応できず真正面からそれを受けた。途轍もない衝撃が顔面に走り飛ぶはずのない意識が飛びそうになった。拳の当たった顔面の肉が弾け飛び骨が露出し瞬時に砕け散り、そのまま反動で地面に叩きつけられ横たわった。
「なっ!」
横にいた青白い綺麗な女が驚きを口にし、そして倒れた男を見た。
地面に倒れた青白い男は何が起きたのか理解できていなかった。
(何が…!?気づいた時には倒れていた!奴の攻撃に反応できなかったのか!?この私が?完全生物に最も近いこの私が!?)
青白い男が破壊された顔を再生させながら立ち上がる。砕け散った骨が肉が蠢き盛り上がるように再生していく。潰れた両目が元に戻りギョロッと動き大男を睨んだ。
「なんじゃオメェ死んどらんのか…うおぉ…気持ち悪いのぉー」
大男が立ち上がった青白い男を見据え口走る。その顔は嫌悪に塗れていた。
「臭いし顔色悪いしグニョグニョと気色悪いのぉ!オメェまるで
「グギッ!私が死人だと!?もう一度言ってみろ!!」
青白い男の逆鱗に大男が触れる。怒りで思わず奥歯を噛み砕き、歯を剥き出しにして大男に襲いかかった。
先程は片腕だけを異形に変化させたが、今度は両腕を変化させ更に背中から4本の触手を生やしその全てを大男に叩きつける様に振るった。触手には鋭い棘と牙がびっしり乱雑に生えた口が沢山付いていて少しでも当たれば牙に肉を抉られてしまうだろう。
2本の異形の腕と背中から生えた4本の触手が大男に向かう。
しかし振るわれた異形は地面を叩きつけただけだった。地面が大きく陥没し、衝撃波が竹を揺らした。
大男は異形が自身に当たる前に瞬時に後ろへと下がり佇んでいた。
「オメェはなんだ?」
大男はそう言いながら穴の空いた半纏を脱いで綺麗に畳んで、道の端にそっと置いた。そして道の真ん中に戻り青白い男を見据える。
「オメェみたいな気色悪いもん見たの始めてだ。《妖》でもねぇ…それにとんでもねぇ死臭だなぁ…人を喰ってる臭いだなぁ…俺が寝てる間に変なもんが産まれたんか?」
「……」
「……まぁいいやぁとりあえず死ねや」
大男が踏み込む。地面の石畳が踏み込みによって砕け散り、陥没する。そして瞬時に青白い男に近づくとその首を掴み持ち上げた。
「グッ」
青白い男は大男の姿が見えていなかった。まるで反応できなかった。無様にも首を掴まれ持ち上げられる。息ができない。首を締め付けられ顔に血が溜まっていく。
(血を流しこんで殺す!——)
青白い男は生やしていた触手を大男に向かって突き刺した。彼は鬼の始祖“と”呼ばれている男である。彼の血を身体に注がれた“人間”は変化する
青白い男の触手の先端の鋭い棘が大男の肌に突き刺さ…らず、大男の皮膚に弾かれ逸れた。だが…青白い男は見た。大男の皮膚に棘が当たった瞬間、皮膚が剥がれ、中に
(なんだ…!?人間ではないのか!?まさか…)
いや…そんな筈はないと青白い男はその考えを振り払った。
(奴が鬼である筈はない。鬼であれば私の支配に入っている筈だ…!だが…奴は支配にいない。なんなのだ!?)
「ん?剥がれちまったかぁ」
大男は青白い男を持ち上げながら剥がれた箇所を見た。
そして直ぐに視線を逸らし、青白い男を見た。
(!?!?!?!?)
大男の瞳が黄金に輝いていた。
「き、貴様は…!?!?」
「あぁ?ごちゃごちゃうるせぇよ」
大男は拳を握った。グググ…と力が加わり大男の腕から上腕にかけて筋肉が膨張し隆起した。そして皮膚がひび割れ卵の殻が割れるように落ちていく。肌色だった皮膚が筋肉の膨張によって剥がれ
その皮膚は炎のように赤く煌めき、完全に人のものではない。
「じゃあな」
そう言って大男は赤い拳を青白い男の顔面に放つ。
一発目で顔の肉が吹き飛び抉れた。二発目で完全に消し飛び、三発目は胴体に打ち込まれ風穴が空いた。
パァンパァンパァンと弾ける音が鳴り、青白い男の身体が弾け消し飛んでいく。
「流石に死んだだろぉ…」
大男の掴んでいる無惨は達磨を通り越して、もはや肉団子のようになっている。
しかし、その肉団子から四方に触手が伸び高速回転して大男を襲う。
「うお!」
大男は思わず驚き肉団子を離してしまう。ぼとりと石畳の上に落ち、足も何もない筈なのに転がり大男から離れ、更に触手を生やして攻撃した。
振り回され高速回転する触手群が次々に大男の身体に当たり、纏っているものを飛ばしていく。服が下着が、そして
「ああああああああ!!!俺の皮がぁぁぁ!!!」
腕をクロスさせながら振り回される触手を防御していると自身の
それは赤黒くそれでいて煌めく美しい肌だった。筋肉の筋が一本一本見えるほど引き締まり、ほんの少し動くだけで脈動した。青白い男だった肉塊から放たれる触手から本来大男に注入される筈の
「何が…」
肉塊からいつの間にか人の姿へと戻っていた全裸の青白い男が口から言葉を漏らす。
未だ無数の触手を伸ばし大男を攻撃し続けている。大男の姿はどこからともなく現れた蒸気に包まれ完全に姿が見えない。感触はあった。されど肉を抉る感覚はない。触手には口が付いている。どんなものも噛みちぎる乱雑な牙が生え、それが高速で相手に叩きつけられる。これまで出会ったもので生き残ったものはいない、あらゆる生物を無慈悲に喰らう必殺の一撃だった。これまでは。
大男に向かって振るっていた触手群が消え失せた。
「はぁ…」
青白い男は蒸気の中から聞こえたその声を発達した聴覚で捉えた。
そして徐々に蒸気が晴れていく。
「な、な、なんなのだ貴様は…!?」
「オメェのせいでせっかく施した人化の術が剥がれちまった」
青白い男は見た。
蒸気が晴れ、姿を現した大男を。
その姿は大きかった。肌が赤く、筋骨隆々で荒々しい筋肉に覆われている。そして手指と足指には鋭利な爪が生え、頭には太く立派な角が2本、黒い髪の毛を突き抜けるように伸びていた。瞳はまるで鬼の目のように縦に瞳孔が変化し鈍い黄金に輝いている。そして何も着ていない。
更に青白い男は見た。赤い大男の肌に滴る血が蒸発し気体となるのをだ。先程まで大男を包んでいた蒸気は身体から発せられる体温で蒸発したのだ。
「まぁ…俺の術を剥がすのは中々のもんだ。オメェは気色悪いがそこは褒めてやろう」
大男だった者が首を動かしゴキリと骨を鳴らす。
「最も完全生物に近い
「あぁ?オメェが鬼ぃ?カッカッカッカ!オメェみてぇな気色悪りぃのが
鬼だって?笑わせんじゃねぇ…」
まるで鬼のような男が笑い青白い男を黄金の瞳で睨む。
青白い男はその視線で身体が金縛りにあったように動けなくなった。
「ガッ…!」
「餓鬼にも劣る雑魚が鬼を名乗るんじゃねぇ——」
「——俺が鬼だ」