勇者ヒンメルの子供   作:全智一皆

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第十話 貴方が生まれた日

 

■  ■

 ―――勇者ヒンメル(ちちおや)の死から27年。中央諸国、交易都市ヴァルム。

 蒼月草を探し終えてから丁度1年が経過した。フェルンがパーティに参加してからは、初めての随分長い滞在となっていた訳だが、それも終わった。

 無事に蒼月草は見付かり、フリーレンにとって人を知る切っ掛けとなった人であり、フェルゼにとって敬愛している父であるヒンメルの像には、彼が愛した花と冠に彩られた。

 そうして暫くの旅の後、フリーレン達は今日を以てこの交易都市ヴァルムに辿り着いたという訳である。

 

「今更ですが、兄さんって何歳になるんですか?」

「本当に今更だな…あと唐突」

 

 ヴァルムに着いて間もなく、街を見て回っている最中にフェルンから投げられた質問に対して、フェルゼは若干戸惑う様に答えた。

 

「ふむ……旅立ちを始めた時が5歳で、それから27年だからな。おそらく31か32歳だろうな」

 

 数ヶ月という時間を費やした蒼月草探しを終えて旅立ってから、もう既に1年が経過したのだ。本当に時間というものは早く流れるもので、フリーレンの旅に同行し始めた時は5歳だったフェルゼも、もう三十路という域の年齢である。

 世が世ならば『おっさん』と呼ばれて然るべき年齢だが、しかし不思議な事に、フェルゼの外見は25歳の時から全く変わってはいなかった。

 だからこそ、フェルンはえぇ……と、困惑を隠し切れずにいた。

 

「私と出会った時から、あまり変わっていない様に見えますが……」

「実際、肉体は老いていないからな。自分でもよく分からん」

「分からないんですか? 自分の身体なのに……」

「不思議だよね。まるでエルフみたいだ」

「エルフもそうなのか?」

「ある一定まで肉体が成長すると、そこからは殆ど止まった切りだね。私も今の体格になってから成長した気しないし」

 

 エルフは長寿であり、人間とは肉体の構造からして異なる。その身体構造、細胞までもが、だ。それ故に、エルフの肉体的な成長はある一定の域に達すると、そこからはピタリとも動かなくなってしまう。

 フリーレンは人類の魔法の開祖とされる大魔法使いフランメの弟子になってから現在に至るまで、その身体が成長した事は殆どない。流石に体重といった面においては多少の変化はあったろうが、そこはエルフらしく、作業の没頭による減量でプラマイはゼロだった。

 フリーレンから見て、フェルゼの肉体的な成長の停止はエルフのそれだった。同族を見たのはもう随分と昔の事だが、それでも類似性に気付く事が出来ない程に忘却してしまっている訳でもなかった。

 

「実はエルフだったりしてね」

「それにしては耳長ではないがな。人間とエルフの子供だとでも言いたいのか? 有り得るものなのか、それは」

「どうだろうね。少なくとも私は、そんな話は聞いた事も見た事もないよ」

「……やはり自分の事は分からんな。今更それがどうという話でもないが」

「相変わらず、自分の事にはとことん無関心ですね」

 

 あまり褒められたことではありません。と付け加えて、フェルンは溜息を零す。

 フェルゼは確かに頼りになるが、しかし自分というものに対しては些か無関心が強く現れている。フリーレンやハイター、フェルンからの言葉を受けてからは、『自分なんて生まれてこなければ』という思考や発言、それに起因する行動をする事は無くなったものの、それでもまだ残るものはあった。

 自分が何処から来たのか。親は誰なのか。自分がいつ生まれたのか。

 辛うじて憶えていたのは名前だけで、それ以外の事は何一つとして知らぬまま。そして、それについて一切知ろうともしない姿勢を貫いている。

 

「生みの親が生きていたとしても、死んでいたとしても、俺にとっての親はヒンメル(父さん)フリーレン(母さん)だ。それは変わらないし、変えるつもりがない」

「むふー」

「すごいドヤ顔してる……」

 

 いつの間にか、随分と母意識とやらが染み付いてしまっているフリーレンは、ヒンメル達でもそう目にした事がないくらいのドヤ顔だった。

 

「仮に出会えたとしても、きっと俺は生みの親を親とは認識出来ないよ。だから探す気はない。知る気もない。俺は今の俺を気に入っているからな。まぁ、本当の誕生日が分からないのは、些か不便ではあるが」

「……そういえば、兄さんの誕生日をお祝いした事ありませんね」

「私も無いね」

「フリーレン様?」

 

 さりげないカミングアウトをフェルンは決して聞き漏らさなかった。

 祝った事がない? 私よりも長い付き合いなのに? もはや息子も同然―――フリーレンはそれを意識出来ていない―――なのに? 約30年も一緒に居るのに一度も?

 

「やめて、怒らないで。いやだって、本人も分からないって言うから……」

「何となく『あぁ、歳を取ったな』という感覚を頼りに年齢を数えたからな……正直、今の年齢も合っているか分からん」

「それに、フェルゼは欲しいものも好きなものも言ってくれないし…」

「特に無いからな。無いもの強請りしても意味無いだろ」

「多分使い方間違ってます」

 

 ダメだこの人……フェルンは遂に頭を抱えてしまった。

 ハイターは、フェルゼとフェルンはお互いに支え合う事が出来ると言っていた。知らない所を知り、知っている所をさらに理解し、補い合っていけると。

 まさに、この状況はその言葉通りだ。フェルゼは一人の人間として、『自分が生まれた日』に対するめでたさと、他人がそれをどう思っているのかを理解出来ていない。

 

()()()()()。誕生日は、絶対に祝うべきです」

「そうは言われてもな……分からないものはどうしようも」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……新しく、決める? 誕生日をか?」

「はい。大切な日でも、思い出がある日でも。なんでも良いんです」

 

 無いなら作れば良い。決まっていないなら、決めてしまえば良い。

 それが本当の誕生日ではなかったとしても、しかし自分で決めたそれは、フェルゼにとって忘れられない日であり、思い出だ。

 

「……大切な日、か」

 

 改めて思い返せば、幾らでもその記憶が浮かび上がってくる。

 振り返れば振り返る程、こんなにも沢山の記憶を得る程に自分は歳を取ったのかと、改めて自分が大人になっている事を理解する。不思議と、それはフェルゼの心に高揚を覚えさせ、やがて喜びへと変わっていった。

 そして―――やはりと言うべきか、幾つもある記憶の中で最も色濃いのは、ヒンメル(義父)との出会いだった。

 

『―――大丈夫かい?』

 

 右も左も分からぬ子供を安堵させる様に、老人は優しく暖かい声で語り掛けてくれた。

 頭を撫でてくれた。手を引いてくれた。守ってくれた。ご飯をくれた。温もりをくれた。あの日が、父との出会いこそが、フェルゼという人間を形作り、今日という日を、そしてこれからという人生をくれた。

 

「―――父さんと出会った日(4月13日)にしよう。それが、フェルゼ()の生まれてきた日だ」

 

 

 

 

 さて、それから程なく。

 

「そうだ。フェルン、これを」

 

 フリーレンが一人で買い物に出掛けてから間もなく、フェルゼは懐から小さな何かを取り出した。

 

「これは……笛ですか?」

「あぁ」

 

 フェルンに手渡されたそれは、木を彫って作られた小さな笛だった。

 ネックレスの様に紐を通し、蝶の意匠が刻まれたその笛は、それが一つの木から彫られたものであるとは思えない程に巧く、もはや芸術品の域に達していた。

 

「今日はフェルンの誕生日だろう? だからプレゼントだ」

「ありがとうございます、兄さん。これ、とても綺麗ですね。何処で買ったんですか?」

「いや、自分で作った」

「…これ、一から作ったんですか?」

「あぁ。髪飾りやポーチなども考えたが……俺は贈り物なんてした事がないからな、よく分からなかった。だから、せめてフェルンの役に立てるものをあげようと思ったんだ」

 

 素材となる木をこっそりと集め、そこからさらに良い形と中身を選別し、フリーレンとフェルンにバレない様に削って彫って整えてを繰り返す。

 フェルゼとしてもそう簡単に行くものではない作業だったが、それでもこの笛は最高の出来だった。少なくとも、そこらに売ってある様なものと比べれば、天と地程の差がある程度には高い品だ。

 

「正直、かなり骨の折れる作業だったが……良い出来だと自負してる」

「そうですね…はい、本当に良い出来です。大切にします。ところで、役に立つものと言ってましたけど……」

「その笛は、綺麗な音がなるんだ。かなり遠くまで響くくらいに。だから、困った時はそれを吹けば良い。何処に居ても、何があっても、その笛が鳴ったなら―――俺はいつだって、フェルンの元に駆け付ける。まぁ、一種のお守りみたいなものだ」

「それは……とても、頼りになるお守りですね」

「…そうか。そう言ってもらえるなら、作った甲斐がある。ところで……フリーレンはどうした?」

 

 ふとした所で、フェルゼは疑問を抱く。

 フリーレンが居なくなる事は、正直決して珍しい事ではない。ふらりと何処かに消えたと思えば、魔道店でよく分からないものを沢山買ったり、本屋に入り浸ったりと、とにかく沢山の時間を消費するのが殆どだ。

 そこに関しては、フェルゼもフェルンも既に諦めていた。自分達がとやかく言ってもフリーレンは言うこと聞かないし、全く直そうともしないのだ。

 それに時間を潰し過ぎないならば、個人の自由行動だ。細かく口を出すのは権利の侵害というものだろう。

 それでフリーレンの気分を害して拗ねさせたら、それこそ時間が大量に消費されてしまう。あてのない旅とは言え、年単位の滞在だけは何としても阻止すべきである。

 

 まぁ、閑話休題(それはともかく)

 

「どうやら店を歩き回っている様だが」

「……見えてるんですか?」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……えっち」

「え…な、何故そうなる…?」

「…………えっち」

「えぇ……」

 

 フェルゼはひどく疑問だった。何故これだけでえっち呼ばわりされなければならいのか、と。

 だが、こればかりはフェルンを肯定せざるを得ない。おそらくフリーレンも、えっちとは言わないまでも似たようなことを言って憚らないだろう。

 これだけ大人数―――街単位の群衆―――の喧騒の中から的確にフリーレンの足音を拾い、尚且つそこから何処で何をしているのかすら把握しているのだから。

 はっきり言って、人間に出来る芸当とは到底思えない。魔物か獣の類にしか成しえない事を、この男は素知らぬ顔でやってのけるのだ。

 

「……どうするんだ? フリーレンは色々と見て回っている様だが」

 

 咳払いもせず、話題を転換させる。かなり無理に。

 だが、フェルンは特に追求はしなかった。目はジトっとしていたが、何も言わずにその流れに乗った。

 

「着けましょう」

「着けるのか…まぁ、フェルンがそう決めたのであれば、それに従おう。こっちだ」

 

 群衆の中を、フェルゼは迷いなく抜けていく。それに追従して、フェルンもまた群衆の中へと入り込んだ。

 付かず離れずの距離を保ったまま、中央だったり路地だったりを進み行く事、約数分。体感的にはほんの一瞬に感じたその時間で、フェルゼ達は目的の人物―――もとい、フリーレンが見える場所に辿り着いた。

 何をしているものかとフェルゼが凝視してみれば、路地に開かれた露店で、アクセサリーやら何やらを真剣な表情で見定めているフリーレンがそこには居たのだ。

 

「……珍しいな。フリーレンがああいった類に興味を示すとは」

「ですね。あんな表情、見たことありません」

「些か妙な所ではあるが……ん、いや、違うな。それもそうか、フリーレンが急にそういったもの(洒落っ気)に目覚める訳も無いか」

 

 これまでの旅の経験上、フリーレンはアクセサリーといったものに興味を示した試しなど無かった。それが魔道具であるならばまだしも、なんて事もないただの飾り物には、関心など皆無だった。

 ぶっちゃけた話、フリーレンは基本的に変なものしか買わない。訳の分からん動物の頭蓋骨だったり、変な形をした薬草だったり、変な効果をもたらす薬だったり、とにかく多種多様な変なものを集める。

 旅の途中で魔族やら何やらを討伐して路銀稼ぎをする事になるのは、だいたいフリーレンの散財によるものが殆どであった。

 だからこそ、フェルゼの疑問はすぐに解消された。それまでアクセサリーに関心絶無であったフリーレンが興味を示している理由など、今日に至ってはたった一つの理由しか無いのだから。

 

「これ以上は野暮……だな」

「何がですか?」

「先に帰ろう、フェルン。これ以上の尾行は、フリーレンが可哀想だ」

「はい…?」

「何も心配は要らないって事さ。きっと今日は、フェルンにとって良い日になる」

 

 宿に戻ろう。そう言って、フェルンの手を引いた。

 とても穏やかで、嬉しそうな顔をするフェルゼに気を取られて、フェルンはこれといった抵抗も見せずに、宿へと戻って行った。

 

 それから程なくして、フリーレンは宿に帰ってきて、

 

「今日は何処か食べに行こうか」

 

 何処か緊張しながら、そう告げたのだ。それを見て、ようやっとフェルンも合点が行った。

 どうしてフェルゼ(義兄)が、野暮だなと零したのか。先に帰っていようと、嬉しそうに言ったのか。

 

 確かに―――今日は、とても良い日になりそうだ。




誕生日を迎えたので、軽い人物紹介

・フェルゼ
勇者ヒンメルが拾った孤児であり、彼の義息となった青年。黒髪碧眼の整った顔立ちをしており、ヒンメルを知る者達は口々に『ヒンメルと同じ眼をしている』と同じ言葉を口にするが、血の繋がりは皆無。自分の名前以外は何も憶えておらず、親が居たのか、何処が故郷なのかも知らない。また、それに対してさして興味も無い。ちなみにフェルゼという名前は、ドイツ語でかかとを意味する。
フリーレン一行の貴重な前衛にして最高戦力であり、勇者一行をして『天才』と言わしめる類稀なる天賦の才を持つ。フリーレンによれば『異常なまでの理解力』らしく、通常であれば『一を聞いて十を知る』、或いは『十を知って千に至る』が、フェルゼは『一を聞いて万に至る』との事。

名前と天才という設定の元ネタは、旧約聖書のヤコブという人物。ヤコブとは『かかとを摘む者』という意味があり、これは『人を出し抜く者』という意味も持ち合わせる。4月13日という誕生日も、ヤコブに4人の妻と13人の子供―――息子12人と娘1人―――が居た事に起因する。
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