幼馴染が下駄箱に首を突っ込んでいる。   作:帰り道にはえている草木

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オートロック下駄箱からの帰宅路雑談

 ◇◆◆◇

 

「何やってるの?」

 

 少女は、毎日一緒に帰っている少女へと声をかける。

 視力検査で双方共に2.0を記録した眼球から脳への信号が間違っていなければ、幼馴染みは下駄箱に頭を突っ込んでいる。

 

「下駄箱に首を突っ込んでいます」

 

「視力検査の結果を知りたいんじゃなくてね。動機の方を知りたくて」

 

「そうなら正確に言って欲しいです。主語・目的語ははっきりさせましょう、というのが小学校から受けた唯一の薫陶な筈ですから」

 

 小学校に倫理観と一般常識の授業がなかったことを悔やむべきかもしれない、と考えながら少女はもう一度問いかける。

 

「あなたは下駄箱に首を突っ込んで、何がしたいの?」

 

「バレンタイン・イヴのチョコを探してるんですよ」

 

 そして、余計にわからなくなった。

 

 

 

 

 ◇

 

 高校からの帰り道。

 十五年来の幼馴染みである二人の少女は、今更何か特筆して話すべきこともなく──益体もない会話を繰り広げるしかなかった。

 

「下駄箱でバレンタインチョコ、って流行ってるよね。この時期」

 

「この時期に流行っている、というよりは明日流行る予定……という方が正しい言い方だと思いますが」

 

 2月13日。

 聖ヴァレンティヌスの処刑日イヴとでも言えるこんな時期に相応しく、そして何の色気もない会話。

 

「あれ、個人的には色々危ないと思うんだけど。下駄箱っていじめ開始の温床になりかねないじゃん? 上履きに画鋲だったり木の棘を入れたり」

 

「それを対策するのにもお金が必用ですから。我らが学校法人はいつだって金銭的問題に苛まれ続けています。具体的には教室のクーラーにすら満足な給金(ランニングコスト)を払えない程度に」

 

 事実、彼女達の教室は夏は暑く冬は寒い日本ならではの気候を多分に取り入れた季節へのライブ感あふれる温度設計になっている。

 一応存在するクーラーからは草原の草を撫でるのに丁度映える程度のそよ風しか出ていなかった。

 

「じゃあせめて外部の人が何か出来ない用に下駄箱ごとの鍵……下駄箱で共通の鍵みたいのを取り付けたら?」

 

 生徒間の人間トラブルはこの際置いといて、と少女は荷物を下ろすようなジェスチャーをしながら問いかける。

 

「それだと採算的な問題で微妙かもしれません。それに必要な費用と、それで防げる犯罪数の問題で。ほら、その手の鍵はやろうと思えばすぐピッキング出来るじゃないですか」

 

 相手の反応を聞き、じゃあどうしたものかと首をかしげて考える。

 

「それは……難しい問題かも。じゃあ、ロッカーで代用するのはどう? シチュエーション自体を。重要なのは下駄箱じゃなくて、特定個人にだけ届けられる場所でしょ?」

 

「その場合、ロッカーは下駄箱と違って郵便受けシステムじゃないから本命チョコを渡したい人が暗証番号をひとつずつ試して開けようとする犯罪者になりますよ?」

 

 カチカチ、と気合いの入ったチョコを片手にひとつずつ番号を試していく図が脳裏に浮かぶ。

 外部からの不審者を排除する以前に、内部の不審者の温床になってしまっている。

 

「うーん……でもうちの四桁暗証番号ロッカー、割とダイアルを回した時の感触で『この桁が合ってるか』みたいなの、わからない? だから極めれば最大四十回で開けられるよ?」

 

「バレンタインの準備にロッカー・ピッキング技術向上が含まれるのも一般常識(乙女心)的に複雑ですし、そもそも大前提の防犯性が終わってませんか? うちの学校のロッカー」

 

 どうせ大体どの学校もそんなものだよ、と諦めたように少女は言ってから近くの自販機へと駆け出していく。

 

 水と紅茶の二本を買って戻って来てから、紅茶のほうを差し出す。

 

「この際ロッカーの防犯性能が終わってるのは良いとして。恋人同士でロッカーで暗証番号をお互いにだけ教えるのと、個人毎に鍵が違う下駄箱スペアキーを交換するのってやっぱり後者のほうが秘密の共有っぽくない?」

 

「それなら適当に自宅の鍵でも──ああいや、高校生で一人暮らししている人の方が珍しいですよね。自転車の鍵か机の引き出しの鍵でも交換しておけばいいんじゃないですか?」

 

「いやいや、わかってないね。そういうのは毎日使えるタイミングがあるからこそ『秘密の関係』感が出るんだよ。この大都会で恋人の自転車の鍵なんて何になるの、って話」

 

 そもそも、既に自転車の所有率が半分近くになっている──上に現在進行形で減少している現代において、自転車の鍵交換が果たす役割とは何なのだろうか。少女はふと、そんなことを考える。

 

「でも下駄箱の鍵交換をすると、本人が開けられなくなりません? 年中二人で行動する馬鹿──こほん。粘度及び湿度の高い関係性ならいいですが、大抵はそうではありませんよ?」

 

「それはもう学校側が、生徒の鍵管理能力の低さを予見してスペアキーを配ってくれればいいんじゃん。スペアキー同士の交換なら変じゃないでしょ?」

 

「とは言っても、学校がわざわざ『スペアキー』なんてものを全生徒に配るとは思いにくいのですが。無くしたら言いにきてください、が色々と楽な気がします」

 

 肌寒い風が吹く。

 まるで学校のお財布中身みたいだぜ、という呟きには何の反応もかえって来なかった。

 

「そもそも下駄箱に手紙……はまだしもチョコは衛生的にどうなのって思うのは、私だけ?」

 

 話を切り替えて、少女は言う。

 

「一応包装に包まれているので、取り出した後にアルコール消毒を塗布すれば問題ないとは思います」

 

 今度は返答がちゃんと来る。

 ただ、内容的には問題がある気がしなくもないが。

 

「情緒が大丈夫じゃないかな、それ。チョコを受け取られた後にアルコール噴射してるのを見た授与側の気持ちを考えてなさ過ぎるでしょ」

 

「次亜塩素酸なら、ノロウイルスを駆除出来るのでそっちを使ってもいいかもしれませんが」

 

 もう一度、冬の木枯らしが吹く。

 それが返答の代わりになった。

 

 でもアルコールも効かないわけじゃないじゃん、と喉元まで上がってきた言葉を飲み込んでから。

 

「話は戻るけど、他生徒からのサプライズ爆発物対策をするにはどうすればいいんだろうね」

 

「まあ一番手っ取り早い方法は下駄箱自体を失くすことだと思いますよ。別に土足で駄目な理由もそこまであるわけじゃないですし。泥とかの清掃問題とかがメインでしょうか」

 

「ちゃぶ台がひっくり返されちゃった。でもそうしたらバレンタイン・スチル……じゃなかった。イベントが減っちゃうよ?」

 

「もう家で渡せばいいんじゃないですか、じゃあ。そもそも意中の相手を肝心の日に呼び出せない方に難があるってことで」

 

「面倒になってきてない? もう」

 

 少女は紅茶を飲んでから、深呼吸をする。

 

「寒いですね」

 

「寒くしたんだよ、そっちがさ」

 

 現在の気温は18℃である。

 カラッとした冬晴れ真っ最中。

 

 

「それに、もうちょっと楽な外部不審物対策はあります。下駄箱室を作って、そこのルームキー的な役割を生徒手帳あたりに持たせるって方法です」

 

「でも生徒手帳なんて持ち歩く?」

 

「そこそこの学校で『生徒手帳は持ち歩く』みたいなことが書かれていることがありますから」

 

「そうかもしれないけど。持ち歩いてる人いないでしょ、そんなの」

 

「私は持ち歩いていますよ、優等生ですから」

 

 そう言って少女は生徒手帳を取り出す。

 まるで一回も開かれたことのないような新品さを保ったそれが、外気に触れて少しだけたなびく。 

 

「じゃあどうすれば恋人とのやり取りやバレンタインでのイベント性を担保したまま安全な下駄箱を作れると思う?」

 

「下駄箱にイベント性を求めてること自体が若干間違いな気がしますが。例えば、学校に履いてくる外履きを予め学校で登録しておいて、顔認証と靴の認証で開くようにするとかでしょうか」

 

「それで、そこら辺の登録設定を多少なら生徒でも弄ることの出来る形にすれば、最低限は守れると思いますよ」

 

「かなり管理社会型学校なことに加えて、システムの都合で高校生以上向けってことに目をつぶれば悪くはないのかも?」

 

 案外悪くない案かもしれない、と思いかけて。

 

「いや、そんなこと出来る財源あるわけないでしょ。風通しの良い職場(教室)なんだって、うちの学校は」

 

 金銭的にも、そして気温的にも。

 色々な意味でクリーンな学校に、二人の少女は通っている。

 そして有限の帰り道は終わりに近付き、片方の家の前へと辿り着く。

 

「じゃあ、これ渡しておきます。クリスマスが本体よりイヴの方が盛り上がるように、バレンタインもそういうの、ありだと思いまして」

 

 渡されたのは、言わずもがなチョコレート。

 意外にもちゃんとした包装を施された、と言うと失礼かもしれないと思う程度には立派な包装が施されていた。

 

「明日もどうせ帰り道一緒だから、その時で良いんじゃないの?」

 

「明日の私は、風邪に罹患する予定ですから。後に渡すと忘れてたみたいに思われて癪なので、今日(イヴ)に渡しておこうかと」

 

「明日休みやがる誰かさんへは、チョコを『後』に渡すことになる私側の事情を考慮してくれたり?」

 

「バレンタインだからと浮わついて、真面目に授業受けるつもりがない人達は来なければいいんです。私みたいな善良な生徒がその煽りをくらう事になるんですから」

 

 どうやら、会話を成立させることは難しいらしい。

 

 

「どの面下げてさっき優等生とか言ってたんだろ、この人」

 

「バレンタイン・イヴにチョコを用意する手早さを備えたこの顔です。クリスマスもバレンタインも偉人の生死関係ですから似たようなものですって」

 

 生死は真逆では、と思わなくもなかったが、反論したところで何かしらの屁理屈がかえってくることは自明だったので、少女は溜め息を返答代わりにせざるを得なかった。

 

 

「じゃあ体をお大事にね」

 

「何言ってるんですか? 私は元気ですよ」

 

 

 明後日は普段より10分早めに家を出よう。

 少女は強く決心した。

 

 

 

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