幼馴染が下駄箱に首を突っ込んでいる。 作:帰り道にはえている草木
◇
「節分の授業ってないですよね。本当に嘆かわしいと思いませんか?」
「嘆かわしいのはそっちの頭だよ。わざわざ50分も何やるの」
「フードロスの愚かしさとSDGsへの貢献意識涵養」
「それはもう節分の授業ではないでしょ」
今日は、2月15日。天気は曇天。
節分はとうの昔に過ぎている、ということは最早誰も触れてくれない。
◇
「まったく、酷いです。どうして今日はいつもの時間にいてくれなかったんですか?」
一昨日のことを完全に忘却の彼方に飛ばした幼馴染みを、少女は呆れたように見つめる。
「自分の胸に手をあてて訊いて欲しいんだけど」
「一年間善行をコツコツと積み続けていたのに、唯一の幼馴染みがバレンタイン・チョコレートをくれなかったという悲しい事実以外出てきません」
本当に何を言っているのかわからない、といった様子で少女は首をかしげる。
奇跡的な確率が重なり、曇天の隙間からの日射しが少女を祝福するように射し込む。
「ほら、太陽も私も祝福していますよ。スポットライトは事務所を通してから当てて欲しいところですけれど」
今日は絶好調だな、と諦めた表情で少女は日傘を取り出す。
直射日光は美肌の大敵であるが故に。決して、天からのスポットライトを遮る為ではなく。
「日傘……どうしたんですか? 美容とか気にするお年頃になりましたか? 私調べのオススメデパコスを紹介する──」
「いらないって」
「今ならなんと無料で、私調べのオススメ・デパートコスメを紹介して──」
「だから要らないって。欲しくなったら周りの友達に訊けばいいし。というか、何なら昨日そんな話をして、今度の土曜日に買いに行こうねって話をしたから」
「…………」
教室で年中人に囲まれている少女と、教室で年中活字に囲まれている少女の差はここに現れた。
「じ、じゃあ私が使っているのをあげますよ。もちろん無料です」
「要らないって。どうみても私に合わないでしょ、そっちに似合うようなの。使いもしないの貰ってもインテリアになるだけだって」
曇天の風は、とても寒い。
特に周りに人肌の熱がない人にとっては。
少女は近くの自動販売機に歩いて向かい、水と紅茶を一本ずつ購入してから戻ってくる。
「今日の幼馴染み料金はこれでよろしいでしょうか……」
水を差し出しながら、少女は怯えたような声色で言う。
それを受けて少女は、仕方ないなぁとぼやいてから水を受け取る。
「それで、節分フードロス防止授業についてですね」
切り替えの素早さを自身の数少ない取り柄の一つだと思っている少女は、すぐに調子を取り戻して話を始める。
「そもそも節分って適当に豆で鬼退治する桃太郎亜種だと思ってるんだけど、詳しい話って知ってる?」
そんな幼馴染みと十五年間も付き合っている少女は、もう切り替えの素早さに呆れることはない。
ただ、軽く息を吐くだけ。
「知っていますよ。日本国民として国民の祝日はばっちり網羅していなきゃいけません。四大義務と言っても過言ではありません」
教育・勤労・納税に続く四つ目の義務がいつの間にか現れているという摩訶不思議を一度呑み込み、少女はきちんと義務を果たしているかの確認をしてみる。
「じゃあ山の日って?」
「山が綺麗に見える日です」
そういえば、節分は国民の祝日ですらない。
「まあいいや、聞かなかったことにしてあげる。それで節分って詳しく知ってる?」
「魔を滅すると書いて
「それ、知識の出典がウィキペディアだったりしない?」
「集合知を馬鹿にしないでください。クオラムセンシング方式で、人類種は地球に対する環境開発度を決めているんですよ」
一昨日に引き続き細菌の話が連続するなぁ、と水を飲みながら少女は考える。
「でもさ。言葉遊びに言葉遊びを重ねてやってるんだったら、割と何でも伝統行事に出来るんじゃない? 例えば『魔が流れる』で
「一応。鬼は疫病が元らしいので、そういう物理的なものは効かないと思いますよ。それに、別にその言葉遊びだけが起源ではないらしいです。中国の風習を元にして、平安時代くらいに始まったらしいです」
ですから、単に言葉遊びというわけではないみたいです、と少女は付け加える。
一方、正論ではあるけれど、何か腑に落ちないものがあると不満げな表情を浮かべる少女。
伝統や他国からの風習というのは、勝手に言葉遊びに価値を付与してしまうものなのかもしれない、と悟りかけて──そもそも、最初の話題とかけ離れていることを自覚する。
「それで、節分の授業って言われても具体的に何するの?」
「節分の要は豆撒きと、年の数だけ食べる豆です。なので、全校生徒の年齢の半分程度の豆を用意して、奪い合いにすればいいと思います。それで、自分の年齢の数だけ奪えたら勝利。いいと思いません?」
「何処に良い要素があったのかを教えて欲しいんだけど資本主義の基礎をわざわざ実体験式で教える必要は何処にあるのか」
それこそ、フードロス防止は何処に行ってしまったのか。加えて勝手に節分行事を公民の授業と悪魔合体させようとしている幼馴染みの脳内はどうなっているのだろうか、と少女は思案するはめになった。
「違いますよ。そういう
「自分の年以上の豆を稼いで、親切をするという名目で意中の人か何かに豆を贈る。元々半分しか用意していないと銘打っている以上、それは慈悲となり不自然ではなくなります」
「で、その財源は何処から出てくるの? 故障が頻発しているパソコンを買い換えるより前にそんなことしたら、PTAか生徒のどっちかが暴動を起こすと思うんだけど」
そして、実行の可否以前の問題として。
目の前にいる年中座席と腰がボンドで接着されているのを疑いたくなるぐらい動かない人は、きっと
下手したら、事前に別の代替手段で買収するなり──それこそ、現実の資本主義みたいに。
「それぐらい校長先生のポケットマネーから出して欲しいですね。校長先生なんて公的立場さえ無ければ、私達みたいな華のJKと話すことすら許されないんですから。それぐらい貢いで欲しいものです」
校長先生を何だと思っているのか。
確かにクーラーはそよ風しか出さず、旧型のパソコンは立ち上げに5分程度の時間を要し、お手洗いは未だに一室だけ和式が残っているけれど、我々の学校における最大権力者である。一応。
そんな心の中に秘めた気持ちをそのままに。
仮に『節分合戦』が開催された場合の、自身に降りかかるメリットを思い付けないので、確認とばかりに口に出してみる。
「ところで、その節分合戦で我々が得することは未来永劫なさそうなんだけど。その点に関しては何かない? 弁明とか」
「決まってますよ。その日は病に予め負けておくんです。節分が病気への対策なら、先に罹患しておけば免疫が付いて──節分をやったのと同等の効果が得られます」
思ったものと違った答えが返ってきた少女は、どうしようかと逡巡してから、躊躇わずに言う。
「いや、そうじゃなくて。色々な人からやってくる買収願い……賄賂とかに分類されそうなものの対処が面倒そうだよね、って話をしようと思ってたんだけど」
「いいですよね、いつも人にたかられていて。これだから可憐な花に群がるハエが多いんですから、高校は嫌なんです」
「行動すればいいじゃんね」
「もう自動販売機はないんですけれど、どうすればいいですか?」
曇天の夕方。風は、とても寒い。
特に周りに人肌の熱がない人──幼馴染みから突き放された人にとっては、とても。
「じゃあ、これが聖ヴァレンティヌス処刑記念日・イヴ×364記念ね。これで一昨日の借りは返せたから!」
そう言って少女は、自分の家へと転がり込む。
残された少女は、包装された直方体の箱を片手に道路脇に立つ。
「いや、それだと来年分になるから返せてないと思いますよ……?」
通学路に、一人。
寒さからか、少女は頬の筋肉を動かしたくなる。
ちなみに中身は手作り