幼馴染が下駄箱に首を突っ込んでいる。 作:帰り道にはえている草木
◇
「生徒会こそが悪の枢軸なんです。あれさえ無ければ私は学年一位を我が物と出来るんですから」
「万年二位が何か言ってるよ。どうせ今回も数学か物理あたりで計算ミスしたんでしょ?」
まあそうですけど、と言ってから成績表を少女に見せる。
そこに並んでいる数字は大半が100──即ち、満点を示すもの。ただひとつ、物理でのみ92点という数値が示されていた。
自分の
「それじゃあ成績表を見せてください。
────少女は駆け出した。
「
一方の少女は、そう呟いてから追いかける。
◇
「それで……駆け出した理由、を訊いても……いいですか?」
息も絶え絶え、といった様子で肺と腹部を押さえている少女に、健康的な汗を軽くかいただけの少女はあたたかい紅茶を差し出す。
「これ……教育委員会に、提出したら、最高裁まで持ち上げてくれる、と思います」
苦虫入りナポリタンを噛み潰したような表情をしながら、少女は温かい紅茶を受け取ろうとして。
「流石に冗談だって。ほら、どうぞ」
少女は温かい紅茶を鞄へと入れ、代わりに冷たい紅茶を差し出す。
深呼吸、水分補給、そして深呼吸。
そのサイクルを三回ほど繰り返し、復活した少女は軽く感謝を告げてから鞄に紅茶を仕舞う。
「それで、あの学校の校則です。おかしいところは山盛り過ぎて最早K2ですが、わかります? おかしいんですよ。法的正当性ってのがありません。一般常識を胎内か……コインロッカーにでも取り落として来たのかもしれません」
回復するやいなや、怒髪天を衝く勢いで弁舌を回し始める少女に、紅茶をあげたことを半分後悔しながら返答する。
「やっぱりあれ? 高校の癖に成績が悪いときっちり留年させてくるところ? あれ、他の学校では聞いたことないし」
学年で毎年一人程度は留年させる、とかいう大学半歩手前みたいな惨状を異常に思っている生徒は多い。
それでいて仮にも私立学校である以上、学費は安くないというのだから──使えないエアコンやパソコンも含めて──腹をたてる生徒も多い。
「いや、そんなのどうでもいいんですよ。成績なんて取
「それ、私にすごい刺さるんだけど。どうしてくれるの?」
留年しない成績を取
酷い言われようを続けている私立学校ではあるものの、謎の人気を博している少女達の学校は──そこそこ以上に高校受験における偏差値が高い。その証拠に、受験倍率は二倍を越えている。
だから、少女はここに合格している時点で生徒全員に『留年しない成績を取るだけの能力はある』とみなしている。
「今度の土日、学年末対策を兼ねて
「生憎先約があってね」
「どこの女ですか?」
「男だね」
「???????」
脳を破壊されたらしい少女はこの世の全てに絶望したような表情で画鋲を取り出す。狙い先は自らの
「はいはい、やめてね。というかその画鋲いつものでしょ? 先が潰れてる奴。そのヤンデレムーブ、他人に見られたら事情説明が面倒なんだから」
「署まで同行願えますか?」
「なんで私が付き合わなきゃいけないの。心底面倒なんだけど」
「さて、一通り片想いボイスを入手したところで──週末に男と会う用事ってどういうことですか?」
別に、少女達は付き合っていない。
少なくとも口約束も書面上の契約も交わしていない。
「私はそっちと違って交流があるの。そりゃあカラオケとかにも行くし、ボウリングで遊びに──」
「だから成績がふるわないんですよ。ちゃんと学生の本分を果たさなきゃダメです」
見たくない現実を拒否するように、少女は言葉を上から被せる。
「でも学生のうちに遊ばないと。社会人になってからはなかなかこういう機会はないって聞くけど」
風が吹く。
本日は2月16日。天気は快晴、雲一つない晴れである。
絶好のアウトドア日和とも言う。
「そんなことより、地毛でも金髪や茶髪を黒に染めなきゃいけないって校則はおかしいと思いませんか? あの偉大なる日本国憲法第21条で定められた『表現の自由』がばっちり侵害されていると思いませんか?」
侵害されているのは表現の自由なんだ、と少女は思った。
加えて、地毛を黒く染めさせる事がどう繋がれば表現の自由を侵害することになるのかが分からなかった。
「確かに。1973年の尊属殺重罰規定違憲判決から最高裁判所は相対的平等説を認めているとはいえ、ですよ。それを言われると痛くはあるんですが、それでも地毛すら黒髪に強制されるのは違うと思います。これ、おかしいと思いません? やっぱり生徒会長を引きずり下ろして改革を為し遂げるべきですよね?」
一生使わない上に、一生使い時がわかることはないだろう知識が増えたことを実感しながら、少女は温かい紅茶を飲む。
少女は、ペットボトル紅茶が好きではなかった。
独特の甘さが生温さと組み合わさって、誰も得をしないハーモニーを無断で紡ぎ出す。
「ところで、今の私達の学年に地毛が黒以外の人っていたっけ」
「私の知る限りいませんね。何なら、上級生にも強制された人はいないと思います」
「なんで被害者がいない事柄をそんなに熱意マシマシで語れるの?」
「未来の被害者を根絶する為に決まってるじゃないですか」
被害者に対して根絶という語彙を使う人はあんまりいない気がする、という本質的ではない返しを少女は喉元で押し止める。
そもそもこの話自体が、『本質』と呼ばれるものからかけ離れた物であると言えば、反論の余地はないのだが、とも思いながら。
故に、少女はこの話に辛うじて残った
「要は、生徒会長が気に入らないってことでしょ?」
「流石十五年物の幼馴染です。以心伝心じゃないですか。こんな幼馴染は三百年に一度の完成度である昭和48年のものよりもワンランク、グレードが高いです」
人をワインか何かだとでも思っているのか──少女はこの発言に不思議と、少しだけの不満を覚えた。幼馴染の発言にしては、珍しく。
「じゃあ、もう家そこだから。また明日か月曜ね」
突然態度を変えて帰ってしまった少女を、これまで滔々と語っていた少女は静かに見つめる。
数秒間の静寂が空間を支配してから。
「まあ今日は自動販売機まで走ってきましたが……どうしたんでしょう。数少ない地雷は踏んでいないと思いますし……あ、そういえば」
誰もいないというのに、指を顎に当てる──考えるヒトのポーズをしてから、少女は言う。
「土日に遊びに行く男の名前を訊き忘れました」
まあいいですけど、と呟いてから少女は自らの家に──誰もいない家へと帰る。