幼馴染が下駄箱に首を突っ込んでいる。 作:帰り道にはえている草木
◇
「『よかったらこの後お茶でもどう?』って誘い方があるけどさ。用事があるから外に出てるってのに、付いてくと本気で思ってるのかな」
「用事が終わって帰りがけなら可能性はあるんじゃないですか?」
「でも買い物袋とか持っている人じゃなくて、そういうのって割と身軽な人に声かけてるイメージがあるんだよね」
「不動産内見とかのか細い可能性に賭けてるんですよ、きっと。というわけで、この後お茶でもどうですか?」
今日は、2月20日。天気は晴れ。
様々な事情で午前授業であった、そんな日であった。
「自販機の紅茶で我慢してね。奢ってあげるから」
140円のお茶会が決定した。
何なら、片方は水である。
◇
「それで、どうやったらあの手のお誘いって完遂されると思う?」
「一番わかりやすい手法としては、知らない人に付いていくというリスクを上回るメリットを提示することです。付いてきたら十万円をプレゼント、とかブランドものを無料で贈呈、という風に」
「それだとただのパパ活なんだよね。あるいはママ活かもしれないけど」
もしかしたら、『この後お茶どう?』が現代社会によって進化を遂げた姿がそれらなのかもしれない、と悲しき適応を遂げてしまった生物達に哀れみを捧げる少女。
「うーん、絶対に断られないお誘いの仕方ってあるのかな」
「逆に考えてみるのが良いのではないですか? 自分ならこういう誘い方をされたら断らないような誘われ方を考えてみる、という方向に」
なるほど、その手があったか、と少女は大袈裟に手を打つ。
それから数秒、考える時間を挟んでから。
「やっぱりクレジットカードとかを預けてくれたら、行きたくなるよね」
「この後、お茶はどうですか?」
少女からクレジットカードが差し出される。
差し出した手を軽くはたかれ、少女は軽く顔をしかめる。
「だからそれじゃあ……友達じゃないでしょ?」
「私達の関係性を友達と呼ぶべきかは議論の余地があると思います。小学校から、ずっとこの様に登下校していますから」
少女は議論の余地があるといいながら、その実そんな言葉でまとめられることに軽い憤りを覚える。
「それはわざわざ習い事の時間まで合わせてきたそっちのせいだからね?」
「この後、お茶でもどうですか?」
少女は自動販売機を指差す。
呆れたような溜め息を残し、もう片方の少女は小走りで自動販売機のもとへと向かう。
「ラッキーなことに当たりが出ちゃったから、二本あげるよ。ほら」
少女は紅茶と……イチゴムースパフェ味のソーダを差し出す。
「これは何ですか?」
それを手渡された少女からは中学一年生の英語例文のような文章が、口をついて出てくる。
「見ての通りの飲み物だけど」
見るからに甘ったるそうなパッケージに、見るからに糖度の高そうな液体色。
少女がちらりと、裏の商品表示を見ると1本あたりのカロリーは280キロカロリー。
コーラよりも高い熱量に、商品企画部の正気を少女は疑った。
貰った以上仕方ない、と一口だけ口をつけて。
「よくこれ、企画会議に通りましたね……絶対飲んでないと思うんですけれど」
ムースとパフェの甘ったるさに続いて、絶妙に味蕾を刺激するイチゴの酸味。更にこれでもかと添加された人工甘味料により、刺激的な味としてまとまっている。
「残る感触が不味めの液体粘土なんですけれど」
「粘土、食べたことあるの?」
「ありますよ。食べる用の粘土は販売されていますから」
販売されているからといって、食べていることにはならないと思う。そんな心のもやもやが生まれるものの、指摘したところで何も生まれない。
それがわかっているからこそ、少女は敢えて触れない。
それはそれとして、帰ったら母親に食用粘土の購入を頼んでみようと決心するあたりは、類は友を呼んでいるとしか言えない。
「なら、何でも食用に出来るのかな。例えば、食用お布団……みたいな」
「そもそも食用粘土のように食用品が用意されているのは、幼い子が口に含んだりしても問題ないようにする為のものですよ。食べられない為に苦くするのとは真逆の対策です。なので、そもそも口に含んでもあんまり問題にならないお布団は、食用にする必要がありません」
「じゃあ、鉛筆は? 小さいし、誤飲すると大変でしょ? 私も魚の小骨を食べて喉からかなり出血して……救急車に運ばれたことあるし」
「食べられる文房具はあると聞きますが……それ以前に、どうして幼馴染である私が知らない救急車搬送エピソードがあるんですか。いつ頃の話をしています?」
鉛筆本体を食べてもいいのか、鉛筆で書いた部分を食べてもいいのか、という詳細な記憶を脳の奥底から引っ張り出すよりも、知らない幼馴染の救急車搬送エピソードがあることへの驚きを少女は優先した。
「中学の時かな」
「最近じゃないですか。どうして今まで教えてくれなかったんですか?」
「別にこれといって話す理由もなかったから」
「私達の間に隠し事はナシにしようって誓いあった仲じゃないですか」
確かにしたけれども、と少女は昔のことを思い出す。
幼稚園時代、旅行で三日ほど離れることになったときに交わした約束であった。
「じゃあ、話を戻して。どうやったら断られない『この後お茶どうナンパ』が完成すると思う?」
ちなみに、一口だけ飲んだイチゴムースパフェ味ソーダは、買ってきた少女にプレゼントされている。
買ってきたものは、買ってきた人が責任を持って飲み干すものだから。
「相手が一目惚れするような容姿になるのが良いんじゃないですか? そうしたら、一撃で落とせますよ」
「ナンパをする時は無貌の神になりましょう──いや、それが出来るなら別のことするでしょ。そんなしょうもないナンパになんか使わないって」
「仮に無貌の神になってしまったら、ナンパ以外の何をするんですか?」
あり得ない仮定に、あり得ない仮定を積み重ねる。
杞憂と呼ぶのすら杞憂に失礼な不安が、少女を襲う。
「うーん、やっぱり定番は世界一の美女・イケメンになって、色々な人を引っかけるとか?」
「引っかかってもいいので、お茶でもどうですか?」
イチゴムースパフェ味ソーダが手渡される。
渡された少女はもう一度それに口をつけ、渋柿を口に詰め込んだような表情を浮かべる。
「じゃあ、そっちなら何するの? 無貌の神になって」
午後一番に華の女子高生がする会話である。
「相手と全く同じ姿になって、悪評を増やすとかでしょうか」
「やっぱり見かけによらず、やることが悪どいよね」
私もやるかもしれない、と思ったことを棚にあげて少女は言う。
むしろ、日常的には男女分け隔てなく人付き合いをこなしている少女からその台詞が出てきたほうが異常である。
「誰が陰険人間不信コミュ障外道眼鏡ですか」
「眼鏡じゃないでしょ」
「それ以外は否定してくれないんですか……?」
「陰険にも見えないよね」
暗にそれ以外は否定しない少女に対して、罰ゲームソーダが手渡される。
少女は渡されたそれを飲む。
「うわっ、本当に不味い。予想以上にちゃんと粘土してる。しかも匂いも擁護できない」
「別に擁護するものでもないと思いますよ」
そんな話をしていると、片方の家の前へと辿り着いてしまう。
「それで結局、断られない『この後、お茶どう?』の方法って何だと思う?」
問われた少女はこの上なく自明なことを告げるように、答える。
「普通に交友関係を深めてから、誘うことですよ」
この世の真理がそこにはあった。