幼馴染が下駄箱に首を突っ込んでいる。 作:帰り道にはえている草木
◇
インターホンが鳴り、少女が玄関から出てきて、門を開く。
「ねえ、友達の家に行く時に手土産を忘れてきた時って、どうやって誤魔化せばいいと思う?」
久しぶりに家へと遊びに来てくれた幼馴染が、挨拶よりも先に何か誤魔化そうとしている、と少女は見抜く。
「いいんですか? 此処で私が機嫌を悪くして拒否したら家に入れなくなってしまうんですよ?」
「あ、じゃあ今日はお疲れ様。楽しかったから、また誘ってね」
開かれた門を無視し、少女は自宅方面へと傘と共に体を向けた瞬間。
「嘘ですよ嘘、冗談に決まってるじゃなないですか。来てくれること自体が、私にとって手土産になるに決まってるじゃないですか。実質、神様からの祝福といっても過言ではありませんよ。ね? なので、中に是非とも入ってください。お願いします」
今日は、2月23日。天気は大雨。
家の中に閉じ籠もるには、絶好の日である。
家の中からでも鼓膜に響く雨の音。
ざあざあと降りしきる雨の中、少女は言う。
「やっぱり水も滴る良い女──ですね」
「願わくば早急にタオルを貸して欲しいんだけど」
1時間降雨量が25mmを越える豪雨の中やってきた少女に向けて、家主である少女は一眼レフを向けている。
それに対して何か文句を言うでもなく、タオルの要求だけをし、玄関のタイルを濡らし続ける少女。
「それとこれ、はい」
雨に濡れた少女は、鞄から何かを取り出す。
そこにあるのは、『フロレス・アルビ』と店名が銘記された包装。
包装されたものであれば、安いものでも四千円はくだらない高級菓子である──ことに加え。そういったものを見慣れている少女からすれば、それが昨月から販売されはじめた新商品であることは一目で判断出来ていた。
八個入り、八千五百円。
この間電子の海でサーフィンをした時の記憶から、少女は差し出されたものの値段のあたりをつける。
「婚約届けですか?」
「これが紙に見えるなら、外に出て頭を冷やしてきたほうがいいと思うんだけど」
おどけてみせたのは、友人の家に持ってくるには
「ついでに紅茶を買ってきていいですか? お気に入りのペットボトル紅茶の在庫がほとんどなくなっているので」
「家主がいなくなってどうするつもりなのか。いない間に自室、漁られてもいいの?」
「漁られて困るものは法的契約書類以外ありませんよ。唯一奪われて困るものは、もう奪われていますから」
その
役所までに迷惑をかけないで欲しい、とも思いながら。
「ちなみに。奪われたのは心ですから──とかカッコつけて言ってくれようものなら、私の今日一日の予定が、『ひとりで駅前スイーツ店巡り』になるんだけど」
雨に濡れていない少女は数秒間、押し黙ってから。
「さあ、あがってください。コートは預かりますから」
優雅に一礼をする。
もう、何もかもが手遅れではある自覚を抱えながら。
「えっと、まずタオル貸してくれる?」
八千円とコートが、タオルと交換された。
◇
ダイニングに案内された少女は、テーブルの上に置いてあるイチゴムース・ホールケーキに目を惹かれる。
ついでに、心は引いていた。
「えっと、これはなに?」
「紹介したほうがいいですか? 我が家のイートインスペースです。無駄に広いので、二人で過ごしても手狭にはなりませんよ」
「そうじゃなくてね」
食卓を囲む椅子は八つ。
それぞれに人が座ったとしても、窮屈に感じないだろうほどの広さは確かに存在していたが──そこではなく。
場所の意義を説明して欲しいのではなく、テーブルの上に鎮座している二段重ねのピンク色
「確かに摂取カロリーは気になりますよね。これに菓子折りまで食べてしまったら、結構なものになってしまいますから」
「いや、だからその
「ケーキですよ?」
「知ってるよ」
家主から提供された珈琲に口をつける。
均整の取れた酸味と苦味が、喉を通過する。
一方、当然のように隣に座る家主は紅茶を一口。
「で、これは?」
「イチゴムースケーキですね。月曜日に飲んだ罰ゲームソーダの口直しに、と」
口直しにしては遅くないか、と疑問を抱えながらも理由には概ね納得しようとして──全く納得出来ないことに、少女は気付く。
「これ、高いんじゃないの? 二段重ねだし、飾りも豪華だし……」
少なくとも、幼馴染が一人で遊びに来たというだけで提供される品物ではないと、少女は考えた。
ついでに言うならば、これを二人で消費しきれるとも思えなかった。
「自分で作ったので、材料費以外かかっていませんよ。補足をするなら、食器は我が家にあるものを使っていますから」
「へぇ、自分で──え、自分で?」
少女は目の前に鎮座している
とてもではないけれど、素人が作ったものとは思えない出来に困惑の表情を浮かべて。
「あれ、お菓子作り……ケーキ作りって得意だったっけ」
とりあえず、真っ先に絞り出された質問を投げ掛ける。
十五年の関係性があるものの──そのような素振りがあった記憶が、少女にはない。
「今まで披露していなかったかもしれませんが、別に出来ますよ。この間、救急車搬送エピソードで驚かされたので、お返しです」
魚の小骨を喉に詰まらせて救急車で搬送された話と、店に並んでいても違和感を抱かないだろうケーキを作れる技量を持っている話を並べないで欲しい、と少女は思った。
少なくとも。小骨のせいで吐血し、口の端から血が垂れている自分を鏡で見て『これ、それっぽい台詞と組み合わせたら小説の主人公みたいになれるな……』と考えていた当時の自分と並列して欲しくはなかった。
「いや、でもどちらにせよ大変だったでしょ。これだけのもの作るの」
幼馴染が訳のわからない技能を気付いたら習得していることは、今に始まったことではないので、驚きは深呼吸と共に消化される。
ピアノや琴、日本舞踊に生け花という欄にケーキ作りが並んだだけである。その多彩さを「だけ」で済ませていいのかには、疑義を挟む余地があるが──なんてことを少女は考えながら。
「ケーキ屋職人の朝は早いんですよ? でも、早起きは三文の徳ですから」
現在時刻は、午前7時。
そもそも、よその家に遊びに来るには早いとしか言えない時間であった。
少女は、幼馴染の眼を眺めて──少し化粧で隠されているものの──寝不足であることを読み取る。
何がそこまでこの幼馴染を駆り立てるのか、と嘆息しながら。
これだけ丁寧に饗応されて嬉しくならないほど偏屈でもない、と少女は自己分析する。
「まあ、ありがとね。でも、それはそれとしてさ」
少女の脳内には、最初から気になっていた疑問が未だに残っている。
「そもそも、どうしてケーキが用意されてるの?」
抱いて当然の疑問に対して、家主の少女はカトラリーを用意してから言う。
「決まってるじゃないですが、今日は──」
少女は軽くウィンクをしてから。決め台詞を放つかの如く言葉を紡ぐ。
「──国民の祝日、天皇
蝋燭は七本だった。
別に、元号は年齢を意味しない。