幼馴染が下駄箱に首を突っ込んでいる。 作:帰り道にはえている草木
◇
「『朝は二部屋で、昼には三部屋、夜には四部屋』──これが何かわかりますか?」
帰り道の最中、少女はなぞなぞを出題する。
何の脈絡も存在せず、突然なぞなぞを出題された少女は少し考える素振りを見せて──『朝は四本足、昼は二本足で夜は三本の生き物は何か』という有名ななぞなぞを思い出す。
だが、あれとは全く違うと思い直そうとして──気になってしまった。
「ねえ、それ関連で有名な謎々ってあるじゃん? 朝は四本足──で始まる、答えが人間の」
「ありますね」
自らが出題したなぞなぞがスルーされたことに軽く不満を覚えながらも、完全に話題としては流れたわけじゃないので、少女はその不満を一応は呑み込んで返答をする。
「あれ。全然朝じゃないし、昼でも夜でもないよね。個人的には『最初、次、最後』みたいな区分にしたほうが良いと思うんだけど。理由ってあるの?」
「ギリシャ神話において
何も参照せずに英文を暗唱した──しかも、流暢に──幼馴染に対して、知識の底を確かめたくなるものの、今は答えを聴こうと欲求をぐっとこらえる。
「ついでに、ギリシャ神話が出典なので、本来は古代ギリシャ語の方が望ましいとは思うのですが……ここはギリシャ語で許してください。すみません、私がギリシア神話……というか、あの付近の神々があんまり好きではなくて」
世間一般の高校生は、古代ギリシャ語を知らないことで謝罪をしないと思う──少女は、そう考えた。
ついでに、
「『朝』は
「昼と夜は──あ、いいや。ここで納得したってことにしとく」
つい訊きそうになるが、これ以上深掘りしても自分には理解出来ない領域の話になってしまう、と少女にはわかっていた。
好奇心の赴くままに質問をしてもいいが、それで困るのは自分であることを、少女はよく理解していたのである。
「にしても、なぞなぞにしては気取った言い回しをするんだね。平安時代と同じマインドなのかな。ほら……望月ピカピカでやったぜ、みたいな和歌もあったし」
「二つの時代は結構違いますが……というか、その理解度。さては日本史の授業、全く聞いてませんよね」
少女からの追及に、軽く目を逸らす。
思い出されるのは、授業用ノートに記入されたミミズ文字と、睡眠欲という魔王との激戦の記憶。
「はぁ……それだから……まあ、いいです。同じ地域で興味を持ってもらえそうな話をするなら──
また何か難しそうな話を始めた、と耳を塞ぎそうになった少女は後半の言葉で少しだけ興味を取り戻す。
「じゃあ、私も舞台上で虚しく踊るだけの役者?」
幼馴染が発した悲観的な視点に軽く驚きつつも、首肯する。
「ですね。私も舞台上でこうやって知識を教えるだけの役者に過ぎません。例えそれが本質的には虚しくても──こうして
今日は3月1日。天気は快晴。
絶好のレスリング大会日和であり、そして。
「うん、まあ……」
「じゃあ、結婚式でもしますか?」
絶好の結婚式日和でもある。
勘違いをしてはいけない。
個人ではなく、幸せは町々に送り届けられなくてはいけない。
そして、ギリシアの神々を崇めない人に祝福は訪れない。
◇
「今日はお水じゃないんですね」
自動販売機産のおしるこを飲む幼馴染を見て、少女は言う。
いつぞやの罰ゲーム・ソーダのような例外でもなければ、幼馴染はいつも同じ飲み物を選択している。
故に前からあるメニューである、おしるこを選ぶというのが少し不可解に思い、質問をなげかける。
一週間毎に完全に同じ献立で生活している自分を完全に棚へと持ちあげて、少女は言う。
「ちょっと心変わりすることがあって」
「失恋ですか?」
ぐい、と身を乗り出して食い気味に訊かれた少女は少しのけぞる。
この幼馴染は何をそんなに焦っているのか、と少女は若干呆れた表情を浮かべながら。
「なわけないでしょ。というか、毎日一緒に帰って何処に恋愛要素があると思ってるのか」
「一目惚れしてから、今日の休み時間に告白して玉砕とかでしょうか」
「この時期に?」
改めて、今日は3月1日。
学年末試験が始まるまで後3日である。
この絶妙な時期に交際関係をスタートさせようとする猛者がいないとは断言出来ないが、とても珍しいことは間違いない。
「ほら、卒業式シーズンですから」
「ごめん、今我々は高校一年生って認識なんだけど」
「しかし、先輩は卒業式シーズンですよ?」
「だとしたら、当日か……せめて前日に言わない?」
少女はお汁粉を飲む。
そういえば、「おしるこ」と「ぜんざい」の違いがわからないな……などと考えながら。
「失恋が違うとするなら……どんな心変わりがあったんですか?」
問われた少女は真面目に答えようか、それともふざけた返答をしようか悩む。
そして、悩んだ結果。
「就活頑張ろうかなって」
どちらでもない答えになった。
一方、突然相談を持ちかけられた形になる少女は、予想外の台詞に、思わず目を見開く。
渦巻いた感情は心配と疑問。
「どうしてですか? 私達の学校に入って、大学に入らないというのは珍しい選択ですが──いえ、否定するわけではありません。ですが……」
「ごめん、いくらなんでも口から出任せ過ぎた」
「…………」
幼馴染の視線が突き刺さる。
少女は再度、お汁粉へと現実逃避をする。
甘さと粒々のバランスを堪能してから、ちらりと幼馴染を見て──もう一度、味わう。
それから。
「ごめん、いくらなんでも口から出任せ過ぎた。ちょっと滑舌が終わり散らかしてただけだから」
「なら、本当はどのようなことを言おうとしたのですか? さあ、答えてくださって結構ですよ」
口元だけ笑っている表情で、少女は促す。
「シュ、シュークリーム買おうかなって……駅前で。この後ね? 良かったら、一緒に行く?」
「はい。もし迷惑でなければ、是非ご一緒させてください」
少女は、日本語の持つ奥ゆかしい言葉の圧力を感じ取ってから、財布の中の残金を思い出していた。
◇
駅前でシュークリームを二人分購入した、帰り道。
「ちなみに、本当の心変わりはどのような内容なのですか?」
半分ほど記憶の底に埋めていた記憶を掘り出された少女は、飲んでいたお汁粉の逆流に耐えるはめにあう。
一呼吸分の時間を置いてから。
「いや、いつも頼ってるようで申し訳ないから、ちょっと一人で頑張ろうかなって思ったんだけど……なんか無理そうな気がして」
その言葉を聞いて、少女はパチパチと目を開閉する。
先ほどとは違う、純粋な驚き。少なくとも負の感情は混じっていないもの。
「いいんですよ、別に。私は別に負担を感じていませんから。私達は十五年来の──莫逆の友、ですからね」
令和七年。若くして名を模試に連ねる博学才穎の幼馴染みの発言に、少女は軽く安心の笑みをこぼす。
知らない言葉が混じっていたけれど、恐らくそれは幼馴染に分類される言葉だと信じて。
「だね。じゃあ、相変わらずってことで」
シュークリームは、とても甘かった。
「ところで、最初のなぞなぞの答えって何?」
「ああ、それは『生命体の心臓』ですよ」
答えを聞いても理解出来ないなぞなぞはどうなんだろう、と少女は思った。