幼馴染が下駄箱に首を突っ込んでいる。 作:帰り道にはえている草木
◇
「違法行為と合法行為の境界ってどこにあると思う?」
「法律に規定されているかどうか、ではないでしょうか。違法判決になるかと違法行為は違いますから。した時点で、違法行為は違法行為になりますね」
物騒な会話をする帰り道。
少女達は普段よりも軽い鞄を持ちながら、住宅街の中を歩いていく。
「でも問題になるのは違法判決の方でしょ? なら、誰にもバレなきゃ問題ないんだよね……」
「その発言を聞いてしまった人として。そして、幼馴染として私に止めなきゃいけない責任が発生した気がするのですが」
幼馴染がどんな狂行に走ろうとしているのかを、少女は軽く想像する。
幼馴染の性格から考えて、強盗や窃盗というよりは殺人や傷害罪の可能性が高いと考え──せめて、それが自分に向かってくるものであれば良いのだけれど、と考える。
「いや、何とか合法的にカンニング出来る方法ってないかな」
今日は3月4日。天気は曇天。
あるいは学年末試験初日──教科は、数学と国語であった。
◇
「で、実際どう思う?」
「素直に勉強すればいいと思いますよ」
「それはそうなんだけど……! 確かに今日の教科──
少女は幼馴染の戯言に付き合うのをやめて、帰ってから何をしようか考え始めた。
試験対策という意味での勉強は既に終わっており、更に明日は
「それで、何ですか?」
「はい……それで、あの、カンニングについて……」
「偽計業務妨害罪です。刑法233条に書いてありますよ。一応補足しておくなら、250条に時効は行為日から三年との記載がある*1ので、実行するなら注意してください」
いつになく冷たい声で少女は幼馴染の妄言をあしらう。
少女にはカンニングをする意義も理由も理解出来ない。
自分の能力が周囲と比較して低迷していると知っており、それが不本意であるならば、周囲よりも早めに勉強を開始すれば良い──そう、本気で思っている。少なくとも同じ学校の人に対しては。
「何を注意すれば良い?」
「私が言い触らさないことに、です。三年間は社会的立場が人質となった奴隷にクラスチェンジされますよ」
「き、基本的人権……」
少女は、今回の試験範囲である日本国憲法第十一条を持ち出す。日本国民ならば認められるはずである、当然の権利。
「日本国憲法第九十七条より抜粋。『この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果』、らしいですよ? カンニングなんてしようとする人は、
にこり、と少女は笑みを浮かべる。
笑顔とは元来威嚇行為である──そんな言説を、インターネットのどこかで見かけたことを、少女は思い出す。
同時に、今目の前に存在している表情がそれに分類されるであろうことにも気付いて。
「あ、あはは……じ、冗談にマジレスしちゃってぇ……!」
少女は頬をひきつらせながら、乾いた笑いを浮かべる。
少なくともそれぐらいしか、何故か法律に詳しい幼馴染に有効である対処法は存在しなかった。
一方。憲法を暗唱した少女は、今しがた暗唱した第九十七条の
『これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである』
飛ばした部分をふまえるなら、幼馴染が『努力の成果』とやらを受け取れない理由がないことは知っていた。
ただ、少女は嘘を言っているわけではない。
意図的に条文を飛ばし、そこまでの文章からの考察を何となく述べてみただけ、である。
日本国憲法における第十章。
「というか、それを言ったら……そう、この間言ってた『山を張る』っていうの。あれ、結局どうなったの?」
ああだこうだ言いながらも、結局その行為に頼らなかった少女は六日ほど前の話を蒸し返す。
「いつ頼られてもいいように、
妙に強調された準備という言葉に、少女はそれ以上の深掘りを許さない気迫を感じた。
話題と空気を切り替える為に、自動販売機へと逃げる。
「はい、紅茶」
「ありがとうございます……それは?」
少女が手に持つのは、いつも購入している水と、前回購入した時より何故か十円値上がりしていた罰ゲームソーダ。
「自制のためにね。自罰精神が育てるものもあるでしょ?」
少女はよくわからない言い訳をしてから、ソーダを飲む。
それも、結構な量を──ペットボトルがほとんど空になるような分量を。
「……大丈夫ですか? ほら、まだ口は付けていませんから」
少女は、蓋をあけた紅茶を幼馴染の口元に持っていく。
それに対し、近付いてきた紅茶を手でおさえて水を飲む。
「大丈夫。少なくとも、今日の試験の点数と同じぐらいは」
「じゃあ大丈夫じゃないですよね? お水、もっと必要ですか?」
事実関係なく多方面に対して普通に失礼だな、と少女は思った。
「ふぅ……これでも、結構今日の試験は出来たんだけど?」
「なら……数学の最後の大問の(2)。どうやって解きましたか?」
「どうして最後の問題まで辿り着いてると思ってるの?」
「これ、私が悪いんですか?」
当たり前だ、と少女は頷く。
この一年間を見ていれば、数学の平均点が六十点前後になるような設計となっていることは自明であった。
それ故に、最後の問題まできっちり解答している幼馴染の方がはっきり言って異常であり──解いた感触では、大体半分な自分は悪くない。少女は、視線だけを用いて
「じゃあそっちはどうなの。出来てる?」
「暇だったので、一般化してから最後にp=3を代入する、という方法で解いてみました」
「それ、
「合ってるから問題ありませんよ」
いや、そうじゃなくて──そう反論しようとして、そもそも解けていない自分よりは学業という面で優れていることは間違いない、と思い直す。
だからといって幼馴染の自由奔放さを完全に放置する気にもなれないのだけれど、と思考を脇道にそらしながら。
「ちなみに、どうやって?」
最後の問題は三角関数と整数分野、その融合問題。
「嫌がらせも兼ねて三角関数を無限級数で定義して、無意味に複素数範囲に拡張しつつ、性質が単位円による性質と同一であることを示してから──第二種チェビシェフ多項式を利用することで証明。それから、最後にp=3を代入、ですよ?」
下手したらカンニングより、こっちの方がタチ悪くないか?
少女は八割ほど意味のわからない文章をそのような暗号として認識しながら、そんなことを考える。
「あと。その前のフィボナッチ数列の問題は一般項を覚えていたので、数学的帰納法でそれが漸化式を満たしていることを示して使いました。意味もなく黄金数を指数関数表示したりもしましたが」
少女には、やっぱりこっちを先に罰するべきな気がしてきていた。
「そんなことないですよ。カンニングは卑劣で、許されない行為です」
そうだけどさ……
そっちは法で裁かれないタイプの悪だよ、多分。
少女はそう思った。