強欲少女のヒーローアカデミア 作:pastel
──ここまでの結果を得られるとは彼も想定していなかっただろう。
彼が彼女の因子に干渉した時、ソレは奪われないよう抵抗するどころか奪う際に発生するエネルギーを逆流させ『AFO』を奪い、取り込もうとした。
それを無意識下、もしくは因子に眠った彼女の自我がそうさせたのかは定かではないが……重要なのは彼女自身がそれを欲しがったということ。
そして個性を奪われる前に与えた結果何が起きたか──『AFO』の因子に彼の意識が眠ったまま彼女の因子と混ざり合い、今や最初からそうであったかのようにごく自然に精神が融合されている。
とはいえ主導権は彼女にあり、現状出来ることは彼女の思考に混じって欲望を助長させる程度──だがそれでも、彼の個性を使えば使うほど精神の統合は促進されるだろう。
現時点で彼女の精神に直接干渉し肉体の主導権を得ようとすれば、個性ごと肉体から追い出されるか、完全に呑まれてしまうだけ。
記憶への干渉も出来ない以上八方塞がりかと思いきや、彼女自身が王になる事を望んでいると来たものだ。
正しく、僥倖。
***
妙な気分だ。新たに芽生えた個性が、まるで最初から備わっていたかのように『強欲の権能』と混ざりあっている感覚。
それに拒否感を覚える訳でもなければ、むしろ以前よりも抑えが効かなくなってくる感じだ。
何とも言語化し難い、妙な気分。
この個性は魔王を殺した後で得た物だ。力を奪い己がものとし、そして力を与える個性。
「何故、彼が数え切れない程の個性を併用出来ていたのか合点がいった」
あの夜、彼は彼女の権能を奪おうとしたのだろう。
だがその目論見は上手くいかず、結果彼女の権能に奪われる形となった。
どう奪ったのか、何故奪われずとも干渉を許してしまったのか、解せない事を悩もうが結果は既に出ている。
「両者共に意図していない事象が、両者の個性によって引き起こされた。つまり僕は、本能的に彼の個性を欲していたとでも言うのか……? まぁそれならそれでいい。欲しいものを手に入れるのは人が持つ当然の権利な訳で、公正な競争の中で他者から奪うことも努力や能力の結果が出ただけ。競争の結果として敗者が私財を失う場合、勝者がそれを得るのは自然な帰結だしね。僕はただ、優れた者が報われるべき社会の原理を反映してるに過ぎない」
『AFO』を自身が授かるべき権能の一つだと解釈した彼女は、早速この個性で出来る事を試してみたいと心踊っていた。
しかし、身近な人間は壊理しかいない。
壊理自身が彼女の所有物である事を加味すれば、個性の検証だっていくらでも行えるだろう。
未だコントロール出来ない『巻き戻し』を使うコツも、自分で扱ってみれば幾らか理解出来るかもしれない。
だが駄目だ。何故駄目か。
端的に言えば彼女にとって、壊理の個性を奪う事は壊理の純潔を散らす事に等しい。
そんな度胸もなければ、別に人体実験の対象を一番大切な人にする理由もない。
「壊理、少し出掛けようか。君はまだ外の世界について知らない事ばかりだろう? 新しい環境や物事に触れることで初めて自分の視野が広がり、考え方や価値観が磨かれる、それが女性として強くなる為の第一歩だ。それに、知らない世界に飛び込む勇気を持たない奴が人生で何か大きなことを成し遂げられると思う? 結局、自分の足で歩いて、目で見て、肌で感じたことだけが、本物の知識や経験になるって事だよ。そうさ、迷う前にまず歩こう」
二人きりで穏やかな雰囲気の中、隣に座る壊理の頭を撫でる彼女は紛れもなくレグルス本人だろう。
そこに疑う余地などない。
「お出掛けは良いけど、この前みたいなのはあんまり見たくないかな……」
神野の戦いでは終始レグルスに守られていた壊理だが、その瞳にはしっかりと人が傷つき、死んでいく様を焼き付けている。
それを行った張本人である彼女の、人の死に何の感情も抱かぬ冷たい表情も同様に。
レグルスが何をしようとそれが彼女の意思ならば受け入れる、がそれとは別に壊理自身はそれに忌避感を覚えている。
治崎が人を分解する様を、目の前で何度も見せられた過去にどうしても重ねてしまうから。
「そうだね、昨夜は私の都合に散々付き合わせてしまった。でも私だって望んでた訳じゃない。これから先も、私達の前に立ってくる無礼な輩は沢山現れるだろう。そういう奴らが未来永劫現れない為に、私達は力を示していく必要があるんだ。言葉が通じぬ馬鹿には、絶対的な力を持って屈服させる他ない。私は争いを好まないけど、だからって弱者相手に遠慮するほど臆病者でもないってだけさ」
例え相手が誰であろうと、道を阻む(ように見えた)なら危害を加えるスタンスは絶対に変わらないのだと察する。
もしも個性を使いこなせるようになれば、自分も今のレグルスのように振る舞わなければならないのか……そんな一抹の不安を抱えながらも、自分一人で別の道を探せる訳でもない為彼女に委ねるのだが──、
「さぁ、行こうか」
そうして二人は陽光溢れる街へと足を踏み入れていく。
世間から注目され、もはやその危険度は地震や津波のような自然災害と同等であると看做されている彼女は特に顔を隠す事もなく街を歩いているが、少ししてその異変に気づく。
「おかしいな、此処は都心から離れているとはいえ、いくら何でも静かすぎる。まるで僕ら以外に人が消えてしまったみたいだけど、人が居た形跡はあるね」
「お店、どこもやってないのかな……?」
平日の昼間、住宅街から商店街まで人は見えない。
その異質な状況に、雄英の市街地を模したグラウンドを思い出す。
「これは、僕もそれなりに名が広まって来たって事かな。この国の人間は危険と隣り合わせの生活を送ってるのに危機感が欠如してる事が不思議で仕方なかったけど、どうやら昨夜の一件は流石に他人事だと思えなかったらしい」
敵連合の頭である死柄木弔とオール・フォー・ワンが神野で”死亡”した事は大々的に報じられ、人々に束の間の安寧をもたらした。
それと同時に高まってしまう、レグルスへの畏怖。
歩く災害を単身で撃破し、そのまま街一つを無秩序に壊滅させた力は新たな恐怖の象徴が誕生した事を否が応にも理解してしまったのだ。
不幸中の幸いと言えるのは彼女の現在位置が掌握出来ていること。
逃げ隠れが得意な魔王とは違い、魔女は逃げも隠れもしない。
拠点だってそこらの民家を乗っ取っているだけの、犯罪者としては三流の立ち回り。
だからこそ彼女が動いた時、すぐに近隣へ避難勧告を出せるシステムが構築できたのだ。
「僕への策などその愚鈍な頭があれば幾らでも考えつくだろうに、僕に勝てる可能性を考慮した途端、逃げの一手だ。勝って助ける事も、安心させる事も出来ないと言外に告げているようなものだ。だからがっかりしたんだ、この世界の英雄には」
誰しもが異能を持つ世界に生まれ変わってみれど、結局世界に住まう人間の質は変わらない。
だからといって飽和しているヒーローを殺して回る事はしない。
彼女が名を上げれば、大した志の無いヒーローは自然と家に閉じ篭り、転職サイトを眺めている事だろう。
「ヒーロー殺しが台頭しても贋物は蔓延り続け、大衆は映画を見ているかのように盛り上がるだけ。そのくせ僕が何度か行動を起こしただけでこれだ。人間は警察やヒーローみたいな特定の対象に向けた悪意よりも、無差別に多くの人を巻き込む災害に対して強い危機感と恐怖を抱くって事だ。いいや……何より、それを止められる人間が居ない事に恐怖を覚える」
オールマイトが台頭して以来、日本は相当平和になったと言える。
長い年月、彼一人に支えられ平和ボケした社会と数だけは増えるヒーロー、水面下で力を蓄える日陰者。
そうして誰もがコツコツと積み上げ、目指した明日を奪ってくる不条理に恐怖するのは当たり前だ。
それでも立ち上がる者は現れるだろう、だがそれは決して勇敢などではない──、
「ねえ、お姉さん、あれ……」
「あぁ、これだけ人が居なければそりゃあ小悪党の一人や二人湧いてくるさ。いや、丁度いいか。受け皿として整っていれば誰であろうと構わない」
壊理が指差す先に存在するのは、どう見ても盗みを働こうとしている小悪党の男。
後先を考えないタイプの人間は、危機に陥った時ほどタガが外れるものだ。
そうして彼女はゆっくりと男の元へ歩み寄り──、
「──そこまでだ」
声を上げる隙もなく制圧する。
彼女の声が耳に届いた時点で地に伏せていた男は何が起こったかすら理解出来ていないだろう。
そう困惑する男を踏み付けながら彼女は悦に浸る。
「あのさぁ、君はこの異質な状況を利用しようって考えたわけでしょ? なら、失敗した時にどんなリスクが待ってるのかくらい、ちゃんと頭で計算すべきじゃないの? 少し立ち止まって数分先の未来を想像できたなら、こんな愚行はできないよ、例え明日生きてる保証がないほど追い詰められている人間でもね。人生ってのは選択の連続で、どの選択にもリスクとリターンがくっついてくる。君がこの状況を利用するって決めた時点で、成功すれば相応の利益を得られるかもしれないけど、失敗したらそれ相応の代償を払う覚悟をしたはずだ。今こうして君が踏み付けにされてるのは、自分の権利や安全を賭けてでも何かをつかもうと計算した結果さ。自分の意志でその一歩を踏み出したんだから、結果は自分で背負うのが筋ってもんだ。さらに言えば、君がリスクを承知で動いた以上、負けたときの責任は君にある。僕が君を実験に使うってのは、君が賭けたチップを失った結果の一部にすぎない。競争の世界では勝者がルールを決め、報酬を総取りするのが当たり前の原理だ。スポーツでもビジネスでも、勝者は名声や利益を全部持っていく。負けた奴が不公平だ、なんて喚いても誰も同情しないよね? それと同じで、君がこの勝負で負けたなら、勝者の僕が次のステップを決める権利があるってわけ。分かったかな?」
「な、何する気だ!? クソ、離せ!」
「誰が頭を上げていいって言ったんだよ? まぁ人間って厳しい現実や圧倒的な力の差に直面した時つい楽観的になったり、現実から目を背けたりする傾向がある生き物だからそれも仕方ないのかもね。君が僕の話を聞いて、踏みつけられている現実を目の当たりにしながら、まだ『自分には希望がある』なんて解釈したのは心理的な防衛機制が働いてるからだ。ほら、絶望的な状況ほど希望に縋りたくなるって事。でも時にはそれが現実を直視する妨げになる。僕みたいな強大な存在を前にして、まだ『どうにかなる』なんて思うのは、現実を正しく評価できていない証拠だ。だからこそ、より形に残る分かりやすいやり方を僕は選ぶ」
状況だけでなく自身の立場すら理解できていない男を力強く蹴り飛ばし、壁に勢いよく衝突させる。
そして自身の掌をゆっくりと喉元に押し当て──、
「脆弱な因子だ、蛮勇と力の矮小さが上手く噛み合ってる。君は個性的な人間だね、両親から賜った力と肉体をこんな事に消費してしまうなんて。話は変わるけど、僕の個性は時間を止める事で肉体を外部の影響から遮断するんだ。睡眠も食事も必要ない、老化さえも防げる、正しく不変の存在でいられる。それ一つで成り立つからこそ、他の個性は蛇足になるんじゃないかと思ったんだ。でも違った、個性はあくまで身体機能の一つ。それを行使するのは僕の権利、僕の自由だ」
『AFO』に蓄えられた無数の個性、どれを組み合わせても『獅子の心臓』に勝るものは無い。
そもそも『獅子の心臓』の性質から考えるに、肉体の変化を要求される個性は使えるが適用されない状態になるのではと考えていた。
が、そんな事はなく。
増強系だろうとなんだろうと意味があるかどうかは別として使用自体は問題なく行える。
『AFO』がレグルスの個性として内部に存在している以上、ストックされている個性も彼女の身体機能として適用され、不変の範囲内に入れる事は出来ても不変に弾かれる事は無いといった具合に。
「まぁ幾つか例外もあるだろうけどね。少なくとも君の個性はそうじゃないみたいだけど……指先から数センチ程度の棘を出す個性か、あぁこれは要らないな。僕は美しくない異形を好まない、でも貰ったものを返すほど礼儀知らずな人間でもないからさ、気持ち程度に詫びさせてもらうよ」
頭部から血を流し、呻き声を上げるだけの男へ適当に選んだ個性を与え、様子を見る。
概ね予想通り、特に異常は無い。
肉体は器、個性は水。無個性の肉体に個性を与えようと一度で溢れることは無いって訳か。
ただ二つ以上与えると、肉体によっては許容上限を超え廃人になる。
その許容上限を無理矢理拡張したものが、脳無ってところだろう。
自我もない、兵器として用意された傀儡……だけどそれは個性を与える前に肉体改造が施された器を用意する必要がある。
全て彼一人で行っていたとは考え難いな。
「……三つ目で完全に自我を失っちゃったか、器としての完成度は何に依存するのか気になるな。いいや、固定観念に囚われる必要はない、僕には僕のやり方がある」
とはいえ、複数個性の持ち主というのがイレギュラーである以上それについてを纏めた研究結果などそこら辺にはないだろう。
与えた個性を回収し、物言わぬ屍になった小悪党を他所に壊理を連れて歩き出す。
「ああいうの、あんまり見たくないって言ったのに……」
「それについては悪いと思ってるよ。でも私が彼を止めなかったら、彼のせいで傷つく人がいただろう? 何かあってから行動するんじゃ遅いんだよ。君みたいに何の罪も無い人が、心や身体に癒えない傷を負うなんて見過ごせないんだ。とはいえ、君の願いを第一に行動しなかったのは確かだ。その非礼は形に残るお詫びで帳消しにしよう、ほら……世界に一つだけの、君と私の愛の結晶だ」
不機嫌とまではいかずとも、毎回彼女の真意が計れず蚊帳の外になってしまう疎外感と人を玩具のように弄ぶ行為に多少の不快感が混ざり合い、いつもより彼女の手を強く握る壊理。
だがそんな複雑な感情はレグルスから向けられる愛により瓦解する。
自身の左耳に飾られたのは雫を模したような蒼のイヤリング。
そしてレグルスの右耳にも同じように──、
「見てくれ、私とお揃いだ」
好きな人からの贈り物──その事実に心がふわりと浮き上がるような、くすぐったい喜びが壊理の胸いっぱいに広がる。
自分達が、こんな小さなもので繋がっているなんてなんだか不思議で、でもたまらなく嬉しい。
「──ありがとう、お姉さん! 私、大切にするね……!」
彼女の頬は自然と緩み、笑顔が琥珀に映る。
初めての宝物は、ただのアクセサリーなんかじゃない。
それは彼女の気持ちが形になった、温かくて特別なもの。
壊理はイヤリングにそっと触れ、心の中で何度もその喜びをかみしめた。
***
ヒーローが長年築き上げてきた信頼が段々と崩れていく中、それでも社会の形が変わらないのは大衆にとって縋れるものがヒーローと、それが齎す秩序しかないからだ。
『超条黎明期』では異能を所持するものが少数だった故に、無個性達から迫害を受けていたと聞く。
対して数は多いが力は無い無個性は、略奪されるだけの道具であったと。
秩序と正義が表面に溢れているだけで、今も大して変わらない。
異形や無個性は虐げられ、例え個性持ちだろうと生まれつきの能力は強弱や有用性が人によって大きく異なる。
強力な個性を持つ者は権力を握り、弱い個性や無個性の者は社会の底辺に追いやられる。
ヒーローはそんな社会の形を保つ為に、秩序を飾って悪を討つ。
「この世界は平等だ。才ある物に力が宿るとは限らない、力が無ければ通せる道理も無い。自分の腕で抱えきれないものを求めれば破滅するのは当然の帰結だ。そんな憐れな君達に『次』を与え、余興を楽しむのが王である僕の役目ってわけだ」
──強欲の魔女は、個性犯罪を犯したヴィランから個性を奪い、被害者に復讐の機会を与えた。
──強欲の魔女は、自らの個性に苦しむ人々から呪いを取り除く事で、その者達に普通の人生を与えた。
──強欲の魔女は、居場所を失ってしまったヴィランに、誰を守る為の力を与えた。
──強欲の魔女は、取り扱えない個性を持って生まれたが故に隔離・監禁されていた子供達を救い、生きる意味と愛を与えた。
──強欲の魔女は、異形系個性に苦しむ者の血縁を皆殺しにした後で個性を抜き取り、人である証を与えた。
ただ気まぐれに現れてはその絶対的な力を見せつけ、弱みに漬け込み、自分以外に縋れるものが無い状況へと追い詰める。
裏切りを示唆する者や忠誠を誓わぬ者には衝動を増幅させる個性を併用し『獅子の心臓』で神経信号を停止する事で永続的に個性を暴走させる擬似脳無を作り出し、ヒーロー達にあてがった。
自身に従う悪人の個性を奪い──それを自身に従わぬ者へ与え、ヴィランを作り出す事で悪人には更正への道を与えた。
ただ一つの目的の為に人々を救い、ゆっくりと時間をかけていく。
──敗者には希望を
──弱者には選択を
──罪人には容赦を
ありとあらゆる物を望む『強欲』な君達に、寵愛を分け与えよう。
──僕に、忠誠を誓ってくれるなら。