blです。苦手な方は注意。
自作の「世界への帰路」のセルフ二次です。本家とは別世界線になります。世界への帰路を読んだことなくても全然問題ないですし、登場人物の半数がまだ本家に登場しておりません。
彼は、俺の、相棒であった。
相棒がいる。1人。相棒が何人もいるってのもおかしいが、一人、いる。
同じ船で旅するようになって、隣で戦うようになって、互いの背を守るようになって、やっと相棒になれたやつだ。
ずっと、背中が熱かった。俺の背中を守るその大剣が、熱かった。そんな彼の背中を守れることが喜びだった。
口数が多いわけではなかったけど、話すと楽しい。無愛想に見えて実はよく笑うやつだ。俺はその笑顔が好きだった。そう、好きだった。おかしいだろ。好きって、なんだよ。
持ってはいけない感情を、俺は持っていた。彼は、俺の、相棒であった。それだけだった。仲間で、相棒で、それだけ。
その感情に気づいて、絶望した。それは絶対に叶うことない望みだってこと、わかってたから。相棒なのだ、彼は。だから、それ以上を望んじゃいけない。
そう、だから、俺は隠すことにしたのだ。幸い俺は、隠すことには長けている。多分。言ってしまえば終わる、バレたら彼は、俺を軽蔑するだろう。相棒、って、読んでくれなくなるだろう。そしたら俺は、もしかすると、この船を降りるかもしれない。それくらいには彼が好きだった。
「今日、お前、暇?」
単語だけの文章をもらった。いや、文章かすらも怪しい。彼は時々、いや、結構な頻度で、こうやって単語を並べただけの文を口に出す。
「暇だぜ。何か用か?」
「いや、特に。じゃあ、今日はずっと船にいるつもりか」
「うーん。それはどうだろう。この島、物価が安いんだよね。ちっと買い物に行くのもありかな、って」
「そうか」
俺が、俺たちが今いる島は、こじんまりとした島だった。小さいけど商店街はそれなりに広く、それに物価も安い。この前の戦いで破けた服とか、その他諸々を買おうかと思っていた。今日の俺は用事がない。だからこそ、今日こそ買い物日和なのである。
「お前は?」
俺は彼にも聞き返してやった。
「俺も、暇だ。……、お前が買い物に行くなら、俺も連れてけ」
「何か、欲しいもんでもあんのか」
「いや、ねぇ。だが俺も暇だ。つまらねぇし」
「……じゃ、行くか」
こんな、ちょっと買い物に行くだけ、それだけに俺は喜んでいた。だって、彼と2人きりなのだ。
そう、彼は時々、俺の買い物やら何やらについてくる。暇だ、とかなんとか言って。俺は、そんな短い時間が好きだった。
この気持ちを彼に伝える気なんて微塵もないが、それでも喜ぶことぐらいは、許して欲しい。
俺が出かける準備を終えると、彼はもう船の外にいた。俺を見やると、遅い、とでも言いたげな顔をする。
「わり、留守番組の昼飯作っててよ」
「……俺たちは?」
「どっかで食おうぜ。店で食べるとか、あまりねぇだろ?」
「お前は、自分で食うわけでもねぇ飯を作んのか」
「ま、いいだろ?」
「……そうか」
彼は、理解できないような、不満を覚えたような、そんな顔をした。
俺は、いまだに彼の表情から、彼の感情を読み取るのが苦手だ。無愛想に見えて、そうでもないから、すぐ表情は変わるけど、その顔が何を表すのかを知らない。知りたいけど、知れないし、知るのが少し怖い。人の感情に踏み込むのは、そう簡単にできる行為じゃないと、俺は知っている。
服を何着か買った。彼は本当に何も用がなかったらしく、ずっと暇そうに俺が選ぶ服に口出してきた。それは似合わない、だとか、その服は動きにくいだろ、とか。
あまりにも口を出すものだから、俺はそれに従った。あーあ、これじゃ、この服たち全部、彼が選んでくれたみたいだ。
仕方がないから、俺も彼の服を選んだ。彼は軽く断ったけど、俺は断ったのを断った。金はあるから、俺がしたいだけだから、着なくてもいいから、なんて言って。本当は、着て欲しいけど。それを口にするのは、少し、難しい。
小さな飲食店に入った。よくある店だ。高くも、安くもない。
「何食べる?」
俺はこういうとき、メニューを彼に選ばせる。だって、そうすれば、彼の好きなメニューがわかるからだ。
「お前は?」
なんて、そう言い返される。最近はこれだ。昔はメニューを聞けば、すぐに答えてくれたのに。最近は、俺にも聞く。
「なんでも。お前が選べよ。俺に好き嫌いはねぇぜ」
「……なんでも、ってなぁ。……これだ、これが食いたい」
彼が指さしたのは日替わりランチセットだ。彼にしちゃ、少し珍しい。ちょっと、おしゃれなメニュー。
その日の日替わりスープに書かれていたのは、俺が好きなコンソメスープだったりした。
船に戻る最中だった。ちょっと名残惜しいけど、無駄に船に帰るのを拒むのは、あまりに不自然だから、そのまま帰った。用事がなくなれば全て終わり。互いのやりたいことが終われば、その日はおしまい。次こうやって過ごせるのはいつだろうか。すぐだと、嬉しい。
左手に買ったばかりの服を抱えていた。紙袋に入ったそれを、落とさないように抱え直す。
その時だった。
妙な気配を、感じた。そりゃ、人の気配なんて有り余っているが、それと少し違う。
隣にいた彼もそれに気づいたようだった。だが、彼は武器を持っていない。この島は安全そうだったし、なにより俺たちはただの買い物をしていたのだ。物騒なものを持ち歩く必要は、ない。
おかしな気配の主を探す。あぁ、だめだ。気配が多い。確かにおかしな気配はあるけど、それがどこから発するのかわからない。
ビッ、と、空気が切れる音がする。一瞬、だけ。でも、それでも気付けた。
ナイフを投げられた。それも、結構正確に。腕を伸ばす。紙袋が落ちた。そんなのどうでもいい。左手を隣に立つ彼の目の前に伸ばす。右手は腰に刺したタガーに伸ばす。
ナイフが、しっかりと、俺の左手に刺さった。あらら、結構深い。痛いな。右手に掴んだタガーを、おかしな気配の主に投げる。俺だって、まぁまぁ投げるのも上手い。
一拍遅れてうめく声が聞こえた。常日頃から研いでいるから、切れ味は抜群だっただろう。
そのまま投げたタガーを回収して、落ちた紙袋を抱え直した。左手は痛かったけど、案外綺麗に刺さったもので、傷口は綺麗だった。これだったら、すぐに治ると思う。
「おい」
隣から、声が聞こえた。いつもより、ちょっと声が低かった。
「なに?」
「……。はぁ、いい。さっさと帰るぞ」
ちょっとだけ、声色に怒りを感じた。俺は、どこで彼を怒らせた?
船に帰って、まず傷をアルスに見せた。彼女は驚いた顔をして、急いで治療に取り掛かった。
「ちょっと、この傷何? 島で喧嘩でもしてきたの?」
「いや、喧嘩とかじゃないさ。ちょっと狙われてたみてぇでよ。ま、そら俺たちを殺せば金が手に入るわけだし、狙うよね」
「……もっと、警戒すべきね」
「そうだね。アルスが狙われたら大変だ。俺みたいに戦えないだろ?」
「うるさいわね。いいのよ、誰かが助けてくれるわ」
「俺が守ってあげようか?」
「いざってときは、よろしくね」
「任せて」
喋っていると、どうやら治療は終わったようだった。綺麗に巻かれた包帯は、もはや美しい。
日が落ちてしばらくした頃、夕飯が出来上がった。
料理は、好きだ。昔は生きるための手段だった料理が、いつの間にか毎日の楽しみの一部になっている。
夕飯が完成した旨を仲間に伝える。いつも最初にやってくるのはサクだ。毎回、わーい、と目を輝かせてやってくる。俺はその顔を見ると、少し、いや結構、嬉しくなる。
机の上から料理がなくなる。代わりに乗っているのは白いお皿だけ。今日も、無事、全て食べてくれたようだ。
空っぽになった皿を集めて、洗い始める。
仲間たちは、次々にこの部屋を去っていく。
1人、帰らない。誰もいなくなった机から、動こうとしない。俺の、相棒だ。
「どうした? まだ食い足りねぇ?」
俺はほんの少し、不安になった。だって、あの低く怒りを孕んだ声が、まだ耳に残っているから。
「……。」
彼は黙りこくったままだ。
「な、なんだよ。用がないなら、さっさと、」
「出てかねぇぞ」
「……何か、用?」
「用なら、確かにあるぜ」
そういうと、彼は徐に立ち上がった。
ちょっと、ただならぬ雰囲気を感じて、俺は皿洗いをやめた。泡がついた手を洗う。
「用、って?」
「……」
また、彼は黙った。
「……。」
俺も、黙ってしまう。こういう雰囲気の時、どう言うのがベストなんだろう。
「腕は、」
「は?」
「腕は、大丈夫だったか?」
「……腕?」
腕、腕? あぁ、心配してくれてたのか? それは、少し、嬉しいかも知れない。
「腕は、大丈夫だぜ。心配すんな」
「そうか」
「全く、何かと思ったぜ。こんなことどうってことねぇさ。ちと、怪我しただけだ」
彼の眉が片方、少し上がったのを、俺はその時、見逃した。
「どうってことねぇだと?」
「ん?」
「怪我しただけ、だ?」
「……な、なんだ?」
「……怪我をしたのは……俺を庇って怪我しちまったのは、百歩譲って許してやる。だがな、そんな怪我して料理なんて作るな」
「……は?」
「だから、お前は、料理なんて作るな」
「んだよ。作るか作らないかなんて、俺の勝手だろ。それともなんだ。俺の飯は不味いか?」
俺はきっとこの時、だいぶ気がおかしくなっていた。料理については、口出しされたくなかった。それに、今日の夕飯は、彼の好物を作ったつもりなのだ。船に帰る時、ちょっと怒ってたようだから、少し、詫びのつもりで。それなのに、今日の食卓では、美味そうに頬を緩めなかった。それが、結構、悔しかったのだ。ちょっと、悲しかったのだ、俺は。
「あぁ……不味かった。そうだな、不味かったよ」
その一言が、俺のどこかに傷をつけたのだ。目の前にいる男が、相棒が、そいつが誰かなんて、もう、俺には区別がつかなくなっていた。
「不味いってなんだ」
「不味いものは不味いんだ」
もうそこから、何を口走ったのか、あまりちゃんと覚えていない。
途中から、俺たちの怒声を聞きつけたのか、気配が増えた。俺たちを止めるように何かを言って、その言葉は結局俺たちに届かなかった。
皿が、割れる音がした。俺が、投げたのだ。彼に向かって。同時に、こう言った。
「お前に作ってやる飯なんかもうねぇよ!! もう俺に話しかけんな!! 顔も、声も、ききたくねぇっ!!」
それから、逃げるように部屋から出ていいった。後ろで、怒鳴る声が聞こえた。
溢れまいと耐えていたものが、扉を閉めた途端、溢れたようだった。
ぼたぼた溢れる涙を乱暴に拭った。あぁ、俺は、何やってるんだろう。バカだ。どうしようもなく。俺は、彼に嫌われただろう。
彼は、俺の、相棒だ。
目の前で乱暴に占められた扉を、眺めていた。
相棒がいる。1人。時間をかけて、隣に立つようにして、背中を守り合うようにして、やっと手に入った相棒だった。
彼が、白い、太陽に照らされるのが、美しいと思った。
目の前で揺れる白い髪と、光を反射する水色が、美しいと思った。あぁ、美しいってなんだよ。こんな感情を人に向けていいものか。
例えば、美しい絵画を見たり、美しい朝日を見たり、そんな感情を。醜い感情だった。けれども、その感情が大切なものだってことは、ちゃんと、わかっていた。
醜い感情に、どんな名前がついているのかも、俺は知っていた。
世間じゃ、これを、恋と呼ぶのだ。
時間が止まったようだと、錯覚した。
「……、あんたたち2人が喧嘩するなんて、珍しいわね」
アルスが小さく呟いた。そこで、やっと時間が動き出す。無意識に止めていた息を、ゆっくり吐き出した。
「……。」
「レノ、……多分、泣いてたわよ。何があったのか知らないけど」
泣いていたのは、わかっている。俺に向かって叫ぶ彼の目が、震えていたから。でも、そこで俺が止まれるほど、俺は冷静じゃなかった。
彼は、俺を庇って怪我をした。ふざけるなよ、と思う。俺は、誰かに守られるほど柔じゃない。
怪我をしたことに目を瞑っても、その後の行動には目を瞑れなかった。料理をし出したのだ。それも全員分。頭が、おかしいんじゃねぇの。お前は、今、怪我人だってのに。
それで、俺は怒っていた。最初は、優しく叱るつもりだった。どうせ感情任せに怒ったって、彼は聞かないと、そう思っていたから。
それなのに、彼は、俺をさらに怒らせた。どうってことない、怪我しただけ、だから? とでもいいたげな顔。そこで俺のなにかが切れたのだ。だから、言ってはいけない言葉を口にしてしまった。彼が作った料理を、不味いだなんて、そう言ってしまった。
今日の食卓には、俺の好物がいくつか並んでいた。美味かった。それを知っていて、俺は心無い言葉を述べてしまった。
「アオ?」
サクが、ちょっと怯えたような顔で、俺を覗き込んでいた。
「……頭、冷やしてくる」
部屋を出る。そのまま外へ行き。ぶらぶらと適当に歩いた。
あれからしばらく経った。正確には、3日。船は出航していて、いま俺たちは海の真ん中にいる。
あの喧嘩から、彼とろくな会話をしていない。それどころか、顔を見ることも少ない。明らかに、避けられている。
それなのに、あの時俺に食わせる飯なんてないと言ったくせして、毎日の食卓には俺の飯が置いてあった。
「ねぇ、あんた、謝りなさいよ。何があったか知らないから、どっちが悪いかなんて知らないけど、あんたから謝らなきゃ、多分、ずっとこのままよ」
「知ってるよ。……何度も、謝ろうとはしてんだ」
そう、謝ろうとは、している。だが、同じ部屋にいるだけで彼は去っていくし、話しかけようものなら逃げられる。謝るなんて、できそうにない。
扉の奥で、ふと物音がした。アルスはその音に気づかないようで、口を開いた。
「……なるべく早く仲直りするのが大事よ、きっと。謝るでも、なんでも。だって、アオからしたら、レノは、相棒でしょ?」
アルスが、俺を下から覗き込み、笑った。
「あぁ、それは当たり前だ」
俺は、自分で言ったくせに、自分の言葉に、少し、照れてしまった。
そう、彼は、俺の相棒である。
「おーい、レノ。扉開けていいか? 入るぞ」
返事を聞く前に、扉を開けた。鍵がかかっていない扉は、すんなり開く。
ノックは、こういう男だ。返事も聞かずに行動に移す。それでも相手が本気で嫌がるようなことは無意識に避けるのだから、彼の凄さがわかる。
あれから、俺は徹底的に相棒を避けてしまっている。人を避けるのに、最適な場所は自室だ。鍵さえ閉めれば入って来れないし、鍵をかけていなくても、無断で入ることは基本ない。そんな砦に俺は籠っていた。
机の上には大量の本が積まれている。自室に籠るのは、とことん暇なのだ。今だって、まさに本を読んでいたところである。
「……なにか?」
「んー? お前ずっとここにいるだろ。暇じゃねぇかなーって」
「別に……本を読んでりゃ時間くらいすぎる」
「そうかぁ」
彼は俺のベットに遠慮なく座った。
「何か用か?」
「……いんや、用はねぇけど、別にここに居たっていいだろ」
ノックはベッドに座ったまま、何をするでもなくそこにいた。
なぜだか無性に泣きたくなった。ノックは多分、俺の感情に気づいているし、その上で見ないふりをしてる。
本を捲る指が止まった。無理だ。本が読めない。文字を目でなぞり、意味を理解する前に消えていった。
「……なぁ、」
あまりにも、弱い声だった。それでも、ノックなら俺を助けてくれるんじゃないかと、そう思った。彼は、誰よりも優しいから。
「ん?」
「……俺、その、あいつに、嫌われた、かな」
口に出して仕舞えば、案外スラスラと言葉は繋がる。
「……どうしてそう思うんだ?」
「だって、……喧嘩しちまった、し。酷いこと言ったし、それに、あいつと会えない」
「……」
「こ、怖いんだ」
そう、怖かった。相棒を避けてしまうのも、結局は怖いからだ。
あの時の怒りをはらんだ声が、耳に残って消えない。どうして怒らせたのかも、わからない。
もし、嫌われたとしたら。俺はもう、どうしたら良いかわからない。あの気持ちが成就するとも思ってないけど、嫌われるのは嫌だった。
「アオは、ほんとにお前のこと嫌ってたか?」
「……」
「怒ってただけだと思うぞ、俺は」
「……」
それは、わかっていた。俺の相棒は、簡単なことですぐに人を嫌う人ではない。彼は優しいから。俺はそこも、好きだった。
「アオに、会ってきたらどうだ? さっきはキッチンにいたぞ。多分動いてねぇ。 どうしても怖ぇなら、俺も付いてくよ」
まるで喧嘩した子供だ。仲直りをすることが難しくて、怖くて、誰かの助けがなくては何もできない。
アオに、謝らなくてはならない。もし、嫌われていたとしても、彼の隣に立っていることすらも出来なくなるのは、怖い。
「……いい。俺、一人でいいよ。ありがとう」
「そうか! そうだと思った。お前はあいつのこと好きだもんなぁ」
「……うん、そう。相棒だから」
ノックはなんだか、俺のあらぬ感情に気付いているようだった。でも、さっきの言葉がそういう感情を指しているのか、友愛を指しているのか、俺にはわからない。
部屋を出た。食事の準備と、本を取り換える以外の理由で部屋を出るのは、とても久しぶりに感じた。
手がほんの少し震えた。謝るだけなのに、相手が彼だと、怖い。
キッチンの扉の前に立った。扉を開く勇気が出なくて、小窓から中を覗いた。
「ぁ……」
指先が冷たかった。手が震えた。足の力が抜けて、今にも崩れ落ちそうだった。
中には、ノックが言った通りアオがいた。それと、アルスも。
アルスがアオを下から覗き込み、何かを言っていた。アルスは俺に背を向けていて、表情は見えない。それからアオが照れたように笑った。俺はその顔を、知らなかった。そんな顔、見たことがなかった。
気づけば部屋に戻っていた。涙すらも零れずに、ただ床に座り込んでいた。ノックはまだ俺の部屋にいて、俺を見るなり驚いた顔をして俺を抱きしめた。そのぬくもりすらも今は感じられなかった。
もう、やめにしようか。こんな片恋も、気持ちが悪いだけだ。だって、彼は俺の相棒だ。それで、満足しなければならなかった。
そもそも、こんな感情を相棒に抱くことが間違っている。隣に彼が立っていた、彼の背中を守って、彼に背中を守られていた。それで十分だった。
彼に嫌われたくなかった。もし嫌われたら、俺はこの船に乗っていられない。きっと耐えられない。
もう、終わりだ。この感情を隠し通すだけじゃ無理だ。俺が壊れる。この感情は捨てなければ、殺して海にでも沈めればいい。忘れよう。そう、そしたら、それで全部終わりだ。すべて、終わるのだ。
キッチンにて、アルスに叱られた。今日こそは謝ろうと、キッチンに張り込んだ。彼は料理をよくするから、ここに居れば、必ず会える。
太陽が横に見えるころ、扉が開いた。
白髪の彼が扉に手をかけたまま、俺を見ている。逃げるか。逃げたら捕まえるだけだ。そう意気込んで立ち上がる。
予想とは裏腹に、彼は逃げなかった。今日の昼まであんなに逃げ回っていたのに、逃げないらしかった。
「……レノン、この前は、すまなかった」
やっと、言いたいことが言えた。謝ることすら許さない彼が、逃げなかった。
「いや、俺も悪かった。ごめん」
彼は、困ったように笑ったまま謝った。
「お詫びにさ、何か作るよ。今日の夕飯、リクエストはないか?」
彼は、あまりにも普段通りだった。3日前の喧嘩も、それからずっと避け続けたことも、すべてなかった様だ。それは、すごく、俺に違和感を覚えさせた。
「……コンソメスープが、飲みてぇ」
「お前も、コンソメスープ好きなのか? 俺も好きだぜ」
相棒は笑った。困った笑みではなく、いつもの笑顔だ。俺は、その顔を見ると、あの感情が顔を出す
知ってるよ、知ってるから、頼んだんだ。彼が過去に一度でも好きだと言ったものは、すべて覚えているつもりだ。
彼は、あまりにもいつも通りだった。俺は、違和を覚えて、そして俺は、安心した。
料理を始めた彼は忙しく台所を動き回る。白い髪が、チラチラと、動く。久しぶりに見るそれは、綺麗で美しかった。
そこで感じた違和感を、忘れてしまったのが、俺が犯したミスだった。
なぜだか、アルスと一緒になることが増えた。アルスもそれに気づいているらしく、俺を見ると肩をすくめた。
「また、あんたと一緒なの? なんで?」
「そりゃ、俺が知りてぇ」
「はぁ、……めんどくさいことに、ならなきゃいいわね」
アルスはそう呟く。それからため息を吐いた。
ため息を吐きたいのは、俺の方である。アルスのことが嫌いではないが、こうもずっと一緒なのは飽きる。
それに、一番気に食わないのは、この状況を作るのが、白髪のあの男だからだ。一緒に洗濯物干してこい、だとかそんなことを言って、二人きりにさせてくる。俺もアルスも、こんな状況にうんざりしていた。
さらにイラつくのは、その男にはずっとノックがべったりなのだ。あの時謝ってから、ずっと。腹が立って、仕方がない。あいつが俺のものではないことは、わかっている。だが、俺の相棒であることは確かなのだ。あの男を隣に置いておきたい。あの男の隣に立とうとするとノックが俺を睨むのも、腹が立つ。俺が、何をしたと言うのだ。俺は、あいつの隣に立つことすら許されないのかよ。
「あのねぇ、アオ」
ありがたい言葉をあなたに教えてあげる、よく聞きなさいよ、とアルスが俺に指を突きつけながら言った。
「あなたね、言葉が足りないのよ。相棒だとか何とか知らないけど、面倒臭いことになる前になんとかしなさいよ。レノ、やっぱりおかしいわよ。最近。いい? 仲直りはね、表面上元に戻るだけじゃダメなの。すれ違ってる何かを擦り合わせるの。あんたたちはそれができてないわ。今のままじゃ、仲直りしたように見えるだけ、よ」
「……」
「取り敢えず、言葉にしなさい。あ、でも、無理矢理はダメよ」
「じゃあ……」
それならば、どうしろと言うのだ。俺は、どうしても無理矢理になってしまう、きっと。だって、どうしようもなく腹が立っているのだ。
「……あなたはそうね、まずは冷静になったら? それから、ノックをどうにかしなさい。あなたが何かをしてノックを怒らせているのは確かよ。謝って許してもらいなさいよ」
「……そう、だな。俺は何かをしたんだろうな。身に覚えはねぇが」
「そうよ。きっと何かしてるの。覚えてなくてもね」
ノックにそれを聞いて、謝って。許してもらえたら、あの男の隣を奪えばいい。俺は、あいつの相棒であるのだから。
隣に、ノックがいた。ぶつかるかそうでないかの距離に、ずっといた。
あの日俺が泣いて部屋に戻った時から、ノックは隣にいてくれている。まるで、慰めるように、隣にいた。
俺は結構、それに感謝していた。心はずっと悲鳴をあげている。案外、ずっと燻り続けていた感情は捨てられないらしい。殺しきれない感情が、叫んで、うるさい。そんな時、隣の男が笑ってくれた。少しだけ、うるさい叫び声が遠退く気がして、それに助けられた。
それに、俺があの相棒と二人きりにするのを避けてくれてもいた。正直、今、あの男と二人きりになったら、俺は壊れてしまうから。それを、ノックはわかっていて、避けてくれている。きっと。
「なぁ、明日には島に着くってよ。小さいけど、賑やかな島だ、って」
ノックの声が隣に聞こえた。普段の声と変わらず、普段と変わらないことを言った。
「お前は、どうする?」
「あー、俺、」
この船に残るのは嫌だ。そうしたら、あの男と会う確率が、上がる。できるだけ、会いたくない。でも、不自然に避けてしまうのも、それはそれで嫌な奴になってしまうから、それも嫌だ。
「俺、そうだなぁ、船には、居たくねぇなぁ」
「そうか、だったら俺と一緒にどっか行くか?」
「……ありがてぇけど、それも、なんか嫌だ」
「……そうか」
ノックが薄く、困ったように笑った。
一人でいたいわけでもないけど、これ以上この男に迷惑かけるのも、なんだか辛い。ずっと、助けてもらっている。別に、きっと一人であれば、そう辛いこともないと、そう思っている。
島に着いた。ノックが言っていた通りの、賑やかな島だ。逃げるように船を去って、適当に歩いていると、酒場が多い通りに出た。どの酒場も騒がしく賑やかだ。俺はその中から比較的静かな酒場を選び、入った。
カウンター席に腰掛けると、店主らしき男が声をかけてくる。
「旅人かい?」
「あぁ、そうさ。なんか酒をくれ。金は結構持ってるんだ」
「度数は高めと低め、どっちがお望み?」
「……高いのを一杯。酔いたいんだ」
「はいよ、何か嫌なことでも? それともただの酒豪?」
「はは、全く俺は酒豪じゃねぇよ。弱くもねぇがな」
「やっぱそうだな、強そうには見えねぇ。ほいよ、この酒うまいんだ。この店じゃ結構人気な酒だぜ。ちっと値が張るが」
「ありがとう」
ぐい、とジョッキを勢いよく傾ける。喉を焼くようなアルコールの感覚。全て、あの感情ごと忘れてしまうことを願いながら、酒を飲み干した。
島に着く。島のことなんて、正直どうでもいい。入れば死ぬとか、そういうことじゃない限りどうでもいい。
ノックが一人で船の甲板に立っているのが見えた。隣にあの男はいない。やっと、ノックは俺の相棒から離れたらしい。
「おい、ノック。あいつは?」
「あいつ?……あぁ、レノは出掛けてったよ。どこにいったのかは知らね」
ノックは棘のあるような喋り方だった。あぁ、こりゃ、俺は結構こいつを怒らせている、らしい。
「なぁ、俺は、お前に何をした?」
「何って?」
「……それが俺にはわからねぇから聞いてるんだ。俺の何がお前をそんなに怒らせてるんだ」
ノックが、眉を顰めた。不快であることを全く隠そうとしない表情のまま、呟く。
「俺だってわかんねーんだ。でも、アオならわかってると思ってた」
「……じゃあ、なんでお前は怒ってんだよ」
「あいつが、……レノが泣いてたからな」
「な、?」
「お前が、泣かせたんだろ。お前に会いにいったレノが、帰ってきたと思ってたら泣いてた」
「いや、俺、あいつを泣かせるようなことは、して、ねぇよ」
「でも! 泣いてた!」
「っ……」
ノックが叫ぶように吠えた。俺は、記憶を手繰り寄せる。レノンの様子がおかしくなる前、俺は何をした? 謝ったんだ。あいつに、逃げなかったあいつに謝ったんだ。そしたら、あいつはそれまでの喧嘩とかをなかったように、普通に笑っていて。いつも通りに、笑っていて。あれ? 本当に、いつも通りだったか? そうだ、あの時、俺は、不思議に思ったんだ。違和感に、気づいたんだ。
じゃあ、それより前だ。あの違和感よりも前に起こったことだ。
「あ――」
そう、そうだ。あの時、アルスに叱られた時、物音が聞こえた。レノンがおかしくなる直前の出来事といえば、それだ。その時はすぐに忘れたが、確かに誰かがいたのであろう。それが、レノンだったら。あの時の、俺とアルスを見て、何かを、見て、
「あれ、いや」
でも、それの何があいつを泣かせるのか。泣く要素がないだろうに。
だが、それ以外に心当たりがない。
「……やっぱ、なんかしてたのか? 思い出したのか?」
「あぁ、でも、これじゃ、あいつが泣く理由にはならねぇ」
「……何をしたのか教えろ」
ノックの目の奥は、しっかりと怒りを持っていた。
できる限りのことを思い出しながら、ノックに伝える。途中彼は首を傾げたが、何かに気づくように目を開くと、納得したような顔になった。
「おい、何か、わかったのか?」
「あぁ、わかったよ。うん」
ノックの声は、すっかり怒りを忘れていた。もう、怒ってはいないらしい。
「そりゃ、レノは勘違いして泣いたんだ」
「は?」
彼は困ったように笑った。
「これ、お前に言ってもいいのかなぁ。あー、でも言わなきゃずっと勘違いのままそうだしなー」
「な、なんだ? 何をあいつは勘違いしてんだ?」
「そうだな、まずは俺がお前に謝ろう」
「え?」
「俺、ずっとアオがレノに何かしたんだと思ってた。すまん。アオは悪くねーよ」
「あ、そう。……で? 正直、今はそんなことどうでもいい」
「そうだよな。……な、お前が気づいてないかも知れねーけど。あいつな、レノな、」
お前のこと好きなんだよ、言っちゃダメかも知れねーけど。それで、アルスとお前を見て付き合ってるかなんかと勘違いしたんだろ。と、そういってノックは眉を下げて笑った。
「は、? え、は?」
あいつが、俺を? それこそ、俺がアルスと付き合っていると勘違いをして泣くくらいに?
「な、あ、あいつはどこにいる?」
「んー、だから、知らね。探せよ。この島のどっかにはいるぞ」
「んなこたぁ知ってる」
俺は船を飛び出した。
もう、何杯呑んだか忘れた。時計の針がどの数字を指してるのかも、太陽の高さがどれくらいなのかも、知らない。
ここまで呑んだのは、久しぶりかもなあ、と最早使い物にならない頭で考えた。
「おいおい、こんなに呑んで大丈夫かよ。金はあんのかい?」
「……金は、あるよ。大丈夫」
「そうかい、でも、飲み過ぎはよくねぇぜ」
隣に、男が一人座ってきた。
「兄ちゃん、綺麗な髪だね。ここまで白いのは見たことねぇな。旅人?」
「……ん? そう、そう。旅してんの」
「旅人かぁ、いいな、楽しいか?」
「うん。楽しいよ。仲間と一緒にね、いろんな島を回ってるんだ」
あぁ、そう。仲間。……相棒もいるんだ。大切なんだよ。あぁ、だめだな。忘れたくて酒を呑んだのに、頭ん中にあんのはあいつのことばっかだ。
じわりと視界をぼやかす涙が、目に浮かぶ。
「おいおい、兄ちゃん、なに泣いてんだ。何かあったのか? 俺でよけりゃ、話を聞くぜ」
「……」
机に突っ伏していた顔を少し上げる。男は俺の顔を覗き込んでいて、すぐに目があった
「綺麗な目だな。でも泣いてちゃ勿体ないぜ。何があったんだ?」
「……お前。あいつに、似てる」
「……ん?」
そう、似ていた。アオに、なんとなく。少しだけ伸ばした髪の毛を後ろで縛っているし、海のような青い目も似ている。でも、絶対に、あいつのほうが綺麗だ。
涙が溢れて溢れて止まらない。
「どうしたんだよ、そんな泣いて。俺が誰に似てるって?」
「……あいつ、アオ。お前、アオに似てる」
「アオ? 知り合いかい?」
「……ついこの間、叶わなかった、やつ」
男は、いつのまにかとても近くに来ていた。肩に手をかけられていて、常ならば振り払うだろうが、今はどうでも良かった。
「……叶わなかった?……」
「っすき、だったんだ……」
「失恋しちまったのか。だからんなに酒飲んでんだな? で、俺がそのお相手さんに似てると」
「……そう」
「そうか。そりゃ……辛かったろうな」
「……慰め、か?」
「そうそう、いくらでも慰めるよ。酒も奢ってやるさ。失恋は忘れるが吉だ」
「……」
「なぁ、どうして俺が、兄ちゃんに声かけたか、わかるかい?」
わかる。わかっている。こんな酒場で話しかけて、こんなにも近づいてくるなんて、大体理由はひとつだ。
「……いいぜ。お前、……あいつに似てるし、代わりにしていいなら、ね」
「どうぞ。俺を誰だと思ってくれても構わないよ」
「……」
男の、肩にかけられていた手が腰あたりまで降りてくる。
「……宿なら、いいところを知ってるんだ。ここから近いよ」
ジョッキに残っていた酒を飲み干して、男の目を見た。それだけで男はわかったようで、俺を支えるように立ち上がる。袋に適当に入れてきた金をカウンターに置く。
「なぁ! 代金はここにおいとく。釣りはもらってくれ」
店主に声をかけて。店を出る。
薄く冷たい風が吹き、酒で熱った体を冷ます。
「酒、俺が奢るって言ったのに、俺の分まで奢ってくれたね」
「……俺に、失恋を忘れてくれるんだろ? 対価だよ」
「……じゃあ、俺は宿代を対価として支払うよ」
「あぁ、……行こう。宿はどこなんだ」
「大丈夫。エスコートは得意さ」
酔っていてふらつくが、隣で支えてくれるおかげで、倒れるようなことはなかった。外は寒いから、人の温もりを少し嬉しく感じた。
「おい」
聞き慣れた、あの低い声だった。
「っ……」
足の力が抜けて、体が崩れる。隣の男が驚いたように支え直して、それでも支え足りずゆっくりと床に座り込んだ。
「どうした? 酔いが回り過ぎたか?」
「おい。聞こえるだろ」
指先が寒くて足が寒くて、頭だけ熱かった。頭がぐるぐる回って、答えを出す前に消えていく。
「そいつを離せ!」
その声は、確かに怒りを孕んでいた。この前聞いた声よりも、よっぽど。
「兄ちゃん⁈ こいつは知ってる人かい?」
俺は頷くことも首を振ることもできなかった。とにかく体が動かない。怖かった。ただひたすらに怖かった。
「離れろと言っている! 失せろ!!」
「っ……ぁ、ごめん、ごめんな兄ちゃん。俺ぁ、逃げるぜ」
「ま、……」
隣にいた男が逃げ出していく。仕方のないことだとは理解できたが、それでも今は逃げてほしくなかった。アオと二人になることが、怖い。
「……」
アオは黙っていた。黙ったまま近づいてきて、俺の腕を乱暴に引っ張った。俺の体は引っ張り上げられて、引きずるようにどこかへ連れて行かれる。
何度も足がもつれて転びそうになり、起こされる。彼の顔は見えなくて、ただ恐ろしかった。
暗い路地裏に連れ込まれ、男は突然立ち止まった。
俺は腕を無理やり男の手の中から引き抜いた。思い切り引き抜いたせいか後ろに重心がずれ、ダンボールの山に倒れ込んだ。俯いてしまった頭を上げられなかった。
「……あいつは、誰だ?」
低くて聞き慣れた声が、問う。先ほどよりは落ち着いていたが、やっぱり怒っていた。
「……」
「答えろ」
「……酒場、で、出会って、そ、それで」
喋る間もなく目の奥が痛くなって、涙が込み上げた。ひく、と鳴る喉が言葉を遮った。
「……それで?」
「あ、そ、れで、」
これ以降の言葉は言いたくない。特にこの男に言うなど、難しいどころではない。
「……」
アオは黙っている。俺が答えるまで、黙っているかのように感じた。
「後、で、や、宿……に……」
「……わかった。もう、いい、言わなくて」
冷たい声だった。息がまともに吸えなくて、苦しい。息をしようとすればするほど吸えなくなって、酸素が足りない。
「……ふ、。ぅ……」
「おい? レノン? おい、吸いすぎだ、吐け」
アオが俺の顔を覗き込んでいて、俺はそれに気づかなかった。だから突然口に手を当てられて、驚いたのだ。
「落ち着け……すまなかった。俺ぁ、お前を怖がらせたかったわけじゃねぇんだ。……そう、吐け。ゆっくりでいい」
酸素がゆっくりと回っていき、頭がクリアになっていく。男の声から怒りが消えているのを感じて、体の力が抜けた。
それでも俄然涙は止まらなくて、しゃくりあげるのは変わらなかった。
「すまない。ただ、カッとなっちまって。お前に怒ってたわけじゃねぇよ。お前じゃねぇ……お前の隣にいたあの男に、怒ってた……」
「……」
俺の目を見ていた。目が合っていて、涙でぼやける視界にもしっかり彼の目があった。逸らしたいと思ったが、なぜかできなかった。
「……お前は、その、誰でもいいのか?」
「、……ごめん」
「いや、お前は謝らなくていいし、別にもしお前が誰とでもよくても、俺には何かを言う権利はねぇし。……いや違ぇな。俺が言いてぇのは、そう言うことじゃないんだ」
「……」
「……もし、誰でもいいなら、……もし、そうなら、だぜ、もしそうなら、……俺でも、いいだろ?……違う、俺じゃダメか?」
「……へ?」
アオの言葉が理解できなくて、どこかへ消える。それでも消えてはダメな気がして、足掻くように言葉をつかんだ。
「あいつ、ノックに聞いたんだ。好きだって。その、お前が、俺を。それが、ノックの間違いだったらしらねぇが……俺は、お前が、そう言う意味で……好きだぜ」
四文字。四文字だけが俺の中で駆け回って騒ぐ。目の前の男は赤くて、それが俺にも移ったように顔が熱くなった。止まらなかった涙もいつの間に枯れていて、目の前の男を明瞭に写している。
「……それなのに、探してみたら、お前はしらねぇ男と歩いてるし、やたらと近ぇし。それで、カッとなっちまった。……嫌なら、嫌でいいぜ」
「……いやじゃ、ねぇ。いやじゃない。いやじゃないよ」
先ほどまで俺が泣いていたと言うのに、俺の目にはこの男が泣く寸前のような、そう見えた。必死であった。この男には泣いてほしくなかったし、そして何より彼の四文字を否定したくなかった。
「俺、嫌じゃないよ。俺も、その、好き、だよ。お前のこと。仲間だからとかじゃなくて……っ」
目の前が真っ暗になった。いや、正確には彼の腕の中にいた。驚いた。驚いて、それから恥ずかしくなった。路地裏といえど少しのぞけば見えるような場所で、抱きしめられている。頭上から声が聞こえた。
「俺は、ずっと、こうしたかった。お前と背中を合わせるのも、お前の隣に立つのもいいが、こうしてみたかった」
俺は、小さく頷いた。すると上から小さな笑い声が聞こえて、その声に安心した。
ずっと、怖かったのだ。もし、この気持ちがいつかバレてしまって、嫌われて、相棒としてすら隣に立つことができなることが。
ずっと、怖かったのだ。捨てるべき感情を捨てられず、一生心の叫びを無視して苦しむことが。
でも、どうでもいいか。と思うのだ。バレても嫌われなかったし、捨てる必要もなかった。彼はまだ俺の相棒であり、ついでに互いを好いている。
次の日、目覚めたのは船の中の一室だった。まだ窓の外は暗い。あの後俺は寝てしまったらしく、アオに運ばれてここまで来たらしい。隣には彼が寝ていて、少し遠くからノックがこちらを見ていた。ノックは、俺を見て微笑んだ。それから静かに部屋を出ていった。
俺は、もう一度寝ることにした。もう少し寝ていようと思った。次目覚めたらきっと日は昇っていて、きっと隣の彼は起きている。
彼は、俺の、相棒である。