行く先に咲くは徒花と知りながらも 作:高野瀬舞
私たちの出会いは保育園の頃だった。
最初は、うるさいなと思ったことがきっかけ。
ただただ泣きわめいている子という印象だった。
「だってぇ、だってぇ!」
保育士さんたちに対して、何を訴えかけるかと思えばただ泣きわめくだけ。
私は冷えた視線を彼女に浴びせていた。
「あの子、いつもああだよねー」
「どうしたの? って聞いても、答えてくれないんだもん」
同じ部屋の子たちも、彼女の扱いには困っているようだった。
聞いてもまともな返答が返ってこない。それどころか泣く勢いが増すばかり。
そんなことをすれば、相手を悪人に仕立て上げているように見えるだろうに。
自分が被害を貰うのにわざわざ関わろうなんて、人は思わない。
差し伸べられた手を掴めない人間は、救われることすらできない。
「でも、私も、でも」
でもでもだって。彼女の口癖になっている。
それは人の気持ちを逆なでする言葉だ。
私は人を観察する。何をしたいのか、何をしてほしいのか。
人と違うことは駄目な事なのだと、泣き虫な彼女のおかげで学ぶことができた。
「ほら、千聖ちゃん。どうか泣き止んで――」
保育士さんたちも困り果てている。何をしても、何を聞いても泣くだけなのだ。
困ったことに、放っておくこともできない。結果付き切っ切りになる。
他の子たちからすれば、独占されているみたいで気分が良くないだろうに。みんな、彼女の事を疎ましく思っている視線を浴びせていた。
状況の全てが、彼女の敵だった。
――だから、興味が湧いた。
都合が良かった。この子なら、もしかしたら……。
「ねぇ、どうしてずっと泣いているの?」
努めて優しく、笑顔は親し気に。
周りからの視線を感じる。興味深さからではなく、無駄なのにという諦めの視線。
またあの子に話しかけてる子がいる。どうせ無駄なのに。
本当にそうかな?
「えと、ひぐ、えと」
目の前のこの子の動作を観察する。
視線があちこち彷徨っている。自信がない証拠。
こちらの様子を見ようとはしている。興味を抱いてはいる。
特に目を確認しようとしてくる。期待? いいや、これは裏切られるのが怖いだけか。つまり、迷い。
手がまごついているのはどうしていいかわからないという示唆。
……間違いない。これなら、きっと私の思う通りに動いてくれる。
「私は美哉。日比谷美哉」
「え?」
「あなたのお名前は?」
手を差し出す。すっと、下からすくい上げるように。
それでも、彼女の眼は彷徨うばかり。
思わずくすりと笑ってしまう。見えているのに、何も見ようとしない人間がいるなんて思いもしなかった。その両の目と耳は何のためについているのかと聞いてみたくなる。
「……挨拶されて、名前を聞かれたら、自分の名前を答えるのよ」
「あっ。そ、その、片ケ瀬千聖」
「よくできました」
どこに置いていいかわからず、宙を漂わせている手を掴み、握手をする。
ここでようやく、彼女はしっかりと私の方を向いた。
困惑が大半。なぜ、と聞きたいのに聞かないのは、なんでなのか。
まあ、何も言わないのであれば何も言わないで、私にとっては都合がいい。
「ねぇ、友達が欲しいの?」
「……っ!」
彼女は目を爛々と輝かせて、頷いてみせる。
どう言葉にしたらいいかわからないから、身振り手振りで表現する。
なるほど。そういうことはできるんだ。
なら、話は単純。
「あそこにいる子たち、見える?」
私は部屋の一角で遊んでいる子たちを指さす。今はおままごとをしている三人組のグループ。
この子は人と話せることがそんなに嬉しいのか、千切れそうなぐらい頭を縦に振っている。
「あの子たちと一緒に遊びたい?」
首を縦に振り続ける――。
「私の言う通りにすれば――あの子たちとも友達になれるわ」
そうして、私は彼女の耳元に優しく囁く。
一度聞けば逃げ出せない甘美な誘い。この子が欲してたまらないであろう、『答え』を
その日、私は満たされるという意味を知った。
思う通りに人が動く。予測した光景が目の前に現れる。
本当の意味で理解ができた気がした。人とはこういうものなのだと。
それから、本当に変わらない。
あの子は従い、私が操る。それだけの関係性。
保育園では共感を、小学校では施しを、中学校と高校生では格付けを。
彼女にその都度指示を出し、役割を与えてあげる。
私は役割に溺れる彼女を補助し、動向を楽しむ。
「そろそろ、新しいおもちゃが欲しいけれど……難しいかな」
下校中、思わず思考に没頭してしまった。
もう家についてしまう。
何も変哲のない一軒家。ポケットから鍵を取り出し、玄関を開ける。
「ただいま」
返事はない。当然だ、誰もいないのだから。
リビングまでくれば、その原因もわかる。
「……予想通り」
テーブルの上にあるのは、母親からの置手紙。
内容はいつも通り。一週間以上家を留守にするというものだ。生活費は置いていくから、それで暮らせと。
一通り目を通して、びりびりと破り捨てる。
家族ならともかく万が一にでもこの内容を見られたら困る相手もいる。その状況は極めて考えづらいが、考えづらいだけだ。残しておくデメリットと比較して、メリットがあまりにもない。
二階にある自室へと入り、皺にならないように服を脱いでハンガーにかける。
その後、下着姿のままベッドの上に横になる。
「さて、明日はどうするか」
スマホを取り出し、千聖からの定時連絡を確認する。
どうやら、カラオケではうまくやれているようだ。中学生時代に散々練習させた甲斐があった。
「曜日による固定行動でもいいけれど……そろそろ結束を深める何かをやらせた方がいい」
通常の虐めで考え着くことは、大体やらせた。
特定の相手の尊厳を貶める行為を共有することは、団体内での結束を強くする。
「写真は既に握らせている。もっと過激なものを撮らせるべきか……。それとも、向こう主導という形で売りでも……」
私を裸に向かせ、羞恥を煽るようなものは既に撮らせた。
そのような形で、決定的な物証を握らせておけば向こうは安心できる。これがあれば逆らえない、必殺の武器だと。
前に撮らせたのは……屋上で全裸になり、制服を横に畳ませた状態で棒立ちした構図だったか?
それより過激となると、ふむ、今はまだ必要なさそう。
刺激というのは慣れが来てしまう。なるべく長く持続させるために、急激な刺激の増加は控えるべきだ。
ならば、売りの斡旋はどうか。
少し考える。
現時点で売りと言う形をとるのは逆に結束を揺るがしかねないか。
高校で今の形を取ってから半年も迎えていない。過激すぎる行為は恐怖を生み、恐怖は疑念を生む。
本当にこのままでいいのだろうか、という。
まだ、まだそれは駄目だ。安心感を抱かせるフェイズなのだから。
やるとしても来年以降、本格的に後戻りができなくなってからの方がいいだろう。
「となると、別の方法で報酬を用意する必要がある。こちらもどうするか……」
虐めという形で人が繋がるためには、幾つか必要なことがある。
それは、序列と利益だ。
この人には表立っては逆らわない、代わりにこの人には何をやってもいい。
ストレスを与える人物と、ストレスを解消する人物。どちらかが欠けるわけにはいかない。
利益は単純に、その状態に甘んじることにどんな利益があるかだ。
わかりやすいのは、虐め相手から巻き上げる金。虐めている間は虐められないという立場の安定。
他にも優越感などはあるが、拘束力が高いのはこの二つだ。
上の人間がいれば、逃げられない。虐めてる間は、利益が手に入る。
だから、私は大丈夫だから、何もされていないからでダラダラと続けてしまう。
続ければ、罪状が揃ってもう逃げられない。自分のしたことの大きさを理解できた時にはもう遅い。
本当に、わかりやすくて助かっている。
この方法で、中学生の時から都合のいい傀儡を何体も用意できた。
千歳の対人欲求も満たせて、非常に効率がいい。
ただ……一つ問題があるとすれば……。
「……そろそろ、飽き始めたな」
あまりにも想像通りに動きすぎて、代り映えがない。
刺激、そう刺激だ。
何か、新しい刺激が必要だ。向こうだけでなく、私にも――。