行く先に咲くは徒花と知りながらも   作:高野瀬舞

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第3話 思うは彼女

 ベッドの上で一人、私は自分を慰める。

 

「みーちゃん、みーちゃん……っ!」

 

 熱が収まらない。私の内から湧いて出て、どこへも逃げ場がない熱が私を焼く。

 小学校の頃から徐々に強くなっては、中学生の途中には完全に自覚した。

 これは、恋というものだと思う。

 

「あの……目っ。唇っ!」

 

 想像するのは、今日の放課後教室で目の前まで来たみーちゃんの顔。

 散々ひどい目に遭わされているのに、それを何とも思ってないあの凛々しい表情。

 全部演技なんだ。あの表情も、あの涙も、全部、全部、全部!

 表向きはとても弱弱しいのに、裏ではあんなに強い女の子。

 私の救世主、私のヒーロー、私の……全て。

 

「ああ、みーちゃんっ!」

 

 スマホを取り出して、お気に入りしてある一つの写真を開く。

 それは、前に虐めを行うなら必須だと称して撮らされた、みーちゃんの裸の写真。

 私は最初、撮れと言われたとき、嫌だった。みーちゃんの体を、そんな他の奴らに見せるだなんて、嫌だった。

 でも、目の当たりにしたとき、思わず固まってしまった。……だって、あまりに綺麗だったから。

 

 虐められっ子だってわかるぐらい傷ついていた。でも、それ以上に美しかった!

 生傷がまるでアクセサリーみたいにみーちゃんの白く艶やかな肌を際立たせていた。

 気持ちが昂る。指先を包み込む熱に溺れる。これが彼女のものであれば、どれだけいいほどか。

 

「痛いはずなのに、苦しいはずなのに、ああっ!」

 

 みーちゃんは泣かない。人前では、そうする必要があるからと涙を流してみせるけれど、私と違って辛かったり悲しかったり、心からは泣かない。

 全部作り物なのに、全部本物に見える。

 偽物は所詮偽物なのだと言う人もいるけれど、私はそうは思わない。

 偽物は美しいと、私は知っているから。

 

「……みーちゃん」

 

 一通り物思いに耽って、自分自身が嫌になる。

 涙が出る。情けない、情けない。

 想像の中でみーちゃんを汚して、興奮して、満足するしかない。

 でも、汚れて欲しくない。気高い彼女のままでいて欲しい。

 

 我儘な私はとても馬鹿。

 相談できないことはわかりきってるのに、どうすればいいのなんて聞きたくなる。

 聞けば、きっとこの関係は終わってしまう。

 だって、私はみーちゃんの玩具なんだから。遊びづらい玩具は捨てられる。

 それだけは嫌だ。それだけは嫌だ。心の底から嫌だって言える。

 

「ちょっと! 千歳! 出てきなさい、ご飯よ!」

 

 お母さんだ。もう、そんな時間なんだ。

 

「……今行くー」

「早く席につきなさい!」

 

 ベッドを起きて、部屋から出る。短い廊下を取って、リビングへ。

 

「ほら、晩御飯食べちゃいなさい」

「はーい」

 

 お母さんも家事の手を止めて、食卓に座る。

 二人とも、座ったら、手を合わせていただきますをする。

 うちのいつもの食卓の光景。お父さんは仕事でいつも遅いから今はいない。でも、休日にはお父さんも一緒にご飯を食べる。

 

 いつもより少し少なめに盛られたご飯を片手に談笑をする。

 

「それで、美哉ちゃんとはうまくやれてる? 喧嘩とかはしてない?」

「もう、毎日それなんだから。ちゃんと……仲良くしてるもん」

「本当かしら。あなたって、ほら、少し……。美哉ちゃんに迷惑かけてない?」

「何を言おうとして止めたの。もうっ、迷惑は、かけてるけれど」

 

 毎日毎日この話ばかりだ。

 学校でどんなことがあったのか聞かれても、虐めの事は言えないから上手いこと誤魔化している。

 この誤魔化す話題や、吐く嘘の内容もみーちゃんの指示だ。口裏を合わせるためだとかなんとか、難しい話をしていた覚えがある。

 

 みーちゃんとは保育園からの付き合いで、ちょうどご近所だから、お母さんとも知り合いだ。

 私とは違って昔から頭が良かったから、大人の人からも良く可愛がられていたのを覚えてる。

 

「最近は家に来てくれなくなったけれど、どうしてるのかしらねぇ」

「元気だよ。もう、お母さん、まるでみーちゃんも自分の娘みたいに」

「これだけ長い付き合いだもの。あそこのお母さんもあまり集まりに顔を出さないし、ついね」

 

 小学校まではよくみーちゃんはうちに来て一緒に遊んで、もとい色々と教えてくれていた。

 今同じ高校に通えているのも、何度も溜息を吐かれながら勉強を教えてもらえた結果。

 中学校では今のいじめっ子といじめられっ子の関係になっちゃったから、放課後に会うのは難しくなってしまった。だから、お母さんが知ってるのは授業参観で見たぐらい。

 

 お母さん的には、みーちゃんは成績優秀で自立できているよくできた子。何かと比較するようなことを言われるけれど、正直私もみーちゃんに勝てる気はしないから黙って聞いてる。

 真似できるわけないじゃん!

 

 最近はお母さんも私の馬鹿さを諦めてくれてるけれど、中学校は本当によく成績を比べられた。

 成績トップクラス……というか自由にテストの点数操作してるって言ってる子と比べられてもね。無理ですよ。勝てないですよ。

 お母さんに心配されないだけの成績を維持できているのも、未だにみーちゃんに勉強を教えてもらってるからだし。直接は会えないから通話でだけれど。

 

「みーちゃんのお母さん、そうなの?」

「詳しく聞いたことはないんだけれどね。最近もまた海外に行くとかで留守にしてるみたいよ」

 

 昔からよくあることらしいけれど。

 てことは、みーちゃんは今一人ってことなのかな。

 お父さんもめったに帰ってこないって言ってたし……後で連絡してみようかな?

 

「あなた、ちゃんと一緒にいてあげなさいよ」

「え? あ、うん」

「前に会った時、普段家族がいなくて寂しい。千聖は姉妹みたいに思ってるって言ってたんだから」

 

 そ、そんなことをみーちゃんが!

 いや、お母さんを喜ばせるためのリップサービスなのは私にはわかる。

 だとわかってても、ちょっと嬉しい。姉妹、姉妹かぁ。えへへ……。

 

「ごちそうさま!」

 

 そうやって話している間にも、完食。お皿を重ねて、流しへ持っていく。

 水で軽くお皿をゆすいで、後で洗いやすいように水に漬ける。

 

「お母さんは食べるのにどのぐらいかかりそう~?」

「すぐ食べちゃうわ。少し待ってね」

「はーい。じゃあ洗いながら待つね」

 

 流しのスポンジを手に取って、汚れの少ない皿を手に取って洗い始める。

 ちょっと遅れてお母さんも食べ終わったので、そちらの食器も洗う。

 少し洗いながら雑談もした後に、私は自分の部屋に戻った。

 

 私の部屋は正直学校の人に見せられない、見せたくない内装をしている。

 部屋の棚の上にも、机の上にも置いてあるぬいぐるみさんたち。まさか、虐めのリーダーがこんな可愛らしい部屋してるなんて、誰も思ってないと思う。

 みーちゃんにも、誰にも部屋には上げないように言われている。

 

 ぬいぐるみは昔からの趣味で、一人だと寂しいからついつい部屋に置いてしまう。

 今日はサメのぬいぐるみを抱いて、ベッドの上に横になる。

 

 スマホを取り出して、みーちゃんの電話番号を直接ダイヤルする。

 通話アプリじゃダメなの? って聞いたら、スマホに痕跡が残っていると疑われる可能性がある、というのがみーちゃんの話。電話なら、今時確認されるようなこともないって。

 メールも、読んで紙に映したら消すように言われている。見られたら困るからって。

 

 ……一コール、ニコール、三コール目。あっ、出てくれた。

 

『……どうかした?』

「ううん。お母さんが今いないって聞いて、寂しくないかなって思って」

『あなたじゃないんだから。一人でも関係ないわよ』

 

 うっ。それはそうかも。

 

『……まあ、ちょうどよかったかも。少し、話すかどうか迷っていた話があったから』

「みーちゃんが迷う? 珍しいね。何の話?」

 

 みーちゃんが迷うなんて、本当に珍しい。いつも即断即決で行動して、それが正しいのに。

 本当に難しい問題なのかな? 私が聞いて役に立てるような内容なのかな?

 

『私たちの関係、そろそろ終わりにしましょう』

「……え?」

 

 何事もないかのように淡々と告げられた内容は、私の頭から思考を全て奪い去って。

 言葉の意味すら理解するのに時間がかかって。気が付けば、返事がないことに気が付いたみーちゃんが一方的に通話を切っていた。

 そのことにすら気が付くのが遅れて。通話の切れた音を背景に、私はずっとみーちゃんの言った言葉をぐるぐる頭の中で反芻していた。

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