行く先に咲くは徒花と知りながらも 作:高野瀬舞
「みー……美哉。ちょっと来て」
学校の朝一にみーちゃんを呼びつける。
演技を一瞬忘れたことに、これも一瞬だけ睨みつけられる。
身長が高いから怖い怖いって私も言われるけど、どう考えてもみーちゃんの怒った顔の方が怖いよぉ。
でも、放課後まで待てない。昨日の夜に電話した内容について聞かないと。
「千聖~、朝からやるの?」
「……ついてこないで」
「ひっ。わ、わかったよ。だからさぁ、友達睨むのはやめない?」
「……ごめん」
虐め仲間の一人が声をかけてきたから、これから聞かれると困る話をするからついてこないでって言っただけのつもりだったのに。何か怖がられた。
学校で普段の口数を少なくしてるのもみーちゃんの指示。あまり喋ると素がバレるって。
その結果、本当に怖い印象をもたれてるみたい。あんまり喋らないようにって考えて言葉を選んでるから、難しい顔してるだけのなのに、いつも不機嫌みたいに思われてる。
今は、それでもいいけれど。
「千聖、さん。な、何か御用でしょうか……」
「ついてきて」
あぁ~。怯えてる振りをしているみーちゃんもやっぱり可愛い。
この状況を写真撮って保存したい。でも、不審がられるからしちゃいけないもんね。
写真とかを取っていいのはみーちゃんが指示したタイミングだけ。我慢我慢。
「あの、千聖さん……?」
あっ。思わず物思いに耽っちゃった。
誰にも見られない角度だからって、みーちゃんは私に何の用だって表情を隠しもしない。
うっ。早く場所移動しよう。
黙って後ろを向いて教室から出て行けば、後ろからみーちゃんはついてきてくれる。
周りの子たちが興味深そうにチラ見してくるけれど、今はどうでもいい。
とりあえずざっと人目につかないところという事でトイレに連れ込んで、個室に入る。
狭いけれど、ここなら話をしてもすぐに人目にはつかない。声量も抑えれば大丈夫なはず。
このぐらいを考える頭は私にだってあるんだから!
「……で、何の用? 今日の予定は伝えてあったと思うんだけど。再確認でもしたいの?」
「それは、うん、確認したよ。ちゃんと覚えてる」
「じゃあ、何」
二人っきりの狭い個室だから、みーちゃんは不機嫌を隠そうともしない。
彼女は決められたことから外れることを嫌う。
予定にない行動をしたことを、凄い不快に思っていると思う。
でも、これは聞かないと。
「昨日の夜の、あの電話で話してたこと。あれって、どういう意味?」
「昨日の夜の? ……ああ、関係をここまでにしようっていう話?」
「それ!」
いきなり口をふさがれた。大きな声を出し過ぎたみたい。
視線を下に向けて、みーちゃんと視線を合わせる。
珍しく慌てた表情を見せていた。
「落ちついた?」
頷く。口から手を放してくれた。
「それで、その、関係を終わりにしようって、どういう……」
「説明不足だったのは確かにそう。納得できないってことでしょう」
全力で頷く。
あんなことではとてもではないけれど納得しきれない。
「……はぁ」
「溜息! ため息つい――」
「だから声が大きい」
また口を塞がれる。
その状態のまま、視線が合う。
綺麗な目。透き通っていて、どこまでも深い。吸い込まれてしまいそうになる。
「今までの関係性を、少し考えてね。あまりにも、何も変わりがないと思ったの」
「……んー」
「回答に誠実さを求めるのならば、飽きてしまったの。これまでの何もかもに」
「んーっ!」
飽きられた? それじゃあ、本当に捨てられる?
私はもう、用済みなの?
「もちろん、中途半端で投げ出しはしない。きちんと私がいなくても回るように整えてあげる。だから、あなたは何も心配せずにこれまで通り私の言うことを聞いていればいいの」
それはつまり、本当に離れ離れになるっていうことで。
もう、一緒にいられない?
「……何」
手が濡れた感触で、みーちゃんは不審がる。
私の目からこぼれた雫が、私の口を塞ぐ彼女の手の上を伝って落ちていっていた。
「なんで泣いてるの?」
ああ、わからないんだ。
そう思うと余計に悲しくなって。涙が出てきて。
舌打ちされても、止められなくて。
ようやく泣き止んだ時には、もう朝のホームルームのチャイムが鳴ってしまっていた。
「泣き止んだ?」
「……うん」
「目のところが赤い。これは人前に顔出せないか。少し収まるまで時間を潰す必要がある。となると……」
こんな時でも、みーちゃんは冷静にどうやったら私たちの関係が人にバレないようにできるかを考えている。
私が泣いた理由になんて興味はない。だって、私に興味がないから。
「ねぇ、みーちゃん」
「うん? 学校でその呼び方は……」
「飽きたって言ってたよね?」
「そうだね。だから、新しい遊びを探しに行きたいと思ってる」
じゃあ、私のやることは明確だ。
どうすればいいのかなんてわからない。どうやればできるのなんてわからない。
みーちゃんも思いつかないから探しに行くんだろうと思うし、私にできると思われてない。
「じゃあ、私がみーちゃんを退屈させなかったら、見捨てないでくれる?」
私の言葉を聞いて、想像もしていなかったと目をまんまるにするみーちゃん。
彼女がこういう顔をするのはとても珍しい。
だって、大体のことはみーちゃんが想像した通りになってきたから。
「見捨てる。見捨てる、か。へぇ、そうなんだ」
私の言葉をゆっくりと噛み砕くように繰り返すみーちゃん。
そして、滅多に見せない笑みを見せる。
「それは……中々に面白そうだね」
これは普段の作り笑いとは違う。本当のみーちゃんが笑う時の笑い方。
人が良さそうな大人しい子が浮かべるそれではなく、獲物を見つけた獣のような獰猛な笑み。
……普段私と一緒にみーちゃんを虐めてる子たちが見たら、すぐに逃げ出すんだろうなってぐらい迫力がある。
何度かその場で頷いて、何かを計算すると、再び私の方を見てくれる。
「具体的な予定は?」
「と、特には何も思いついていないけど……」
「そう。そんなことだろうとは思ったけれど」
少しも残念そうな素振りを見せない。
考え無しに、とりあえず口にしただけってのは見透かされちゃっている。当然だけど。
「まあ、そうだね。私の根本は退屈にあるから――」
そう前振りをして――。
「もし、千聖が私を楽しませてくれるのなら、今まで通りの関係を続けよう」
私が欲しかった言葉を、引き出せた。
「ほ、本当だよね?」
「本当。嘘吐く必要がないからね」
私にはよくわからないけれど、多分ない、と思う。
みーちゃんは必要がないことはしたくないタイプ。だから、嘘ではないと思う。
「でも、本当にやる気?」
「え?」
「私の楽しませるということは……私の想像を超えるってことだけれども、あなたにそれができるの?」
単純な疑問の投げかけ。
別に、これ自体はただ本当に疑問に思っただけなんだと思う。
ただ、本当にできるの? 現実的なの? そういう風に言われたような気がする。
これまで、ずっとみーちゃんに操られてただけの私が、今更彼女の想像の上を行くようなことができるのかと。
純粋な目で見つめられる。
ある意味、初めて私個人に興味を持ってもらえたのかもしれない。
だから、わからないけれど、私の答えは一つ。
「で、できる。やるよ、やってみせるよ」
「……ふぅん」
胡散臭そうなものを見るように、目を細められた。
「でも、やってみるなら好きにすればいい。期待はしてないけれど」
「う、うん。絶対、やってみせるからね……っ」
話はもう終わりだとばかりに、個室の扉を開けて、みーちゃんは出ていく。
そして、黙って落ちてたバケツを拾い、中に水を入れると、頭から被った。
水か滴り落ちるその状態で、私に指示をくれる。
「そっちは一限目さぼりな。授業の内容は後で教えてあげるから」
「やってみせるからね!」
「はいはい。それじゃ、後は予定通りに。口裏としては、私がトイレの個室逃げ込んだところに水巻いたってことで」
制服をその場で絞り、ある程度水気を取った後、みーちゃんはトイレから出て行った。
その後、スマホに通知音。確認すると、一限目の間、ここで待てという指示のメールだった。
私はいつも通り、とりあえず移動してから考えることにした。
誰にも相談できない。これは、私一人で考えないといけない。
そう思うと、途端に心細くなってしまった。