あなたに幸せでいてほしい 作:綾小路君をTSヒロイン化した作品がみたい
小テストの結果発表は、淡々と行われた。
星之宮先生が貼り出したクラスとペアの表を確認する。
対戦相手はAクラスに予定通り決まったようだ。みんなの意識がより高まった気がする。
また今回俺は、小テストであえて高得点は取らないようにした。
期末テストでは通常より高難易度の問題がでるため、最悪60点を下回る可能性がある。
俺一人が失敗するならまだいい。だが、ペアを組んだ相手まで巻き込むわけにはいかない。
視線を滑らせていく。その結果俺のペアは……姫野だ。
周囲ではすでにあちこちで声が上がっていた。
「よろしくね。とりあえず得意科目から確認しよっか」
「60点ラインだけは絶対落とせないよね……」
自然と教室は小さな島に分かれていく。それぞれのペアが話し合う。
俺も姫野のもとへ向かう。
騒がしさの中でも、彼女の動きは落ち着いている。
「まずは確認かな」姫野が淡々と言う。
「神楽坂くん苦手科目、ある?」
「極端なのはないかな。ただ、絶対に60点以上を取れる保証はないから多少は負担をかけるかもしれない」
「私も似たようなものだよ。まあ、足は引っ張らないつもり」
「謙遜しなくていいよ姫野。前の中間、良かっただろ? 頼りにさせてもらう」
「神楽坂くんも悪くなかったと思うけど。期末も大丈夫だよ」
お互いに雰囲気を引き締めながらも前向きになる。
「とりあえず目標は、各科目80点以上かな」
「うん。改めてよろしくね、神楽坂くん」
俺も静かに頷いた。
ある日の夜。 参考書を閉じ、軽く肩を回す。今日の分の復習は満足にできたと思う。
時計を見ると23時を回っていた。
「こんな時間か……」
思ったより集中していたらしい。机の上には参考書とノートが広がり、消しゴムのかすが小さく散っている。
窓の外は静まり返っていた。
就寝の準備をし、照明を落とす。
ベッドに腰を下ろした瞬間——
スマートフォンが震えた。暗い部屋に、画面の光だけが浮かぶ。
綾小路さんからの通知だ。
《起きてる創?》
《起きてるよ。どうしたの?》
既読はすぐについたが、返事は数秒遅れた。
《テスト対策は順調?》
《順調かな。今日もテストに向けて勉強できたと思う。綾小路さんは?》
《問題ない》
簡潔な返事だ。 余裕を感じるというか実際、綾小路さんにとってはこの特別試験は難所ではないのだろう。
《そっか。綾小路さんなら大丈夫そうだね》
既読がつく。
少し考えて、ふとDクラスの近況を聞いてみる。
《クラスのほうはどう?》
既読。すぐには返ってこない。数秒後。
《特に問題はない》
やはり簡潔だ。けれど、そこで終わらなかった。
《ただ、クラスの勉強をみる教師役にされた》
《ペアになった佐藤麻耶やそのつながりのグループを見たり》
《あと長谷部波留加と三宅明人のペアを幸村輝彦と共にフォローするため集まって勉強会をすることになった》
《本当は静観するつもりだったけど、堀北鈴音に良いようにつかわれた》
…なるほど。メッセージにわずかな棘を感じる。
とはいえ、堀北さんとしては単純に最善手を選んだだけだろう。
《頼りにされてるんだね堀北さんに》
《…そうなのかしら》
《でも、いい機会かもしれないね》
《機会?》
《綾小路さん、話を聞いてると仲のいい友達が堀北さんと佐倉さんだけに見えたから》
《…別に堀北鈴音は友達じゃない》
《はは、そうかな? 2人ともいい関係なんじゃないかな》
《大きなお世話だろうけど、綾小路さんにはいろんな人に認められてほしいというか、仲良くなってほしいと思うから》
《俺は綾小路さんが優しい人だと知ってるから、いろんな人と上手くいくと思うし、そうなってほしいと思うんだ》
《だから、その機会を大切にしてほしいなと思ったんだ》
既読がつく。しかし、返事はすぐには来なかった。
…変なことを言ったかな? 綾小路さんを困らせてしまっただろうか...
やがて。
《創は買いかぶりすぎ》
《私は合理的に動いているだけの人でなし》
《優しくもないし、認められるような人間じゃない》
…胸の奥が痛む。たまに綾小路さんは自虐的なところがあるがどうしたらいいだろうか。
《…綾小路さんは優しい人だよ。人の痛みがわかる人だと思う。俺はそんな人が人でなしとは思わないな》
送ってから、少し考える。強すぎただろうか。
既読。
《そうかしら》
もう一押し伝えてみる。
《俺は少なくとも綾小路さんの優しさに助けられてる》
《俺に今こうやって連絡してくれてるのも綾小路さんの思いやりがあるからだと思うんだ》
《だから俺は綾小路さん自身の評価を否定してほしくないな》
数秒、時がたつ。
《…創の言葉を受け入れる》
《でも、覚えておいて》
《私を信頼しないほうがいい》
《あなたを傷つけてしまうかもしれないから》
《もう今日は遅い》
《おやすみ、創》
画面を見つめたまま、しばらく動けなかった。
信頼するな、と言われて。傷つけるかもしれない、と言われて。
それでも。指は自然に動いていた。
《それでも、俺は信頼するよ》
少し考えて、続ける。
《傷ついたとしても、俺はこの関係を大事にしたい》
既読はつかない。きっと、もう画面を伏せたのだろう。
少し迷って、もう一通だけ送る。
《おやすみ、綾小路さん》
《また明日》
送信。静かな部屋に、もう通知は鳴らない。
画面を伏せ、天井を見上げる。
信頼しないほうがいい、か。
それでも。俺の言葉は、本心だった。
部屋は静まり返っている。目を閉じても、すぐには眠れなかった。
放課後の図書室は、普段とは違う空気が漂っていた。
席の半数近くが埋まっている。それも、おしゃべりではなく勉強のために来た生徒たちで。
ペーパーシャッフルが近づくにつれ、学校全体の空気が変わってきていた。
一之瀬に連れられてやってきた俺たちBクラスは、あらかじめ確保されていた隅の席へと向かう。そこにはすでに、見慣れた制服とは少し違う雰囲気の生徒たちが座っていた。
Dクラスだ。
席を確保してしばらく経った頃、ふと視線が引き寄せられた。
少し離れた席で、見覚えのある後ろ姿が目に入った。
綾小路さんだ。
彼女の周りには数人の女子生徒が集まっていた。Dクラスの生徒だろう。活発そうな雰囲気の女子たちが参考書を広げながら、綾小路さんの説明に耳を傾けていた。
綾小路さんは淡々とした口調で何かを説明している。教えられている側の女子たちは、真剣ながらもどこか大変そうな表情でノートに書き込んでいた。
せっかくの合同勉強会だし、声をかけても問題ないか。それに、綾小路さんが困ってたら助けてあげたい。
そう思いながら席を立ち、自然な足取りで近づいていく。
「……綾小路さん、こっちにもいたんだね」
声をかけると、綾小路さんがちらりと顔を上げた。
「…神楽坂創」
綾小路さんがフルネームで応える。
…メッセージのやりとりでなぜたまにフルネームで呼ぶのか以前気になったことがあり、思い切って聞いてみたが、確か人間関係を誤解されない方がいいということで呼んでいるらしい。
『創に不都合があるといけない』と言っており、別に普段通り呼んでも大丈夫と言っていたがそれは受け入れられないらしい。
こういうところもなんとか綾小路さんのことを解決したいと思うのは傲慢だろうか…
…思考が逸れたが彼女に驚いた様子はない。
周りの女子たちがこちらに気づいて、一斉に顔を上げた。少し自己紹介した方がいいかな。
「Bクラスの神楽坂創です。合同勉強会だから挨拶しておこうと思って。困ってることがあれば微力ながらも力になれないかなと思ってね」
「あっ、あの!確か、体育祭のリレーでアンカーを走っていたよね! 速くてびっくりしたよ!」
活発そうな茶髪の女子が目を輝かせる。
「えっと……ありがとう。あのときは無我夢中だったけど」
「私、佐藤麻耶。よろしくね!」
他の女子たちも少し品定めするような目でこちらを見てから、短く名乗った。他にも軽井沢さん松下さん、篠原さん、森さんと次々に名前を教えてくれた。
「あのっ! 神楽坂くんって綾小路さんとどういう関係なの!?」
「え、えっと……友達、かな」
佐藤さんが少し目を丸くした。
「...友達なの? 綾小路さんと?」
どこか意外そうな反応だった。失礼というよりは、純粋に驚いている感じだ。
「意外かな?」
「だって綾小路さんって、あんまり人と話してるイメージなくて」佐藤さんが正直に言う。
「同じクラスだけど、少しミステリアスな感じだし」
軽井沢さんも少し興味深そうにこちらを見た。
「Bクラスなのに、どうやって仲良くなったの」
……どうやってか、難しいな。 出会ったのは、あの日堀北さんを助けようと飛び出したけど、
結局綾小路さんに助けられてこの関係ができているが、バカ正直に言うわけにはいかないだろうし、どう言えばいいだろうか...
そもそも、俺は仲良くできていると思っているが、綾小路さん自身はどう思っているのか……、
と思考がそれたな。 どう返そうか。
「俺が困っているときに助けられて、それで自然と話すようになって」
とりあえず無難な答えを選んだ。
「へえ」軽井沢さんが綾小路さんをちらりと見る。
「綾小路さんって、プライベートで人と話すんだ」
「どんな人なの?」
佐藤さんが身を乗り出してくる。
「ミステリアスな感じするし、気になってたんだよね」
俺は少し考えてから答えた。
「……話してみると、ちゃんと向き合ってくれる人だよ。見た目の印象とは違うかも」
佐藤さんがへえ、と呟いて綾小路さんを見た。軽井沢さんも同じ方向に視線を向けている。
綾小路さんは相変わらず無言だった。こちらをみているようで、遠いところを見ている感じだ。
……あまり歓迎されていない、かな。
直接何かを言われたわけじゃない。でも、綾小路さんの空気が微妙に固いのを感じ取っていた。ここで長居するのは得策じゃないかもしれない。
「…邪魔したね。勉強頑張ってね」
そう言って引き際を作ろうとすると、佐藤さんが「あっ」と声を上げた。
「せっかくだし一緒に勉強しない? なんか神楽坂くんいてくれたら心強い気がするし」
軽井沢さんも少し考えてから頷いた。
「合同勉強会なんだし、別にいいんじゃない」
俺は綾小路さんをちらりと見た。
彼女は視線を上げなかった。けれど「好きにすれば」と小さく呟いた。
…助けようと思ったが、もしかしたら負担を増やしてしまったかもしれない。
とりあえず、様子を見てから対応していこうか。
「じゃあ、少しだけよろしくね」
俺は空いている椅子を引いて座った。それぞれが教科書や参考書などを広げ、自然と勉強が始まる。
賑やかな佐藤さんと、サバサバとしている軽井沢さん達。そして静かに淡々と教え続ける綾小路さん。
自分が役に立つか不安だったか、俺はどうやら彼女たちに教えられるレベルには成長できていたみたいだ。 神崎のように、要点をわかりやすく伝えることを意識する。
三十分ほど経った頃、佐藤さんが参考書を閉じて大きく伸びをした。
「ちょっと休憩しよー。頭パンクしそう」
軽井沢さんも小さく息を吐いて、ペンを置いた。
「私もー、少しくらいはいいよね」
軽井沢さんの言葉をきっかけにグループが休憩に入る。
俺も軽く肩を回す。集中していたせいか、思ったより疲れていた。
綾小路さんだけは疲労の色は見られない感じだが、とりあえず手を止めるようだ。
しばらく他愛のない話をすることになった。体育祭の話、テストの愚痴、Bクラスの雰囲気はどうかという話。
そして佐藤さんが、唐突に身を乗り出してきた。
「ねえ… ぶっちゃけ神楽坂くんって好きな人いる?」
少し間があった。
「……急だね」
「神楽坂くんってなんか、モテそうだし、そういう話あるのかなーって気になってさ」
軽井沢さんたちが少し呆れたように佐藤さんを見たが、止めはしなかった。自分も気になっている、という顔をしていた。
俺はちらりと綾小路さんを見た。
彼女は視線を伏せたまま、水のボトルを静かに持っていた。表情は読めない。
「……どうかな」
「どうかな ってことはいるの!?」佐藤さんが問い詰めてくる。
返答を間違えたかもしれない。
自分にとって恋愛というのはどこか遠い存在というか、今こうして友達をつくるのも一生懸命だったから考えたことがなかったな。
「えっと……いないかな」
「え、さっき『どうかな』って言ったじゃん」
「今がすごく楽しくて、そういうことあまり考えたことがなくて。咄嗟に答えが出なかっただけだよ」
「今が楽しい?」軽井沢さんが少し首を傾ける。
「うん。この学校に来てから、いろんな人と関わるようになって。それが単純に楽しいというか、充実してるからね」
「へえ」佐藤さんが少し意外そうな顔をした。
「恋愛より今を楽しむタイプなのかな?」
「うーん、そういうわけじゃないと思うけど……今はそっちの方が自分には大事かな」
「へえー 本当かなぁ?」
本心を話したつもりだけどなぜか疑われてしまう。
…この学校に来て、多くの女性と話すがこういうところはいまだによくわからないと認識する。
佐藤さんが今度は綾小路さんに矛先を向ける。
「じゃあ綾小路さんは? 好きな人いる?」
「いない」
即答だった。
佐藤さんが俺を見た。
「…神楽坂くんさっき言ってたじゃん。綾小路さんって話してみるとちゃんと向き合ってくれるって」
「えっと、うん。そう思ってるよ」
「だったら、もうちょっとこう、あるじゃん」
抽象的だが、まあ言いたいことはわかる。 でも、一応返答はしているから向き合えているとは思うが…
俺が言葉を濁していると、綾小路さんが静かに口を開いた。
「佐藤麻耶」
「うぇっ!? はい!?」
「休憩は終わり。続ける」
どことなく有無を言わさない一言だった。
佐藤さんが「えー」と不満そうにしながらも教科書等を手に取る。軽井沢さんたちも自然と教科書を開き始めた。
俺も手元に視線を落とし再開する。
ただ、綾小路さんがどんな顔をしているのか、なんとなく気になって横目で見た。
彼女はいつも通りの無表情で参考書を開いていた。
……いつも通り、だ。
そのはずなのに、なぜか綾小路さんがどことなく ――嬉しそう?に見えた。
…なぜそう思ったのか理由はわからないが不機嫌には見えなかった。
とにかく俺は静かに教科書のページを開いて、目の前の問題に集中することにした。
それからしばらくして、勉強会はお開きになった。
帰り支度をしていると、佐藤さんが「せっかくだし連絡先交換しよ」と言い出した。
軽井沢さんたちも特に反対せず、自然な流れで交換することになった。
「また勉強わからないとこあったら聞いていい?」
「もちろん。力になれるかわからないけど」
「十分だよ。神楽坂くん教えるの上手かったし」
佐藤さんが笑顔で言う。軽井沢さんも小さく頷いた。
Dクラスの生徒たちが図書室を出ていく。
帰り支度をしていると、一之瀬が教室の端でBクラスの生徒たちに声をかけているのが見えた。
「今日はお疲れ様。みんなありがとうね」
明るい声が図書室に溶けていく。疲れた顔の生徒たちも、一之瀬の言葉を聞くと自然と表情が和らいでいた。
……やっぱり、一之瀬はすごいな。
そう思いながら鞄を肩にかけると、隣に気配がした。
綾小路さんだった。荷物を持って、特に何も言わず立っている。
「一緒に帰る、綾小路さん?」
「……ええ」
自然な流れで並んで歩き出した。
図書室の出口に差し掛かったところで、一之瀬が気づいてこちらに歩み寄ってきた。
「神楽坂くん、綾小路さんも。今日はありがとうね」
「一之瀬もお疲れ様。俺は、結局綾小路さんに教わることが多かったから礼は綾小路さんに言ってほしいな」
「…神楽坂創も貢献してくれたから私に礼はいい」
「うーん、二人ともお礼は素直に受け取ってほしいな。本当に感謝しているんだよ?」
「…そうだな、ありがたく受け取るよ」
「……」
綾小路さんは返事はしなかったが、わずかに首を縦に振ったからか一之瀬が柔らかく笑った。
さて、では帰ろうか——と思ったそのとき。
「一之瀬さん。少し質問しても良いかしら」
静かな声が届いた。
振り返ると、堀北さんが立っていた。
「ん? 何かな?」
「出来ればあなたの耳にだけ入れたいことなのだけれど。数分で終わるわ」
一之瀬がBクラスの生徒たちに目を向ける。
「じゃあ皆、悪いけど廊下で待っててもらえるかな」
「うん、わかった」
BクラスとDクラスの残っていた生徒たちが次々と図書室を出ていく。
俺も出ようとしたとき、隣の綾小路さんがわずかに足を止めた。
「…綾小路さん?」
その場で止まった綾小路さんに困惑してしまうが、堀北さんがこちらに顔を向ける。
堀北さんがこちらに顔を向ける。
俺と綾小路さんを交互に見てから、小さく息を吐いた。
「……まあ、あなたたちなら構わないわ」
許可とも諦めともとれる一言だった。
俺は綾小路さんの隣に静かに立ったまま、堀北さんと一之瀬のやり取りに耳を傾けた。
仲間についての話。困っている人を助けるかどうか。仲間の基準はどこにあるか。
一之瀬は迷わず答え続けた。その言葉には揺るぎない芯があった。
聞いているうちに、俺はなんとなく綾小路さんの横顔をちらりと見た。
彼女は無表情のまま、静かにその会話に耳を傾けていた。表情は読めない。でも、ちゃんと聞いている。
やがて堀北さんが静かに言った。
「だけどあなたを見ていると——本当に善人がいるのかも知れないわね」
その瞬間、一之瀬の表情が変わった。まっすぐ答え続けていた目が、初めて揺れた。
「それは……買いかぶりすぎだよ堀北さん」
うん? なんだろう、こんな雰囲気の一之瀬を見るのは初めてだ。
そんな思考をしていると堀北さんが、なぜか俺に目を向ける。
「神楽坂くん」
「何だい、堀北さん?」
「せっかくだからあなたにも聞かせてもらえるかしら。困っている人がいたら助けるのはどうして?」
突然の問いだった。
俺は少し考えてから、正直に答えることにした。
「……うーん。俺は一之瀬みたいに立派な理由があるわけじゃないけどいい?」
「聞かせて」
「後悔したくないからだと思う。目の前で誰かが困っていて、何もしなかったら俺は後で嫌な気持ちになる。それが嫌だから動く。結局、自分のためというか……自己満足に過ぎないと思ってる」
堀北さんが静かに俺を見ていた。
「大したことはないよ。一之瀬みたいに、誰かのために純粋に動けるわけじゃないから」
しばらく沈黙が落ちた。
堀北さんがわずかに目を細める。
「……そう。正直ね」
「でも、私は嫌いじゃないわ。どこか納得できるところもある」
一之瀬がふと俺を見た。どこか温かみのある目だった。
「神楽坂くんはそう言うけど、そういう自己満足って悪くないと思うよ。結果として誰かが助かるならなおさらね」
「一之瀬がそう言ってくれるなら、少し救われた気がする」
一之瀬が笑った。
しばらくして、堀北さんが静かに立ち上がった。
「ありがとう。参考になったわ」
それだけ言って、堀北さんは荷物を手に取った。一之瀬に向かって小さく頷いてから、図書室を出ていく。
「それじゃ、また明日ね」
一之瀬も笑顔で後に続いた。
図書室が静まり返る。
「……行こうか」
綾小路さんが静かに頷いた。
廊下に出ると、夜の空気が肌に触れた。しばらく2人で並んで歩く。
「…創は」
不意に綾小路さんが言った。
「自分を見てるようで、やっぱり他の人しか見てない気がする」
俺は少し驚いて彼女を見た。
「だから、もっと自分を大事にしてほしい」
俺は少し驚いて彼女を見た。
彼女は前を向いたまま、それ以上何も言わなかった。
……自分を大事に、か。
そう言われると、うまく返す言葉が見つからなかった。綾小路さんがこういうことを言うのは珍しい。だからこそ、軽く流せなかった。
「…ありがとう。気をつけるよ」
綾小路さんは何も言わなかった。ただ、少しだけ歩くペースが緩んだ気がした。
夜の廊下に、2人分の足音が静かに響いていた。
ペーパーシャッフルの結果は、2点差でBクラスの敗北だった。
発表の瞬間、教室には短い沈黙が落ちた。
2点差。Aクラスを相手にそこまで迫ったという事実は、誰もが感じていたはずだ。
悔しさと、どこか誇らしさが混じったような、不思議な空気だった。
一之瀬の表情には、確かな悔しさがあった。それでもすぐに顔を上げ、クラスメイトたちに言葉をかけていた。神崎は黙って結果を見つめ、静かに何かを考えているようだった。
俺も結果を眺めながら、あの坂柳の微笑みを思い出していた。
彼女は最初から、この結果を見越していたのだろうか。
それとも、2点差という接戦を予想していなかったのだろうか。
どちらにしても——まだ次があるはずだ。
Bクラスはまた次に向けて一丸となった。