part A
「ごめん美波! お待たせ!」
「遅い! 先に帰ろうかと思ったわよ!」
「ホントごめん! 鉄人に捕まっちゃってさ」
「まったく。毎回毎回よく捕まるわね」
「ホント、なんで僕ばっかり……」
「アンタが答案に変な答えばっかり書くからでしょうがっ!」
「えぇっ!? 僕、真面目に答えてるつもりなんだけど!?」
「はぁ……まぁいいわ。帰りましょう」
校門で三十分くらい待っただろうか。
補習から解放されたアキが校舎から走って出てきた。
そう。ウチはこのアキを待っていた。
それはもちろん一緒に帰るため。
あれから一ヶ月。
ウチとアキは付き合っている。
一ヶ月前のあの日、アキはウチの想いに応えてくれた。
その時にアキといくつかの約束をした。
『毎日一緒に帰る』という約束もそのうちのひとつ。
あの時の約束通り、アキはこうして毎日ウチを家まで送ってくれている。
今日は課題の回答について西村先生に絞られていたみたい。
もうすぐ期末テストだって言うのに大丈夫なのかな。
横を歩いているアキに視線を送ってみると、口元を緩めていてなんだか楽しそうにしている。
先生に叱られても全然気にしてないみたい。
ちょっとは気にしてほしいんだけどな……。
そう思ったものの、アキの楽しそうな顔を見ていたらそんなことを言う気も失せてしまった。
ウチらは他愛のない話しに花を咲かせながら、帰りの道をゆっくりと歩いた。
空はもう暗くなりかけている。
でも急いで帰る気にはならなかった。
付き合いはじめの頃、ウチは一緒に歩いていてアキとの歩幅が合わず、小走りになるようなこともあった。
それが、いつの間にか歩幅を気にしないで歩けるようになっていた。
それに気付いた時、ウチはアキの速度に慣れたんだと思った。
でもそれは違った。
気付いた翌日、注意して見ていたら、明らかにアキが歩く速度を落としていた。
ウチが慣れたんじゃなかった。アキが合わせてくれていた。
アキは今もこうしてウチに合わせてゆっくりと歩いてくれている。
こうしたアキの気遣いにウチは幸せを感じている。
商店街に差しかかった辺りだろうか。アキが買い物をしたいと言い出した。
「美波、ちょっとスーパーに寄って行きたいんだけど、いいかな?」
見ると、アキはさっきの楽しそうな顔をより一層、楽しそうに輝かせている。
とっても無邪気な、少年のような笑顔。
なんて嬉しそうな顔してるのよ……。
「いいわよ。ウチも卵を買っておきたかったし」
まぁ反対する理由は無いものね。
それにお弁当用の卵も買い足しておきたかったし。
でも相変わらず料理はアキの役目みたい。
やっぱり玲さんは料理しないのかな。アキも大変ね。
☆
いつものスーパーの入り口に付くと、アキは慣れた手つきで買い物用カートを引き出した。
そして鼻歌混じりに店内へと入って行く。
こういう時のアキって活き活きしてるのよね。
きっとこういうのが好きなんだろうな。
前に聞いたら否定していたけど、こういう姿を見ているとそうとしか思えないのよね。
「美波どうしたの? 行こうよ」
「うん」
眺めてる場合じゃないわね。
ウチも入ろう。
店内に入ると、アキはメモを見ながら見慣れない食材をカートに入れていった。
いつになく真面目な顔をして、食材ひとつひとつをよく吟味している。
ずいぶん気合いが入ってるのね。
ウチはそんなアキを後ろから眺めながら卵のパックをひとつ取り、カートに入れた。
会計は別なのに、何故こうしたのか自分でも分からない。
でもこの時は一緒に入れることに何の疑問も持たなかった。
アキはこの後も次々と食材をカートに入れていった。
その半分くらいがウチも使ったことのない食材。
何を作るつもりなのかな。
「よし、これで全部かな。美波はもういいの?」
「うん。ウチはこれだけよ」
「オッケー。それじゃレジに行こう」
アキはレジへカートを押して行き、ウチもその後を付いて歩いた。
……
何度かアキとこうして一緒に買い物してるけど……。
やっぱりこの時間はとっても幸せ。
こうしてアキが手の届く距離にいるのが嬉しい。
将来、毎日こんな風に過ごせたらいいな。
将来かぁ。
アキは将来どんな仕事をするのかな。
ウチのお父さんみたいな仕事には就いてほしくないな。
だってあんな仕事じゃぜんぜん一緒にいられないもの。
でもアキの成績じゃ無理だし、きっとそんな心配は無用ね。
それ以前にこのままじゃ進級できるかも怪しいし……。
今度のテストは頑張ってもらわないといけないわね。
「1728円になります」
あ……。
気付いたらレジの順番が来ていて、もう打ち終わっていた。
「あっ、卵は────」
ウチが言いかけた時には既にアキがお金を出していた。
一緒に払ってくれたのね。
お店を出たら代金渡さなくちゃ。
レジを終えたウチらは食材を袋に詰め、店を後にした。
「アキ、卵の代金払うわ。いくら?」
「いいよ。今日は僕が言い出したんだから僕のおごりさ」
「え? そうは行かないわよ」
「いいからいいから。割引券を使ったから値段分かんないし。はい卵」
「う、うん……」
「さ、帰ろう」
ホントにいいのかな。
アキだって欲しいゲームとかあるんじゃないのかな……。
ウチは悩みながらも渋々、袋を受け取った。
アキの補習が終わるのを待っていたから、学校を出た時は日が沈みかけていた。
店に入る前はまだ明るかったけど、買い物を終えて出て来た時にはもう真っ暗だった。
道の両脇では街灯が灯り、辺りを明るく照らしている。
去年の冬は街灯があってもやっぱり夜道を歩くのは恐かった。
でも今年はアキが一緒にいてくれる。
このことがウチに恐さと寒さを忘れさせてくれる。
ウチは横にアキの存在を感じながら街灯の灯の下を歩いた。
「それ、珍しい食材ね」
「うん。ちょっと研究しててね」
「そうなんだ。勉強もそれくらい熱心だといいのにね」
「うっ……ほ、ほっといてよっ!」
「ほっとけないわよ。これからも毎日ウチを校門で待たせるつもり?」
「うぐっ……。ごめんなさい……」
「分かればいいのよ。それに勉強ならまたウチが教えてあげるわ」
「数学だけね」
「いいじゃない! 教えてもらえるだけ有り難く思いなさい! そんなこと言うなら教えてあげないわよ!」
「あははごめんごめん。冗談だよ」
まったく……。
でも最近、アキに余裕が出てきたみたいね。
ウチの方がからかわれている気がするわ。
主導権を取り戻さないといけないわね。
そんなやり取りをしながら、ウチらは家の前まで来ていた。
「それじゃ美波、僕はこれで」
「あ、うん……」
「ん? どうかした?」
やっぱり別れ際は切なくなる。
もっと一緒にいたいけど……。
「……ううん。なんでもない。おやすみアキ」
「うん。おやすみ」
あんまりわがままを言うわけにもいかないわ。
☆
「ただいま」
「お姉ちゃん、お帰りなさいですっ」
「ごめんね葉月、遅くなっちゃった。すぐご飯作るからね」
「はいですっ! 葉月も手伝うです!」
「ありがと。じゃあお姉ちゃん着替えて来るから、これ冷蔵庫に入れておいてくれる?」
「はいですっ」
家に帰ればウチはお母さんの代わり。
もう慣れたけど……。
もうちょっと自分の時間がほしいな……。