アキと玲さんはその部屋の真ん中で正座で向かい合っていた。
玲さんは突然開いた扉に驚いたのか、顔をこちらに向けて目を大きく見開いている。
そんな玲さんの隙を見たアキはその場から逃れ、助けを求めて駆け寄ってきた。
ただ……。
「アキの……」
「美波っ! たっ、助けてっ!」
ちょうどウチも勢いがついていたので────
「バカぁぁぁぁっ!!」
「ぐほぁっ……!」
思わず渾身のラリアットをアキの喉元に決めてしまった。
アキは一回転しそうな勢いで後頭部から着地し、そのまま気を失った。
「なんてこと言ってるのよ! ウチはいきなりそんなこと言ったりしてないでしょ!」
って! しまった! やっちゃった!
あ、あんまりいいタイミングだったから思わず手が……。
でっ、でも今のはアキが自分の恥ずかしいところだけ隠して言うのが悪いのよ!
だからウチは止めようとして……!
……そんな言い訳はダメよ。
もう乱暴しないって決めたじゃない……。
で、でも止めなかったら――あっ! そんなこと悩んでる場合じゃないわ!
「ア、アキっ! 大丈夫!?」
慌てて声を掛けてみたが、アキは苦しそうに目を閉じたままで返事をしない。
ど、どうしよう……。
完全に気を失っちゃってる……。
「美波さん……?」
「えっ!? あっ、玲さん!? あ、あのっ! アア、アキの言ったことは本当は違くて! そうじゃなくて……! えっと……えっと……」
なんて説明すればいいのかな……。
アキの言ったことは全部嘘だって言う?
でも途中を省略してはいるけどアキの言葉に嘘は無いし……。
って! そんなことよりアキが!
でも玲さんにもちゃんと説明しないと……!
でもアキが!
あぁもうっ! ウチ、どうしたらいいの!?
「美波さん、アキくんに脅されているのですか?」
「えっ……? 脅され……って?」
何? ど、どういうことなの?
ウチが脅されて?
玲さんの言っている意味が分からないわ……。
「美波さんがあんなことを言うなんて信じられません。もし本当に言ったのでしたら、アキくんに何か弱みを握られていて、そのように言うよう脅迫されたのではありませんか?」
「えっ!? そっ、そんな! 玲さん! いくらなんでも酷いです! アキがそんなことするわけないじゃないですか! アキは本当に優しくて! ウチのことを本当に思ってくれて! だからウチはアキが大好きで! だから一杯、一杯触れたくて! それで……! それで……」
ウチ、何を言ってるんだろう……。
悲しくなってきた……。
恥ずかしい……。
アキへの気持ちをこんな形で言うことになるなんて……。
もっとちゃんと話したかった……。アキのバカ……。
「美波さん、顔を上げてください」
「……」
「美波さんは正直ですね。美波さん、人を好きになることは恥ずかしいことではありませんよ。むしろ素晴らしいことです」
玲さんの言葉で少しだけ落ち着いたウチは頭を上げた。
そのウチを見つめる玲さんはとっても優しい笑顔を見せていた。
「美波さんの気持ちは以前から知っていました。確信したのはアキくんの看護を申し出た時ですけどね。今のは妬けるのでちょっと意地悪をしただけです」
「えっ……? そんなぁ……玲さん酷いですよ……」
「ふふ……ごめんなさいね」
玲さんは倒れているアキに目を向けるとゆっくりと立ち上がり、歩み寄った。
そして両膝を突いて座ると、アキの頭を膝の上に乗せた。
「アキくんは私と話していても、美波さんのことになるととても楽しそうな顔をするのですよ」
玲さんはそう言いながら気を失っているアキの頭を撫でた。
目を細め、優しい視線を送りながら。
そういえばウチも葉月に言われたことがあったっけ。
アキの話しをしてるとすっごく楽しそうだって。
アキもそうなんだ……。
「あ、あの……玲さん、ウチもいいですか? その……ウチがやっちゃったわけだし……」
「はい、どうぞ」
玲さんの許可を得たウチはアキの横に座り、手を伸ばして頬をそっと撫でた。
「ごめんね……アキ」
そう呟くと、心なしかアキの苦悶の表情が和らぎ、口元が緩んだような気がした。
この後、ウチは落ち着いて玲さんに事情を説明した。
あの日、ウチが想いを告白したこと。
アキが悩んだ末にそれに応えてくれたこと。
それから純粋な付き合いをしていること。
抱っこしてもらっていたことも、なんとか分かってもらえた。
「そうですか……。アキくんもようやく分かってくれたのですね」
玲さんはウチの話しを聞き終わると、そう言って満足げな笑みを浮かべた。
どうやら玲さんはウチや瑞希の想いをずっと前から知っていたらしい。
今まで何も言わなかったのはアキに自分から気付いてほしかったからだと言う。
そういえば木下も似たようなことを言っていたような気がする。
そういうものなのかな……。ウチにはよく分からないわ。
「う……ん……いてて……」
あ、アキが目を覚ましたみたい。
「アキくん、気が付きましたか?」
「アキ、大丈夫?」
「あれ? 姉さんと……美波? えっと……僕、どうしたんだっけ?」
「記憶が混乱しているようですね。それでは姉さんの愛のチューで治療をしましょう」
「えっ!? なっ、なになに!? どっ、どういうこと!?」
アキが一瞬で部屋の隅に逃げ込んだ。
この間0.5秒。
身体はまったく問題ないみたいね。
すごい瞬発力だわ。
「大丈夫です。半分冗談です」
「半分の意味が分からないよ!」
アキと玲さんって、いつもこんな感じなのかな。
でもアキの反応っておもしろい。
玲さんがからかう気持ち分かるわ。ふふ……
そんなアキの反応に笑いを堪えていると、玲さんが耳元で囁いてきた。
(美波さん、苦労も多いと思いますけど、アキくんをよろしくお願いしますね)
(あ、はい……。こちらこそ……)
「ん? 僕がなに?」
「ううん! なんでもないっ!」