「姉さん、ちょっと美波の話し相手をしててくれない? 僕やることがあるからさ」
「分かりました。では美波さん、リビングに行きましょうか。アキくん、お茶とポットをいただきますよ」
「うん。僕の部屋に置いてあるから持っていって」
「じゃあウチが持っていくわ」
ウチと玲さんはリビングに移動し、語らいの時を過ごした。
お母さんや葉月、それと瑞希以外でこんなに話し込んだ女の人なんて初めて。
玲さんの話しはとても興味深く、時間を忘れて聞き入ってしまった。
どれくらい時間が経っただろうか。
ウチはすっかりおしゃべりに夢中になっていた。
そんな中、どこからか聞き慣れた電子音が聞こえてきた。
その音はリビングに入ってきたアキの手元から発せられていた。
「美波、携帯鳴ってるけど、どうする?」
「え? あ、ホント。って……えぇっ!? もうこんな時間!? どうして教えてくれなかったのよ!」
「だって、あんまり楽しそうだったから邪魔しちゃ悪いかなって思ってさ」
そっか、ウチがあんまり夢中になってたから遠慮したのね。
そんなの気にしなくていいのに。
でもどうしよう……この電話、きっとお母さんからだ。
なんて説明しよう……。
葉月に気付かれたからきっとアキの家にいるのはバレてるだろうし……。
いっそ電源切っちゃえば……!
……ダメよ。そんなことしたら余計心配掛けちゃうわ。
ど、どうしよう……。
「美波? 出ないの? 僕が出ようか?」
「ちょ、ちょっと! なに出ようとしてるのよ! 貸しなさいっ!」
アキの手から携帯電話を奪い取って開いて見ると、そこに表示されているのはやっぱり自宅からの着信を示すものだった。
やっぱりお母さんだ……出るしかないのかな……。
ウチは携帯電話を手に対応に悩んだ。
後ろではアキが玲さんにマウントポジションを取られ、平手打ちを貰っている。
あの二人は相談できる状態じゃないわね……。
仕方なくウチは通話ボタンを押して耳に当てた。
「あ、お母さん? ごめんなさい。連絡するのすっかり忘れちゃって」
「えっ、今? えっと、それは……」
「あ……うん。そう……」
やっぱりお母さんにはアキの家に行っていることがバレていた。
でもお母さんの口ぶりからして葉月が言ったわけじゃなさそう。
それに怒ってるかと思ったけど、そんな様子も無かった。
「玲さんと話してたら遅くなっちゃって。あ、玲さんっていうのはアキのお姉さんで────」
「美波さん、私に電話を代わっていただけますか?」
「あ、お母さんちょっと待って。玲さんが話したいって」
ウチは携帯電話を玲さんに渡した。
玲さんいつの間に横に来ていたんだろう?
そう思って後ろを見たら、アキが俯せに転がっていた。
なるほど……。もうお仕置きは終わっていたのね。
ウチは転がっているアキの元へ行き、背中に手を添えながら声を掛けた。
「アキ、大丈夫? でもアンタが悪いのよ? ウチの携帯を勝手に開こうとするからよ」
「うぅ……ごめんよぅ……」
「分かればいいのよ。それにしても玲さんも手加減なしね」
「ホントだよ。姉さん僕にだけ厳しいんだから……」
「でもそれだけアキにしっかりしてもらいたいってことなんじゃないの?」
「いてて……そうなのかなぁ……。僕をいじめて楽しんでるようにしか思えないんだけどなぁ」
起き上がったアキは両頬を真っ赤に腫れ上がらせていた。
とっても痛そうね……。
「アキ、頬が真っ赤よ。冷やさないと」
「ん。あぁ大丈夫だよ。こんなのほっといても治るさ」
「ダメよ。ちゃんと手当てしないと。ちょっと待ってて」
ウチはポケットからハンカチを取り出しながら小走りで洗面所に向かった。
手早く洗面所でそれを水に浸して部屋に戻ろうとした時、そこに置かれている時計に目が行った。
その針はもう十時を指そうとしていた。
もう帰らないといけないわね……。
ウチ、なんで寝ちゃったんだろう。
せっかく二人の時間ができたのに……。
勿体ないことしちゃったな……。
ウチは後悔しつつ、急いで部屋に戻った。
「い、いいよ美波。そんなことしなくたって」
「いいからじっとしてなさい。ほら手、降ろして」
「はい……」
頬に濡れたハンカチを当ててあげると、アキはちょっと痛そうに顔をしかめた。
「いて……て……」
「もうウチの携帯勝手に開いたりするんじゃないわよ?」
「はい……反省してます」
アキは両腕を垂らして項垂れ、反省した様子を見せている。
ちゃんと反省してるみたいね。
でも見られる前に取り上げて良かったわ。
まだ残してあるあのメール。見られたら恥ずかしいものね……。
そんなことを考えながらアキの頬に手を当てていると、玲さんの笑い声が耳に入って来た。
なんだか話しが弾んでいるみたい。
長引きそうね。
「美波、もういいよ」
「もう痛くない?」
「うん。おかげで痛みが引いたよ。ありがとう」
「う、うん」
付き合いはじめてからのアキは、この『ありがとう』をウチによく言うようになった。
この言葉を聞いていていつも思っていた。
それには、その時話している内容とは別の意味も含まれているような……?
そんな気がしていた。
ウチの気のせいなのかな。
……
気のせいでもなんでもいいや。
ウチはこの言葉がとっても嬉しいから。
アキが喜んでくれてるって実感できるから。
もっと、もっとアキに喜んでもらいたい。
でも今日はもう帰らなくちゃ……。
これ以上遅くなるわけにいかないし。
アキとの一日もおしまいね……。
「ウチ、もう帰らなくちゃ。支度してくるね」
「……うん。家まで送るよ」
そんな顔しないでよ……。
帰り辛くなっちゃうじゃない……。
アキは寂しげに眉を寄せながら作り笑いを見せる。
そんなアキから目を逸らし、ウチは帰り支度をはじめた。
と言っても持って来たのはポシェットだけだから、それをアキの部屋から取ってくるだけ。
ポシェットを手にリビングに戻ると、玲さんはまだ電話で話していた。
玲さん楽しそう。
お母さんと気が合うのかな。
邪魔しちゃ悪いし……待ってた方がいいわね。
それにしても玲さん、とっても丁寧な話し方。
さすが大人の女性って感じね。
初めて話す人とはこんな風に話すものなのね。勉強になるわ。
「美波さん、今日はうちに泊まって行ってくださいね」
「あ、はい」
…………
泊まって……?
思わずアキに顔を向けた。
アキもまったく同時にウチに顔を向けていた。
「「…………」」
数秒間見つめ合った後、ウチらは同時に驚きの声を上げた。
「「えぇぇっ!?」」
「姉さん!? 何を言ってるの! 美波は泊まるつもりなんて無かったんだから用意なんかしてるわけないじゃないか! 着替えとかさ! まさか姉さんの下着を貸そうっての? そんなのサイズが――――むぐっ」
「アキこそ何言ってるの! そういう問題じゃないでしょ! それからアンタ失礼よ!! あ、玲さんっ! ど、どういうことなんですか!?」
アキの口を手で塞いで黙らせ、ウチは玲さんに食い下がった。
玲さんは片目を瞑って手の平をこちらに向けながらまだ電話で話している。
ちょっと待って……ということかな。
でも玲さん、お母さんとどんな話しをしたんだろう。
お母さん変なこと言ってなければいいんだけど……。
「美波さん、お母様が電話を代わってほしいと」
「あ、はい」
「お母さん? どういうことなの?」
「うん……うん……。なんだそういうこと……うん。分かった」
「ふぇっ!? なななに言ってるのよっ! そっ、そんなことしないわよ!」
「う、うん、分かった。明日の午前中に帰るから。それじゃ」
Pi
「美波、お母さんなんだって?」
「ななななんでもない! アキは気にしなくていいの!」
「ほえ?」
お、お母さんったら……。
『しっかり彼に甘えてきなさい』だなんて……。
ウチがそんなに甘えたりするわけが……!
わけが……。
……
さっき思いっきり甘えてたわね……。
ウチって本当は甘えんぼなのかな……。
これじゃ葉月のこと言えないじゃない。
でもアキの抱っこ……。心地良かったなぁ……。
またやってもらいたいな……。
……!
ウチ何考えてるんだろう!
は、恥ずかしい……!
ウチは頭を激しく振って、頭に浮かんだアキの抱擁イメージをかき消した。
それでも恥ずかしさに熱くなった頭は治まらず、対処に困ったウチは俯いて指をもじもじと通わせた。
「「?」」
アキと玲さんは不思議そうにそんなウチの様子を眺めていた。