「で」
「「?」」
「どうして二人とも僕の布団に入ってくるのかな……?」
廊下で受けた玲さんからの指示は『アキを抱き枕にしなさい』。
ウチはその指示通り、アキの布団に潜り込んで腕に抱きついている。
「検証です」
そう答えを返す玲さんも反対側からアキの布団に入り込んでいる。
「……悪い予感しかしないけど一応聞いておくよ。なんの検証?」
「より良い眠りを得るための検証です」
「それと僕の布団に入ってくることにどんな関係が?」
「ヒトの睡眠は浅い眠りのレム睡眠と深い眠りのノンレム睡眠があり眠り始めるとまずノンレム睡眠状態が現れその後レム睡眠へと移りこれを一組として約九十分の間隔で繰り返すことで構成さ────」
「姉さんストップ」
「どうしました? アキくん」
「まったく分からないから結論だけ簡潔にお願いします……」
「美波さんからアキくんを抱き枕にするとよく眠れると伺いました。それは姉さんも確認しなければなりませんよね?」
「レムがどうとかぜんぜん関係無い気がするんだけど……それから──」
アキがくるりと顔をこちらに向けた。
「美波ぃ……そういうこと姉さんに吹き込まないでよぉ……」
そう言いながらアキは眉を寄せ、心底困り果てたといった感じの顔を見せる。
「えっとその……つい……ね……あはは……」
さっき玲さんの部屋で話していた時、つい調子に乗って色々話しちゃったのよね。
ウチ、きっとすごく緩んだ顔してたでしょうね。
今思うとちょっと恥ずかしいことも言ってたかも……。
「あぁもうっ! 二人とも出てよっ! これじゃ寝られないじゃないか!」
アキは声を荒げてそう言うと、ウチと玲さんを腕に付けたまま上半身を起こした。
「「「……」」」
きっとウチら、正面から見たらコアラの親子みたいな感じになってると思う。
「放してよっ!」
アキは両腕を強引に引き抜き、ウチらは振りほどかれてしまった。
「アキくん、大人しくしなさい。暴れたら私達が寝られないではありませんか」
「いや……だからこれじゃ僕が寝られないんだってば……」
「そんな……姉さんは悲しいです。先程は美波さんを抱いていたのに姉さんはダメだなんて……しくしく」
両手で顔を覆い、涙声で言う玲さん。
でもその声はとてもわざとらしく、泣いているようには聞こえなかった。
これ、嘘泣きよね。
玲さんも抱っこしてほしいのかな。
それにしたって、いくらアキでもこんなあからさまな嘘泣きに引っ掛かるわけが──
「あわわわ……ね、姉さん泣かないでよ……これにはその……事情があってさ……」
わけが……。
どうしてこんなのに引っ掛かるのよ!
顔を伏せて嘘泣きをする玲さんを前にして、アキは戸惑うばかり。
まったく……ホント単純なんだから。
でもこういうところ、アキらしいわね。
「事情とは何ですか? 私にも言えないようなことなのですか? 姉弟二人、今まで隠し事をすることもなく仲睦まじく暮らしてきたというのに……しくしく」
「いや、だからそれは……美波の……頼み……だから……」
「なぜ美波さんの頼みは聞けて、私はダメなのですか?」
えっ? これって……もしかして玲さん────
「う……。それは……その……み、美波は僕の……(大切な)……(ゴニョゴニョ)……」
ウチが気付くのと同時に理由を言いはじめたアキ。
頭を垂れながら言い辛そうに口篭り、その声ははっきり聞こえない。
最後のところはもう消え入りそうなくらい小さな声だった。
でも、その言葉はウチの耳にはしっかりと届いた。
『彼女だから』って。
アキからこの言葉を聞くのって初めて。
よかった……。
ちゃんとウチのこと彼女だって思ってくれてるんだ。
こういうこと全然言ってくれないから、すごく不安だったんだから……。
そうよね。ウチとアキは『彼女』と『彼氏』の関係になったのよね。
あの日を境に……ね。
でも結局、玲さんの力を貸してもらう形になっちゃったな。
情けないなぁウチ……。
「アキくん? よく聞こえませんでしたので、もう一度言っていただけますか?」
「……」
やっぱり玲さんにはさっきの言葉が聞こえなかったみたい。
でもその問いにアキは俯いて肩を窄め、口を
まだ玲さんがウチらの関係のことを知らないと思ってるのね。
アキ、すごく困ってるみたい。
ちょっと可哀想になってきたし、もう教えてあげようかな。
「あのねアキ、ウチらが付き合ってること、さっき玲さんに言っちゃったんだけど……」
「えぇっ!? そっ、そうなの!? それを早く────姉さんごめんなさい! ごめんなさい!」
アキは叫びながらその場に
どうして謝るんだろう?
「アキくん? なぜ謝るのですか?」
「いやだって……女の子と付き合ったりしたら……」
「私は『不純』な異性交遊を禁止したのですよ? それともアキくんは不純な気持ちで美波さんと付き合っているのですか?」
「むっ……」
玲さんの言葉を聞くと、それまで怯えた表情を見せていたアキは急に眉を吊り上げ、真剣な顔へと変わった。
そしてその手に拳を作りながら玲さんを睨みつけ――――
「そんなわけあるもんか!! 僕は! 純粋に! 美波のことが好きなんだから!!」
声を荒げ、怒鳴るようにそう言い放った。
「「「…………」」」
その言葉の後、アキは真剣な顔をしたまま固まった。
対する玲さんも目を丸くして固まっている。
不思議な感じだった。
アキの声が頭の中で
それは聞き慣れない言葉。
でも、一番聞きたかった言葉。
予想外の事態にウチは頭が真っ白になり、ただ呆然とアキの横顔を眺めた。
「あ゛っ……」
えっ?
アキの声でウチも我に返った。
「アキくん」
「しっ! しまったあぁっ!! ぼぼぼ僕はなんて恥ずかしいことをーっ!!」
「よくできました」
「な、なに言ってるの姉さんっ! あっ! そういえば姉さん泣いてないじゃないか! さては僕に言わせるために騙したんだな!? いっ、今の嘘! 嘘だから!」
「嘘なのですか? アキくん」
「い、いや、嘘じゃ……無いけど……ってあぁぁっもうっ! 僕のバカぁっ!」
アキ……。
やっと……やっと聞けた。
やっとアキが言ってくれた。
そっか……。恥ずかしかっただけなんだ。
ウチのせいじゃなかったんだ。
アキって……こんなに恥ずかしがり屋だったんだ……。
いつの間にかウチの顔はすごい熱を発していた。
それはもうホットケーキが焼けそうなくらいに。
一ヶ月間。ずっと聞きたかった言葉をアキが言ってくれた。
嬉しくて。
そのことが嬉しくて。
嬉しくて堪らなくて……。
「っ──!」
ウチは衝動的にアキの腕をぐっと
「みっ!? 美波っ!?」
アキは頬を赤らめながら目を白黒させている。
ウチは強く腕を締め上げながら、純粋に……とても純粋に感じたことを言葉にしてアキに向けた。
「ウチも……好き……」
「ふぇぇえ!? いやあああのそのうぅふぅあぁぁぁ……」
ウチの言葉にアキは驚きの表情を見せ、意味不明の言葉を発する。
その顔は更に赤みを増し、頭からは湯気を立ち昇らせはじめた。
正直、自分でも驚いた。
以前の自分からは想像できないくらい素直にこの言葉が出せた。
一年半の間言い出せず、苦悩を重ねてきたこの一言を……。
「あら、妬けますね。姉さんだってアキくんのことをこんなにも愛しているのに」
玲さんもアキの腕に抱きついたみたい。
「うぅ……やややめてよ二人ともぉ……」
アキはこれ以上無いくらいに顔を赤くしている。
首筋まで熟したトマトみたいに真っ赤。
そんな顔を見られたくないのか、アキは枕を取り、その真っ赤な顔を隠した。
アキってこんな風に照れるんだ。
なんか可愛い。ふふ……
「も……もう勘弁してよ……。いいよ……二人が出てくれないなら僕が出るから……」
アキは赤い顔でそう言うと、立ち上がってベッドから降りようとした。
不思議なことに、なぜかこの時はいとも簡単にスルリと抜け出されてしまった。
逃がさないように腕を強く握っていたはずだったなのに。
「あっ──だ、ダメっ!」
ウチは
「ふぎゃっ!」
つもりだった。
足を掴まれたことに気付かなかったのか、アキはそのまま足を運ぼうとして勢いよくベッドから落ちてしまった。
それも顔面から……。
「なっ! 何するんだよ美波! 鼻を打っちゃったじゃないかっ!」
「ごっ……ごめんなさ────っ!?」
ウチが頭を下げて謝まろうとすると、耳元を風が吹き抜けていった。
驚いてその風の行方を見ると、アキがベッドに頭から埋まって
「むぐ……ぐ……」
何!? 何が起きたの!?
どうしてアキが埋まってるの!?
「姉さんまで何するんだよ!」
アキは跳ね起きると玲さんに向かって叫んだ。
あぁ、今のは玲さんが投げたのね。
なんて鋭くて見事な投げなのかしら……。
「アキくん。大人しくしないと姉さん投げますよ?」
「もう投げたじゃないかぁっ! くっそぉ! 僕は負けないぞ!」
そう言いながら再びベッドを降りようとするアキ。
そうは行かないわ!
今度はウチがアキの後ろを取り、バックドロップでベッドに投げ込んでやった。
「今日は抱き枕になってもらうんだから! 大人しくしなさいアキっ!」
「い、嫌だっ! なんで僕が枕扱いなんだよ! 僕にだって人権はあるんだぞ!!」
「なんでもするって言ったじゃない!」
「うっ……そっ、それはさっきので終わりだよ!」
「そうは行かないわ! 今日は言うことを聞いてもらうわよ!」
「い、嫌だぁぁっ!」
アキの抵抗は続いた。
そんなアキをウチは玲さんと協力して投げまくった。
観念したと見せかけて逃げようとするアキをウチが投げる。
アキが動揺を誘う言葉を口にして、その隙に逃げようとしたところを玲さんが投げる。
こういうのを『千切っては投げ』って言うのかな。
ちょっと違う?
でもウチ、今すっごく楽しい。
やっぱりアキと遊んでいる時間が一番楽しい。
捕らえては投げ。フェイントで逃げようとするのを回り込み。
こんなことを何度繰り返しただろうか。
最後はウチと玲さんのツープラトンでアキはやっと観念した。
「ぜぇっ……ぜぇっ……わ、分かった……ぼっ、僕の……負け……も、もう……好きにして……」
そう言うとアキは目を回して気を失ってしまった。
「アキくん大人しくなりましたね。それじゃあ美波さん、寝ましょうか」
「はいっ」
ウチは玲さんと一緒にベッドで気を失っているアキに抱きついた。
ごめんねアキ。
だって、こんなチャンスは滅多に無いもの。
今夜はしっかり抱き枕になってもらうわよ。