ウチと彼と深層心理   作:mos

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part F

 夜が白々と明け始めた頃。

 

 小鳥の(さえず)る声でウチは目を覚ました。

 

「……」

 

 おかしい。

 

 ショートカットの黒髪。

 長い睫毛(まつげ)に閉じた瞳。

 目の前にあるのは女性特有の顔立ち。

 

 アキったらいつからこんな綺麗な顔になったのかしら。

 

 なんてね、そんなはず無いわね。

 これは玲さんよ。

 

 体を起こして時計を見ると、針は六時ちょっと前を指していた。

 カーテンの隙間からは朝日の柔らかな光が差し込んでいる。

 窓の外からは先程目覚まし代わりになった雀たちの囀りが聞こえてくる。

 

 ずいぶん早く目が覚めちゃったな。

 まぁ当然かもしれないわね。

 だって昨日の夕方に一度寝ちゃってるもの。

 

 それにしてもアキはどこに行ったのかな。

 

 あ……まさかウチ、アキを蹴り出しちゃった!?

 葉月と一緒に寝るといつの間にか葉月が床で寝てることもあったし……!

 ど、どうしよう……。

 

 アキが床で寝てたらウチひとりでベッドに戻せるのかな。

 昨日みたいに投げ込むわけにいかないし……。

 それに毛布も無くて、寒くて風邪なんか引いたりしたら……。

 

 そんなことを考えながら恐る恐るベッドの先の床を覗き込んでみた。

 だがその床に恐れていた光景は無く、じゅうたんの上には何も転がっていなかった。

 

 いない……。よかった……。

 

 そうよね。

 よく考えたら玲さんの体越しに蹴落とせるわけないじゃない。

 ウチも落ち着きが足りないわね。

 でもそれじゃアキ、どこへ行ったんだろう?

 

 ベッドの上から辺りを見回してみるも、その姿は見当たらない。

 

 ちゃんと抱き枕にしてたはずなのに……。いつの間に抜け出したのかしら。

 昨日あんなに抵抗してたし、どこか別の部屋で寝てるのかな。

 それにしたって、またウチが寝ている間にいなくなっちゃうなんて酷いじゃない。

 今度は逃がさないようにしっかり捕まえておかないといけないわね。

 

 

 さて、どうしようかな。

 玲さんはまだ寝てるし、また寝るには中途半端な時間。

 それにもう十分寝たから眠気も無い。

 う~ん……。

 

 そうだ。

 朝ご飯の準備をしてあげよう。

 結局昨日は二食もご馳走になっちゃったし、今度はウチの番よね。

 

 できることなら材料もウチが用意したいところだけど……。

 この時間じゃスーパーもまだ開いてないし、お金も持ってきてないのよね。

 今日は冷蔵庫にあるもので作らせてもらいましょ。

 本当の恩返しは今度ウチの家に招待した時ね。

 

 よし、そうと決まればまずは顔を洗って。

 

 

 ウチは玲さんを起こさないように静かにベッドを降り、部屋を出た。

 

 えっと、ウチのポシェットは――玲さんの部屋ね。

 

 ポシェットとリボンは玲さんの部屋に置いたままになっている。

 昨日の夜、玲さんの部屋で寝る予定だったから。

 

 ウチは玲さんの部屋に向かった。

 そして部屋の前まで来てドアノブに手を掛けた時、ふと思った。

 

 もしかしてアキ、ここで寝てるのかな?

 じゃあノックしてから……。

 

  トントン

 

 ……

 

 数秒待ってみたが中から返事は無かった。

 耳を済ませてみても物音はしない。

 

 まぁ寝てたら返事しないわよね。普通……。

 

 ウチはそっと扉を開けて中を覗いてみた。

 部屋の中を見渡してみると、そこは昨日の夜、ウチらが出た時の状態のままだった。

 ベッドの上にも人がいる様子は無い。

 

 ここにもいない……。

 おかしいな。ホントにどこへ行ったんだろう。

 昨日『ベッドは二つしかない』って言ってたからここだと思ったのに。

 まさかもう起きて朝ご飯の支度をしてるとか?

 

 ……

 

 うん。ここにもいないとなると、他に考えられない。

 だとしたら急がなくちゃ。

 またアキに作ってもらったりしたらウチの立場が無いもの。

 

 ウチはベッドの枕元に置いておいたポシェットとリボンを手に取り、急ぎ部屋を出た。

 

 

 

      ☆

 

 

 

 洗面所に移動したウチはお手入れをはじめた。

 手早く顔を洗い、髪にブラシを入れる。

 

 !

 

 いけない。慌てて乱暴にブラシを入れちゃった。

 髪が傷んじゃう──って、あれ?

 ブラシがぜんぜん引っ掛からない……?

 それに髪がいつもより軽い感じ。

 

 ……そうだ。昨日、玲さんのシャンプーを借りたんだった。

 きっとあのシャンプーのおかげね。ブラシの通りがすごくいい。

 さすが高級品は違うわ……。

 

 ウチは玲さんに感謝しながら髪をまとめ上げ、リボンでいつものポニーテールを作った。

 

 よしっ。

 

 ……

 

 少しは可愛くなったかな?

 

 ウチは鏡の向こうの自分に向かって笑顔を作って見せた。

 でも微笑み返す鏡の中のウチはいつも通り。

 

 まぁシャンプーが変わったくらいでそんなに変わるわけないわね。

 って、こんなことしてる場合じゃなかった。急がなくちゃ。

 

 

 ウチはキッチンへと向かった。

 キッチンはリビングを抜けた先にある。

 

 そのキッチンに立つエプロン姿のアキを思い浮かべながら、ウチはリビングを通り抜けようとしていた。

 でも、思っていた状況とはちょっと違った。

 リビングに入ってキッチンの入り口に目をやると、そこは薄暗く、明かりが点いている様子もなかった。

 

 おかしいな。電気も点けないで料理してるのかな。

 

 ……行ってみよう。

 

 疑問を感じながら足を踏み出した瞬間、リビング内のあるものが目に留まった。

 それはソファの上で盛り上がる見慣れないもの。

 

 昨日はあんなもの無かったような……。

 なんだろう。あれ。

 ま、まさかお化け……じゃ、ないわよね……?

 

 目を凝らして良く見ると、その盛り上がりは毛布のようだった。

 

 えっ? まさか……。

 

 忍び足で近付いてみると、その毛布は上下に静かに動いていた。

 それと共に寝息にようなものも聞こえてくる。

 

 間違いない。アキだ。

 

 アキはソファの上で毛布に包まり、片隅からあどけない寝顔を覗かせている。

 

 こんな所にいた……。

 どうしてこんな所で寝てるのかしら。

 

 ……

 

 よく寝てるわね。

 

 こうして見ると葉月の寝顔にちょっと似てるかも。

 無邪気な感じがね。ふふ……

 

 でもちょっと寒そう。

 このままじゃ風邪を引いちゃいそうね。

 えっと……。確か玲さんの部屋に毛布があったはず。

 あれを持って来てあげよう。

 

 

 

 ウチは玲さんの部屋へ引き返し、毛布を持ち出した。

 

 うん。この毛布、暖かい。

 これならアキも風邪を引かずに済みそうね。

 

 ウチはリビングに戻り、この毛布をアキにそっと掛けてやった。

 すると暖かさを感じたのか、アキが僅かに笑みを浮かべたように見えた。

 

 これで大丈夫ね。

 さ、アキが寝ているうちに朝ご飯の支度をしちゃいましょ。

 

 と意気込んでソファに背を向けた、その時――――

 

「……むなみぃ……」

 

 えっ?

 

 後ろからアキの声が聞こえ、ウチは思わず振り向いた。

 振り向いた先のアキの様子は先程と変わらず、心地良さそうな寝息を立てている。

 

 寝言……かな?

 

 ウチは再びソファに近寄り、膝を突いてアキの様子を伺ってみた。

 

「すぅ……すぅ……」

 

 よく寝てる……。

 やっぱり寝言だったみたいね。

 

 ……

 

 アキ、ウチは『むなみ』じゃなくて『みなみ』よ。

 彼女の名前くらいちゃんと発音しなさいよね。

 

 なんてね。寝言じゃしょうがないか。ふふ……

 

 ……

 

(朝ご飯はウチに任せて)

 

 起こさないように静かに呟き、ウチはキッチンへ向かった。

 

 

 

 アキの頬に唇型のスタンプを残して。

 

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