アキはウチの横に座るとコントローラーを握った。
よし、さっき考えたやり方で……。
?
「どうしたの? アキ」
なんか急にアキの勢いが無くなったみたい。
「まさか美波にことわざを教えられるなんて……」
「なによそれ。どういう意味よ」
ウチが日本語を教えたことがそんなにショックだって言うの?
失礼ね。
あ……隙あり。
「やっ!」
「あっ……し、しまったぁっ!」
ウチはアキの隙を見逃さず連続技を叩き込み、初めて一戦目を先取した。
やっと勝てたわ。
もう一戦取ればウチの勝ちよ!
「ふふ……油断するアンタが悪いのよ」
「くっ……! もう油断しないぞ!」
確かにこの後のアキは言う通り、さっきみたいな隙は見せなかった。
次の試合はあっさりアキに取られ、残るは最終戦。
悔しいけど立ち直ったアキには勝てる気がしないわ。
せっかく一戦取ったのに、このままじゃまた負けちゃう……。
やっぱり勝つためにはアキに隙を作らせるしかないわね。
でも、もう何を言っても効きそうにないし……。
何か他にアキの気を逸らせる方法は……。
……
そうだっ! あの手があった!
あの手を使えば間違いなくアキは動揺するわ!
そう。ウチはアキの弱点をひとつ知っている。
あの時、偶然見つけた弱点。
その弱点を突けばアキは隙を見せるはず。
ただ、あれをやるには準備がいる。
と言っても何か物が必要というわけではなく、体ひとつで出来る。
よし、じゃあ早速……。
ウチはその準備のため、座ったままアキに体を寄せた。
その距離、約五センチ。
「うん? 今度は色仕掛け? 美波の色仕掛けなんて僕には効かないよ?」
「なっ!? そ、そんなことするわけないでしょ!!」
って、ウチが動揺してどうするのよ。
今負けるわけにはいかないんだから。
心を静めて……。落ち着くのよ……。
えっと……位置はこんなものかな。
「?」
視界の横に映ったアキは不思議そうな顔でウチの行動を見ていた。
まだウチの目的に気付いてないみたいね。
よしっ……。
ウチは狙いを定めて一度、頭を左右に振った。
「うひぁっ!?」
計画通りウチの髪の先端はアキの首筋を撫でた。
その瞬間、アキは悲鳴に近い声をあげて背筋を伸ばした。
今だっ!!
この隙にウチはさっきの連続技を再び叩き込み、勝利を納めた。
「あっ……」
「やった! ウチの勝ちっ!」
「わ、わざとやったな美波! こんなのずるいぞ!」
「でも勝ちは勝ちよ。あぁスッキリしたっ」
「くっ……! こんなことで僕が負けるなんて……。くっそぉ……」
「ふふ……でもちょっと卑怯だったかしらね」
「ん? んー……。まぁ、雄二に比べれば可愛いものかな」
「アンタたちもっと正々堂々と戦いなさいよ……」
ホント恐いわね。アキと坂本のやりとりって。
男同士の友達ってみんなこんな感じなのかな。
でもアキ、口では悔しそうなことを言ってるけど、顔はあんなに笑ってる。
どうしてこんなに楽しそうなんだろう。
負けて悔しくないのかな。
よく分からないわ……。
って……あれ?
やっと勝てたウチは、ようやく辺りを見る余裕ができた。
辺りを見渡すといつの間にか部屋の電灯が点いていて、窓の外は真っ暗だった。
もう日が暮れてるじゃない。
遊んでると時間が経つのって早いのね。
アキ、いつの間に電気点けたんだろう?
ゲームに熱中してて全然気付かなかったわ。
それに喉がカラカラ。ちょっと熱中し過ぎちゃったかな。
「アキ、お茶貰っていい? 喉が渇いちゃった」
「あ、うん。今入れるよ。そっちで待ってて」
☆
ウチらはゲームを終えてテーブルの前へ座った。
それにしてもアキがあのことわざを間違って覚えているとは思わなかったな。
今朝この言葉を知った時、アキの行動ってこの言葉の通りなんだって思ったのに。
アキのこと、もっと理解できた気がしたのにな。
ちょっとがっかり。
でも、それじゃあアキってどうしてこんなに人の為に頑張るんだろう……?
ウチはそんなことを考えながら、得意げにゲームの攻略法を語るアキを眺めていた。
「ん、美波? ちょっと疲れた?」
「あ……ううん平気。ちょっと考えごとしてた」
考えても答えなんか出るわけないわね。止めよう。
「あ、そうか。ゲームの話しばっかりじゃつまんないよね」
「ううん。そんなんことないわ。でもアンタってホントにゲーム好きね」
「まぁね。これだけは雄二にだって負けないよ」
「そんなの負けていいからテストで勝ってみせなさいよ」
「それは無理だね!」
「諦め早過ぎよ!」
まったく。アキったら……。
笑ってる場合じゃないわよ。
やっぱりもっと勉強させないといけないわね。
あ……。もうポットのお湯が無いみたい。
ふとポットに目をやると、お湯の残量メーターが底を打とうとしていた。
いつの間にかこんなに飲んでたのね。
う~ん……でももうちょっと飲みたいかな……。
……よし、お昼も御馳走になったし、これくらいはウチがやらないとね。
「お湯なくなったみたいだからウチ、足してくるわね」
ウチは立ち上がってポットに手を掛けた。
するとアキも立ち上がり、ウチの手にその手を重ねてきた。
「僕がやるよ。美波はお客さんなんだから座ってて」
ウチは思わず手を引っ込めた。
「う、うん。じゃあお願い……」
「うん」
アキはそれを気にする様子もなく微笑むと、ポットを手に部屋を出て行った。
……何を意識してるのよ。
手を繋いだことくらいあるじゃない……。
ウチはアキが触れた手の甲をじっと見つめた。
……
付き合いはじめてからアキはちょっと変わった。
ウチの表情の変化にとても敏感に反応するようになった。
それに加えて、ウチに悪態をつかなくなった。
以前は事あるごとに関節技を掛けていたから、毎日のように触れ合っていた。
でも今のアキはウチに優しくしてくれる。
だからウチもちょっとのことで乱暴をしないと心に決めた。
自分の悪い癖だって分かってたし、何よりアキに嫌われたくないから。
だから今は手を繋いだりはするけど、以前のように体で触れ合うことはほとんど無い。
そのせいか最近、ウチはアキに触れること自体を意識するようになってしまった。
……
アキの手……温かかったな……。