「ねぇアキ……アキは……」
「うん?」
「…………無理してウチと……付き合ってくれているの?」
ウチはテーブルに視線を落としたまま後ろのアキに問い掛けた。
「……それはどういうこと」
アキは一呼吸置いてから落ち着いた低い声を出した。
怒っているようにも感じた。
恐い。
アキが怒っているのが恐いわけじゃない。
真実を聞くのが恐い。
でも、こんな気持ちのままで付き合い続けたくない。
ウチは込み上げる恐怖に耐えながら声を絞り出した。
「……本当は……もっと色気もあって優しい……瑞希みたいな子の方が────」
「美波!」
アキがウチの言葉を遮るように大きな声を上げた。
恐る恐る振り向くとアキはポットを手にしたまま、真剣な眼差しをウチに向けていた。
「さっき僕が言ったことを気にしてるんだね」
「……」
アキの目を見ていられなかった。
ウチはアキの問いに答えられず、顔を前に戻し
「確かにあれは本当のことだよ」
!!
背後から恐れていた言葉が放たれた。
息が止まり、全身に冷たい悪寒が走る。
「じゃあ……やっぱり……」
両膝に乗せて握った拳に力が入る。
やっぱり……本当は瑞希の方がいいんだ……。
ウチじゃ……ダメなんだ……。
針で刺されたような痛みが胸に走る。
目の前が真っ暗になり、絶望が心を覆っていく。
暗く、冷たい嫌な感覚が畳み掛けるように襲い来る。
「違うんだ美波」
暗闇の中でアキの声が聞こえた。
その声にウチは無性に苛立ちを覚え、半ば
「何が違うって言うのよ! どうせウチは胸もペッタンコで色気なんか無いし! すぐに乱暴するし! 瑞希みたいに優しくも────っ!」
その言葉の途中、何かが背中に覆い被さった。
きゅっ……
そんな音がした気がする。
突然訪れた冷たさとは違う感覚に驚き、目を見開くと……。
温かい二本の腕が、襟元をまるで護るかのように交差していた。
何かに覆われた背中からも温もりが伝わってくる。
……?
ア……キ……?
アキ……なの……?
「色気なんて関係無い。そんなの関係無くて……。僕にとって美波は……一番、大切なんだ」
耳元でアキの囁く声が聞こえる。
「それにね、美波が本当はとっても優しい女の子だってこと。僕は知ってるよ。……だって……僕のことをあんなに心配してくれたじゃないか……」
アキはその言葉と同時にぎゅっと一層強く抱き締め、ウチはリボンに頬が押し当てられるのを感じた。
『あんなに』というのが何を差しているのかは分からない。
アキの一直線な行動に心配することは今まで何度もあったから。
だから分からない。
分からないけど……。
アキの気持ちが伝わってくる。
触れるアキの体から、その想いが伝わってくる。
アキの優しい声がウチの絶望に満ちた心を包み込む。
アキの腕が、言葉が……心が…………。
温かい……。
────堪えていた涙が溢れた。
一番……大切……。
ウチが?
こんなウチを……?
一番大切……?
……
いいの?
ウチで……?
ウチ……傍にいて……いいの?
溜め込んでいた悲しみの涙は悦びの証へとその意味を変え、頬を伝った。
ウチは……。
ウチは……アキを……。
……信じて……なかった……。
そしてそれは次第に懺悔の涙へと変わっていった。
「ごめ……なさぃ……」
心の底から謝った。
涙で声が震え、まともに発音できていなかった。
それでもありったけの心を込めて謝った。
「謝るのは僕の方だ。無理しているのかって言われて、意地になっちゃって……」
アキは静かにそう言うと腕を放した。
同時に背中を覆っていた温もりも消えた。
「酷いことを言ってしまった。本当にごめん」
そしてアキはウチの横で両手を付くと、深々と頭を下げた。
……きっとウチが泣いてるからアキは自分が悪いって思ってるんだ。
でもそれは違う。ウチが勝手に思い違いをしただけ。
アキは何も悪いことはしていない。
色気が無いことなんて自分でも分かってるし、アキの言葉も本心だと思う。
そんなこと前から分かってた。
そんなのを気にして……。二人っきりの時間が足りないからって……。
アキの気持ちを疑ったウチが悪いんだ……。
「やめてアキ……。アキは悪くない」
笑わなくちゃ……。
笑顔を見せないとアキは勘違いしたままだ。
涙を止めなくちゃ。
ウチは袖で目を拭き、一度大きく深呼吸した。
そして精一杯の笑顔を作り、アキに向けた。
「ウチがちょっと勘違いしただけ。だから気にしないで」
頭を上げたアキはウチのその様子を見ると、少し困ったように微笑んだ。
そして黙ってハンカチを取り出すと、ウチの涙で濡れた頬を拭ってくれた。
ウチは嬉しさと恥ずかしさで一杯になり、顔を伏せた。
落とした視線の先ではリボンを象ったアクセサリが蛍光灯に照らされ、静かに光を放っている。
アキ……。ごめんなさい……。
ウチは心でそう呟き、胸元のアクセサリに手を添えた。