アキはテーブルへポットを設置しながら言葉を続けた。
「実はね、僕はもうひとつ謝らなきゃいけないことがあるんだ」
その意外な言葉を不思議に思い、ウチは顔を上げた。
「実は僕、美波に嘘をついているんだ」
「嘘……?」
「うん。正直に言うよ。さっきの料理なんだけどさ……ごめん。新作って言うのは嘘なんだ。本当は何度か作ったことがあるんだ」
「そうなの? 別にそんなのウチは気にしないけど……。でもどうしてそんな嘘を?」
「う……そ、それは……その……なんと言うか……」
素朴な疑問を投げ掛けると急にアキの声は小さくなり、口篭りはじめた。
気のせいか顔を少し赤らめ、頬を掻きながら言い辛そうにしている。
もしかして言いたくないことなのかな……。
「アキ、やっぱり言わなくていいわ。ウチはぜんぜん気にしてないから」
「…………いや。やっぱり美波に隠し事はしたくない」
そう言ってアキは意を決したような顔を見せた。
そして所々言葉を詰まらせながら、その理由を明かしてくれた。
「このところさ、補習とか雄二たちと勉強したりとかで美波と遊べなくてさ……。だから今日は……今日こそ、い、一緒に過ごしたいって、思って……。でもなんて言って誘えばいいのか分からなくて……色々考えたんだけど、僕には料理のことしか思いつかなくてさ……それで新作だって嘘をついて……。ごめんよ……。あ、でも美波に喜んでもらいたくて研究をしていたのは本当だよ」
それを言い終えると、アキは恥ずかしそうに俯いて黙り込んでしまった。
ウチはその明かしてくれた理由に言葉を失い、呆然とアキの赤い顔を見つめていた。
アキ……。それが理由……なの?
嘘の苦手なアキが……ウチを誘うために……?
……嬉しい……。
……
そうなんだ……。
そうだったんだ……。
アキの気持ちは変わってなかったんだ。
一ヶ月前のあの時から変わってないんだ。
あの時、二人で交わした言葉。
『一緒にいたい』
この気持ちは、ずっと……変わってないんだ……。
だから今日のアキはあんなに嬉しそうな顔をしているんだ……。
昨日の帰りも。買い物の時も。
あんなに楽しそうな顔をしてたのは……そういうことだったんだ……。
そんなこともウチは分かってなかったんだ……。
確かにこの一ヶ月間、二人っきりになれる時間はあまり無かった。
でもそれは皆との時間も大切にしているから。
分かってたはずなのに。
それなのに、ウチじゃダメだなんて思い込んで……。
ウチのバカ……。こんなに思ってくれている人を疑うなんて……。
……
そうだ。
あの時、瑞希にも言われたんだった……。
──── 途中で投げ出したりしたら私、絶対に許しませんからね ────
ごめん瑞希……。
ウチ、瑞希の気持ちも裏切るところだった……。
……うん。
ウチ、もう迷わない。
もうアキを疑ったりしない。アキを信じる!
自分の想いを信じる!
よしっ……。
もういつものウチに戻らなくちゃ。
あんまり落ち込んでいたらまたアキに心配かけちゃうし。
でもその前にアキにちゃんと謝らなくちゃ。
さっきは気が動転してちゃんと言えてなかったし。
「「ねぇ(美波)(アキ)」」
「「あ、な、なに?」」
……
同時に同じことを言わないでよ。
せっかく気合い入れたのに拍子抜けしちゃったじゃない……。
「美波からいいよ」
「あ、ううん。アキから先に言って」
「う、うん。それじゃあ……」
「えっと、僕が無理して付き合ってるんじゃないかって思ったのってさ、もしかして一緒の時間が少ないって感じたからなのかな」
「えっ……? あっ、えっと……それはあの……その……う、うん……」
一瞬、アキの質問が理解できなかった。
それはアキがこんなにもウチが思っていたことそのものを聞いてくるなんて思っていなかったから。
拍子抜けしていたところに予想していなかった質問を受けたウチは
「やっぱりそうだよね……。僕もずっと気になってたんだ。ごめん。僕のせいだ……補習とかいろいろあってさ……」
「ううん。アキだけのせいじゃない。ウチだって家の都合とかあるし……」
「それは……そうかもしれないけど……」
そう言うとアキは顎に拳を当て、思案顔でテーブルに視線を落とした。
さっきも真剣な顔をしていたけど、ちょっと怒ったような感じだった。
でも今は何かを一生懸命に考えている真剣な顔。
きっと、もっと一緒にいられる方法を考え出そうとしているんだと思う。
それならウチも何か考えなくちゃ。
ウチら二人のことなんだから、アキだけに考えさせるわけにいかないわ。
えっと……。
土曜の補習が無くなることはないだろうし、アキの補習室送りも急には治らないと思う。
まずはアキにもっと勉強させて補習室送りを少しでも減らすとして、それだけじゃ時間は作れそうにないから……。
そうね……。
いつもの帰りにウチの家に寄ってもらって、一緒にお夕飯を作るっていうのはどうかな。
これならウチもアキの料理を見て学べるし、葉月も喜ぶだろうし。
でもそれじゃ玲さんが困るわね。玲さんのご飯はアキが作っているんだし。
……それなら、いっそ玲さんもウチの家に来てもらって……。
って、それじゃ家族ぐるみの同居生活じゃない。
……
それもいいかも……?
って! 待って待って! 冷静になるのよ……!
えっと、他にもっと二人の時間を作るには……。
「「…………」」
そういえば今頃気付いたけど……。
今日のアキ、いつもと違う。
静かで、落ち着いてて……。
なんだろう。なんだか不思議な感じ。
あ……。
でも帰りに一緒に歩いてる時はこんな感じだったかも。
それじゃ、これが本来のアキなのかな。
皆と一緒だとあんな風に騒いじゃうのかな……?
ウチがそんな考えを巡らせていると、アキは顔を上げて予想外なことを言い出した。
「よしっ! じゃあ今日はお詫びに美波の言うことをなんでも聞くよ!」
「え……? お、お詫び!? そ、そんな、お詫びなんていいわよ……」
「いや。そうしないと僕の気が済まないんだ。さ、なんでも言ってよ。技の練習台でもなんでもやるからさ!」
「そっ、そんなのいいってば……。むしろお詫びしなきゃいけないのはウチの方なんだし……」
「お願いだ美波。僕に償いをさせてほしい」
アキはテーブルに両手をついて肘を張り、とっても真剣な顔をしている。
この目……アキは本気だ。
でも……。
「そんなこと急に言われても……」
練習台って言ったって、ウチはもう乱暴しないって決めたし……。
でもこの調子だと何か言わないと引っ込みそうにない感じね。
ホント、こういうことだけはバカみたいに真面目なんだから。
しょうがない。何か簡単なことでもお願いしようかな。
そうね……。
……
やっぱりいきなり言われてもなかなか思いつかないものね。
なんでも言うことを……。
ウチの……望み?
練習台……。
……
うん。そうだ。
ウチは……。
ウチの望みは……。