それでは、決着です。
これまでの戦いで、綴は何度も思い知らされてきた。
Z-ONEは、一枚のカードさえ無駄にはしない。
モンスターを失っても、それを次の手へと繋げる。
カード一枚で、こちらの狙いを崩してくる。
――隙がない。
その事実を、綴は誰よりも理解していた。
だからこそ、諦めるつもりは毛頭なかった。追い詰められているからこそ、考える。
残された手札、墓地、そして自分のデッキ。そこに残された可能性を、一つずつ拾い上げる。
――テイルが託したものを、無駄にしないために。
――アポリアが信じてくれた可能性を、証明するために。
そして何より、自分自身がここまで歩いてきた意味を、否定しないために。
綴はゆっくりとデッキへ手を伸ばした。
「ドロー!」
その声に、迷いはなかった。
綴
LP:3200
Hand:3
Monster:
FieldMagic:
Magic&Trap:
Z-ONE
LP:2800
Hand:3
Monster:《時械神ガブリオン》《時械神サンダイオン》
FieldMagic:
Magic&Trap:Set2+《無限光アイン・ソフ・オウル》《闇の護封剣》(継続:残り1ターン)
綴の手札は、わずか三枚。
対して、Z-ONEの敷いた布陣は強大だった。この盤面を前に、綴は思考を巡らせる。
攻めるには、手が足りない。ならば、今は耐えるしかない。
やがて綴は、静かに決断を下した。
「カードを三枚伏せて、ターンエンドよ」
手札をすべて伏せ、綴の手元には一枚のカードも残らなかった。
「三枚か……あの中にバトル回避のカードがあるはずだが……」
「回避したところで、反撃の手段がなければジリ貧だ。どうするつもりなんだ、綴!」
ジャックとブルーノが懸念を示す。
その言葉を背に受けながらも、綴はフィールドから目を逸らさなかった。
守るだけでは勝てない。だからこそ――次の一手を掴む。
「私のターンですね。ドロー」
「そのドローフェイズに罠を発動するわ!《裁きの天秤》!」
「ほう?」
「このカードは相手フィールドのカードの数が、自分の手札・フィールドのカードの合計数より多い場合、僕はその差の数ドローできる!僕の手札は0。フィールドには三枚。あなたの場には六枚のカード。よって三枚ドローさせてもらうわ!」
完全に空になった手札へ、三枚のカードが戻ってくる。
土壇場で掴んだ、三枚の可能性。綴は引いたカードへ視線を落とす。
そこに何が書かれているのか。喜びも、焦りも、表には出さない。
ただ、その三枚を確かめるように、静かに手札へ加えた。
「ではスタンバイフェイズ。《闇の護封剣》の効力は消え、破壊されます。そして、「時械神」共通の能力であるデッキに戻る効果は、《無限光アイン・ソフ・オウル》により打ち消されます」
「デメリットを補うとは……Z-ONEの戦術には無駄がない!」
アポリアが叫ぶ。
《闇の護封剣》がその役目を終えて消滅する。
だが、その直後には《無限光アイン・ソフ・オウル》が時械神をフィールドへ繋ぎ止める。
一つの効果が消えれば、別の効果がそれを補う。
Z-ONEの布陣には、綻びがなかった。
「バトルフェイズ。《時械神ガブリオン》で……」
「攻撃宣言を行う前にライフを1000ポイント支払い、永続罠発動!《スキルドレイン》!フィールドに表側表示で存在するモンスターの効果は無効化される!」
綴:LP3200→2200。
綴の宣言と同時、禍々しい力場がフィールド全体へと広がった。
《時械神ガブリオン》と《時械神サンダイオン》を包み込むように、透明な光が覆っていく。
まるで、神々からその権能だけを引き剥がすかのように。
「なるほど。時械神は一部を除き、攻撃力0のモンスターが多くを占めます。効果を封じられれば、只のモンスターに成り下がる……しかし、攻撃力4000の《サンダイオン》は別です。湯上綴にダイレクトアタック!」
《サンダイオン》が動く。
肩部の巨大な装甲が展開し、その内部から砲身がせり出した。
レールガンへと変形した両肩が、眩い光を凝縮していく。
そして、巨大な光球が、綴めがけて撃ち出された。
「自分のライフが3000以下で、相手が直接攻撃を宣言したことで、このカードを発動するわ!《栄誉の贄》!その攻撃を無効にする!」
綴の前に、漆黒の障壁が立ち上がる。
直撃すれば、そのまま敗北へ繋がりかねない一撃。
だが、光球は闇の障壁に弾かれ、虚空へと逸れていった。
「そして、「贄の石碑トークン」二体を特殊召喚し、「地縛神」を手札に加える!僕が手にするのは、《地縛神 Aslla piscu》!」
その名が告げられた瞬間、綴のフィールドに二つの石碑が立ち上がった。
絶体絶命の一撃を凌いだだけではない。
その一手によって、綴は再び――切り札を手にした。
「うまいわ。攻撃を回避するだけでなくエースモンスターの召喚準備も整えた!」
シェリーが言う。
しかし、Z-ONEは動じない。
「……それではメインフェイズ2。《ガブリオン》を守備表示に変更し、カードを一枚伏せてターンエンドです」
Z-ONEのフィールドには、依然として二体の時械神。
そして、三枚の伏せカード。
ようやく掴んだ反撃の糸口は――まだ、細い。
だが。確かに、綴の手の中に残っていた。
「僕のターン!」
綴は手札の五枚――その中にある《地縛神 Aslla piscu》へ視線を落とした。
迷いはない。ここまで追い詰められてなお、自分の手元に残ったカードたち。
ならば、それらすべてを可能性へと変える。
「永続魔法《冥界の宝札》を発動!そして「贄の石碑トークン」二体をリリース!現れよ、
《地縛神 Aslla piscu》!」
次の瞬間――。
空間そのものを震わせる、巨大な羽搏きが響き渡った。
星々すらも震えたように錯覚する轟音。瓦礫の山が吹き飛び、その向こうから漆黒の翼が姿を現す。巨大なハチドリ――《地縛神 Aslla piscu》。
《地縛神 Aslla piscu》ATK2500
規格外の巨体がゆっくりと上空へ舞い上がり、その翼が広がるたび、巨大な影が戦場を覆い尽くしていく。
そして、その眼が――Z-ONEを捉えた。
『やっと出番か。しかし、人類の未来を一人で担おうとする人間とはな。その精神は聖人と呼べるやもしれぬし、そこの異教の神共が力を貸すのもわからないでもないが……だからといって、我と綴を舐めるなよ』
「侮ってはいません。単純に、負の感情の化身とそれを従える湯上綴がどのような可能性を見せるのか、興味があるだけです」
『上からの目線で物を言う時点で侮っていることを自覚しろ。いいか?確かに我は悪だ。だがな、欲望や誘惑を知りながら、それでも正しい道を選ぼうとしている人間は、間違ってなどいないのだ。いくぞ、綴!目に物を見せてやれ!』
その言葉に、綴は力強く頷いた。
自分の中にある欲望も、弱さも、迷いも――決して消えたわけではない。
それでも、それらを抱えたまま進むことを選んだ。
その証明こそが、今ここにいる《地縛神 Aslla piscu》なのかもしれない。
「ええ!二体のリリースを必要とするアドバンス召喚に成功したことで、《冥界の宝札》の効果により、カードを二枚ドロー!」
二枚の新たな可能性が、綴の手へ加わった。
「あれ?そういえばフィールド魔法がないのに、どうして《Aslla piscu》は破壊されずにフィールドにとどまっているの?」
龍亞が《Aslla piscu》を見上げながら問いかける。
「《スキルドレイン》が場にあるからだな。あのカードはデメリットとなる効果も無効にする。よって、自壊しないというわけだ」
ジャックが即座に答えた。
フィールド魔法を失った「地縛神」は、本来ならばその存在を維持できない。
だが今は、《スキルドレイン》によってそのデメリットそのものが封じられている。
「けど、メリットとなる効果も当然無効になるわ。「地縛神」固有の直接攻撃の能力も、攻撃対象にされない能力も打ち消されてしまっている」
アキが懸念を示す。
《Aslla piscu》は圧倒的な存在感を放っている。
それでも、その力の大半を《スキルドレイン》によって封じられていた。
しかも――。
「それに、攻撃力は《サンダイオン》には及ばない。どう戦うつもりなんだ、綴?」
遊星が疑問を抱く。
攻撃力4000の《サンダイオン》。対する《Aslla piscu》は2500。
正面からぶつかれば、勝ち目はない。それは綴自身も理解しているはずだった。
それなのに――。
「僕はカードを三枚伏せてターンエンド!」
綴は、攻撃を選ばなかった。
ただ三枚のカードを伏せ、ターンを終える。
「あれだけ《Aslla piscu》が啖呵を切ったのに、攻撃しねえのかよ!」
クロウが思わず突っ込む。
「大丈夫よ!ちゃんと考えはあるから」
綴はそう言って、サムズアップを見せた。
その表情に、焦りはない。
まるで――この状況さえも、すでに計算の中にあるかのようだった。
アリアが小さくため息をつく。
「あの子は大胆だからね……なにか秘策があるには違いない」
綴は何も答えない。
ただ、《Aslla piscu》の巨体を見上げた。
黒い翼が、静かに羽搏く。
その姿は、今はまだ戦場に立つだけの存在に見える。
だが――綴が伏せた三枚のカードは、その翼の下に秘められた牙だった。
「秘策……だが、果たしてZ-ONEに通じるか……?」
アポリアの声には、期待よりも不安が滲んでいた。
綴が何を企んでいるのか。
そして――その一手が、Z-ONEの布陣を打ち崩せるのか。
答えを知る者は、まだ誰もいなかった。
「私のターン」
Z-ONEがカードを引く。
その瞬間――。
「このドローフェイズに罠発動!《亜空間物質転送装置》!《地縛神 Aslla piscu》をこのターンのエンドフェイズまで除外する!」
綴のフィールドから、《Aslla piscu》の巨体が消える。
突如として開いた次元の裂け目へ、漆黒のハチドリが退避していった。
「このタイミングで除外するの?《亜空間物質転送装置》は相手の除去からモンスターを守るための手段として使うカードなのに……」
龍可が困惑する。
確かに、《亜空間物質転送装置》は通常、モンスターを一時的に除外して守るためのカードだ。だが――
「いや……これは!」
遊星の表情が変わった。
「《地縛神 Aslla piscu》がフィールドを離れたことで効果発動!相手フィールドの表側表示モンスターを全て破壊し、一体につき800ポイントのダメージを与える!」
「そうか!フィールド外で発動する効果だから《スキルドレイン》によって無効化されないんだ!」
「そう、そして「時械神」の固有効果である破壊耐性は《スキルドレイン》によって無効化されている!」
龍亞とジャックが、その意図を理解する。
《スキルドレイン》によって封じられていたはずの《Aslla piscu》。
その力を封じていたカードそのものが――今度は、時械神の守りを奪っている。
だが、Z-ONEも黙ってはいなかった。
「そんな効果を通すわけにはいきません。手札の《朱光の宣告者》と天使族モンスター《時械巫女》を墓地へ送り効果発動。その効果を無効化します」
「無効にはさせないわ!カウンター罠《透破抜き》を発動!手札、墓地で発動したモンスター効果を無効化する!」
「無駄です。《カウンター・カウンター》を発動。カウンター罠の発動を無効にします」
「まだよ!カウンター罠《ギャクタン》を発動!相手の罠カードの発動を無効にし、デッキに戻す!」
「……!これでは効果が通ってしまいますね……」
一枚。また一枚。さらに一枚。
互いのカウンターが次々と重なり、最後の防壁が崩れ落ちる。
そして――《地縛神 Aslla piscu》の効果が、ついに通った。
『さあ、受けてみるがいい!狂乱の暴風を!』
次元の裂け目から、漆黒の巨鳥の声が響く。
その翼が裂け目から大きく振り払われた瞬間――戦場を黒き竜巻が覆い尽くした。
凄まじい暴風がZ-ONEのフィールドを蹂躙する。
《時械神ガブリオン》が、砕ける。《時械神サンダイオン》もまた、黒き風に呑まれて崩壊する。
神すらも抗えない破壊の奔流。そして、その余波がZ-ONEへと襲いかかった。
「くっ……」
吹き荒れる闇の中で、Z-ONEの身体が大きく揺らぐ。
そのライフが、大きく削り取られる。
Z-ONE:LP2800→1200。
「やったわ!時械神を倒したうえ、Z-ONEのライフを大きく減らした!」
「これで綴が優勢に……え?」
アキと龍可の言葉が途切れた。
竜巻が、ゆっくりと晴れていく。
そして――その中心に立つZ-ONEの姿が、次第に露わになる。
仮面に、亀裂が走っていた。
左半分。そこから、ぱらぱらと破片が零れ落ちていく。
「……?」
誰も、声を発することができなかった。
砕けた仮面の奥から現れた、その顔は――
「なんだと……!」
「あれって……!」
ジャックと龍亞が驚愕する。
皺の刻まれた顔。長い年月を生きた者だけが持つ、老いの痕跡。
それでも、その面影だけは――誰もが知っているものだった。
『不動遊星』。
もし彼が長い歳月を重ね、その先に辿り着いたなら。そこにあったかもしれない顔。
その顔を、Z-ONEは晒していた。
「Z-ONE……おまえは一体何者なんだ!」
遊星が問う。
Z-ONEは、しばし沈黙した。
そして――砕けた仮面の奥から覗く老いた顔を、静かに伏せる。
「ふふ、この顔を見られてしまった以上、答えるしかないようですね……破滅の未来に生きていた頃の私は、一人の科学者として、世界を滅亡から救う方法を探していました」
遠い過去を思い返すように、Z-ONEが瞳を閉じる。
その声には、かつて抱いていた決意の残滓があった。
「そして……気付いたのです。機皇帝の軍勢を止めるには、その根本となっているモーメントの動力源を、人の心を読み取る遊星粒子を、正しい方向に向かわせるしかないと」
「……」
「しかし、増長した人の欲望や負の感情は、もはや私一人の手で変えられるものではありませんでした。そんな時、かつてネオドミノシティを救ったという不動遊星の名を私は思い出した。どんな困難にも立ち向かい、決して諦めなかったという不屈の英雄伝説!」
その名に――Z-ONEは、自らの運命を重ねた。
そして、一つの結論へ辿り着く。
「私は決心しました。世界を救うためには、私が『不動遊星』になればよい。彼の人格をコピーし、それと同化すれば、私は『不動遊星』になれる。英雄と呼ばれた不屈の人物に」
それは、一人の科学者が下した、人生を懸けた決断だった。
自らの人格を捨て、他者の人格を己へと刻み込む。
世界を救うためならば――自分自身であることさえ捨てる。
やがて、科学者の一生を懸けた手術が行われた。そして彼は、変わった。
「そして、私は生まれ変わったのです。『不動遊星』として。人々の心を正しく導く者として」
「なんということだ……!」
「自分の身体を造り変えてまで、未来の世界を救おうとしていたのか……」
ジャックとクロウが、それぞれに言葉を失う。
だが、Z-ONEの語る物語は、そこで終わらなかった。
「不動遊星。貴方の力は素晴らしいものでした」
破滅の未来で機皇帝の脅威に震えていた人々に、彼は揺るぎなき境地――クリアマインドを見せた。絶望に覆われた世界で、決して諦めない姿を示す。
その姿に、人々は希望を見た。
そして――機皇帝は動きを止めた。
人々は『不動遊星』を慕うようになり、自らの欲望と向き合うようになった。
「そして私は、貴方になることで手にした力を、さらに広めようとした。やがて、私の周りの人々は互いに助け合うことを覚え、分かち合うことを知り、機械の軍団も我々を攻撃することはなくなった」
争いが、消えていく。憎しみが、薄れていく。
かつて破滅へ向かっていた世界に、束の間の平穏が訪れた。
「これで世界は救える。私はそう感じ始めていた……しかし。正しい心を全ての人々に伝える時間は、既に残されていなかった」
その平穏は、世界全体に広がったものではなかった。
救われたのは、ほんの一部。
時間だけが、無情に過ぎていった。
「そんな私に一つの提案をしてきた者がいました。テイル・バウンサー……その身体を乗っ取ったティエラです。奴は、自分の権能を私に使用させることで、負の感情を持つ者を排除する計画を持ち掛けた」
傲岸不遜な神は――英雄となった科学者へ、甘美な誘惑を差し出した。
「しかし、それで生き残る人類は3%程度……人を殺しすぎる計画に、当然賛同できるわけがありません。その計画を跳ね除ける際に、私の身近にいた人物が言いました。こんな世界に転生して、ようやく希望が持てたのに妙なことを吹き込むな、と」
――転生。
その言葉に、『不動遊星』は疑問を抱いた。
「彼に話を聞くと、この世界を別の世界から観測して生きていた、と教えてくれました。……観測した〝物語”によれば、最終的に生き残るのは私とアポリア、アンチノミー、パラドックスだけだという情報までも」
信じられなかった。いや――信じたくなかった。
自分が生きているこの世界が、誰かによって〝物語”として観測されている。
その事実は、彼が信じてきた世界そのものを揺るがした。
「転生した人物はその一人だけではありませんでした。数は少ないものの、彼らはデュエルモンスターズに関して、特殊な能力を持っていた。主に、サイコデュエリストが持ち得る以上のカードの力の実体化など……証拠を示されて、私は彼らの話が本当だと信じる他なかった」
『不動遊星』は、その事実に苦悩した。だが――彼らは、間違った力の使い方をしなかった。
「ただ、彼らはクリアマインドの教えを受けたからか、その力を悪用することはありませんでした。度々提案してきたティエラを、《超融合》や【エクゾディア】を用いて、テイルの中に封じ込めたのです。しかし、私はティエラから渡された権能の一部を保持し、捨てることが出来なかった。間違ってでも世界を救える可能性を、万が一のために、と言い聞かせて……ですが、『不動遊星』である私は最後までその選択が出来なかった」
救うための力。使えば、多くの命を奪う力。
その二つを前にして、彼は決断できなかった。
かつて『不動遊星』になることで希望を示した男は――それでも、人を殺すことだけは選べなかった。
だが。世界は、彼が迷っている時間すら与えてはくれなかった。
「しかし、時間は待ってくれません。人々の負の心の作用によって、遂にモーメントは破滅的な負の回転を始め、それに影響されたネットワークが自滅の道を選んだのです」
機皇帝は自爆した。その余波が人々を襲う。
大地が裂け、空が崩れ、天変地異が世界を呑み込んでいく。
どれだけ手を伸ばしても――救えない。
「結局私は誰一人救うことは出来なかった。全ての人の心を変えることなど、不可能だった」
Z-ONEの声が、僅かに震えた。
それは、かつて世界を救おうとした科学者の――敗北の告白だった。
「そして、今の結論に達したのです。世界を救うには貴方の父、不動博士が作ったモーメントを、このネオドミノシティと共に歴史から抹殺することを!そして、クリアマインドに至れない者も同時に消滅させることを!……もっとも、後者はティエラが消滅したことで半ば頓挫しましたが」
ふ、とZ-ONEが皮肉げに嗤う。
かつて『不動遊星』として希望を示した男。人々に「諦めるな」と教えた男。
その果てに彼が選んだ答えは――人類そのものを、選別することだった。
「何を言っている!そうなれば、大勢の人が犠牲になる!それで世界は本当に救われるというのか!?おまえが生きた未来の人が、救われればそれでいいのか!この街の人が、代わりに死んでもいいというのか!」
遊星の声が、瓦礫に覆われた空間へ響き渡る。
怒りだった。それは、自分たちの生きる時代を否定されたことへの怒りだけではない。
未来を救うために、今を犠牲にする。その選択を――遊星は、決して認めることができなかった。
「そんなことがあっていいわけがないわ! 僕達は今も未来も、救う道を見つけ出して見せる!」
綴もまた、遊星の言葉を引き継ぐ。
だが、Z-ONEは揺らがない。
「まだわかっていないようですね……不動遊星、貴方が未来に現れても、未来は救えなかった!『不動遊星』の力を以てしても、破滅の未来は変えられなかった!もはや、この街の犠牲を受け入れるしか、方法は残っていないのです……そして」
一拍。Z-ONEの視線が、遊星から外れる。
そして――綴へ向けられた。
「湯上綴。貴方は破滅の未来にいた転生した人間とは違います。彼らが破滅を望むモーメントの意思によって呼ばれたのであれば、貴方はティエラがこの世界に新たな可能性を見たいがために呼ばれたのです。だからこそ、貴方には彼らのような力がない」
「……モーメントが、破滅を望んで未来の人間を転生させたですって?」
綴の声が、僅かに揺れる。
これまで自分が抱いていた疑問。
なぜ、この時代に自分以外の転生者がいないのか。
その答えが――今、Z-ONEの口から語られていた。
「大きすぎる力を持つ者は、その多くが力に溺れてしまいます。モーメントは世界を破滅に導くための最後のトリガーとして、彼らを呼んだのです。そして、ティエラ自身さえも。私が確認できた転生した人間は、あくまで上澄み。他の場所では、この世界の未来に絶望し、自棄になり、最終的に自滅したのでしょう」
世界を救うために生み出されたはずの力が。人々の心を読み取るはずだったモーメントが。その力を持つ者たちを、破滅へ向かうための駒として呼び寄せていた。
そして、その中には――ティエラさえ含まれていた。
「……この時代に僕以外の転生した人間がいないのは、それが理由なのね……」
綴は、静かに呟いた。
全てを受けいれることは出来なかったが、Z-ONEの言葉によって、はっきりしたことがあった。自分は、破滅のために呼ばれた者ではない。
――可能性を見るために、この世界へ呼ばれたのだ。
「さあ、デュエルを続けましょう、湯上綴。英雄では世界を救えなかった。ならば、力のない貴方が世界を救える道理はない。絶望を見るがいい。メインフェイズ。まずは《ハーピィの羽根箒》を発動。相手フィールドの魔法・罠を全て破壊する!」
Z-ONEの宣告と同時に、フィールドを巨大な羽ばたきが駆け抜けた。
《ハーピィの羽根箒》が巻き起こした暴風が、綴のフィールドを容赦なく薙ぎ払わんとする。
「罠発動!《メタバース》!デッキからフィールド魔法を発動するわ!僕は、《オレイカルコスの結界》を発動する!」
綴は迫り来る暴風を前に、迷うことなくカードを発動した。
決闘場の上空から、二人のデュエリストを囲むように翡翠色の円状の文字盤が地面に敷かれる。するとその円の中に、幾筋もの光の線が迸り、六芒星を描いていく。
幾何学的な紋様が完成した瞬間、結界が戦場そのものを包み込んだ。翡翠色の光が、一際強く輝く。
「なるほど。そのカードは一ターンに一度だけ破壊されない効果を持つ。ですが、《ハーピィの羽根箒》を無効化したわけではありません。吹き飛びなさい」
Z-ONEは淡々と言い放つ。
次の瞬間、結界の内側を暴風が蹂躙した。
《冥界の宝札》が砕け、《スキルドレイン》もまた、光の粒となって消滅する。
「あ!《スキルドレイン》が!」
「これで時械神は十全に効果を発揮できる……!」
龍可とブルーノの声が重なった。
綴の戦術を支えていた最大の楔が、ついに取り払われた、その瞬間だった。
「《無限光アイン・ソフ・オウル》の効果発動。自分フィールドにモンスターが存在しない時、手札、デッキ、墓地からそれぞれ1体までカード名の異なる「時械神」を召喚条件を無視して特殊召喚する。私は手札から《時械神ミチオン》、デッキから《時械神ラツィオン》、墓地から《時械神サンダイオン》を特殊召喚!」
その瞬間――世界が、三つの光に裂かれた。
一つはZ-ONEの手元から。
紅蓮の光が噴き上がり、その炎を突き破って、黄金の翼を広げた異形の天使が現れる。赤く染まった胸部と青白い装甲。その背後に広がる幾重もの翼が、星空を切り取るように展開された。《時械神ミチオン》。
同時に、戦場の上空が赤く染まった。
炎を噴き上げる巨大な装甲が出現し、その中心から、仮面のような顔を持つ異形の神が姿を現す。左右に伸びた機械の腕が炎を従え、巨大な身体がゆっくりと宙へ浮かび上がった。《時械神ラツィオン》。
そして――最後の一体。
墓地から、凄まじい閃光が天を貫いた。
大地を震わせながら、その光の中から巨大な機械神がせり上がる。
白銀と蒼の重厚な装甲。左右へ伸びる黄金の機構。
両腕を備えた巨体が、まるで巨大な城塞そのもののような威容をもって、三度空間に浮かび上がった。《時械神サンダイオン》。
全員が息を呑む。
綴がようやく削り取ったはずの戦力が、再び戦場へと姿を現した。
三体の時械神。それは単なるモンスターの再展開ではない。
綴が積み重ねてきた防御と策、その一つひとつを踏み越えるようにして――Z-ONEは再び、神々を戦場へと並べたのだった。
「バトルフェイズ。《時械神サンダイオン》で……」
「墓地の《光の護封霊剣》を除外して効果発動!このターン、相手は直接攻撃できない!」
綴の墓地から、三本の剣が浮かび上がった。
淡い光を帯びた刃は、空中で静かに旋回すると、《時械神サンダイオン》の前方へ次々と突き立つ。三本の光剣が、巨大な時械神の進路を塞いだ。
《サンダイオン》がその巨体を揺らす。しかし、それ以上前へ進むことはできない。
綴は辛うじて、この一撃を凌いだ。
「いいでしょう。それでは、エンドフェイズ」
Z-ONEは、まるでこの結果すら予測していたかのように、静かに攻撃を引いた。
「除外されていた《地縛神 Aslla piscu》がフィールドに戻るわ!」
その瞬間――綴の背後の空間に、亀裂が走った。
漆黒の裂け目から、巨大な翼が突き出す。
次の瞬間、闇をまとったハチドリの神が姿を現し、戦場へと降り立った。
その翼が大きく広がる。
「《オレイカルコスの結界》により、攻撃力が500上昇!」
《地縛神 Aslla piscu》ATK2500→3000
再び戦場に立った邪神は、以前とは違う威圧感をまとっていた。
Z-ONEを見据えるその瞳に、戦意が宿る。
「構いません。ターンエンドです」
だが、Z-ONEに焦りはない。
綴へと余裕をもってターンを譲渡する。
その姿はまるで――まだ、何一つ追い詰められてはいないと言わんばかりだった。
「僕のターン、ドロー!」
綴がカードを引く。その瞬間だった。
「《時械神ラツィオン》の効果発動。相手がドローフェイズにドローした時、1000ポイントのダメージを与える」
《ラツィオン》の巨体が、ゆっくりと綴へ向き直る。
肩部から、紅蓮の炎が噴き上がった。
「――!」
次の瞬間、炎が一直線に放たれる。
「くうううッ!」
逃げる間もない。
紅蓮の奔流が綴の身体を包み込み、服を焼き焦がす。
綴:LP2200→1200
焦げた布地から、細い煙が立ち上る。
綴は苦痛に顔を歪めながらも、引いたばかりのカードを強く握り締めた。
「バトルよ!《地縛神 Aslla piscu》は直接攻撃が出来る!どれだけ時械神がいようと!ダイレクトアタック!」
『ゆくぞ!』
綴の命を受け、ハチドリの神が大きく翼を羽搏かせる。
漆黒の翼から放たれた暴風が、決闘場を震わせた。
それは《時械神ミチオン》、《時械神ラツィオン》、《時械神サンダイオン》――三体の巨神をすり抜け、一直線にZ-ONEへと襲い掛かる。
綴の反撃。しかし――
「そんな単純な攻撃が通るとでも?リバースカード、発動。《ディメンション・ウォール》」
Z-ONEの目の前に、突如として黒い穴が開いた。
迫り来る暴風が、その異空間へと吸い込まれていく。
「この戦闘で私が受ける戦闘ダメージは、相手が受ける」
「そんな!この効果が通ったら!」
「綴の負けだ……!」
龍可とアリアの声が響く。
攻撃を仕掛けたはずの綴自身が、その攻撃によって敗北する。
まさに、一瞬で勝敗が反転する罠だった。
「まだよ!速攻魔法《月の書》を発動!《地縛神 Aslla piscu》を裏側守備表示にする!」
綴は咄嗟にカードを切った。
書物から放たれた月の光が、漆黒の翼を照らし出す。
《地縛神 Aslla piscu》の身体が光に包まれ、その巨体がゆっくりと裏側へと沈んでいく。
同時に――荒れ狂っていた暴風が、嘘のように消えた。
「よし!なんとか躱したぜ!」
「けど、裏側守備表示にしたことで時械神からの攻撃を受けるようになったわ……」
アキとクロウが安堵した直後、その表情が再び曇る。
回避には成功した。だが、その代償として《Aslla piscu》は、時械神の攻撃を受け止めなければならない存在へと変わってしまった。
逃げ道を一つ作るたびに、別の場所が塞がれていく。綴の戦場は、少しずつ狭められていた。
「くっ……僕はカードを二枚伏せてターンエンド!」
綴は残されたカードをフィールドへ伏せる。
その動作に、先程までの余裕はない。
苦し気に息を吐きながら、それでも視線だけはZ-ONEから逸らさない。
そして――自らの命運を託すように、二枚のカードを伏せた。
追い詰められたまま、綴は次のターンへと戦いを繋いだ。
「ふふ、もう時間は残されていませんよ。私のターン」
Z-ONEが静かにカードを引く。
長く続いた消耗戦も、いよいよ終盤へ差し掛かっていた。
互いに幾度となくカードを削り合い、綴もまた、何度も窮地を凌いできた。
だが――Z-ONEの戦場には、未だ三体の時械神が立っている。
「墓地の《時械巫女》を除外して効果発動。デッキから攻撃力0の「時械神」を召喚条件を無視して特殊召喚する。私は《時械神サディオン》を特殊召喚!」
瞬間、空間に緑色の光が滲んだ。その中心から、ひとつの巨影が浮かぶ。
半透明の緑色をした神体。黄金の装飾を纏い、頭上には赤い光を宿した球体が輝いている。
左右には巨大な機械の腕が伸び、その背後では黄金の翼にも似た構造体が大きく展開されていく。まるで、宇宙そのものから一体の神像が切り離され、こちら側へ現れたかのようだった。
「さらに時械神を召喚するだと!」
「綴!」
アポリアと遊星の声が飛ぶ。
だが、Z-ONEは二人の驚愕など意に介さない。
その視線は、ただ綴のフィールドへ向けられていた。
「バトルです。《時械神ラツィオン》でセットされた《地縛神 Aslla piscu》を攻撃」
《ラツィオン》が動く。
その巨体から噴き出した炎が、伏せられた《地縛神 Aslla piscu》へと一直線に襲い掛かった。
「くっ……リバースカード、オープン!《ヒロイック・ギフト》!このカードは相手のライフが2000以下の時に発動できる!相手のライフを8000にして、カードを二枚ドローする!」
綴は炎を前にして、一手を切った。
「なっ……折角減らしたZ-ONEのライフを増やすというのか!?」
「そんな!二枚ドローできるからって、これじゃあ……」
ジャックと龍亞が声を上げる。
せっかく1200まで追い詰めたZ-ONEのライフを、自ら8000へ戻す。
常識で考えれば、あまりにも大きな代償だった。それでも綴は、二枚のカードを引く。
今、この瞬間に必要なのは、残されたライフの多さではない。
この絶望を覆すための――たった一枚の可能性だった。
「ふ、血迷いましたか?そんなカードを採用するとは。ライフはありがたくいただきましょう」
Z-ONE:LP1200→8000
「うっ……」
引いたカードを確認した綴の表情が歪む。
期待していた何かが、そこにはなかった。
そして――《ラツィオン》の炎は止まらない。
「どうやら攻撃を止める手段はなかったようですね。《ラツィオン》が戦闘を行った時、相手フィールドのモンスターと墓地のカードを全てデッキに戻す」
炎が《Aslla piscu》を包み込む。
さらに、その余波は綴の墓地へも及んだ。
これまで戦いを支えてきたカードたちが、次々とデッキへと消えていく。
墓地という、綴が積み重ねてきた過去さえも――《ラツィオン》の炎は容赦なく奪い去っていった。
やがて《Aslla piscu》の姿も、炎の向こうへと消えていく。
『……綴!』
最後の瞬間。
《Aslla piscu》は、綴を振り返った。
その瞳にあったのは、邪神としての怒りでも、戦いへの執念でもない。
ただ、共に戦ってきた青年を案じる眼差しだった。
「大丈夫よ……まだ、なんとかなるわ……」
綴は苦しそうに息を吐きながら、それでも笑顔を浮かべた。
本当は、疲労などとっくに限界を越えている。
それでも彼は、それを仲間たちに見せようとはしなかった。
自分を支えてくれた邪神に――最後まで「大丈夫」だと伝えるために。
その笑顔だけを、絶やさなかった。
「それでは、これが通れば終わりです。《時械神サンダイオン》でダイレクトアタック」
《サンダイオン》の両肩が展開する。
レールガンを思わせる巨大な砲門が綴へと向けられ、その奥に眩い光が凝縮されていく。
次の瞬間――光球が撃ち出された。
一直線に迫る、巨大な光。それはもはや攻撃ではない。
綴の残された命を刈り取る、死刑宣告そのものだった。
「ッ、相手が直接攻撃を宣言した瞬間、手札から、《バトルフェーダー》の効果発動!このカードを特殊召喚し、バトルフェイズを終了させる!」
綴が二枚の手札から一枚を切る。
光球の前に、振り子型の悪魔が飛び出した。
《バトルフェーダー》が放った音波が空間を震わせ、迫り来る光球の動きを強引に止める。――間一髪。
ほんの一瞬でも遅れていれば、綴の敗北は決まっていた。
「運よく防ぎましたか。それでは、カードを一枚伏せ、ターンエンドです」
Z-ONEは、まるでそれすらも想定内だったかのように静かに告げた。
「僕のターン、ドロー!」
綴がカードを引く。だが、その瞬間――再び《ラツィオン》が動いた。
「《時械神ラツィオン》の効果発動。相手がドローフェイズにドローした時、1000ポイントのダメージを与える」
紅蓮の炎が噴き上がった。
「ああぁあッ!」
避けることなどできない。
炎が綴の身体を呑み込み、熱風が決闘場を駆け抜ける。
綴:LP1200→200
「「「綴!」」」
仲間達の声が響き渡った。
だが、綴は倒れない。
「はあ……はあ……」
肩で激しく息をしながら、綴はゆっくりと顔を上げた。
身体は限界に近い。残されたライフは、わずか200。
あと一度でもまともな攻撃を受ければ、それで終わる。
それでも――その瞳に、諦めの色はなかった。
綴は握り締めたカードへ一度だけ視線を落とす。
そして、戦場全体を見渡した。
綴
LP:200
Hand:2
Monster:《バトルフェーダー》
FieldMagic:《オレイカルコスの結界》
Magic&Trap:Set1
Z-ONE
LP:8000
Hand:0
Monster:《時械神ミチオン》《時械神ラツィオン》《時械神サンダイオン》《時械神サディオン》
FieldMagic:
Magic&Trap:Set2+《無限光アイン・ソフ・オウル》
(もう、後がない。このカードに賭けるしかない)
残されたライフは、わずか200。
ここから先、一度でもダメージを許せば終わる。
だからこそ綴は、震えそうになる指を押さえ込み、手札の一枚を見据えた。
「僕は、《サイバー・ヴァリー》を召喚!」
機械の鎧を纏った竜の骸が、虚空に現れる。
「そして、このカードと《バトルフェーダー》を対象に効果発動。この二体を除外することで――カードを二枚ドロー!」
《バトルフェーダー》の姿が光の中へ消える。
続いて《サイバー・ヴァリー》もまた、その身体を闇の彼方へと沈めていった。
フィールドから、二体のモンスターが消える。守りを捨てた。
それでも、綴はカードを引く。
この状況を覆すために必要な、二枚の可能性。
綴はその二枚をじっと見つめた。
数秒の沈黙。そして――小さく息を吐く。
望んでいたものが来たのか。それとも、まだ足りないのか。
その答えを胸の奥へと押し込み、綴は静かにカードを伏せた。
「カードを一枚伏せて、ターンエンドよ……」
先程伏せたカードと合わせて二枚のカードがフィールドに並ぶ。
それは、最後の防壁。
同時に――この絶望を覆すために残された、最後の賭けでもあった。
綴は200しかないライフを抱えたまま、次のターンを待つ。
逃げ場は、もうない。
「これが、ラストターンになるでしょう。私のターン」
Z-ONEがカードを引く。その瞬間、綴が動いた。
「手札を一枚捨てて、速攻魔法《ツインツイスター》を発動!あなたの伏せカード二枚を破壊する!」
二つの竜巻が同時に発生し、Z-ONEの伏せカードへと襲い掛かった。
「カウンター罠《大革命返し》を発動。フィールドのカードを二枚以上破壊する効果を無効にし、除外します」
しかし、Z-ONEは即座に迎え撃つ。
二つの竜巻は見えない防壁へと激突し、轟音とともに弾き返された。
綴の攻撃は、届かない。
――だが。綴は、不敵に笑った。
「伏せカードが一枚消費されただけありがたいわ。これで勝負に出れる。―――リバースカード、オープン!《自爆スイッチ》!」
「なっ……!」
その瞬間。
初めて、Z-ONEの表情が動いた。僅かな驚愕。
これまでどれほど追い詰められても揺らぐことのなかったZ-ONEが、初めて綴の一手を前に言葉を失った。
「このカードは自分のライフが相手より7000以上少ない時に発動できる罠カード。その効果により、お互いのライフポイントは0になる!僕のライフは200。あなたは8000。発動条件は満たされている!」
綴の言葉が、戦場に響き渡る。
ライフの圧倒的な差こそが、今は勝利への条件となっていた。
「え?でもそれって引き分けってことだよね。それだと、デュエルはやり直しになるんじゃ……」
龍亞が戸惑う。
「いや、まさか……綴は最初からこれを狙って……!?」
一方、ブルーノも動揺を隠せない。
「どういうこと?」
アキが問いかける。
「《自爆スイッチ》のテキストにはお互いのライフを0にする、としか書かれていないが、ダメージが実体となるこのデュエルでは話が違うのだ」
アポリアが答える。
「そうか!お互いにライフが0になるようにダメージを与える処理になるのか!」
ジャックが、その意味に気づく。
「綴のライフは200しかないが、Z-ONEのライフは8000。一気に8000ものダメージを受ければZ-ONEといえどひとたまりもない。綴が最後に立っていることが出来れば、実質上綴の勝利になる!それが狙いで、《ヒロイック・ギフト》を使ったのか!」
遊星が、すべてを繋げる。
あの時、綴が自らZ-ONEのライフを8000まで戻した理由。
誰もが理解した。すべては、この瞬間のためだった。
綴は、ゆっくりと伏せカードへ手を伸ばす。
その指先が、起爆装置を掴む。
「さあ、喰らいなさい!《自爆スイッチ》、オン!」
勢いよく、起爆ボタンが押し込まれた。
――来る。誰もがそう思った。
戦場を揺るがすほどの衝撃。8000という膨大なライフを、一瞬で吹き飛ばす爆発。
そして――綴の逆転。綴自身も、そう信じていた。だが。
「……」
何も起こらない。爆発もない。衝撃もない。光すら、走らない。
ただ、静寂だけが残った。
「どうして……?」
綴の表情から、血の気が引いていく。
押し込んだはずの起爆装置は、沈黙したままだった。
「私は《トラップ・スタン》を発動していました。このカード以外のフィールド上の罠カードの効果は無効になる」
Z-ONEが静かに告げる。
「なんですって……!?」
綴の視線が、伏せカードへ落ちる。
そこにあった《自爆スイッチ》は――まるで時間そのものを止められたかのように、石のように固まっていた。
最後の一手。この瞬間のために積み重ねてきた、綴のすべての策。
それが――起動することさえ許されなかった。
綴の身体から、力が抜ける。その場に、へたりこむ。
「それがアンチノミーの言っていた希望ですか?ならば……やはり希望など未来に存在しないのです。あるのは、絶望だけ……」
Z-ONEが綴を見下ろす。
その眼差しに浮かんでいたのは、勝者の喜びではなかった。憐れみだった。
最後の策だった《自爆スイッチ》は、完全に封じられた。
綴に残されたライフは200。対するZ-ONEのライフは8000。
フィールドには四体の時械神。
もはや、勝敗は決した。
――誰もが、そう思った。
「……なんてね」
しかし。
沈黙していた綴の口元が、わずかに持ち上がった。
「Z-ONE、あなたほどのデュエリストなら一撃は防ぐと思っていたわ。でも、二発目があるとしたらどうかしら?」
綴はふらつく身体を、両脚で支えた。何度も倒れかけた身体。焼け焦げた服。荒い呼吸。
それでも、彼は立ち上がる。
「……なんだと?」
Z-ONEの目が見開かれた。
「これが僕の最後の希望!ライフを半分払い、墓地の《トランザクション・ロールバック》を除外し、墓地の通常罠を対象にして効果発動!」
綴:LP200→100
綴は、墓地へ送られた一枚のカードを指し示す。
それは先ほど、《ツインツイスター》のコストとして捨てたカード。
あの時は、ただの手札コストにしか見えなかった。
だが――違った。最初から、そこに二発目は仕込まれていた。
「《トランザクション・ロールバック》のこの効果は、対象とした通常罠カード発動時の効果と同じになる!僕がコピーするのは当然、《自爆スイッチ》!」
「《ツインツイスター》で捨てた一枚……!」
Z-ONEの表情から、初めて余裕が消えた。
今、墓地に存在する《自爆スイッチ》を模倣する《トランザクション・ロールバック》を止める手段は、もうない。
「さあ、再起爆よ!」
綴がカードを掲げる。
刹那。世界が白く染まった。
爆発。轟音。閃光。
凄まじい衝撃波が決闘場を引き裂き、二人のデュエリストをまとめて呑み込んでいく。
「きゃああああッ!」
「うわぁあああッ!」
綴の身体が吹き飛ぶ。
Z-ONEの巨体もまた、爆風に呑まれて宙を舞った。
綴:LP100→0
Z-ONE:LP8000→0
そして――二人は、激しく瓦礫の山へと叩きつけられた。
綴は頭から血を流し、Z-ONEは自身と一体化しているフライホイールを破損させていた。
「綴!」
「Z-ONE!」
遊星たちチーム5D’sとシェリー、アリアは綴へ。
ブルーノとアポリアはZ-ONEへ。
それぞれが、倒れた二人のもとへと駆け寄る。
「ごめんね……《自爆スイッチ》の出力、計算違いだったわ……けど、よく考えてみたらそうよね。自爆なんだから、僕にも相応のダメージが入るじゃない……ごほっ」
綴が苦笑する。
その直後、口元から血が溢れた。
「しっかりしろ、綴!」
「Z-ONE、大丈夫か!」
だが――Z-ONEは立ち上がった。
身体は損傷し、フライホイールも大きく破損している。
それでも、その瞳に諦めの色はなかった。
駆け寄ったブルーノとアポリアを、巨大なマシンアームで払いのける。
そして、傷ついた身体を再び宙へと浮かせた。
「まだです!これが希望だと?違う……そんな捨て身の行動は希望とはいえない!」
その声には、もはや余裕などなかった。
あるのは、自らが信じてきた思想を否定されたくないという、激しい執念。
この希望を認めれば、自分がこれまで選び続けてきた道そのものが崩れてしまう。
だからこそZ-ONEは、なおも叫ぶ。
「いいや、綴は希望を残してくれた!おまえの戦略を俺達に伝え、自分に特別な力がなくとも立ち向かう勇気を示してくれた!それでも希望がないというのか!」
遊星が、綴を庇うようにZ-ONEを見据える。
綴が示したのは、圧倒的な力ではない。
特別な力でもない。
ただ、最後の最後まで諦めず、持てるカードと知恵のすべてを使って――自分自身の可能性に賭け続けたこと。
そして、その戦いを見ていた仲間たちが、その可能性を確かに受け取ったこと。
それこそが――綴の残した「希望」だった。
「ならばデュエルです。その身を以て、本当の希望を示しなさい……」
Z-ONEのフライホイールに組み込まれたモーメントが、再び唸りを上げる。
低く重い駆動音が瓦礫の山を震わせると、頭上の空間がゆっくりと開いていった。
閉ざされていた天井の向こうから、光が差し込む。
そして――その先に広がっていた光景に、遊星たちは息を呑んだ。
すぐ近くの空に、一つの巨大な都市が浮かんでいる。
「あ、空に何か……」
「あれは、ネオドミノシティ!」
見間違えるはずがない。
海馬コーポレーションの巨大な建物。
無数のビル群。彼らが暮らしてきた、あの街。
だが――すべてが逆さまだった。
「え、なんで逆さまなの?」
「そうか。アーククレイドル自体にも重力があるということか!」
ジャックが気づく。
彼らが今いる場所は、アーククレイドルの最下部。
そのさらに下に広がっているのが――ネオドミノシティだった。
「もうこんなところまで近づいていたのか……」
遊星が息を呑む。
世界を飲み込もうとしていた巨大な方舟は、すでに地上へと手が届くところまで降下していた。
「けど、止まってるのか?」
クロウが異変に気づく。
アーククレイドルは、いつの間にか降下を止めていた。
だが、それは安定した停止ではなかった。
大地そのものが、低く唸り始める。瓦礫が跳ね、足元が大きく揺れた。
「まずい、Z-ONEのライフが一度0になったことでアーククレイドルが安定しなくなっている!」
アポリアが叫ぶ。
そして、その直後だった。
「――!」
倒れていた綴の身体が、地面の傾きにさらわれた。
足元を失った身体が、そのまま宙へ投げ出される。
落下する先は――ネオドミノシティ。
「綴!」
『いかん!』
その声に反応するように、《地縛神 Aslla piscu》が姿を現した。
黒いハチドリの神は、綴へ向かうのではなく、一直線にブルーノのデルタイーグルへと飛び込む。
機体のモーメントが、黒い光を受けて激しく輝いた。
そして――そのままブルーノのもとへ戻ってくる。
『乗れ!デルタイーグルは飛行できるようにしておいた!綴を受け止めろ!』
「わかった!」
ブルーノは迷わなかった。
デルタイーグルへと飛び乗ると、スロットルを一気に開く。
Dホイールが咆哮を上げた。翼が展開される。
これまで地上を駆け抜けてきた機体が、今度は空へと舞い上がった。
ブルーノは、落下していく綴だけを見据える。眼下には、逆さまになったネオドミノシティ。その遥か上空から、綴の身体が真っ直ぐに落ちていく。
そして――翼を得たデルタイーグルが、彼を追って飛翔した。
瓦礫の海を抜け、傾いた空間を駆け抜けるように、Dホイールは綴へと迫っていった。
「綴、手を伸ばして!」
ブルーノが叫ぶ。
落下する綴の身体へ、デルタイーグルが追いつく。
あと少し――ブルーノは身を乗り出し、伸ばした腕で綴の身体を掴んだ。
「捕まえた!」
そのまま綴を自分の身体へ引き寄せる。
「ブルーノ!」
「大丈夫。もう離さない!」
ようやく、二人の身体がデルタイーグルの上で重なった。
だが――翼が、震えた。
「……?」
《地縛神 Aslla piscu》の身体から、黒い光が一つ、また一つと消えていく。
『……まずいな』
「アスピッピ?」
『先程の闘いで、思った以上に消耗した。我の力も、ここまでだ』
次の瞬間。
デルタイーグルを支えていた翼が、完全に消えた。
「なっ――!」
機体が大きく傾く。
推進力を失ったDホイールは、重力に引かれるまま、一気に高度を落としていく。
「飛べない……!」
ブルーノがハンドルを切る。
しかし、もう遅かった。
眼下に広がっていたのは、ネオドミノシティのさらに下――。
果てしなく広がる、海だった。
「ブルーノ!」
「綴、しっかり掴まって!」
二人を乗せたデルタイーグルが、海へ向かって落下していく。
《Aslla piscu》の力は、もう残っていない。
翼を失った機体を、今度は誰も支えることができなかった。
風圧が二人の身体を叩く。
海面が、急速に近づいてくる。
「綴――!」
「ブルーノ――!」
次の瞬間――。
白い飛沫が、視界を覆った。
激しい水音。
デルタイーグルの機体が海面へ叩きつけられ、そのまま二人の姿を呑み込んでいく。
「綴!ブルーノ!」
遊星の叫びが、遠く響いた。
だが、返事はない。
波間に浮かび上がるのは、砕けた海水と、沈みゆくデルタイーグルの残骸だけ。
《地縛神 Aslla piscu》の黒い光も、すでに消えていた。
その頃、はるか上空では――アーククレイドルが、再び動き始めていた。
まるで、二人が海へ消えたことなど意に介さないかのように。
「綴……」
遊星は海を見つめたまま、拳を強く握りしめる。
そして――。
誰も知らなかった。
あの海の底で、綴とブルーノに何が起きているのかを。
ただ、波だけが静かに揺れていた。
――次なる運命を、海の底へ沈めるように。
勝ち負けでアンケートを取りましたが、どちらの格も落とさないようにした結果引き分けに。結果を書くとネタバレになるのでご容赦を。