とある組織に存在を抹消された普通のカピラ生!
(家出、しなきゃよかったかなあ)
漆塗りの板張りされた二等客車の座席で、小一孁こはねは今日で何度目かの後悔をした。その度につくため息を注意するものはいない。そんな些細なことにも、彼女の心は締め付けられる。お婆ならきっと、唇を尖らせて小言を漏らしただろう。
ぶぉおー。
車列の先頭で蒸気の音が、また聞こえる。その音にハッとして、家出してきてよかったと頭を上げる。小柄で頼りない一人の少女を背景に、車窓に映る知らない景色が流れていく。そしてまた、客車の揺れとともに、彼女の心は不安と懐かしさに揺れるのだった。
あの村には特筆するものは何もなかったけれど、何もないなりにたくさんの景色があった。その全てに懐かしさを感じる。
車窓を流れていく山々に同じような面影はなく、記憶にあるものとはずいぶん違う。初めて見る建物、人、景色。飛び乗った初めて見る列車も、今や柔らかいクッションの座りの悪さだけに意識が向く。
新天地への期待を向けていた目的地を示すリーフ式の木製掲示板は、パタパタと音を立てる度に目を輝かせていたが”カピラ中央駅”になってずいぶんと経った気がする。列車が止まる度に入れ替わるこはねと同年代の少女たちは学生服を着ていて、大小様々な「刀」を帯びている。窓越しに見える知らない街の建物たちが微かな疎外感を匂わせる。車内の喧騒が、小一孁こはねの寂しさを一層掻き立てていた。こはねは自分の刀の鞘をギュッと握った。
ぶぉおー。
車列の先頭で蒸気の音が、また聞こえる。
(いやいや、まだこれからなんだから!)かぶりを振って望郷の念を振り払う。確かに、あの山も田んぼもないけど、おせっかいで口うるさいお婆がいないのだ。
家出を決意してからというもの、おばあちゃんの小言は勢いを増した。結局それは、私が故郷を出る最後の最後まで続いたのだ。もううんざりなのだ。そして、車内に流れるアナウンスが終点を告げる。こはねは顔をあげて、列車は速度を落とさずに最終駅を通り過ぎた。
「えっ?なんで!」
『ピーガガ…なに?私が言うの?えー、この列車は我々がジャックしたぁ!』
ーーー
温泉宿を思わせる学生寮、湯の岡。小川を挟んだ通りには古い日本家屋が立ち並び、いくつか荒屋が目立つものの宿場町としての雰囲気を残した軒先たちからは今にも番台の鳴り子が聞こえてきそうだ。それは秋の紅葉を着飾った山まで続き、赤い濃淡から濃藍色の瓦屋根が顔を出している。空には夏の忘形見だろうか、身を寄せるような雲が高く伸びていた。
「それで、あなたは新入生なのよね?」
「はい!ええっと、そうなります!」
湯の岡を構成する木造建築の一つで、私は一人の寮生に捕まっていた。いや、正確にはカピラの中央駅から着いてきてもらっていた。ホームに立ち尽くし右往左往する私をみかねて色々してくれたのだ。トレインジャック犯を懲らしめたのも彼女らしい。すごい。そう、それは本当に色々してくれた結果が、この輝くカピラの一年生の学生証だ。
「寮はここでいいの?私が言うのもアレだけど、古いだけで何も無いわよ?」
受付の上で書類を広げて、彼女はこともなげに言う。
その言葉に、私は目を剥いた。
ここ、湯の岡が古いだけ?とんでもない!話を聞けば、ここにはカピラ随一の温泉があると言ったのは彼女では無いか!私は目を輝かせ、拳を握ってカウンターに乗り出した。
「そんなことはありません!けっして!私は湯の岡がいいんです!」
「あら…そうなの…寮長としても鼻が高いわね」
きっと、これも何かの縁だ。彼女がいなければ、私は街ゆく人らの中で、大きな荷物を引きずり彷徨っていただろう。小石を弾きながらキャリーケースを引き、身の丈に合わない太刀を地面に突っかけて、行く当てもなく。監督寮生だと言う彼女は、受付カウンターの奥で気だるそうにため息をつく。いくつかの書類に目を通した後、びいどろの瞳を私に投げた。
「部屋は西館の四階、部屋番号はこの鍵にあるわ」
「ありがとうございました!」
改めてお礼をする。90度に腰を曲げて頭を下げると、結った2房の髪が遅れて続き、頭上の光環は安堵に揺れていた。気の抜いた明け透けな態度ではあるものの、私を助けてくれたことといい根はいい人なんだとこはねは心のメモに記した。鍵とキャリーケースを握り締め、太刀を肩に背負い直す。ようやく始まるのだ。そう、ようやく。後悔がないことはないけど。
「あと、温泉は突き当たりを左に行った所よ」
「ありがとうございますっ!!!」
ただいまは、この湧き上がるワクワクに身を委ねることにしよう。