それが日常となり、防衛隊が組織されている世界でのある一コマ
ウルトラマンが来るまでに耐え抜く人が主人公
静岡市郊外、夕暮れが空を赤く染める頃、佐藤健太は防衛隊のジープの荷台に座り、ライフルを膝に置いていた。制服は埃と汗にまみれ、ヘルメットの縁が欠けている。遠くで煙が立ち上がり、低い唸り声が風に混じる。まただ。新しい「何か」が現れた。風が冷たく、焼けたアスファルトの匂いを運んでくる。健太は目を細め、荷台の縁を握った。怪獣の出現はいつも突然で、いつも同じように街を壊す。
「佐藤、準備してよね。先遣隊が引き上げちゃったって」
運転席から同僚の真田美咲が顔を出し、無線機を軽く叩いて唇を尖らせる。彼女の制服の袖は破れ、乱れた髪が頬に張り付いている。傷だらけの腕に薄い赤が滲み、灰色の埃が彼女の顔に筋を作っていた。美咲は髪をかき上げ、ため息をつく。
「だって、怪獣が予想より大きいんだもん。重火器が間に合わないってさ」
健太は無線を手に取った。声が途切れ途切れに響く。
「こちら佐藤、先遣隊の位置は?」
「市街地東側に退避済み。怪獣は北の丘陵地帯で停止中。至急援護を──」
健太は無線を切った。援護は来ない。あのヒーローが現れるまで持ちこたえるしかない。でも、待つ気はない。期待もしない。昔なら、銀色の光にすがったかもしれない。だが、今は違う。
「撤退か。早いな」
「仕方ないよ。隊長がビビっちゃってさ」
美咲が首を振って笑う。健太は荷台から立ち上がり、ライフルを肩に掛けた。
ジープが丘陵地帯に近づくと、空気が重くなった。怪獣はそこにいた。灰色の角質に覆われ、背中に骨のような突起が並び、口から緑色の霧が漏れている。体は巨大で、丘の木々を押し倒し、地面を震わせる。名前はない。ただ、そこにいて、全てを壊す。健太はジープから降り、ライフルを構えた。美咲が運転席から出て、無線機を手に持つ。彼女の声には甘さが混じるが、目は鋭い。
「ねえ、佐藤、どうするつもり?」
「様子見だ。先遣隊が抜けたなら、俺らで確認するしかねえ」
美咲が髪を耳にかけ、首をかしげる。
「ほんと頑固なんだから。まぁ、そういうとこ嫌いじゃないけど?」
彼女は小さく笑い、ジープのエンジンを切った。二人は丘のふもとに近づき、岩陰に隠れた。怪獣の突起が風を切り、緑の霧が地面を這う。健太は息を整え、周囲を見渡した。
その時、かすかな泣き声が聞こえた。健太は目を凝らし、丘の斜面にうずくまる人影を見つけた。老人と子供だ。避難が遅れたらしい。老人は子供を抱きしめ、震えている。美咲が小さな悲鳴を上げ、手を口に当てる。
「佐藤、あれ……見えるよね?」
「見えてる。取り残されてるぞ」
健太はライフルを握り直し、岩から顔を出した。怪獣が気付いたのか、突起が揺れ、緑の霧が広がる。風が霧を運び、視界がぼやけた。美咲が無線を手に叫ぶ。
「こちら真田、北の丘で避難民確認! 援護お願い!」
返事はない。無線のノイズだけが響く。健太が呟く。
「来ねえよ。先遣隊が逃げたんだ」
美咲が唇を噛み、目を細める。彼女は髪を軽く払い、決意を込めて言う。
「じゃあ、私たちで何とかするしかないよね。あの子たちを逃がすまで、あいつを足止めよ」
健太は一瞬だけ彼女を見た。強気な瞳に、どこか優しさが滲んでいる。美咲はジープに戻り、荷台から装備を引きずり出す。
「無茶だぞ」
「いつも通りでしょ? 佐藤ならできるって、私、信じてるから」
美咲がウィンクして笑う。健太は小さく頷き、斜面を登り始めた。
丘の斜面は岩だらけで、足場が悪い。健太はライフルを手に、慎重に進んだ。背後で美咲がジープのドアを叩く音が聞こえる。怪獣の咆哮が空気を裂き、地響きが足元を揺らす。健太は岩に隠れ、怪獣を見た。緑の霧が丘を覆い、視界がさらに悪くなる。老人と子供はまだそこにいる。健太は息を吐き、ライフルを構えた。
「佐藤、右から回って。私が正面で気を引くから」
美咲の声が風に乗り、届く。彼女はジープの荷台から信号弾を取り出し、打ち上げた。赤い光が空を切り、怪獣の注意を引きつける。美咲は髪を風になびかせ、姿勢を正した。健太は丘の右側へ走り、岩陰に隠れた。怪獣が咆哮し、美咲の方へ動き出す。健太はライフルを撃ち、角質に弾が跳ねる音が響く。
「おい、こっちだ!」
怪獣が振り向き、突起が風を切る。健太は岩の裏に飛び込み、衝撃で地面が揺れる。美咲が叫ぶ。
「佐藤、大丈夫!?」
声に心配が滲む。健太は答えた。
「当たり前だ」
岩から顔を出し、再び撃つ。怪獣の動きが一瞬止まる。美咲がジープのクラクションを鳴らし、怪獣の気を引き戻す。
「こっちよ、でかぶつ! 私を無視しないでよね!」
彼女の声が風に乗り、怪獣が向き直って突進する。健太は斜面を駆け上がり、避難民に近づいた。
老人と子供は震えていた。健太はライフルを肩にかけ、手を伸ばす。
「立てるか? 早くこっちへ!」
老人がうなずき、子供を抱き上げる。子供の泣き声が霧に混じる。健太は二人を支え、斜面を下り始めた。背後で怪獣の咆哮が響き、美咲が信号弾を撃ち続ける。霧が濃くなり、足元が見えにくい。健太は歯を食いしばり、ジープを目指した。
「佐藤、急いで! こいつ、私に飽きてきたみたい!」
美咲の声に焦りが混じる。健太は二人をジープまで運び、彼女に叫ぶ。
「発進しろ! 俺は残る!」
美咲が目を丸くし、髪をかき上げる。
「何!? 冗談でしょ?」
「怪獣が追う。俺が足止めする。行け!」
美咲が唇を尖らせ、ため息をつく。
「もう、仕方ないんだから! 絶対生きててよね!」
彼女は運転席に飛び込み、ジープを発進させた。健太はライフルを構え、怪獣に向き直った。霧の中で、怪獣の突起が揺れ、緑の光がぼんやりと浮かぶ。健太は息を整え、引き金を引いた。
緑の霧が健太を包み、目が焼けるように痛む。怪獣の咆哮が耳をつんざき、地響きが体を震わせる。健太はライフルを撃ち続け、灰色の角質に弾が当たる音が霧に響く。角質に小さなひびが入るが、怪獣は止まらない。健太は岩に隠れ、弾を込め直した。汗が額を流れ、霧と混じる。
「おい、動くな!」
怪獣が振り向き、前足を振り上げる。健太は岩に飛び込み、衝撃を避けたが、ライフルが手から滑り落ち、斜面を転がる。
「くそっ……」
霧の中でライフルを探す余裕はない。怪獣が近づき、緑の霧がさらに濃くなる。健太は歯を食いしばり、岩の裏で息を整えた。怪獣の突起が風を切り、地面を叩く音が響く。
その時、ジープのエンジン音が戻ってきた。霧を裂いて、美咲が運転席から顔を出し、叫ぶ。
「佐藤、乗って! 避難民は別の隊に預けたよ!」
健太は一瞬驚き、すぐに走り出した。怪獣の前足が地面を叩き、土煙が上がる。健太はジープに飛び乗ると、美咲が頬を膨らませて言う。
「置いてくなんて許さないんだから。心配したんだよ?」
「余計なことすんな」
健太は息を整え、荷台からライフルを拾った。美咲が笑う。
「ありがとう、って言ってもいいよね? 私、頑張っちゃったんだから」
彼女は髪を払い、ウィンクする。健太は目を逸らし、ライフルを構えた。
「佐藤、弱点見つけた?」
美咲がハンドルを切りながら訊く。健太は怪獣を見た。角質のひびが広がり、緑の霧が漏れている。
「あのひびだ。そこを狙う」
美咲がうなずき、ジープを怪獣に近づける。彼女の髪が風に揺れ、霧に濡れている。健太は荷台に立ち、ライフルを構えた。怪獣が振り向き、前足を振り下ろす。美咲が急ブレーキをかけ、髪が顔にかかる。
「危ないんだから! もう少し優しくしてよね!」
健太が撃つ。弾がひびに命中し、霧が爆ぜる。怪獣がよろめき、咆哮を上げる。
「効いてるよ、佐藤! もう少し!」
美咲がジープを動かし、怪獣の側面を回る。健太は弾を込め直し、ひびを狙い続けた。怪獣の動きが鈍り、突起が揺れる。
霧が薄れ始め、怪獣の姿がはっきり見えてきた。健太はライフルを撃ち続け、汗が目に入るのも構わず引き金を引いた。美咲が無線を手に叫ぶ。
「こちら真田、怪獣の動きが鈍ってる! 援護まだ!?」
返事はない。美咲が唇を尖らせ、無線を叩く。
「もう、誰も頼りにならないんだから!」
健太が呟く。
「援護なんていらねえ。俺らで足止めできりゃそれでいい」
美咲が目を細め、笑う。
「佐藤らしいね。私も負けないよ」
彼女はジープを急発進させ、怪獣の注意を引きつけた。健太は荷台でバランスを取り、ひびを狙う。弾が命中するたび、怪獣の咆哮が弱まる。
怪獣が動きを止めた瞬間、遠くで避難のサイレンが鳴り止んだ。民間人が逃げ切ったらしい。健太はライフルを下ろし、息を吐いた。美咲がジープを止め、助手席から顔を出す。
「終わったかな?」
「まだだ。こいつ、しぶとい」
怪獣が再び咆哮し、突起を振り上げる。健太と美咲は同時に叫んだ。
「下がれ!」
「危ないよ!」
ジープが後退し、怪獣の前足が地面を叩く。土煙が二人を包み、霧と混じる。健太は咳き込みながらライフルを構えた。美咲が髪をかき上げ、言う。
「佐藤、次はどうする?」
「時間稼ぎだ。あいつが来るまで」
美咲が首をかしげる。
「期待してんの?」
「してねえよ」
健太は短く答え、笑った。美咲も笑い、二人はジープで丘のふもとへ下がった。
霧の中で怪獣が動き出す。健太はライフルを撃ち、美咲がジープを操る。二人の息が合ってきた。怪獣の咆哮が響き、緑の霧が再び濃くなる。健太は弾を込め直し、ひびを狙う。美咲がクラクションを鳴らし、怪獣の気を引く。
「こっちよ、でかぶつ! 私を見なさい!」
怪獣が向き直り、突進する。健太が撃つ。ひびがさらに広がり、霧が爆ぜる。怪獣がよろめき、地面に膝をつく。健太はライフルを下ろし、息を整えた。美咲が助手席から顔を出し、笑う。
「佐藤、すごいよ! 私たち、いいコンビじゃない?」
「まあな」
健太は短く答え、荷台に座った。霧が薄れ、夜の空が見え始める。怪獣はまだ動いているが、勢いはない。健太と美咲は互いに目を合わせ、頷いた。
夜が深まり、霧が薄れる中、健太と美咲はジープで怪獣を監視していた。怪獣の角質にひびが入り、緑の霧が漏れ続けている。動きは鈍いが、まだ立ち上がる。健太は荷台に座り、ライフルを膝に置いた。美咲が運転席から顔を出し、髪を整える。
「佐藤、私たち、結構頑張ったよね?」
「そうだな。避難は終わった。あとは時間稼ぎだ」
美咲が頬を膨らませ、言う。
「時間稼ぎって……もっとかっこいい言い方ないの?」
「足止めだ。それでいいだろ」
美咲が笑い、首をかしげる。
「まぁ、佐藤らしいからいいけど」
怪獣が再び咆哮し、突起を振り上げる。健太はライフルを構え、美咲がジープを動かす。弾がひびに命中し、霧が爆ぜる。怪獣がよろめき、地面に膝をつく。健太は息を吐き、ライフルを下ろした。美咲が助手席から顔を出し、叫ぶ。
「佐藤、効いてるよ! もう少し!」
「分かってる」
健太は弾を込め直し、ひびを狙う。怪獣の咆哮が弱まり、動きが止まる。霧が薄れ、星が見え始める。健太と美咲は互いに目を合わせ、頷いた。
突然、空が光った。銀色の巨人が雲を裂いて降り立ち、怪獣と対峙する。唐突に、いつも通り。防衛隊の無線が沸き立つ。
「来たぞ、あいつが!」
健太は目を逸らし、美咲に言う。
「下がれ。俺らの仕事は終わりだ」
美咲がジープを止め、髪を払う。
「見ないの? せっかくかっこいいのに」
「見なくていい。あいつが片付ける」
美咲が小さく笑い、エンジンを切る。遠くで銀色の光と怪獣の咆哮がぶつかり合う。衝撃波が地面を揺らし、ジープの窓がガタガタと鳴る。健太は荷台に座り直し、ライフルを膝に置いた。
「ねえ、佐藤、私、頑張ったよね?」
美咲が助手席から顔を出し、首をかしげる。彼女の声に柔らかさが混じる。健太は目を逸らし、呟く。
「ああ、まあな」
「ふふっ、素直じゃないんだから。もっと褒めてくれてもいいのに」
美咲が頬を膨らませ、笑う。健太は気づかないふりをしたが、胸の奥が少し温かくなった。遠くで光と咆哮が続き、夜が深まる。健太はヘルメットを脱ぎ、空を見た。星が少しだけ顔を出している。
美咲がジープから降り、健太の横に立つ。
「佐藤、さっき助けてくれてありがとうね。私、一人じゃ無理だったよ」
「別に。お前が戻ってきただけだ」
美咲が唇を尖らせ、肩を軽く叩く。
「もう! 素直に喜んでくれてもいいよね?」
健太は小さく笑い、目を逸らした。美咲の声に、どこか温かい響きがあった。二人とも疲れ切っていたが、まだ生きている。それでいい。
夜がさらに深まり、空の光が消えた。怪獣の咆哮も聞こえない。健太と美咲はジープで避難所に戻り、隊員たちに報告した。隊員の一人が近づき、言う。
「怪獣はあのヒーローが片付けた。よく持ちこたえたな」
健太は無言で頷き、荷台に座った。美咲が髪を払いながら訊く。
「次は何かな?」
「分からねえ。生きてりゃそれでいい」
美咲が笑い、健太の肩を軽く叩く。
「それでいいよね、私もそう思うよ」
彼女は髪を耳にかけ、星空を見上げた。健太も空を見た。疲れが体を包むが、心は軽い。二人は次の指示を待ちながら、静かに夜を過ごした。