話の本筋にたどり着くまでに40話近くかかることになるとは思いませんでした。
「皆様、情報の共有は以上でよろしいでしょうか? この後に及んで隠してるネタとかありませんよねえ?」
決闘委員会のラウンジは、かつてなくごった返していた。いつものソファーだけでは席が足りず、かき集められたパイプ椅子が並んでいる。日頃決闘の様子を映しているモニターは、ベネリット本社と秘匿回線で繋げられ、リモート参加の面々を映していた。
モニターの脇に立ち、セセリアは会議の参加者を振り返る。画面の半分には議事録が表示され、ソファーの定位置にかけたロウジが一心不乱に入力を続けている。半ば部外者と言っていいセセリアが司会を務めていることに、もはや誰も突っ込みを入れなかった。
話が衝撃的すぎたのだ。
「情報量が……情報量が多い……」
「話聞いただけで頭いてえ」
スレッタをはじめとした地球寮生、グエル、ラウダらジェターク寮生、エランたち元ペイル社のメンバーに、ケナンジやフェンら若干の大人を加えた出席者は、呆然と顔を見合わせた。ミオリネらリモート参加の面々も、モニターの中で頭を抱えている。
「なんだかすごいことになってますけど、これ全部同時に起こってたんですか?」
車椅子に座ったまま、スレッタはぽかんと口を開けて議事録を見上げた。いつもと違い結んでいない髪が、首のまわりにまとわりついている。
自身も参加していたフォールクヴァングでの戦闘、クインハーバーでのテロ、軌道エレベーター襲撃、とどめに学園内の決闘と宇宙議会連合の侵攻。背景情報として付け加えられたオックスアースや月のもくろみ、ペイル社の暗部、ここにはいないシャディクらの計画もあって、正直理解が追いつかない。
「じゃあ情報共有はここまででいいわね? ここからは当面の問題と方針の話、するわよ」
モニターの中でミオリネが仕切り直しを図る。ラジャンが後を引き継ぎ、モニターに資料が追加された。
「喫緊の課題は宇宙議会連合への対応、そしてクワイエット・ゼロです。
まず前者。大量破壊兵器開発の容疑に対し、議会強行派はベネリットグループに対する査察と資産の接収、経営陣の訴追に関する議決を強行。反抗する場合再度の艦隊派遣も辞さないとの姿勢を示しております。あらゆる方面で抵抗を行っておりますが、再度の派兵は時間の問題と思われます」
「要は全面降伏しろ、と」
ソファーの一つでグエルが腕組みした。
アドバイザーとして出席を求められたフェンが付け加える。
「月企業群はすでにL4へのパーメット輸出を停止。ベネリットグループの月面サミットからの排除も可決されました。水面下では、制裁に反対する我々穏健派に対しても、同様の禁輸措置を示唆し統制を図っているもようです。
――さらに、水星の資源採掘基地を接収し議会の管理下に置くよう法案を策定中、だそうよ」
フェンはスレッタを一瞥した。
「また、カテドラル名義でも、L4で所有するガンダムおよびパイロット全員の拘束と引き渡しを要求しています。シトー・ビーチェの艦隊は壊滅しましたが、すぐに別の軌道艦隊がドミニコスを襲名するものと思われます」
「グループだけじゃなく、
リリッケが手を握り合わせる。
「強硬派の目的は、軍事と資源両面からの制裁によりベネリットの所有する資産と市場を回収、スペーシアン社会の経済を月に一極化させることです。
ベネリットグループがこれに屈すれば、今後強硬派……いいえ、月企業に逆らえるものはなくなるでしょう。
穏健派としては、今の政治体制が硬直化してしまうことは望ましくない、との言づてを預かっております」
ファンデーションに汗を浮かべ、フェンは報告を締めくくった。
「L4で戦争を起こすだけじゃない。地球での戦争シェアリングも継続して行うつもりでしょうね。全面戦争は避けたいけど、ここで折れたら地球と協調するどころじゃないわ」
ミオリネは頷いた。
「議会連合の要求は明らかに過大よ。グループ内の処分と賠償は必要だけど、それはあくまで事件の被害者と地球に対して。月からの接収には応じられない。
現在、ベネリットグループ経営陣の処分と進退、それにグループ再編について、各社と連絡を取っています。一ヶ月以内にグループ総会を開いて、そこで表明する予定。
前総裁の不正と背任を明らかにした上で、グループ全体を民生事業中心に再編、その後、私を含めた経営陣全員の退陣をもって、事態の収拾を図るつもりよ」
「え、ミオリネさん、総裁やめちゃうんですか?」
目を丸くするスレッタに、ミオリネは不敵に笑った。
「こうなった以上、トップが退任しないと収まりがつかないわよ。私の仕事は負債整理と組織の解体。元々そのために立候補してるんだしね。粉飾決算だの規制逃れだの、片付けるなら今のうちよ。公約通り全部ぶち壊しにしてやる」
気炎を吐くミオリネを横目に、グエルが問いかける。
「総会の予定は1ヶ月後。各社との調整を急いでいるが、どうやっても3週間はかかるだろう。それまで議会連合の派兵を避ける方法はあるのか?」
モニター上のラジャンがタブレットを叩く。
「議会連合に対しては、学園への派兵に対する抗議と説明を求めると共に、議長に対しL2、L3の代表と共同でオックスアース社接収と運用に関する問責決議を提出しています。また、別件で訴訟されているペイル社CEOの引き渡しを要求していますが……なしのつぶてですな」
「法廷に各方面から圧力がかかっているようね。ベネリットだけでなく、議会連合側の訴えも膠着状態にあるけれど、こちらが通るのは時間の問題と思われます。L4外ではベネリットグループに対するバッシングと議会を擁護する報道が過熱中、ベネリット側の声明は黙殺されているに近い状況よ」
「1ヶ月以内に事態を収拾できない場合、再度の交戦は避けられない、というのが執行部の予測です」
重い沈黙が満ちる中、堂々とソファーの中央に陣取っていたケレスが声を上げた。
「議会連合について追加報告だ。フォールクヴァングで遭遇した、謎の光の正体がわかった」
モニターにニュース画面が追加される。
ラジャンとフェンが、慌ててタブレットを操作する。
「
ニュース速報には、8本の不揃いなパネルを備えた大型衛星が映し出されている。
大型のジェネレータを備え、資源基地や孤立したフロントへレーザーで送電するためのシステム。先日観測された多数の電波障害は、起動実験の失敗によるもの。
AIのアナウンスは、これが兵器利用可能だとの解説と、事故の隠蔽や開発資金の不透明さに関する疑惑を読み上げた。
ケレスが画面を切り替える。表示されたのは、キャリバーンのメインカメラが捉えたフォールクヴァング消失の瞬間だ。
「オックスアース隠滅に無理矢理引っ張り出したんだろう。
送電用レーザーを転用したのか、最初から兵器のとして作ったのかは分からないが、おそらくこいつが議会連合の切り札だ」
どこかの誰かにリークされたみたいだけど、と、ケレスは皮肉る。
「……戦争シェアリングをL4内だけに留めるための手段、か。ベネリットグループの内紛が外に出たら、これで焼き払うつもりだったの」
青ざめた顔でミオリネがつぶやく。
「抑止力として作ったのなら、どこかでもう一度威力を見せつけてくる可能性があるわね」
端末に指示を打ち込み続けながら、フェンがモニター上の衛星をにらみつけた。
「――いずれにしても、ベネリットグループに対する最大の非難はクワイエット・ゼロの開発と使用です。あれを確保しない限り、交渉も和解も不可能だ」
硬い表情のラジャンが話を進める。
スレッタはつばを飲み込んだ。制服のポケットに入れたヘアバンドを、ぎこちなく握る。
なんとなく、空気が変わった。
ラウンジの学生たちが、それとなく自分を見ているのがわかる。
「現在、クワイエット・ゼロおよびプロスペラ・マーキュリーの所在は不明。製造を行っていた宙域からどこかへ移動し行方をくらませています。
目下、全力で捜索を行っておりますが、潜伏地点および目的地は不明。おそらく、完全起動のための最終調整を行っていると思われます。
――――ウィンストン博士、性能について解説を」
名指しされたベルメリアが、おずおず立ち上がった。
「――クワイエット・ゼロは、エアリアルによるオーバーライドを宇宙規模に拡張するための大型衛星です。領域内の情報処理を支配する空間を構築、展開することにより、周辺のパーメット機器すべてを停止、制圧する機能を有しています。
効果は先日実証されました。ガンダムなら多少の抵抗はできますが、スコア4以下の出力では問答無用で制御を奪われます」
モニターに設計図が表示される。黒い、さなぎのような躯体。大型の艦艇サイズのものと、学園フロントより大きな構造物、二つが並んでいる。
「学園に来たやつと違わないか?」
ラウダの疑問に、ベルメリアは表情を変えずに答えた。
「先日学園に現れたものはサブユニットの一つです。エアリアルからの遠隔操作で動作していましたが、本体は大型のほう。
エアリアルを核に、ガンドノード……無人MSを多数搭載。ガンビットとして運用するほか、共同でのシールド展開も可能としています。理論上、艦砲射撃ぐらいは防衛できるよう設計されています」
ドン引きする学生たちに対し、ベルメリアはなおも説明を続けた。
「サブユニットはあと10機建造されています。あれを主要フロント近辺にばらまき、オーバーライドを中継させることで、地球圏全体を停止範囲に収める……というのが、デリング総裁の構想だったそうです」
「あれが、あと10!?」
「本気出したらフロントの機能まるごと握られるってこと?」
「空調止められるだけで、全員死んでてもおかしくないじゃん」
学生たちがざわつく。
フロントだけではない。通信、発電施設、輸送艦、すべてが呑まれれば、企業活動はおろか社会システムそのものが危うくなる。
スレッタはまた、ポケットのヘアバンドに指をからめた。
「完全起動より前にこれを発見、制圧ないし破壊しなければ、ベネリットグループの未来はありません。ですが……」
ラジャンが言いよどむ。
「通常の艦隊およびMSによる制圧は、ほぼ不可能と断定されています」
同じく、苦虫をかみつぶしたような顔のケナンジが続けた。
「あれは元々、デリング総裁がご自分で運用されるために製造していたものです。パーメット不使用の旧式戦闘機など、L4内にあった対抗手段はすべて、前総裁自らの命令で破棄されていました」
「うわ、詰んでる」
全員を代表して、5号のエランが感想を述べた。
「一応聞きますけど」
セセリアが固い声で言った。
「さっきのレーザー送電衛星で、議会連合がクワイエット・ゼロを破壊しちゃう可能性、あります?」
「映像から算出した限りでは、ILTSがクワイエット・ゼロのシールドを突破できる可能性は5分といったところです。
ですが問題は、あれを議会連合が破壊ないし制圧した場合、その時点で我が社の要求を通す名目が一切なくなることです。
グループが生き残るには、強硬派や他のフロントに先んじてクワイエット・ゼロを発見し対処するしかない」
ラジャンはそういって瞑目した。
「対策がないわけではありません」
ケナンジは設計図のマーカーを動かす。
「大幅に構造を改変されているとはいえ、クワイエット・ゼロの基幹部分は変更不可能と考えられます。躯体中央部のシャフトと、コントロールルームの場所です」
マーカーは設計図の中央を指した。紡錘形の構造の中心に、巨大な空間と垂直に開けられた通路が設けられている。
「この構造物は、エアリアルがコントロールルームへ出入りするために設置された箇所です。ここからであれば部隊の突入が可能です」
シャフトの横に、MSのシルエットが表示される。1、2機ずつであれば内部へ飛び込める幅はあるように見えた。
「現状、我々のとれる作戦はひとつです。
「ちょっとまって。MSで戦うって、まさか」
「現状、あれに対抗できるのはキャリバーンと彼女だけです」
ミオリネの悲鳴を無視し、ケナンジはスレッタと、全身が赤く腫れ上がり、車椅子から立ち上がれず、今も点滴の管がぶら下がっている少女と視線を合わせた。
「作戦の成否に関わらず、シン・セー開発公社採掘部門への全面的な支援、および保護された魔女……未成年のガンダムパイロット全員に対する身元保障と司法取引を約束する。
――スレッタ・マーキュリー。もう一度、ガンダムで戦えるか」
「だめよ!」「ダメだ」「駄目」
スレッタが口を開く前に、反対の声がいくつも上がった。
「生還の保証がない作戦に、許可は出せません。今こんなことになっているのは、グループのために誰かを生け贄にし続けてきたせいでしょ。
……これ以上犠牲者を出したら、グループからの離反はさらに増えます。社内統制の観点からも容認できない」
かろうじて冷静さを保った声音で、ミオリネは作戦の撤回を要求した。
「俺がシュバルゼッテで出る」
蒼白な顔で名乗り出たグエルに、ベルメリアは淡々と事実を告げる。
「シュバルゼッテのシェルユニットは、スコア4以上を出せないようリミッターが設定されていました。開発に先輩が関わっていることから、これは意図したものと思われます。同様にファラクトも、スコア4以上での運用は想定していません」
「先にオックスアースを襲撃したのも、対抗できるガンダムを破壊するためでしょう」
歯がみするグエルに、ケナンジが更なる事実を加える。
「次に乗ったら君は死ぬ」
4号のエランは、スレッタをまっすぐに見て言った。
「スコア6を出して、今生きていること自体がありえない。君が特別でも次は無理だ。これ以上ガンダムに乗るべきじゃない」
「ねえベルメリア、スコア5を出したパイロットの生存率って、どれくらい?」
5号のエランが、わざとらしく声を上げる。
「記録上、スコア5を二回以上出せたパイロットは存在しないわ」
「前提からして成立してないな。言っておくが、キャリバーンの所有権はまだ俺にある。この条件では貸与できない」
ケレスがダメ押しを告げた。
「……我々とて、今更ガンダムに頼りたくはない」
ラウンジの学生たちから目をそらすことなく、ケナンジは言った。
「我々はデリング総裁の下、ガンダムを否定し排除してきました。ミオリネ様のおっしゃるとおりのダブルスタンダードです。
ですが、クワイエット・ゼロを止められる方法は他にありません。ならば実行しなければならない。それが私の責任です」
スレッタは静かに顔を上げた。手が震える。
ポケットの中で、もう一度指に力を入れる。
「やります」
声は思ったより大きく響いた。
「学園で別れてから、お母さんとまだ、話せてないんです。エリクト……わたしの、姉みたいなもの、なんですけど、エリクトのやりたいこともまだ、教えてもらってない。
水星や、ノレアさんたちのことは、もちろんお願いしたいです。でもそれだけじゃない。会社とか、交渉のためとかじゃなくて、わたしはわたしのわがままのためにやりたいんです。
ここでいかなかったら、もう二人に会えない。だから、行きます。ごめんなさい」
スレッタは頭を下げた。ちゃんとお辞儀するつもりだったのに、背中は思うように曲がらなかった。
「……あの」
ラウダの後ろで、ペトラがおそるおそる手を上げた。
「さっきから、戦うの前提で話が進んでるんだけど……そもそも、すい、スレッタが話したら、説得できないの? そっちの家族のことは知らないけど、母親、なんだよな?
通信聞こえてたけどさ、エリクトさんだって、あんたのことめちゃくちゃ心配して、助けにきてくれたんじゃないの?」
ペトラに続き、フェルシーも身を乗り出す。
「っていうか、そもそもプロスペラさんの目的って、何? シン・セーのためとか戦闘を止めたいとかだったら、別に戦わなくてよくないか?」
「……無理だと思います」
スレッタは困ったように笑った。
「お母さんの本当の娘はエリクトで、エアリアルもクワイエット・ゼロもわたしも、エリクトのためにつくったものだから」
ここに来る前エランに渡された、プロスペラの日記を思い出す。
「わたしはお母さんの本当の娘じゃない。ヴァナディース事変で逃げ出した後、水星で衰弱して死んじゃった、エリクト・サマヤのリプリチャイルドです。
エリクトが死んじゃう前に、お母さんはエリクトの意識だけをガンダムに移したんです。それがエアリアル。わたしと一緒に水星で過ごして、学校にも一緒に来た、わたしの家族」
フォールクヴァングにあった写真と同じだった。
21年分の記録には、スレッタの知らない母が詰まっていた。
スレッタの知らない母と、姉と、いなくなった人たちの思い出が書かれていた。
「お母さんの一番はわたしじゃない。
お母さんはエリクトのためにがんばってきて、エリクトのためにがんばらなかったら生きていられなかった人で、今もずっと、エリクトのために戦っています。
クワイエット・ゼロでエリクトが自由になれるなら、会社も世界もどうだっていい。だから、わたしが話しても、きっと聞いてくれない、です」
それに。
日記にも書かれていなかったことがある。
エリクト・サマヤが、何を考えて、何のために戦っているのか。
スレッタにだけは分からないと言われたことが、どうしてもまだ、理解できない。
「それでもわたしは、お母さんが、エリクトが好きです。聞いてくれないかもしれないけど、何も教えてくれないかもしれないけど、話しに行きたい。
お母さんとエリクトのこと、知らないことばかりのままでいたくない。わたしの家族に、兵器じゃなくて、誰かを助けるためのガンダムでいてほしい」
誰も、何も言わなかった。
作戦の可否も、反論も、何も言えなかった。
沈黙を破ったのは、オジェロの声だった。
「……なあ、スレッタ。どうしても行くのか?」
「オジェロさんまで。わたしは――」
「でも、今すぐ行くわけじゃないよな?」
なあおっさん、と、オジェロはケナンジの方へ振り返る。
「……少なくとも、クワイエットゼロの所在、および目的地が確認されるまで出撃はできません。サブユニットの散布や完全機動までの調整を含め、猶予は最長で一ヶ月ほどと見ています」
「なら、作業時間はとれるな。ヌーノ、今データ出せるか?」
「おう。キャリバーンのスペックも反映してある」
「おい、一体何の話だ」
淡々と何かの用意を始める二人に、グエルが割って入る。
地球寮の面々は顔を見合わせた。
「なんつーか、俺たちの宿題?」
「できたっていうか、パーツが揃ったっていうか」
モニターが切り替わり、古いMSのデータが表示される。
「LS-03……フォールクヴァングにあったルブリスか」
「俺たちはプロスペラさんからヴァナディース機関の資料を貰って、こいつに搭載されていた、データストームを解消するシステムを解析してました。
システムそのものは古典的な学習型AIで、コクピットのCPUだけでなく全身のシェルユニットをまるごと演算に使えるよう調整されています。
カルド博士……開発者の構想は、こいつに人間の生体コードと、それに同調したデータストームのパターンを学習させて、シェルユニット内で人体に無害な形に変換させる、というものだったようです」
ベルメリアが顔色を変える。
「でも、実験は成功しなかった。あのとき、間に合わなかったって……」
ヌーノが説明を引き継ぐ。
「こいつに足りなかったのは、AI用の学習データです。個人の生体コードのサンプルと、それをどう変換すれば安全なのか。そのデータセットと学習時間が、システムの起動に足りなかった」
「だがそれを、どうやって解決する? AIの学習はどれだけ大量のデータを食わせられるかが勝負だ。ダリルバルデでも開発に3年はかかっている。今からじゃ間に合わん」
グエルが首をひねる。
エランが目を見開く。
「……データ。僕が、水星から持ってきた」
「ああ、あったんだ。水星でスレッタとエアリアルが積み上げた、ガンドフォーマットの安全な稼働データ。今の技術で再現したAIに、そいつをデータセットとして学習させる」
ヴァナディース事変から21年、スレッタが生まれてから17年。
スレッタの生涯と、ほとんど同じだけの量だ。
「キャリバーンのシェルユニットは、エアリアルとほぼ同等の容量と演算機能を持っています。
21ゼタの要求メモリも確保可能でした。
こいつに俺たちが再現した学習型AIを移植すれば、ヴァナディース機関の理論を実証できます」
ミオリネが声を震わせた。
「キャリバーンにヴァナディース機関のシステムを積んで、スレッタの人生を学習させる……本当にそれで、ガンダムの呪いを解けるの?」
「ウィンストン博士。この理屈は正しいのか?」
ラジャンが鋭く問いかける。
素早く資料に目を通しながら、ベルメリアはうわずった声で答えた。
「……理論上は十分に可能です。学習型AIもすでに機能テストまで完了し、データセットも十分量と認められます。……これ以上のことは、実際にMSに搭載して、テストしないと」
ニカが弾かれたように立ち上がった。
「――私、オックスアースの工場で、ルブリスの製造ラインにいました。
キャリバーンの開発データは消去されていたけど、パーツの多くはオックスアースの共通規格です。他のMSから転用すれば、修理も改造も1ヶ月……いえ、3週間以内に完了できます!」
「もう一つ。AIの稼働が成功すれば、ヴァナディース機関の研究をもう一つ実証できます。こいつが動けば、最小限の改造で、ほかのMSもクワイエット・ゼロに対抗できるようになる可能性があります」
タブレットのレポートをモニターに映し、オジェロが付け足す。
「お願いします! 僕たちに、仲間を助けるための時間をください!」
マルタンが勢いよく頭を下げた。地球寮の面々もそれにならった。
「許可します」
ミオリネは即答した。
「経営だの交渉だのは、私含めた執行部の側でなんとかします。できるだけ時間を稼ぐし、本社の資源も設備も好きなだけ使っていい。だから、スレッタを生還させられるガンダムをつくって」
「……作戦を根本から練り直します。参謀本部に連絡を」
難しい顔でタブレットを取るケナンジに、学園から声がかかった。
「おいおっさん、ここまで話聞かせたんだ。その作戦、あーしらも参加させろ」
凄むチュチュに、即座にグエルと4号のエランが名乗りを上げた。
「俺も行く」
「僕も」
「グエル先輩が行くならあたしも!」
兄さん!? と止めにかかるラウダの隣で、フェルシーが勢いよく追従する。
「……あの、僕もそのAI、触ってみたいです」
ハロを抱えたまま、ロウジがひっそり表明する。
「参加する人ー」
セセリアの呼びかけに、学生全員が勢いよく手を上げた。
「あ、ありがとうございます!」
全身が、さっきとは違う理由でぞくぞくする。
すっかり空気の変わったラウンジを見回し、スレッタは深く頭を下げた。
「俺も本社までは行かないとだしな。うちのスタッフ全員、改修作業に使って良いぞ」
「え、これ僕も行く流れ?」
面倒くさそうに立ち上がるケレスに、5号が唖然とした顔をする。
「改造の工程表、作らないと」
「ティコたちの世話も頼まないとな」
「寮艦の出港申請、出しちゃいますね」
ティルやアリヤ、リリッケも、次々と準備を始めた。気の早い者は、すでにラウンジのエレベーターを呼び出している。
「セセリア、あんたも来なさいよ。他にも希望者いたら連れてきて。今学園に残ってる生徒なら信用できる」
「え、あたし?」
名指しでスカウトされ、セセリアはモニターのミオリネを見返した。
「事務方の人手が本当に足りないのよ。グループ総会の準備もやらなきゃなのに。メールの仕分けしてくれるだけでも助かる。あんた経営戦略科の次席でしょ」
「主席サマにそういわれちゃあね」
手早く生徒手帳を操作しながら、セセリアはまんざらでもない顔をした。
「……この人数の学生を、作戦に参加させるのか。学校行事じゃないんだぞ」
「彼女に頼った時点で、我々は何も言えんよ」
頭を抱えるケナンジを尻目に、ラジャンは淡々とタブレットを叩き、スケジュールの調整を始めた。
「じゃあ全員、今夜中に出発の準備済ませて。3日後に本社に集合!」
ミオリネの号令がかかる。
車椅子を押されながら、スレッタはもう一度、ポケットのヘアバンドを握りしめた。
ガンダムの呪いを解消する方法は、作中でもう1つ出しています。