不幸にも虚飾の魔女に懐かれてしまった男 作:OZ
旧コルニアス邸から、丸1日かけて、俺達はようやくプリステラに到着した。
某巨人漫画に出てくるような巨大な外壁を前に、方々から来訪してきたであろう竜車が続々と列をなしていた。
確か、プリステラに入都するには監査を受ける必要があるんだよな。
誓約書に目を通して、署名欄にサインするだけの簡単な形式だったと記憶しているが......正直、気が進まない。
何故なら、名前を残すことで、発生しうる危険があるからだ。
そう──『暴食』の存在だ。
原作どおりの時間軸であれば、この街には暴食が現れる。
ライ・バテンカイトス。
ロイ・アルファルド。
ルイ・アルネブ。
彼ら3兄妹の気分次第で、俺が捕食対象として選ばれる可能性は拭いきれない。
たとえ、同じ魔女教徒だろうと、魅力的な食材としてあいつらの瞳に映ってしまったのなら、容赦なく喰らおうとしてくるだろう。
あいつらに仲間意識なんて綺麗な感情は期待できない。喰われないための最低限の自衛が必要なのだ。
つまり、本名を隠匿する必要がある。
「......はぁ、どうしたもんかな」
「どうしたのですか、カガリくん」
ため息をつく俺の顔を、パンドラが不思議そうに覗き込んでくる。
「誓約書に書く偽名について考えてる。パンドラ、なんか良さげな偽名あるか?」
「偽名、ですか?」
「理由は聞くなよ。込み入った事情ってやつだ」
そう釘を刺すと、パンドラは偽名の意図について問い詰めることはせず、じっと考え込み始めた。
「──アロガント、というお名前はどうでしょうか?」
「アロガント......?」
パンドラが提案した名前に、首を傾げる。
「はい。何となくですが、カガリくんには合っているような気がしまして。どうでしょうか?」
「......アロガント。アロガントか」
コイツのネーミングセンスには、あまり期待していなかったが......悪くないな。
エレガントみたいで、優雅な響きを感じさせられる。
「ちなみに姓は?」
「ホーティネスはどうでしょうか?これも特に意味はありませんが、響きがカガリくんに合っている気がします」
「......アロガント・ホーティネス。ちょっとかっこいいな」
既に、頭の中でいくつかの偽名案を用意していたが、パンドラの考えた偽名が一番しっくりくる。
金銭と住まいを提供してくれるところしか取り柄がないと思っていたが、意外なところで役に立ってくれたな。
気分を良くした俺は、パンドラの頭に手の平を乗せ、雑に撫でる。
「よくやった、パンドラ。たまにはお前も役に立つことがあるんだな」
「......!カガリくんにお褒めいただけるなんて......今日はなんて良い日なのでしょうか」
うるうると瞳を潤ませて感涙にむせぶパンドラ。
いちいち大袈裟なやつだな。
正門で若い男性の監査官から誓約書を手渡されると、俺は意気揚々とパンドラから授かった偽名、『アロガント・ホーティネス』を署名欄に刻み込む。
ちなみにだが、この世界の言語の読み書きは、シルフィを始めとしたメイド連中から教わっている。
日本語の五十音とアルファベットを組みまわせたような言語体系をしているため、学習難度はそこまで高くはなかった。
と言っても、まだ児童文学を時間をかけて読める程度のレベルなので、完全に習得するには、まだまだ道のりが長そうだ。
「私も書き終わりましたので、一緒に出していただけますか?」
「ほいよ──って、お前なぁ......」
パンドラ分の誓約書の署名欄を見て、俺は苦い顔をしてパンドラを睨む。
──パンドラ・ホーティネス。
コイツ、さらっと俺と同姓にしやがって......。
恥ずかしそうに顔を手で覆うパンドラから視線を外し、俺は監査官に2枚の誓約書を渡した。
監査官は、書類に目を通し終えると、ボディチェックを始めた。
寝てる間に拉致されたのだから、当然チェックに引っかかるような代物は身に着けていない。
「──問題ありません。ようこそ、プリステラへ」
問題がないことを確認すると、監査官がニコリと笑い、歓迎の言葉をくれた。
「監査官さん、1つ聞いていいか?」
「はい!1つと言わず、いくらでも大丈夫ですよ。あっ、もしかして......女性人気の高い観光名所とか?ふふ、お兄さん、お美しい女性をお連れのようですからね。プリステラと言えば、まずは──」
「結論を急がないでくれ。俺が聞きたいのは、観光名所についてじゃない」
「そ、そうですか......では、何をお聞きになられますか......?」
露骨にテンションを落とす監査官。
勝手に先走ってのはこの監査官の方なのに、少しばかり罪悪感を感じてしまうのがもどかしい。
「プリステラに仮面屋はあるか?あるいは認識阻害の効果があるローブが売ってる場所は?」
俺が隠したいのは、名前だけじゃない。
考えたくもないが、王選候補者と万が一にも敵対するような展開になった時、顔が知られてしまうのは大きなリスクになる。
だからこそ、姿を隠すための装備が俺には必要だ。
「......お兄さん、怪しい人じゃないですよね?」
訝しむような目で監査官がじとっとこちらを睨みつけていた。
まずったな。確かに入都直後に変装アイテムの売り場を尋ねるのは怪しすぎるかもしれない。
どう言い訳したものかと悩んでいると、すっとパンドラが俺の隣に並んで言い放った。
「このお方は高貴なお立場ゆえ、あまり人前にお姿を見せるわけにはいかないのです。『傲慢邸』という名前に聞き覚えはありませんでしょうか?ルグニカ方面では名の知れている大邸宅なのですが、彼はそこの主にございます」
「ご、傲慢邸......なんか偉そ──凄そうな名前ですね。た、確かにそう言われてみれば、何だかあなた達からどことなく高貴な匂いが漂ってくるような......」
「......そいつの言うとおりだ。気が向いたら、招待してやるよ。傲慢邸にな」
「は、ははーーーーーーっ!」
パンドラの助言、もとい戯言に乗ると、訝しんでいた監査官は一転、傅くような態度を見せた。
「本題に戻るが、仮面屋とローブが売ってる場所について知ってるか?」
「仮面屋は、二番街にこじんまりとした店があったかと思います。認識阻害つきのローブについてはわかりかねますが......ありそうな場所としては、同じく二番街の高級魔法器店でしょう。しかし、認識阻害となると高度な術式が練られているわけですから、おそらくお値段の方が......」
「問題ない。金なら、いくらでもある」
「は、ははーーーーーーっ!」
これでよし。
ひとまず、仮面屋の場所を知れたのはでかい。
ローブが手に入らなくとも、最低限、顔は隠す手段を確保できるというわけだ。
こうして、俺達は無事に監査をクリアし、プリステラへと足を踏み入れることができた。
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「おー、流石は水の都。街のあらゆるところに水路が走ってるな。うわ、水竜がいる。かっこいいけど、おっかねえな......誤って水路に落ちたら喰われそうだ」
スイスイと水路を進む水竜の姿に肝を冷やしてしまう。
うっすらと恐怖に身を震わせていると、隣を歩くパンドラが不安を和らげようとしてくれているのか、きゅっと指を絡めてくる。
「野性なら危険かもしれませんが、ここにいる水竜達は飼いならされた子しかいないと思います。興味があるなら、後で水竜が牽く小舟に乗ってみますか?」
「そうだな。仮面とローブが手に入ったら乗ってみるか」
「そうと決まれば、早速二番街に向かいましょう。その後は、思う存分にでーとを楽しみましょうね」
デートの提案が受け入れられ、気分を良くしたらしいパンドラが嬉しそうに笑いかけてくる。
正直、デートに関してはどうでもいいが、早く目的の品を入手しなきゃな。
王選候補者に遭遇する前に、変装を完了させておきたい。
そうして、俺達はプリステラ住民に聞き込みをしつつ、まずは仮面屋を目指すことにした。
道中、俺は門での監査官とのやり取りを思い出していた。
あの場では、監査官から疑いの目を向けられないために、口を噤んでいたが......どうしても、俺はパンドラに言っておきたいことがあったのだ。
「おい、パンドラ。さっきは聞き逃してやったが、『傲慢邸』ってなんだよ。俺の屋敷に変な名前つけやがって」
「変でしょうか?『傲慢』の大罪司教が住む屋敷の名として相応しいと思います」
「相応しいかなんてどうでもいいんだよ。怪しすぎるんだよ。万が一、監査官がルグニカに通報を入れて、近衛騎士団が出陣するような事態になったらどうする」
「そこまで大きな事態になりますでしょうか?」
パンドラは事態の深刻さを理解できていないのか、焦った様子をまるで見せず、呑気な問いを投げ返してくる。
「......いいか?魔女教の中では、ペテルギウス──『怠惰』が一番有名だろ。つまり、人々は『怠惰』という言葉に本来の意味とは違った意味を見出している。恐怖の象徴としてな。そんな中、『怠惰邸』なんて大邸宅が存在するなんて知ったら、どうなる?」
「遊びに──」
「警戒するに決まってる。そんで、結果として騎士団の出動に繋がるわけだ。要はそれと同じだ。『傲慢邸』も同じような危険を孕んでるってわけだ。わかったか?」
「かの近衛騎士団がいらっしゃると。歓迎の準備を整えておく必要がありそうですね」
......伝わらなかったか。
いや、あるいは伝わったのかもしれないが、騎士団がやってくることはコイツからしたらむしろ歓迎するべき事態のようだ。
歓迎の準備って言うのは、アレか?
パンドラ語に変換すると、ぶっ殺す準備って置き換えていいのだろうか。
俺の説得が無意味に終わったところで、ようやく俺達は仮面屋の前に着いた。
なるほど。確かに監査官の言葉どおり、随分とこじんまりとしている。
店と言うより、露天商?
店頭には、様々な仮面が並べられていた。
地味なものから装飾の派手なものまで。それに......なんだこれ。
俺は複数ある内の1つの仮面に目を惹かれた。
目元は双眼鏡のように筒状になっており、口元の部分は嘴のように飛び出ている。
まんま、ペストマスクだな。
「あんちゃん、目の付け所がいいねぇ。それ、オススメだぜ」
ペストマスク(仮)に視線を集中させていると、店主から声がかかる。
流石は仮面屋の店主といったところか。やはり、仮面をつけている。
「ほんとか?結構不気味な見た目をしてるが」
「おう、見た目も不気味な魅力全開だが、それ以上にソイツには素晴らしい効果がついている」
「効果?」
「古き時代のルグニカにて、『青』の称号を授かった天才治癒術師がいた。このマスクには、その術師様の術式が組み込まれてんだよ」
なんか胡散くせえな......このおっさん、俺にペストマスク(仮)を売りつける気満々のようだ。
まぁ、でも一応聞いてみるか。興味を惹かれる内容ではあるし。
「それで、肝心の効果はなんだよ。もったいぶってないで、早く教えてくれ」
「おっとおっと、そう焦るな。コイツにはな......『厄除け』の術式が組み込まれてるんだ」
「厄除け?」
肩透かしだな。現代で言うところの幸運を呼ぶ壺みたいな感じか?
店主は俺のことを騙そうとしているんじゃないか。既にそう思い始めていた。
「あ、今しょぼいなって思っただろ。駄目だぜ。話はまだ終わっちゃいない。この仮面は『本物』だぜ?歴史がそれを証明している」
「歴史ねぇ......じゃあ、その歴史とやらも聞かせてくれよ」
どうせ眉唾に違いないが、一応聞いてみるか。
そうして、店主のペストマスク(仮)にまつわる伝説の話が始まった。
そして、30分後。
「──そうして、最後の所有者は魔獣の群れを退け、無事に故郷への生還を果たしたんだ」
「......なるほどな。『厄除け』ってのは、魔獣に対しても効果を発揮するってわけか」
「おうよ。それに運だって良くなる。『厄除けの仮面』のほかに『幸運の仮面』って別名もあるほどだ。ルグニカの貧民街から貴族に成り上がった男だっている」
「まじかよ......おっと、伝説の話はこのくらいでいい。ずばり聞くが、この仮面の値はいくらだ?」
「聖金貨5枚だ」
「はぁ?おいおい、流石にそれは吊り上げすぎだろ」
店主が提示した額に、俺はため息をつく。
伝説が真実であれば、むしろ安いくらいの値段だが、真実だという確証がない。
ソースはこの店主の言葉のみだ。
「悪いが、値下げはできん。伝説を貶めることになっちまうからな」
表情を硬くした店主が、そう言い張る。
絶対に値下げして堪るかというこの気概、価格交渉を望むのは難しいようだ。
「......わかった。少しだけ考えさせてくれ」
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仮面屋を後にした俺達は、次なる目標である認識阻害ローブを求めて、魔法器店を目指していた。
今歩いている道を直線に進み、突き当りを右に曲がれば、到着だ。
「よろしかったんですか?」
「何がだよ」
「いえ、後悔をされていないのかと。随分と悩まれていたので」
「後悔?馬鹿を言うなよ、パンドラ。これで俺はプリステラから無事に生きて帰れることが確定したんだからな」
そう胸を張り、俺はペストマスク(仮)──否、『幸運の仮面』の嘴部分に右手を添える。
「それは素晴らしいですね。しかし、仮面がなくとも、無事に生きて帰ることは私が保証しましたのに」
「寝てる間に拉致って、死地に送り込んだ張本人がよく言うぜ」
まぁ、この仮面を手に入れることができたのも、毎度のことながら、コイツの持つマネーパワーのおかげではあるから、そこだけは感謝してやろう。
これで俺は幸運になった。厄を祓うことができる。
何事もなく、プリステラ旅行はハッピーエンドという結末に終わる。
......そのはずだよな?
小さな猜疑心を胸に抱きつつ、俺は『幸運の仮面』に祈りを込めた。
ちょっと更新止まります。