導星の錬金術師 作:星見錬
今回は少し短めです。
ドナドナ、もといゴトゴトと馬車に揺られて早数日。
夜は近くの宿屋に一泊して体を休め、また朝早くから馬車に揺られる日々が続く。
……正直なところ、私に休息は必要ないんだけども。
ま、羅針協会からの使者であるアルバートは人間なので仕方ない。
今も、平然としている私と違ってまだ腰が痛むのか、鞄をクッション代わりにして窮屈そうに座っている。
何はともあれ。思っていたより、馬車の旅は悪くなかった。
『馬車』と聞いて思い浮かべていた幌馬車ではなく、6巻でマスタング大佐とホークアイ中尉*1が乗っていたタイプの、簡単な造りの馬車ばかりだったけど。
直射日光が眩しいのと乗り心地がいまいちな点を除けば、のんびり景色を見られて良い感じだ。
なるほど、これがいわゆる
眼前にはリゼンブールとあまり変わり映えしない、のどかな風景が続いている。
つまり、草原と柵と家畜だ。たまに家や木立、川とかもある。
アルバート曰く、「明確な変化を実感できるのは、もう少し先になるだろうな」とのこと。
うん。ぶっちゃけ拍子抜けした。もっと劇的な旅になると思っていたからね。
外の世界は、そう怖いものでもなかったよ。
……もう、それを彼女に伝える術はないけれど。
そんなことを考えながら、ゆっくり流れる景色を眺めていると……ふと、ほのかに焦げ臭い匂いが空気に混じってきた。
少し遅れて、遠くから数人のかけ声のようなものや、工事音らしい音も聞こえてくる。
「あれは──」
「ああ。気が付きましたか、お嬢さん。……あれが、この前テロがあった駅ですよ」
御者が手綱を握ったまま、こちらに振り返って答えた。
同時に、黒焦げの骨組みや焼け残った木材の破片が見えてくる。
……あれが、イシュヴァール人によるテロがあった駅……。
「わたしゃ、あの駅からそれなりに離れた場所に住んでんですけどねえ。
それでもあの日、でけえ爆発音と地面の揺れはちゃあんと感じましたとも。
いやあ、本当にひどい事件だった! 本当、近頃は物騒でいけませんや。この前も……」
「……そうですね」
長くなってきた御者の話をBGMにしつつ、アメストリスの地図を脳内に広げた。
ここはイシュヴァールから随分と離れている。むしろ、イーストシティの方が近いくらいだ。
──故郷を遠く離れて、自分の命を捨てに行くのって……一体、どんな気持ちなんだろうか。
もしかしたら、目標はここじゃなかったのかもしれない。
本当は、自分の命を犠牲にするつもりはなかったのかもしれない。
今となっては両方とも意味のない「たられば」だけど。
だとしても、考えずにはいられなかった。
『未来ある若者が……命を捨ててまで国に抗おうとしたんだ……』
『理不尽は許しちゃいないさ! それくらい分かってる!!
だが、その理不尽を彼にさせたのは誰だ!? ……私達、アメストリス人だろう。
アメストリスがイシュヴァールを弾圧しなければ、こんなことにはならなかったはずだ!』
かつてのユーリ先生の言葉が脳裏に蘇る。
あの時はただの綺麗ごとにしか聞こえなかった言葉を、今になって理解できた気がした。
……私にも、できるだろうか?
理不尽を許さず、同時に民族や個人を恨まずにいること。
未だに燻り続けるこの憎悪を、飲み込んで耐えること。
──ユーリ先生や、原作での彼らのように。
「大丈夫か?」
アルバートの声で、はっと我に返った。
隣で心配そうにこちらを窺う彼に、慌てて「ちょっと考えごとしてただけです」と取り繕う。
関節が固まらないよう姿勢を変えている間に、馬車は駅の跡地を通り過ぎていた。
「……その、色々と思うところはあるだろうが……。そう怖がらなくても大丈夫だ。
我々がこれから向かう場所は安全で、栄えていて、とても良い所だから。私が保証する」
突然どうした。それは前にも聞いたけど……どうしてまた言う必要が?
…………あっ。もしかして、テロの跡地を見たせいで私が不安がってると思った、とか?
うーん、ちょっと違うんだけどな。まあ、わざわざ訂正するほどでもないか。
「ありがとうございます。……楽しみですね」
笑顔を作って返事をすると、彼は胸を撫で下ろしたようだった。
……同じ無表情でも、何日か一緒に行動するうちに彼の機微が分かるようになってきたな。
というか、顔に出にくいだけで感情自体は分かりやすいような……?
存外単純な人なのかもしれない。
「あとひとつ馬車を乗り継げば、まだ使える駅がある。
そこから汽車に乗って、羅針協会のある町へ行く予定だ。……汽車に乗ったことは?」
「ないですね」
「そうか。なら、期待するといい。汽車の方が余程、乗り心地が良いからな」
「ちょいと旦那あ、そういうことはわたしのいない所で言ってくださいよ!
こっちとて、好きでこんなオンボロ走らせてるわけじゃあないんですよ!?」
「す、すまない……」
御者に申し訳なさそうに謝るアルバートの姿にくすりと笑うと、彼は少し拗ねたようだった。
……本当は面白い人なのかも。そう思うと、少しだけ気が楽になった。
初めての汽車は、はっきり言って感動の連続だった。
まずスピードが速い! 馬車の何十倍もある! 現代っ子にはちょっと懐かしいスピードだ!
シートがあるから座りやすい! ちょっと固いけど、板張りの箱に直接座るよりはマシ!
何より──こう、ロマンがある!!
いやあ、現代日本で汽車に乗る機会なんてそうそうないもんね。
力強さとか……そもそもの造形のカッコ良さとか……オタク心をくすぐる……良い……。
なんか、今までで一番「転生してよかった」って感じている気がする……。
原作じゃあ、エド達はこれに乗って旅をしてたんだよね。
うーん、走馬灯のように色んなシーンが脳裏を流れていくぜ……。
などと、物思いに耽っているうちに。
『ミルトスー、ミルトスです。お降りの方は──』
汽車はあっという間に、目的の町──ミルトスに到着した。
「着いたぞ、降りよう」
「はい」
多少の名残惜しさを感じつつ、アルバートに続いて降車する。
人混みを抜けて駅を出た瞬間、私の目に飛び込んできたのは──
「わあ……!」
活気に満ちた、華やかな大通りだった。
町の雰囲気を例えるなら、原作のラッシュバレーが近いだろう。
あそこが
町のあちこちに、錬金術が当たり前のように息づいていた。
例えば書店。入口の目立つところに、堂々と錬金術書が何列も平積みされている。
著名な錬金術師のレア本から、一般に流通している基本テキストまで選り取り見取り。
中には、『子供向け』と銘打った絵本のような物まであった。
「うわ、この本の著者シルバ・スタイナーだ!? こっちはチェスターにブラント……」
しゃがんで本を検分する。
イズミ師匠の師匠(ではなかった人)に、他の書で度々引用されるほどの著名人。
あとは……って、
「嘘でしょ、フルカネリの『錬金術師たちの朝』まである!
値段は……2500センズ!? 安すぎ!!」
いやいやいや、こんな所で投げ売りされてていい本じゃないって!
だって、これってアメストリス錬金術史における三大名著の一冊でしょ!?
本当なら国立中央図書館に寄贈されてしかるべきもんだぞ!!
「買うか……? あーでも手持ちが足りない……くそ、明らかに即買いレベルなのに……」
ぶつぶつと呟きながら葛藤していると、アルバートがひょいと本を持ち上げて棚に戻した。
「何するんですか!」と抗議すると、彼は事もなげに
「原本なら羅針協会にある。会員なら無料で閲覧自由だ。
書店にあるのは、あくまでも一般用に協会が出版しているレプリカに過ぎないよ」
と言った。
……いっぱんように、しゅっぱん?
「えええええええっ!?」
とんでもない言葉に度肝を抜かれ、私はアルバートの肩をぐわんぐわんと揺らす。
「ちょっと、錬金術の研究は一般へは秘匿するもんでしょうが! 普通!!
積極的に世間へ情報開示してどーするんですかっ! 悪用されたら責任問題ですよ!?」
「おおお落ち着、落ち着きなさい! その点の対策はちゃんとしてあるから!」
私の手を振り払うと、彼はズレた眼鏡を直しながらため息を吐いた。
「……ったく。君とて、『錬金術師よ、大衆のためにあれ』という言葉は知っているだろう?
協会の第一指標も同じでね。『知識は等しく開かれるべき』と言うのが、初代会長の言葉だよ」
「はあ……」
言いたいことは分かるけど……それで本当にいいのか……?
でも、まあ……買えたところで、中身を解読できるかどうかは本人次第だし……。
特殊文献は国が押さえているだろうから、その点で言えば大丈夫……なのかも?
やや釈然としない気持ちを抱えながら、書店を離れて歩みを進める。
次に目に付いたのは、『簡易治療受付中』という立て看板が掲げられた露店だった。
露店といっても商品は一つも並んでおらず、一人の男性と錬成陣があるだけ。
男性の隣には、小銭が入った缶が置いてあった。
「あれは?」
「ああ、あれは羅針協会で行われている修行の一環だよ。
町の人達の軽い怪我を、自分で組んだ錬成陣で治すんだ。例えば、すり傷や捻挫などだな」
「修行? ……露店を開くのが?」
「そうだ。貰ったチップの量と患者のサインで相対的なスコアを計り、優秀な成績を修めた会員には表彰と金一封が送られる。もちろん、チップは全額本人のものだ。
過去には、これでスラムを抜けられた会員もいるよ」
「へえ……」
それは確かに良い修行かも。そう素直に感心する。
……さっきの初代会長の言葉といい、少なくとも表向きは真っ当な組織……なのか?
「けれど、全員がその修行をしているわけではないでしょう?
怪我の治療は生体錬成に当たりますけど、アレってかなり難しいじゃないですか。
人体構成とか、患者に合わせた調整とか……。そういうのが苦手な人はどうするんですか?」
「その点も問題ない。ほら、見るといい」
アルバートが指差したのは、アクセサリーや雑貨を販売する露店の数々だった。
よく見ると、どれも看板や屋根にコンパスのようなマークが描かれている。
……そう言えば、さっきの『簡易治療受付中』の立て看板にも同じマークがあったっけ。
「羅針協会のシンボルが入った露店は、全て修行中の会員が開いているものだよ。
生体錬成に適性がある者は先程の簡易治療を、それ以外は得意分野を活かした錬成物の販売を行っている」
「ほうほう」
「協会は貧困層の支援を積極的に行っているが、同時に自立を促すことも大切だと考えている。
露店修業はその第一歩なんだ」
「……なるほど……」
露店の人達は、真剣に……だけど、とても楽しそうな顔で錬成や販売を行っている。
彼らが錬成した商品を見て、目を輝かせるお客さんが大勢いる。
……もしも、私もあの中に入れたら──。
「いいなあ」
自然と、そんな呟きが漏れた。
まだ、羅針協会に対する疑念が全て晴れたわけじゃない。
それでも、目の前の光景はとても眩しくて。
「いつか君も、同じ場所に立てるようになる。……羅針協会に加入すればね。
行こう。会長が君を待っている」
「はい」
アルバートの背を追って、夢のような光景を後にする。
……なお。
羅針協会に辿り着いたのは、それから三時間後のことだった。
方向音痴ならそう言ってよね!!
ところで、本作とは直接関係のない話となってしまいますが……。
先日、荒川先生の最新作である『黄泉のツガイ』のアニメ化がとうとう発表されましたね!
単行本勢ですが、本当に嬉しいです!!
製作陣もボンズかつFA版の関係者が既に複数人おり、私としては信頼感しかありません。
今からアニメが楽しみすぎて震えています。
まだ原作を読んだことがない人は、あえてアニメを初見にするのもアリだと思います。
本当に、度肝抜かれるくらい面白いので……。
あまりにも嬉しいのでここで語らざるを得ませんでした。申し訳ございません。
ですが、ハガレンとは別軸の面白さがあるので、皆様もぜひ読んでみてください。
7/24追記 お知らせ
いつも拙作をお読みいただき、本当にありがとうございます。
大変心苦しいご報告となりますが、最近体調が悪化しており、思うように執筆が進められない状況が続いています。
命に関わるような深刻なものではありませんが、まずはしっかり体調を整えることを優先させてください。
なので今週は休載とし、しばらくの間は回復の様子を見ながら不定期更新とさせていただきます。
更新を楽しみにお待ちくださっている皆様には、ご心配とご迷惑をおかけしてしまい誠に申し訳ございません。
少しでも早く元気を取り戻し、また定期的に作品をお届けできるよう努めていくので、どうか気長にお待ちいただけますと幸いです。
今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。