【書籍化】人類滅亡寸前ゲーム世界で自分を犠牲に敵を倒してたら、みんなが病んでいた   作:雨雲ばいう

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10 モブ、博士の探求に困り果てるⅡ

「あれ、オレはいったいなにを……」

 

 ズキズキと痛む頭に、オレは瞳をひらけた。とたん、顔にむかって照らされている眩いライトに目を細める。

 

 どこだ、ここは。どう考えてもオレのベッドではなかった。

 

 そうしてオレが起きあがろうとしたその時だった。オレは手足がまったく言うことを聞かないことに気がついた。指ひとつだって曲げられやしないのだ。

 

 さらに、オレはなにやら机にベルトであちこち縛りつけられている。

 

 まるで猛獣を捕えているかのようなその厳重さに、オレは目をまるくした。ほんとうにいったいなにがあったんだ。

 

 たしかオレはアルハンゼン先生にもらったコップを飲んで、そして……。

 

 なるほど、あそこで薬を盛られたわけか、そうかそうか。オレはようやくすべてを思いだして、うんうんと頷いた。

 

 いや、冷静でいられるか。

 

「先生―――! アルハンゼン先生―――!」

 

「叫ぶことはないと考える。拙はここにいる」

 

 オレが叫ぶと横からにょきっとアルハンゼン先生の顔が飛びだす。ただし、まるで死神のようなゴツゴツとした毒ガスマスクをつけていた。

 

「あの、これはいったいなにをしているんでしょう」

 

「すでに話したと考えるのだが。ミッカネンは拙にとってただひとつ信頼のできるヒトである、ならば今後とも拙が探求を続けるためにもかわりが求められる」

 

 アルハンゼン先生が語ったことは実に単純なことだった。

 

 オレは軍から逃げたい、アルハンゼン先生はそのかわりに信じられる上官が欲しい。そのためにはどういう人なら己が信頼できるか調べなければならない。

 

 今のところアルハンゼン先生はオレをもっとも信頼しているので、オレを調べることで己の信頼の源を知ることができるはずだ。

 

 そういう考えらしかった。

 

「そのため、手数をかけるがしばらくはミッカネンに軍を辞めてもらうわけにはいかないと考える。かわりが手に入るまで、頼めるだろうか」

 

「わかった、そのかわり後に軍を辞めるのを嫌と言うほど手伝ってもらおう」

 

「もちろん、承知している」

 

 話し終えたアルハンゼン先生は心なしか眉尻をさげている。

 

 イスファーナの時と違い、軍を辞めるのを嫌がっているとかそういう風ではないらしい。これなら軍からの追放の手伝いもしてくれそうである。

 

 初め薬を盛られたとビクビクしていたが、これなら気にしなくともよいだろう。胸をなでおろしたオレはアルハンゼン先生のなすがままになることにした。

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

 アルハンゼン先生は慌ただしくラボを駆けまわっている。

 

 いったい先生がなにを試しているのか、フラスコやらの器具を目にしてもまったくわからないオレは退屈だった。

 

 そのままぼんやりとラボをながめていると、ベチョリと湿った音が耳に入ってくる。思わず目をやると、赤黒いぶよぶよとした肉がシャーレに落とされていた。

 

 アルハンゼン先生がメスで斬りわけたそれに、嫌な気がする。思い違いでなければ、戦地で嫌というほど目にしている気が……

 

「その肉のかたまりはなんなのだ」

 

「ミッカネンの腸である、より正しくはその肌から育てたコピーと言うのがよいと考える」

 

 息がとまる。なんだ、それは。

 

 知らないうちに肌からサンプルをとられ、己の肉を生みだされる。そんな冒涜が、狂気があるだろうか。

 

 そんなオレを気にするそぶりもなく、アルハンゼン先生はバラバラにした肉を試験管に入れて実験を続けている。

 

 そんなアルハンゼン先生にオレは震えながら問いかけた。

 

「オ、オレの腸を調べてなんになるというのだ」

 

「すくなくとも拙がミッカネンに信頼をおく訳がその腸にないことがわかる」

 

 なにを言っているのかオレにはわからなかった。常識があれば人が人を信じるのに腸とかを疑うなんて馬鹿なことをするわけがない。

 

 アルハンゼン先生はオレよりもはるかに賢い学者なはずである。

 

「君がオレを信じられることとオレの腸はまったく違う話だ、それぐらいわかって……」

 

「わからない、わからないのである! なぜ拙がミッカネンを信じることができるのか、その訳がわからないのである!」

 

 いきなり怒鳴りながら、アルハンゼン先生は手のうちのフラスコを机にたたきつけた。砕けたガラスが悲鳴をあげながら床に落ちていく。

 

 アルハンゼン先生の浅黒い肌に炎のように赤い血が滴った。

 

「ああ、貴重なサンプルが無駄になってしまった。困ったことになったのである」

 

 ほけたようにアルハンゼン先生が呟く。やがてその瞳がミッカネンにべっとりと食いついた。

 

 マズい、実にマズい気がする。オレは身をよじらせた。

 

「ミッカネン、すまないがさらにサンプルを頂けないだろうか」

 

 アルハンゼン先生の手もとで、メスがきらりと光る。恐怖のあまりオレは薬のことも気にせず、歯を食いしばってベルトをひきちぎった。

 

 アルハンゼン先生から遠ざかりながら、冷や汗をたらす。

 

「い、いやアルハンゼン先生、それはすこしばかり嫌なのだが……」

 

「だが、そうしなければ拙は頼れる者がほかにいない。頼れる者がほかにいなければ、ただひとり信じられるミッカネンを軍から逃がすわけにはいかないと考える」

 

 まるでどこまでも続くトンネルのような闇の瞳が、オレを捕えて逃がさない。ああまた馬鹿なことをしてしまったのだ、オレは激しく悔いた。

 

 モルグレイドに話をした時にもっと考えておくべきだった。

 

 アルハンゼン先生はどうみても正気ではなかった。まるで病気のように、人が誰かを信頼するのはその身のどこかにその源泉があるからだと思いこんでいる。

 

 これではアルハンゼン先生の言う信頼の源などみつかるはずがない。

 

 それでは困る、オレは今すぐ軍を辞めたいのだ。初めから上手くいかないとわかっているアルハンゼン先生の探求につきあっていたら命がいくつあってもたりない。

 

 イスファーナの時から学んだことがある。

 

 こういう風になってしまったメンバーに話をしようとしても無駄だ。時をおいて頭を冷やしてもらうしかない。

 

「すまない、オレはここで失礼させてもらう」

 

 オレはラボの扉にむけて駆けだした。暗い瞳のアルハンゼン先生とすれ違う時、耳もとにぼそりと呟かれる。

 

「しかたがない、と考える。手段を問うてはいられぬ、と考える」

 

 アルハンゼン先生が壁にすえつけられた鉄のレバーをおろした。

 

 とたん、毒々しい緑のガスがラボに流れてくる。このためにアルハンゼン先生は毒ガスマスクを、ようやくわかったオレはとっさに口を腕で守った。

 

 だが、それでもどんどんと気が遠のいていく。

 

「ぐっ、くそ」

 

「無駄であると考える。ただの綿の布ではこのガスのおおよそ0.10%も防ぐことができないと考える」

 

 アルハンゼン先生はそう語りながら、床に倒れこんでしまったオレの腕を口から退けた。息をとめていられるはずがなく、思いきりガスを口にしてしまう。

 

 脳を侵したガスはオレに苦しいほどの快楽をもたらした。床でもがき苦しむオレを、アルハンゼン先生は冷たい瞳でみくだす。

 

「しかし、ミッカネンが己の言葉を守ることができぬとは考えなかった。やはりさらに厳重に捕まえておかなくては、探求を深めようにも深められぬのである」

 

 ああ、これはもう逃げられない。ぼんやりとした頭で、すべてを諦めかけたその時だった。

 

「おい、凡人。ここにいるのか」

 

 イスファーナがラボの扉をたたく音がした。

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

「イスファーナか、だがここにはミッカネンはいないと考える。なにやら話をしにきたかと思うと帰っていってしまったのである」

 

 アルハンゼン先生が涼しい顔でまったくの嘘を口にする。その手がオレの口をふさごうとしたその一瞬、オレは残った力で叫んだ。

 

「オレはここだ! 助けてく、モグッ!」

 

「すまない、実験のために生け捕りにした妖精が暴れている。イスファーナは気にすべきではないと考える」

 

 じたばたと暴れるオレをアルハンゼン先生がおさえつける。

 

 ほんとうなら軍人とはいえただの学者であるはずのアルハンゼン先生に力で負けるはずがない、となるとあの緑のガスはよほどの劇薬だったのだろう。

 

「っ、扉よ吹き飛べ!」

 

 ギリギリと叫びながらラボの奥まで飛んでいった扉から、イスファーナが踏みこんでくる。アルハンゼン先生が舌うちをした。

 

「……さすがにあんな嘘を信じてもらえるとは考えていなかったのである」

 

 

 

 

 

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