【書籍化】人類滅亡寸前ゲーム世界で自分を犠牲に敵を倒してたら、みんなが病んでいた   作:雨雲ばいう

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11 モブ、博士の探求に困り果てるⅢ

「っ!」

 

 床に転がされているオレを目にして、イスファーナの瞳に怒りの炎が燃え盛った。

 

「このうっとうしい毒め、とっとと去れ!」

 

 イスファーナが怒鳴り、緑のガスがかすれていく。そのままラボにズンと足を踏みだしたイスファーナは叫んだ。

 

「そこのフラスコども、あの気違い博士をミッカネンから遠ざけておけ!」

 

「実に、困ったことである!」

 

 アルハンゼン先生はギリギリと歯ぎしりしながら後ろへと飛んだ。ラボのあちこちから集まってきたフラスコの山がアルハンゼン先生を追いたてる。

 

 だが、そのすべてが宙で砕かれた。アルハンゼン先生の背後から、重々しく巨大なスピーカーがつきだしてくる。

 

 アルハンゼン先生がぎょろりとイスファーナをにらみつけた。

 

「拙の作った兵器、No.27である。妖精の脳を遠くからぐちゃぐちゃにすることができるので、人もたやすく殺すことができる」

 

「それで、そのガラクタをわたしにみせて貴様はなにが言いたい」

 

 イスファーナが嘲るように笑う。アルハンゼン先生はまるで怒りをおし殺しているかのようなやけに静かな口調で、イスファーナに語りかけた。

 

「拙は、ミッカネンと話をしていた、イスファーナは求められていないと考える。ならばここで退けばイスファーナに害はない」

 

「たしかにこの凡人は気に食わんが、それでもわたしが従う上官ということには違いない。ならば救うなと指図する貴様にこそいわれがないのではないか」

 

 こつこつと歩いてきたイスファーナはオレを背後にかばうようにしてアルハンゼン先生とむきあう。それを目にしたアルハンゼン先生は口をぽかんとあけた。

 

「おかしい、これは道理にかなわぬと拙は考える、おかしい!」

 

 もともとぐしゃぐしゃだった黒髪をさらにかきむしって、アルハンゼン先生はどんよりとした瞳をオレにむける。

 

「なぜだ、と拙はミッカネンに問いかける! 拙はミッカネンの求めに従って信頼のよりどころを探求しようとしただけだろう!」

 

「おい、凡人。貴様なにをした」

 

 狂ったように叫ぶアルハンゼン先生に、イスファーナはオレをぎょろりとにらんだ。気まずくていたたまれないオレは目をそらしながら呟く。

 

「……た、ただ君に話したようなことをアルハンゼン先生にも頼んだだけだ。軍を辞めたいから追放を手伝ってくれ、と」

 

「貴様、救いようのないほどの馬鹿だな。死んだほうがいいんじゃないか」

 

 あきれたような目のイスファーナが、軍靴でオレの頭をぐりぐりと踏んだ。

 

 べつにオレはそのような好みはないが、今ばかりは文句が言えるような身でもない。己の無能を思い知らされていたので甘んじて踏みつけられるままでいた。

 

 そんなオレたちを目にして、アルハンゼン先生がガチガチと歯を鳴らす。

 

「ほ、ほかのメンバーにも頼んだのかと拙は疑っている。まさか、ミッカネンのほかに誰も信頼できない拙をおいて逃げようとしているのではないかと疑っている」

 

 メガネの厚いレンズが軋んでいた。アルハンゼン先生の瞳から光が失われる。

 

「……もしそうならば、拙はもはや正気ではいられないと考える」

 

「っ、そこに転がっている扉、わたしの盾となれ」

 

 アルハンゼン先生がぼそりと呟いたその時、イスファーナの顔が厳しくなった。

 

 ひとりでに飛びこんできたラボの扉が、イスファーナとアルハンゼン先生とにはさまる。そして一瞬の後、蜂の巣にされた。

 

 アルハンゼン先生の背後で銃口がひとつ白煙をあげている。

 

「大妖精すらも吹き飛ばす散弾、拙の兵器No.35である。脅しとして、死にたくなければイスファーナはミッカネンを拙にまかせるべきと考える」

 

「たかが学者ごときが、魔術の天才たるわたしに勝負をしかけるか。思いあがりもここまでくるといっそ美しいな」

 

 イスファーナが不敵に笑った。

 

 アルハンゼン先生が顔をうつむかせる。ラボのあちこちから鉄や木、結晶でかたちづくられた兵器の群れが顔をのぞかせた。

 

「No.18。大気焼失」

 

 アルハンゼン先生がそう呟くと、イスファーナのまわりの風がチリ、と焦げる。一瞬の後、なんの先触れもなく爆風がラボを吹き荒れた。

 

 イスファーナがいるところの大気が赤熱し、蒸気がたちのぼる。

 

 ラボのあちこちに隠されたレーザーが集まることでありとあらゆるものを燃やしつくす兵器、それがNo.18である。ただの人ならあっというまに焼け焦げたはずだ。

 

「すでに、命じてある。炎も風も、わたしの身を傷つけることはできない」

 

 だが、それごときで殺せるほど狩人は甘くない。

 

 煙のなかから、すこしも焦げていないきれいなコートがはためく。イスファーナはまるでネズミを追いつめる猫のような残虐な顔をしていた。

 

「言っただろう、学者ごときにわたしは負けないと」

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

「No.15! イスファーナを撃ちぬけ!」

 

 アルハンゼン先生が叫ぶとともに、ラボの戸棚がひらいて羽虫のような針の群れが飛びだしてくる。その先は毒でも塗られているのか、つやつやと輝いていた。

 

 とても銃では撃ち落とせないほどちいさなその兵器を、しかしイスファーナは鼻で笑う。そして、その哀れな兵器たちに冷たく命じた。

 

「わたしを殺そうなど不敬がすぎるぞ、折れろ」

 

 たった一言。それだけでアルハンゼン先生の兵器は封じられる。

 

 ひとりでに折れていく針の兵器たちは床に転がって静かになった。続きの兵器を呼びだそうとするアルハンゼン先生に、イスファーナが踏みこむ。

 

「学者とやら、いいかげんにしようではないか。そこで跪いて黙っていろ」

 

 アルハンゼン先生が、地に膝をつける。己の身ですらも従えることができなくなったアルハンゼン先生は激情をこめた瞳をイスファーナにむけた。

 

「兵器をわたしに襲いかからせることを禁ずる。そのような命を下そうとしない限り、口をひらくことを許してやろう」

 

「……イスファーナは地獄でくたばるべきだと考える」

 

 イスファーナをじろりとにらみつけるアルハンゼン先生だが、すでに負けたようなものだった。イスファーナが忍び笑いをする。

 

「まあ、ろくに戦いもしない学徒にしてはなかなか努めたほうだ。この魔術の天才が讃えてやろうではないか」

 

 アルハンゼン先生はたしかに妖精学の権威であり、それの殺りくについてはオレたちより優れた人だ。だが、それは生粋の狩人と戦って勝てるということではない。

 

 魔術でいつも妖精たちと戦地で戦っている狩人と、ラボにこもって妖精を殺すための兵器を作る学者肌の狩人では、どちらが勝つかは初めからわかっていたのだろう。

 

 アルハンゼン先生の魔術が、己の抱いた疑いについて閃くことができる、という戦いというよりは探求のためのものであることも災いしただろう。

 

 ひとたびそうした武闘の狩人の魔術炉に火が入ってしまえば、アルハンゼン先生に勝ち目はなかった。

 

「む」

 

 ガスでとめられていた己の魔術炉が働きだしたのに気がつく。

 

 ようやく魔術をつかえるようになったオレは、起きあがるとともに己の身に残っていたガスの影響を追いだした。

 

「すまない、イスファーナ。実に助かった」

 

「これは大きな借りになるな、凡人。これしきの易いことで天才たるわたしを働かせたのだからそれなりに報いはなくてはならない」

 

 イスファーナがニヤニヤと嫌らしい笑みをしている。こちらを嘲るその瞳に、しかし救われたかたちのオレはなにも言えなかった。

 

「それで、なにをすればよい」

 

「そ、そのだな。……すこしだけでいいから、また鎖をつなげさせろ。ただ病みつきになっただけだ、へんなことは考えるなよ」

 

 もにょもにょと頬を赤くして馬鹿みたいなことを口にしたイスファーナにげんなりする。しかたなしに頷くと一瞬だけパアッとイスファーナが嬉しそうに笑った。

 

 すぐにいつもの人を馬鹿にする顔にもどったが。

 

「アルハンゼン先生、まずは謝っておく。よく考えもせずに頼みごとをもちかけてすまなかった」

 

 跪かされたままのアルハンゼン先生に、しゃがみこむ。

 

「だが、あれはいくらなんでも……」

 

 ゴトリと、となりから重い音がした。嫌な気がしてふりむくと、まるで糸がきれたドールのようにイスファーナが倒れこんでいる。

 

「おい、イスファーナ!?」

 

 駆けよって抱き起こすと、息はあった。

 

 胸をなでおろすオレの背後に、影がさす。イスファーナの魔術の縛りがなくなったアルハンゼン先生が、音もなくオレをみつめていた。

 

「なにをした、アルハンゼン先生」

 

「イスファーナが死んでほしくないというのなら、拙の話を聞くべきだと考える」

 

 アルハンゼン先生が、笑った。ぐちゃぐちゃと兵器たちがラボを蠢いてオレたちをうかがっている。

 

「常識を、己の知識を疑うというのは学問における礎である。ゆえに、拙は軍が常に拙を守ってくれることすら疑わなければならないと考えた」

 

 アルハンゼン先生は、先ほどまでの狂気が嘘のように静かな口調だった。

 

「No.0とは拙のみが知る兵器であり、このオグダネル城跡に暮らすすべての兵の脳に潜む細菌である。これは、拙に不可逆な害をなそうとした時に働く」

 

 アルハンゼン先生がオレの胸もとをつかんで耳にささやいてくる。それはまるで死神のように静かで冷たかった。

 

「つまり、ミッカネンが従ってくれなければ、拙はいつでもイスファーナの息の根をとめることができる。なにをすべきかはわかりきっていると拙は考えるが、どうか」

 

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