【書籍化】人類滅亡寸前ゲーム世界で自分を犠牲に敵を倒してたら、みんなが病んでいた 作:雨雲ばいう
「どうした、凡人。わたしの顔をジロジロとみるな、不敬だろう」
「……いや、そうだな。すまない」
いつものように戦地で暴れた帰りのトロッコ、首をかしげるイスファーナからオレは目をそらした。あの時のことはすっかり忘れているようだ。
あの時、オレはアルハンゼン先生の言いなりになるしかなかった。
それは、アルハンゼン先生がオレを信じられる訳を知るまでオレの身を好きにいじらせるというもの。もしこれを守らなければあの細菌でメンバーを殺すそうだ。
イスファーナにはアルハンゼン先生が薬を盛って記憶をうばっている。
魔術によるものではないからひょんな時に思いだすかもしれないが、その時はまたあの兵器で気を失わせることができるらしい。
つまり、オレはアルハンゼン先生にすべての逃げ道を閉ざされた。
オレが暴れようが誰かに助けを求めようが無駄だ。オレはいついかなる時でもカードを握られている。
そうして、今もアルハンゼン先生はオレをじっとみつめていた。
「ミッカネン、わかっているのか」
「わかっているとも。だからへんなことは考えるな」
アルハンゼン先生がほの暗く笑う。なにも知らないイスファーナはそんなオレたちを疑わしいと思ったのか眉をひそめていた。
◆◆◆◆◆
「ミッカネンはすぐにベッドに横になるべきと考える。さあ、はやく!」
軍務を終えたばかりのオレをラボに連れこんで、アルハンゼン先生は冷たい瞳で指図する。訳がわからなかったが、オレは従うほかない。
そうしてベッドの上のオレに、アルハンゼン先生は指をはわせた。
「ずっとこうしたかったのである。倫理とか、軍規とか、この世にはあまりにも探求を妨げるものがありすぎると考える。これで、ようやく……」
アルハンゼン先生がオレの手をとって頬をすりつける。うっとりとしたその笑みはオレを心から脅えさせた。
それからしばらく、アルハンゼン先生の言う探求につきあう。
肌にちいさな傷をつけられて血を採られたり、口の奥をのぞきこまれたり、よくわからない心理テストのようなものをやらされたり。
「ふん、ふん、ふーん」
鼻歌を口ずさみながら、アルハンゼン先生は実に楽しそうにしていた。
「これまではミッカネンはろくに拙にその身を許してくれなかったのであるから、この時を逃すわけにはいかないと考える」
ニコニコとしながら語ることはどれもオレには初耳で、だらだらと嫌な汗が額を伝っていく。アルハンゼン先生の言う信頼、それは思っていたよりも深いらしかった。
「拙は長さ、重さ、そのほかすべての基準をミッカネンにおいているのである。この世でただひとつ疑わないでいられるものはミッカネンしかいないのであるからな」
おつらえむきなことに、このゲーム『妖精たちの狩人』にはメートル法がある。たとえばグラムやリットルという考えはこの世にもあるのだ。
だが、アルハンゼン先生は違うという。
それらすべてを信じられなかったアルハンゼン先生は、オレの背たけや飲み水を基準としてゼロからすべての理論を組みたてているというのだ。
「これまで学会では誰も話を聞いてくれなかったのである、悔しいのである。だが、論文の大賞を六年もとり続ければいつかは、と考えるのである」
ミッカネン法と名づけたそれを、アルハンゼン先生はオレの知らぬところで布教しているらしい。しかも、優れた学者たちの集まる学会で、である。
恥ずかしいやらでオレは顔をひきつらせた。
「そ、それはどうかと思うがな。オレだってメートル法のほうが親しみがあるというか、だからそのミッカネン法とやらはもうやめて……」
「断る。拙が信じられるのはミッカネンのみである」
床を踏みぬいて、アルハンゼン先生は怒りをあらわにする。
黙って実験を始めてしまったアルハンゼン先生に、オレは頭をかかえた。いったいオレのどこがそれほど絶大に信頼されるべきなのか、訳がわからない。
それからその日は、オレがアルハンゼン先生にミッカネン法とやらを教えてもらうので終わってしまった。
◆◆◆◆◆
いったい、この暮らしがいつまで続くというのか。
たりないものがあるとアルハンゼン先生が去った後のラボで、オレはため息をついた。いったいアルハンゼン先生はどうしてあそこまで狂ってしまったのだろう。
思えばオレもあんまりアルハンゼン先生と話してこなかった。
上官として、パーティーリーダーとしてずっと嫌われようとしてきた。メンバーと親しくせず、ただ戦地を駆けまわってきた。
だが、もしかすると違っていたのかもしれない。
オレがすべきだったのは、メンバーの話をよく聞くことだったのかもしれない。そうすればアルハンゼン先生の歪んだ信頼にも気がつけたかもしれなかった。
それに、気になることはそれだけでない。
日を追うごとに、アルハンゼン先生の探求はエスカレートしていた。初めはまともにオレがなぜ信じられるかを調べていたが、どうも今はおかしい。
なにやら倫理ギリギリ、いやどう考えてもアウトな話をするようになった。
オレの脳みそをとりだしてそれをコピーすれば果たしてどちらがオレだと言えるのだろうかとか、人が生きるのにその身は求められるのかとか。
怖くてなんとも言えない問いかけばかりされる。
もしもここで頷いてしまえばアルハンゼン先生のことだ、そのまま信じて暴走してしまうに違いない。ゲームのバッドエンドよりもひどい末路が目にみえていた。
ベッドに腰かけたまま肩を落とす。
その時、オレはふと淡いピンクの花びらがラボを舞っていることに気がついた。どんどんと飛んでくるその花びらは、どうやら扉の下をすりぬけてきているらしい。
そんな魔術を、オレは良く知っていた。
「まさか、モルグレイドなのか」
「まったく君も困ったリーダーだ。さしもの僕でもこんなに厳重に守られたラボに忍びこむのには気をつかうんだからね」
耳もとで鈴を鳴らしたような声が聞こえる。
花びらが集まって、人影を作りだした。やがてオレの目と鼻の先に、あきれた顔のモルグレイドが現れる。
「やあ、君の大好きでしかたのないモルグレイドさんだよ」
そうして、にやりと笑った。
「モルグレイド、ありがとう!」
「なっ、きゃっ! き、君、いきなりなにをするんだ!?」
今のオレの心は、地獄にたらされたクモの糸がきらりと光るのを目にしたに等しかった。喜びのあまりモルグレイドに飛びついてしまう。
しばらくして乱れたかっこうのモルグレイドが頬を赤くしながらジト目でオレをにらんできた。
「やっぱり君は女の子の敵だ。これではっきりした」
「す、すまなかった。会いにきてくれたのが嬉しくてつい……」
「はぁ、そんなんだからこんな困ったことになるんだよ」
モルグレイドが深いため息をついた。
かと思うと、なにかを思いだしたかのようにいきなり厳しい顔になる。そして、オレの肩をつかんできた。
「と、今はそれどころじゃない。君、先生が今なにをしようとしているか知っているかい」
「いや、なにもへったくれもなく今まさに探求の糧にされているところなのだが」
オレが目をまるくしていると、モルグレイドが無言でデコピンをおみまいしてくる。額をおさえながらジタバタするオレに、モルグレイドは言いすてた。
「先生は君をつれて銃後のラボにひっこませろとアグラシュタインに訴えている。もし上手くいって連れてかれたら、閉じこめられてもう日の光はみれないだろうな」
その言葉は静かにオレの背筋を伝って脳に染みこむ。いよいよマズいことになったことを肌からビンビンと伝わってきた。