【書籍化】人類滅亡寸前ゲーム世界で自分を犠牲に敵を倒してたら、みんなが病んでいた 作:雨雲ばいう
ごそりと、イングラシウスが起きあがった気がした。
ベッドのそばの机につっぷしたオレは気づかれないようにそっと瞳をひらく。また命を絶とうとしているのではないか、そう気が気でなかった。
窓からさしこむ月の光が、しんしんとその姿を照らす。
そうしてオレが目にしたのは、泣きながらただひたすらに神に祈りを捧げるイングラシウスだった。
もはや音を奏でることはなくなったその唇がなにかを口ずさんでいる。その指がなぞるのは手にした聖書の一節で、オレでも知っている一文だった。
神よ、あなたを信じられぬわたしの罪を許したまえ、堕ちていくわたしから目を背けてくだされ。
神に背いた古の大王の言葉である。
もっぱら犯してしまった罪の告白に語られるその一節を恐らく口にしているのだろう。瞳を閉じて跪くイングラシウスは、まさしく神聖な牧師そのものであった。
声にならない嗚咽が聞こえてくる。
いったいイングラシウスはなにを恥じているのだろうか。なにについて神の許しを乞うているのだろうか。オレにはわからないことだらけだ。
そうして一晩ずっとイングラシウスは神に祈っていた。
◆◆◆◆◆
今日も今日とて、イングラシウスはベッドのすみに座りこんでいる。オレはダイニングホールからくすねてきた新聞を読みながらめげずに話しかけ続けていた。
「む、オレの故郷はもう竜が飛んでいるらしい。たしかにこの冬は暖かかったからな、冬眠も短かったのだろう」
「……」
「そういえば妖精の大攻勢で壊されていたサリウス教の大聖堂がようやく建てられたらしいぞ。また生きて銃後に帰れたら目にしてみたいものだ」
「……」
「ははは……」
沈黙が痛い。静かな暗闇にオレの乾いた笑いが響いた。
いくら話しかけてもイングラシウスは顔をうつむかせたままだ。ああやってずっと猫背でいて辛くはないのだろうか。
チクタクとやけに大きな音を奏でている秒針を目にして、オレはそろそろ戦地にむかわなければならないことに気がついた。
「イングラシウス、軍務の時だ」
ようやくイングラシウスがその顔をあげる。
いく筋も乾いた跡が走る頬が震える。まるで国を滅ぼしてしまった大罪人かのような暗い顔つきで、イングラシウスがたちあがった。
なぜか、あいかわらず軍務だけは気にかけているようである。
オレはイングラシウスの後に続いて扉をくぐった。銃を手にした兵たちが慌てた顔つきですぐそばを駆けぬけていく。
あちこちにパイプが走り、いくつもの扉で守られているここオグダネル城跡はゲームのマップでもそうだったように迷路のように入り組んでいた。
それはとりもなおさず、人類がここの防衛にかける不退転の思いの証であった。
オグダネル城跡は、妖精の森と人の国とを結ぶとても細い地峡にある街を一望できる山の上にある。この城跡を手にしたほうが戦の先手を握ることができるのだ。
ゆえに城跡のうちの道も曲がりくねっていて一気に占領されないような工夫がこらされている。弾薬も人の手であちこちまで運ばねばならない。
とかくオグダネル城跡は目指すところまで歩いていくのも困難というわけである。
地下のトロッコの駅までいくつもの石段を降っていく。狩人ならともかく、ただの兵には昇り降りだけでかなりの修練になりそうな厳しさだ。
ほら、今だって木箱を運んでいる砲兵の足がもつれている。
オレたちとすれ違うその兵をハラハラしながら目で追うと、思ったとおり踏み違えて転げ落ちかけようとしていた。
木箱がなげだされ、入っていた砲弾が飛んでいく。
まったく防衛のためにしかたがないとはいえ、あのガンギマリショタもすこしは昇降機とかつけることを考えてもいいのではないか。
そんな遅きに失したことを考えながら、オレは後続の兵の頭にぶつかるところだった砲弾をすべて手でキャッチして集める。
終わりに飛んできた木箱を頭にのせながら、オレはまわりに目をやった。
「む、ほかに落ちていった砲弾はないか」
「い、いえありません。助けていただきありがとうございます」
兵と狩人とはもちつもたれつだ。狩人だけでは戦地すべてをささえることなどできないし、兵だけでは倒せない妖精もいる。
それでなくても傷を負う者はいないほうが好ましい。
「も、もうしわけございませんでした!」
『(^-^)/イエイエドウイタシマシテ』
足をすべらせた兵のほうはイングラシウスが抱きとめたらしかった。
人の目がある時は、イングラシウスもあかるい笑顔をふりまいてくれる。まるで兵たちの抱く聖人という幻想を崩さないように気をはらっているかのように。
だが、その死んだ魚のような目だけはそのままであった。
『o(^-^)oガンバッテクダサイネ』
「はい、ありがとうございました!」
砲兵のキラキラとした瞳にイングラシウスはにっこりとほほ笑みかける。そのまま兵たちが登っていくのを目にしてから、オレのところまで歩いてきた。
「それじゃ、いくぞ」
「……」
オレのほかに誰もいなくなったとたん、また黙りこむ。果たしてどちらのイングラシウスがほんとうなのか、オレはわからなくなった。
誰にでも優しさをふりまく聖人の顔か、ベッドにうずくまる死人の顔か。
だが、イングラシウスが人を助けようとする優しい心があることだけはたしかなのだ。それだけはオレは己の目を疑っていない。
晩に神に祈っていたあの苦しげな顔つきもまた、その優しさからきたものなのだろうから。
◆◆◆◆◆
アルハンゼン先生につれられてシャワーにむかったイングラシウスの一室はガラリとしていた。牧師らしく実に質素な暮らしをしていたのだと知ることができる。
灰に閉じたベッドや机に混じって、唯一華やかなのは祭壇のみ。
サリウス教の神はたとえ誰であろうと人を救えと説く。水に飢えた人がいつ助けを求めてもよきように、そう語った神にあやかったカップが祀られていた。
オレは信心深いほうではない。
というか己が死にたくない一心で戦地から逃げようとするオレなどサリウス教に背くどころか唾を吐きかけているようなものだろう。
それに、その教えもあまり好んではいなかった。
サリウス教が盛んなこのゲームの世では戦友たちが己の命を人のためにといって簡単にすりつぶしていく。それが、オレは大嫌いでしかたがなかった。
まあ、そんなことをイングラシウスにぼやくほど馬鹿でもない。メンバーには知られないよう己の思いはそっと秘している。
上官というのも苦労するものだ。
そんな風にとりとめのないことを考えながら祭壇をながめていたオレは、ふとその下の棚から布きれが顔をのぞかせていることに気がついた。
しまう時にはみだしてしまったのだろうか。
きちんとうちに入れてやろうとオレは棚に手をかけた。恐らくは牧師としてサリウス教にまつわるものをここにしまっているのだろう、そんなことを考えながら。
それはとんでもない思い違いだった。
「おいおい、なんだこれは……」
口にするべき言葉がみつからない。まさに絶句しながらオレは後ずさった。
なにか幻でも目にしたのかもしれないと、恐る恐るふたたび棚をのぞきこむ。だがそこにある現実は冷たくオレを嘲笑するばかりだ。
かつての世で、アイドルのグッズに飽きたらずそのゴミを漁ってコレクションするストーカーのファンが捕まったなんてニュースを聞いたことがある。
その時はそんな恐ろしいことをする人がいるのかと思っていたが。
「まさかオレがそういう目にあう日がくるとは思わなかったぞ」
オレはため息をついた。
もうこれはどうすればよいのかわからない。びっしりとオレの絵やらシャツやらが飾られた棚から目を背けながらオレは頭をかかえた。
これからどんな顔をしてイングラシウスと話をすればよいのだろう。いや、そもそもイングラシウスがなにを考えているかもっとわからなくなった。
うんうん悩んでいると、がたりと扉から音がする。
慌ててふりむいたオレが目にしたのは、青い顔をしてこちらをみつめるイングラシウスだった。