【書籍化】人類滅亡寸前ゲーム世界で自分を犠牲に敵を倒してたら、みんなが病んでいた   作:雨雲ばいう

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02 モブ、天才の乱心に苦しむⅠ

 なにかがおかしい。これまで妖精との戦いで数えきれないほど死にかけたオレに言わせてみれば今のイスファーナは大妖精レベルに恐ろしかった。

 

 オレは本能に従ってここまでの話は冗談ということにする。

 

「も、もちろん嘘だとも。このオレが戦地から逃げだすなど考えるはずがあるまい」

 

「はははは。そうか、嘘か。この天才たるわたしが、貴様のような凡人の虚言で心を乱してしまうとはな」

 

 イスファーナが笑いながらポーンの駒を手にとろうとした。が、その震える手でつままれた駒は悲鳴をあげながら砕かれてしまう。

 

「ふむ、おかしいな」

 

 首を傾げるイスファーナは壊れてプログラムが狂ったロボットのようで、恐怖に震えるオレはすぐさま後退することにした。三十六計逃げるにしかず、である。

 

「まったくイスファーナと話していると時を忘れてしまうものだ。困ったことにそろそろ報告書を終わらせなければならないのでね、ここで失礼させてもらおう」

 

「そうか、凡人でも楽しめるよう易しい話をしたおかげかな」

 

 今やイスファーナはすべてのポーンの駒を砕き終えていた。オレは作り笑いを顔にくっつけたままそそくさと談話室を後にしようとする。

 

「……馬鹿にするのもいいかげんにしろ」

 

 ゾッとするほど冷たい声が、背後から聞こえた。

 

 腕をつかまれたかと思った時にはすでに床に転がされる。いつもの人を馬鹿にするような笑みがぬけ落ちたイスファーナがオレに馬乗りになってきた。

 

 頬に手をそえられ、力づくでその血のように赤い瞳にのぞきこまれる。

 

「……」

 

 そして、オレの顔をみつめたまま黙りこんだ。そのハイライトを失った瞳に脅えながら、オレはなぜイスファーナがこんなに激怒しているのか悩んだ。

 

 そもそもイスファーナもオレが嫌いだとか殺したいとか言っていたではないか。

 

「……」

 

 イスファーナはまるで石になったかのように黙りこんだままだ。

 

「お、おい。退きたまえ」

 

 しびれをきらしたオレは震えながらも勇気をふり絞って上官ぽく命じてみる。だがイスファーナがオレの言葉を聞いているかは実に疑わしかった。

 

「……許すものか」

 

「その、なんと言ったのだ」

 

 なにやらぼそりと呟いたのだが、声がちいさくてまったく聞こえない。

 

「わたしを残して逃げるなど許すものか、貴様はわたしとここで一生をともに戦って終えるのだ! 逃げだしても死んでも一人にはさせんぞ、後を追ってやる!」

 

 あ、これは駄目なやつだ。

 

 ギリギリと歯を噛みしめながら怒鳴りつけてくるイスファーナにオレは穏やかにやりすごすことを諦めざるをえなかった。

 

「おい凡人、わたしの話を聞いているか!」

 

 どう考えても今のイスファーナと話ができるとは思えない。こういう時は軍人らしく暴力に頼るほかないのだ。

 

「失礼する」

 

「……な、え、へっ?」

 

 オレはイスファーナの首に手をまわして、そのまま力をこめた。ちょうど抱きしめられるかたちとなったイスファーナは怒りのあまりか一瞬顔を赤くする。

 

 その隙をついてわたしは首に手刀を落とした。いわゆる首トンである。

 

「きゅう……」

 

 ここがゲームでよかった、こんな現実にはありえない技も上手くいくのだから。気を失ったイスファーナを談話室のソファに腰かけさせて、オレは逃げた。

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

 しばらくロッカールームに隠れていたオレは、電灯が暗くなったのを目にしてノソノソとベッドに帰ることにする。

 

 まったく、今日はひどい目にあった。

 

 肩を落としながらオレは談話室でのいさかいを考える。オレとしては夢みる「追放」を叶えるためのちょっとした思いつきだったのに、あんなことになるとは。

 

 イスファーナの赤い瞳に燃え盛っていた怒りを思いだしてブルリと震えた。

 

 だいたいイスファーナもイスファーナだ。たかが軍を辞めたいから「追放」してくれと頼んだぐらいであんなに怒らなくてもいいだろう。

 

 まあ、明日になったらさすがにイスファーナも頭を冷やしているに違いない。またいつもの人を馬鹿にするような笑みでこちらを罵ってくるはずだ。

 

 そんな風に楽観しながら、オレは扉をひらいた。

 

「……ずいぶんと遅かったではないか。貴様、どこで道草を食っていた」

 

 ベッドに金髪の天才さまが腰かけている。オレは気が遠くなっていくのをこらえながら、声を絞りだした。

 

「なんで、ここに……」

 

「貴様は己の言葉すらも忘れるほどの馬鹿か。談話室で話があると言ってきたのは貴様だ、まだ終わってないぞ」

 

 イスファーナがその赤の瞳を闇のなかで輝かせながらゆっくり歩いてくる。恐怖にかられてオレはたまらず嘘八百を口にした。

 

「わかった、オレはもう軍を辞めようとすることも君に追放してほしいと頼むこともない。これで話は終わりでいいか」

 

 だが、その歩みはとまらない。そうしてオレの目と鼻の先までやってきたイスファーナに脅えるあまり、目をそらしてしまったその時だった。

 

「すまなかった」

 

 おおよそプライドがエベレスト山ぐらいあるイスファーナが口にするとは思えない言葉に、思わず顔をあげてしまう。

 

「あれからわたしも頭を冷やしてな。我を忘れて激情に頭を占められるなど、らしくないことをしてしまった。己の未熟を恥じ入るばかりだよ」

 

 あれ、これはもしかしてハッピーエンドでは?

 

 顔をうつむかせてしおらしくしているイスファーナを目にするのはこれが初めてだった。ほだされてオレも頭をさげる。

 

「いや、こちらこそ冗談とはいえあんなことを口にしてすまなかった。これからは気をつけるよ」

 

 よかった、これで明日からはいつものイスファーナになってくれるだろう。

 

 オレは心のうちでほっと胸をなでおろした。そもそもイスファーナは賢いやつだ、冷静になればそんなに怒ることでもなかったと気がついてくれたに違いない。

 

 ガチャン。

 

「ん?」

 

 いきなり鉄の重苦しい音が響く。

 

 オレは恐る恐る手首に目をやった。たぶん大逆の罪人でもこんなゴツいのはつけないんじゃないかなと思うほどの手錠がオレにかけられている。

 

 そしてその鎖はそのままイスファーナの手首につながっていた。

 

「おい、イスファーナ。これはいったい……」

 

「考えたのだよ、やはりわたしは貴様に甘すぎたのではないかとな。こうすれば貴様も軍を辞めるなどと愚かな考えは一生できないだろう」

 

「」

 

 手錠でオレとつながったイスファーナは暗く笑った。そういえば瞳のハイライトはずっと失われたままである。

 

 あまりの驚きに脳がなかば死んでいたオレは慌てて口をひらいた。

 

「つ、つい先ほどに逃げないとそう言ったではないか!」

 

「信じられるか。これからは貴様が逃げださんよう常に目を光らせておくことにした。せいぜい光栄に思うがいい」

 

 そんな言葉ではいそうですかと頷けるはずがない。これで話は終わりとばかりにオレのベッドに潜りこんでいくイスファーナの肩をつかむ。

 

「そ、そんなことできるはずがない……! そもそもこんな鎖でつながれてはオレはろくに剣をふるうこともできんではないか!」

 

「うるさいな、これだから凡人は困るんだ。妖精と戦う時ははずしてやるから、それで文句はないだろう」

 

 オレの死にもの狂いの訴えをくだらないとばかりにイスファーナはあくびをする。だが困ることはほかに山ほどある。

 

「し、しかしオレにも君にも嫌なことはあるだろう。寝る時だって遠ざかれないし、たとえば手洗いとかシャワーとかはどうするのだ!」

 

「ベッドはおなじにすればよい。それにわたしは凡人の粗末なアレを目にすることぐらい気にせん」

 

 オレは絶句してしまう。それではオレだけの時というものがほぼなくなってしまうではないか。

 

「だが……」

 

「黙れ、さっさとベッドに入れ」

 

 なおもすがりつくオレにイスファーナがみせたのは、人の考えをどうとも思っていない暗い瞳だった。

 

「……」

 

 しぶしぶベッドに入る。顔をあげるとイスファーナの血のような瞳がじっとオレをみつめていた。

 

 こんなもの寝られるわけがないだろう。

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