【書籍化】人類滅亡寸前ゲーム世界で自分を犠牲に敵を倒してたら、みんなが病んでいた   作:雨雲ばいう

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20 牧師がモブに瞳を焼かれた日

 イングラシウスは親を知らない。

 

 生まれた時、イングラシウスは教会の修道院にいた。親は妖精に殺されたのか知らないが、はした銭で売られたとのことだった。

 

 ほかの子どもと一緒に、イングラシウスはサリウス教のほかはなにも知らずに育てられる。ずっと修道院に閉じこめられて、散歩も許されなかった。

 

 かわりに、そこの牧師たちはサリウス教の教えを説いた。

 

 人を愛し、己をかえりみず、困っている人を救いなさい。

 

 まるで呪文のように夕食の時、礼拝の時、就寝の時、ありとあらゆる時にその教えを唱える。牧師たちはその教えは命にかえてでも守るべきだと言った。

 

 イングラシウスがみっつの時、信徒になるための鍛錬がはじまった。

 

 いつか人のためにその身をなげうてるよう、子どもたちは死への恐怖を失わなければいけないと考えられた。だから、痛みを気にしないように、と。

 

 爪をはがされた。

 

 泣いたら怒鳴りつけられた。生肉がはがされる激痛を味わってもなお、イングラシウスたちは聖書の一節を唱え続けることが求められた。

 

 人を愛し、己をかえりみず、困っている人を救いなさい。

 

 サリウス教を心から信じているのであれば、己の苦痛など世の苦しみにくらべればどうでもよいはずだ。今もこの世のどこかで妖精に人が殺されているのだから。

 

 だから、どれほど痛めつけられてもなにも悲しんではいけない。

 

 骨を折られた、ナイフで肌を斬りきざまれた、胃がふくれあがるまで水を飲まされた、それでもイングラシウスたちは笑った。

 

 笑って、聖書を唱えた。

 

 人を愛し、己をかえりみず、困っている人を救いなさい。

 

 はじめ百は数えた子どもは、これで五十となった。残った子どもたちも傷だらけで、イングラシウスは喉をつぶされて口がきけなくなっている。

 

 牧師たちはうんうんと頷いた。すでに己をかえりみる心を欠いた子どもたちを神の賜りものだと讃えた。

 

 続いて、子どもたちは困っている人を救えるようにならねばならないと考えられた。いくら己をかえりみないと言っても、ただの子どもでは人は救えないのだから。

 

 かつてサリウス教の伝道師たちが信徒を守るために伝えたという拳法を教えこむ。ただの手で木の幹すらもえぐりとれるように。

 

 だが、それだけではたりない。

 

 牧師たちは鋼の心が求められると考えた。人を救うとなると時に辛い判断をしなければならない、その時に手が鈍ってしまってはいけない。

 

 まずは飼っていた犬から。

 

 子どもたちが生まれてからずっと遊んできた犬を、殺させた。キャインキャインと悲鳴をあげる犬の耳をちぎらせ、足をひっこぬかせ、頭を砕かせた。

 

 ここでも泣いた子どもはぶたれた。飯をぬかれた。

 

 子どもたちはいつだってサリウス教の教えに粛々と従わなければならないのだ。笑って、聖書の教えを唱えなければならないのだ。

 

 人を愛し、己をかえりみず、困っている人を救いなさい。

 

 いよいよ子どもたちはすばらしい神の臣下となろうとしている。牧師たちは喜び勇んで終わりのしあげにとりかかることにした。

 

 子どもたちを殺しあわせるのだ。

 

 ほんとうに心から神の教えを信じ人を救うのをいとわないのであれば、かりにそれがともに泣き笑って生まれ育った友であっても手にかけられるはずである。

 

 それができれば、子どもは正に神の道を極めるのだ。

 

 修道院が赤の血に沈んだ。子どもの頭があちこちに転がっている、ついでに殺しあいに飛びこんだ牧師も笑いながら死んでいた。

 

 五十いた子どもはたったひとり、イングラシウスだけとなった。

 

 修道院長が嬉し泣きする。初めあんなに未熟だった子どもが、こんなすばらしい信徒に育ってくれるとは、親がわりとしてこれほどの幸せはないだろう。

 

 さあ、妖精どもを殺しつくすのだ。

 

 修道院長は己の首を喜んでさしだしながら、呪いをかける。妖精の群れにひとり飛びこみ、暴れまわって殺しつくし、終わりに死ねと。

 

 妖精の手によって滅びかけている人類を救う。

 

 それこそが修道院長の願いであり、イングラシウスにかせられた一生とけることのない重く暗い呪縛の願いであった。

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

 その後、イングラシウスがどこを旅して戦地までたどりついたかは知らない。だが、妖精との戦いのさなかにイングラシウスは軍に入りたいとやってきた。

 

 妖精の猛攻にさらされて猫の手も借りたいぐらいの軍であったが、しかし妖精の死肉にまみれて黙りこくって戦うイングラシウスを恐れる者もいた。

 

 あんな狂人がいれば軍はおかしくなってしまう、ああも己をかえりみずに戦われてはろくに妖精も殺せずに死んでしまうだろう。

 

 そう嘆く軍人に、ついにアグラシュタインはイングラシウスに縛りをかけた。

 

 これからもいくらでも好きなように戦ってもらってかまわない、軍も飯とベッドをあたえる。ただし、ミッカネンのパーティーに入れと。

 

 イングラシウスにとっても願ったり叶ったりである。

 

 ミッカネンは狩人のなかでも信じられないほど困難な軍務についている。ここながらば己の呪縛が果たせるに違いない、そう考えたのだ。

 

 結論から言うと、それは違っていた。

 

 ミッカネンのパーティーは文字どおりけた違いだった。厄災の妖精すらも軽々と倒せてしまう。イングラシウスが身をなげだすような時はまったく訪れなかった。

 

「ふむ。君が死にたいと言うのはいいが、べつにそんなことをせずともこのパーティーが負けることはないぞ」

 

 イスファーナの命が大地を震わす。アルハンゼンの兵器が戦地を炎の海にする。モルグレイドの花びらが妖精を枯らす。

 

 狂信者たちの考えたイングラシウスの教えにそった死は、叶いそうにない。狩人の英雄たちの背はあまりにも遠かった。

 

 そして、なによりミッカネンがうっとうしいのだ。

 

「どうした、ろくにモノも食っていないのか。それではオレがアグラシュタインに叱られるだろう、オレを救うと思ってだなせめてパンぐらいは食っておけ」

 

「なるほど、チェスをしたことがないとな……。人助けが好きなのだろう、オレのひまつぶしにつきあってくれ」

 

 一人になる時はほとんどなかった。

 

 いつだってミッカネンが話しかけてきて、むりやりイングラシウスを連れだす。修道院にいた時には知らなかったこの世の楽しみを教えてくれる。

 

 それは、大罪であった。

 

 人を愛し、己をかえりみず、困っている人を救う。

 

 神に心から従わなければならないイングラシウスは、遊びで楽しんだり喜んだりしてはいけない。いつも頭は人を救うことだけを考えていなければいけないはずで。

 

『ドウシテツキマトウノデスカ』

 

「メンバーと親しくするのは上官の務めだ。それに、君のその顔つきはあまり好まないからな、それは心では笑っていないだろう」

 

 文句を口にしても、怒りを露わにしても、ミッカネンはかわらずイングラシウスに話しかけてくる。それはまるで背教に誘う妖魔のようで、恐ろしくて。

 

 でも、あれだけ神に捧げたはずの心がゆらぐのが己でもわかった。

 

 生まれてからずっと殺してきた心が、もっとミッカネンと話していたいと叫んでいる。とっくのとうに死んだはずの情が、首をもたげる。

 

「ようやく笑ったではないか、そっちのほうがずっとましだ」

 

 チョコレートなるものを初めてもらって口にした時だった。

 

 ミッカネンがやわらかく笑いながら、イングラシウスの頭をなでてくる。生まれて初めての甘味に頬がゆるんでいたイングラシウスは、泣きそうになった。

 

 こんなことは許されないのだ、神の教えに背いている。

 

 このままでは堕ちてしまう。もっと生きていたいと、幸せになりたいと考えてしまう。こんなもの、正しいサリウス教の信徒ではないのに。

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

 今日もイングラシウスは神に祈りを捧げる。

 

 己が命でもって人を救うという教えを守れていないことを、あまつさえこの日々を楽しんでしまっていることを、己の大罪を告白するために。

 

 祈りの時もずっとミッカネンの笑顔のことを考えてしまうのだ。神への祈りで埋めつくされたはずのイングラシウスが、なぜかミッカネンを考えてしまう。

 

 どうか、わが罪をお許しください。

 

 教えに背き、ミッカネンという善き人に醜い恋をしてしまっている、この馬鹿でくだらないイングラシウスをお許しください。

 

 この背教者を、お許しください。

 

 ふとした時にここでの暮らしを楽しんでしまう己が恥ずかしくて悔しくて、イングラシウスは堕ちかけの己を呪うのだ。

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