【書籍化】人類滅亡寸前ゲーム世界で自分を犠牲に敵を倒してたら、みんなが病んでいた 作:雨雲ばいう
軍人になると、金は貯まっていくばかりである。
なにしろオグダネル城跡にいる限りマズいとはいえ飯もベッドもついてくる。狩人の給金がかなりの額であることを考えると、なおさらである。
だが、このオグダネル城跡にも売店がないわけではない。
おもに銃後から運ばれてきた食べものや酒などを売っていて、常に死ととなりあわせの兵にとって気を休めることのできる貴重なところだった。
イスファーナのくれたチョコレートもここで売っていて、さらにはモルグレイドの好きな果実もある。冷凍もできないためべらぼうに金がかかるが。
だが、そこでしか手に入らないのだからしかたがない。買い占めた果実を腕にかかえながら、オレはモルグレイドの扉をたたいた。
「ミッカネンだ、入っていいか」
「どうぞ、まったく君はみょうなところで気がきくんだから」
踏み入ったオレが目にしたのはベッドにくるまって荒い息をしているモルグレイドの姿だった。
◆◆◆◆◆
「病気なのに、あいかわらず果実しか口にしないとは。それでは治るものもの治らんと思うのだが」
「うるさいなあ、僕は果実と紅茶だけで生きていけるって………ごほっ、ごほっ!」
よほど飢えていたのか、モルグレイドはオレの運んできた果実に飛びつく。
むせるモルグレイドの背をあきれながらさする。まったく、口が乾いていた老にいきなりクルミの実を口に入れればそうなることはわかりきっていただろう。
しばらくして息をととのえたモルグレイドはそのまま毛布をかぶった。
「ん」
「まったく、しかたがないな」
顔だけ毛布からひょっこりとのぞかせてオレをじっとみつめるモルグレイドにオレはしかたなくそばのブドウを手にとった。
銀紙をはがしてみずみずしいブドウの粒をその口に放りこむ。
モルグレイドは口をもぐもぐさせるとしばらくしてまた口をひらいた。手のかかるやつだ、鳥にパンクズをやるかのような思いでオレは果実を食わせていく。
モルグレイドのやつは昔からこうなのだ。
初めオレと二人だけでパーティーを組んでいた時から、こうやって病気になりがちだった。とくに大きな戦いがあった後はしょっちゅうだ。
そして、そういう時はひどく甘えんぼうになるのだった。
「ん、もうブドウは飽きた」
「それじゃイチゴでも食っとけ」
ベッドの枕もとに座るオレにモルグレイドがもたれかかってくる。軍医にでもかかればいいのに、それだけは嫌がるんだから困ったものだ。
しばらくしてオレの一ヶ月ぶんの給金を食いきったモルグレイドはようやく一息ついたようだった。淹れたての温かな紅茶をすすっている。
「それで、上手くイングラシウスの呪縛はとけたのかい」
「知ってたのか」
「もちろんさ、僕はこうみえて目ざといんだよ。それに僕はかわいい女の子の友だからね、メンバーにはいつだってエールをしているのさ」
未だ赤い顔で、モルグレイドがひきつったような笑顔をうかべる。病気なのにどうして無茶をするのか、オレはその肩をつかんで倒した。
「おやおや僕を食べちゃうつもりかい。男は狼っていうけれど病に苦しむ女すら手ごめにするとはミッカネンもなかなか……」
「黙って目を閉じていろ。起きていたらよけいに辛いだろう」
ふざけたことを口にしているモルグレイドに毛布を頭からかぶせる。さすがにこりたのか、モルグレイドはまたベッドに潜りこんでいった。
「そろそろ失礼する。いいか、しっかり休むんだぞ」
しばらくしてオレが去ろうとした時だった。ベッドからのびたモルグレイドの手がオレのすそを握りしめる。
「ごめん、お願いだ。もうすこし手を握ってて欲しいかな、なんて」
恥ずかしそうに頬を赤らめながら、モルグレイドはささやいた。
ほんとうに実に手のかかる戦友だ。オレはため息をつきながらどこか嬉しそうなモルグレイドの手を握りしめた。
◆◆◆◆◆
「……それでオレはどうするべきか悩んでいてな。イングラシウスのやつ、このころはもはやためらわなくなってきて、オレがトレイに残したスプーンを……」
モルグレイドを寝かしつけるついでに今かかえている悩みを話す。そうしてしばらくしてから、オレはかすかに寝息が聞こえてくるのに気づいた。
「ようやくお休みか」
熱にうかされているモルグレイドをオレはみつめる。
思えばこいつとは長いつきあいだ。初めて会ったのはオレが狩人になってから一ヶ月ほどたってからか、それから十年ほどオレたちは背を預けあって戦ってきた。
だというのに、オレはあまりモルグレイドのことを知らない。
いったいどこで生まれたのか、どう育ってきたのか、なぜ果実しか口にしないのか、なにもかもわからない。モルグレイドはあまり己を語らないのだ。
そのせいで、オレは恥ずかしいことにそのゲッシュすら知らなかった。
今のところパーティーでもっとも親しいと言えるメンバーだが、果たしてモルグレイドもそう思ってくれているかはわからない。
だからか、オレはずっと追放してくれと頼むのを後まわしにしていた。まったく読めないのだ、モルグレイドがオレの頼みを聞いてなにをするのか。
初めイスファーナに追放の話をしたと言った時もケラケラ笑うばかりでなにを考えているか目にすることはできなかった。
だから、モルグレイドにだけは頼まなかった。
だが、イングラシウスもアルハンゼン先生も、イスファーナですらオレを嫌ってはいなかったのだ。今さら追放などしてくれるはずがない。
「そもそも追放されるのを狙うというのがおかしな考えだったか。これでは軍を辞められそうにないな」
ぼそりと諦めの言葉が口からこぼれ落ちる。
ゲームのシナリオで唯一生き残ることのできたモブ、その功績にあやかってオレはこれまでずっと軍から追放されようと努めてきた。
だが、そもそもそんなことをアグラシュタインは許してくれるだろうか。
恐らくモブが軍を辞めることができたのは、あのガンギマリショタがプレイヤーキャラの才能にうすうす気づいていたからだ。
人類が勝つためにはプレイヤーキャラの力が求められていて、それとくらべた時にモブの狩人としての腕はどうでもよいと考えられた。
だからあのガンギマリショタは狩人がひとりいなくなることを許した。
だが、今このオグダネル城跡にはプレイヤーキャラはまだ訪れていない。つまり、アグラシュタインがオレを逃してくれるか疑わしいところがあった。
これまでずっとゲームの知識だけで追放さえされればいいと言い聞かせてきた。それさえできれば銃後で穏やかに暮らせるのだと。
だが、それはほんとうに正しいのか。
プレイヤーキャラはいないし、さらにオレが辞めることによる人類の妖精との戦争におけるプラスはなにもない。
もしかすると、初めからオレの考えかたが駄目だったのかもしれなかった。よく考えればあのガンギマリショタがオレを戦地から逃してくれるはずがないのだ。
「……もう追放されるのは駄目かもしれんな」
そう、オレがすべてを諦めようとした時だった。
「まだそれははやいんじゃないかい」
モルグレイドを握りしめていた手がひかれる。思わずそのまま倒れこんでベッドにおおいかぶさるかたちとなったオレはその静かな青の瞳に魅入られる。
モルグレイドが、まるでこちらを誘うかのように妖しく笑った。
「君は軍を辞めたいんだったね。いいよ、僕がその願いを叶えてやるさ。幸いなことにアグラシュタインを黙らせる手は知っているんだ」
まるで大海のように深いその瞳に目をそらすことができない。オレの頭を胸もとにかき抱きながら、モルグレイドはささやいた。
「僕が、君を追放してあげるよ」