【書籍化】人類滅亡寸前ゲーム世界で自分を犠牲に敵を倒してたら、みんなが病んでいた   作:雨雲ばいう

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26 モブ、旅人の追放を断るⅣ

「モルグレイドが人ではないとは、どういうことだ」

 

 アルハンゼン先生の言葉に、オレは眉をひそめる。たしかにこの世のものとは思えないほどの美人であるが、モルグレイドは手も足も顔だってついている人だ。

 

 アルハンゼン先生がなにを言いたいのかオレにはわからなかった。

 

「拙がミッカネンを脅しつけて馬鹿な探求に勤しんでいた時、ラボでミッカネンはモルグレイドに話しかけられた、そうかつて教えてくれたな」

 

「それがどうしたと言うのだ」

 

「ありえないのだ、モルグレイドが人ではありえないのだ」

 

 アルハンゼン先生はイスファーナの乱入を踏まえて、ラボに数々のセンサーをとりつけ人がそばにいればすぐに知らせがいくようにしていたらしい。

 

 だというのに、アルハンゼン先生はモルグレイドがラボに入ったことにまったく気づかなかった。すべてのセンサーは正常に働いていたのにもかかわらず、である。

 

 オレは首を傾げた。それは、ただモルグレイドがセンサーにひっかからなかっただけなのではないか。

 

「気がついたのは、拙がミッカネンに叱りつけられて我にかえった後である。ラボのセンサーを調べていた拙はおかしなことを知ったのである」

 

「わからないな。センサーは誰かがいるとわかればアルハンゼン先生にすぐに伝えるようになっているんだろう、ならなんでその時に気づかなかったんだ」

 

「それは、人のセンサーの話である。拙が後に調べたのは妖精のセンサーだった」

 

 アルハンゼン先生の言葉に、ぞっと背筋に冷たいものが走った。だんだんとその話がいきつく先がみえてきてしまう。

 

 妖精のセンサーはあくまでモルモットとして実験していた妖精のためのもの。だから、モルグレイドが調べるまで気がつかなかった。

 

「たしかにあの時、ラボには妖精がもう一人いたのである。そして、それはミッカネンの話を信じるならばモルグレイドしかありえないと考えられる」

 

 つまり、アルハンゼン先生が言いたいこととは。乾いた口をむりやり動かして言葉を紡ぐ。

 

「モルグレイドは妖精だと、そう言いたいのか」

 

 アルハンゼン先生が静かに頷いた。

 

「拙はミッカネンを信じているのである。ゆえにこの先の話を聞いて拙の考えが正しいかどうか判断して欲しいと考える」

 

 アルハンゼン先生はその後、己の考えをさらに実験していくことにした。

 

 オレがモルグレイドに、イングラシウスに追放の話をするかどうか聞いていた時もそうである。アルハンゼン先生は手もとの紅茶と果実に試薬を潜ませていた。

 

「気づかれて、一口もしなかったのである。女の敵め、爆ぜろと叱られもした」

 

 だが、とアルハンゼン先生は続ける。手もとの試験管をゆらしながら。

 

 絶好のチャンスはオグダネル城跡を去るその一瞬にあった。どうしてか常より気が散っていたモルグレイドから、肩をたたくついでに毛をぬくことができたのだ。

 

「そのサンプルをもって、拙はさまざまな実験をしたのである。すべての結果は髪の毛が妖精のものであるという証であった」

 

「……それは、信じるしかないな」

 

「ならば、モルグレイドは妖精なのである」

 

 アルハンゼン先生はそう己の探求を締めくくった。

 

 オレからは乾いた笑みしか飛びだしてこない。センサーの話だけならまだしも妖精学の権威たるアルハンゼン先生が髪の毛を調べたのだ、疑いようがなかった。

 

 おかしいと気づくべきだった。

 

 人は果実と紅茶だけでは生きてはいけない、肉を食わずとも飢えずにすむものなどオレはひとつしか知らないはずだというのに。

 

 ゲッシュを教えてくれないのではない、そもそも妖精だからゲッシュなどいらないのだ。魔術を手にするのにゲッシュが求められるのは人の話なのだから。

 

 すべて、モルグレイドが妖精である証だったのだ。

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

 アルハンゼン先生が眉をひそめる。

 

「ミッカネンは驚いていないのであるか。拙は、これまで信じてきたメンバーがその実妖精だと聞いたミッカネンはかなり心をゆさぶられると考えていたのである」

 

 言ってくれる、と心のうちで苦笑する。

 

 もちろん大いに驚いているとも、人だと信じていた古くからの友がこれまで命がけで殺しあってきた妖精の類だと知って気を失いそうだ。

 

 だが、かわらないこともある。

 

「いや、単に絶句しただけだ。だが、妖精だとしてもモルグレイドは戦友であることには違いない」

 

 そうだ、モルグレイドはかわらずオレの友である。

 

 この妖精との終わりのみえない戦いをずっと肩と肩をならべて戦ってきた。命を救い救われ、いつだって背を預けることのできた頼れる女だった。

 

 ならば、オレのモルグレイドへの思いが違うことはない。

 

「それで、オレはモルグレイドを救うためになにをすればよい。教えてくれ」

 

「わかったのか」

 

「君の背後の兵器の山を目にすれば友の悩みを今の今まで気づくことのできなかったオレのような馬鹿でもわかる。戦わなければならないのだろう」

 

 驚いた顔のアルハンゼン先生は、やがてふっとやわらかい笑みをうかべた。

 

「いや、それでこそ拙の信じられるミッカネンであると考える」

 

 アルハンゼン先生が語ったのは、心を口にしなかった妖精の末路だった。

 

 これまでの実験で、妖精は心を糧にしていることがわかっている。そして、その心を絶てば絶つほどさらに力を手にして狂暴になっていくことも。

 

 そして、終わりには飢えてみさかいなく暴れ、そのまま死んでしまうのだ。

 

 その終わりは文字どおりけた違いの暴れぐあいらしい。ただの妖精が大妖精に、大妖精が厄災ほどの力を手にするほどに。

 

 妖精は年を重ねるごとに求める心に終わりはなくなっていく。まるで穴のあいたバケツに水をそそぐように、心を絶えずあびなければ死んでしまうようになる。

 

 ほんとうならば戦地で山ほど死んでいく兵にありついて、そんな目にあう妖精はいないはずだった。それこそ実験でお膳だてをしなければ目にかかれないほどに。

 

 だが、モルグレイドは違う。

 

「モルグレイドが後どれほど飢えをしのげるかは知らないのである。だが、あれほどの魔術の妖精が、これまで脳を食らわずに求められる心を口にできたとは思えぬ」

 

 アルハンゼン先生が問いかけてくる。

 

「時にモルグレイドは病にかかっていたはずだ。拙はそれを飢えの現れと考える」

 

 道理で軍医にかかろうとしないはずだ、オレはギリリと歯を食いしばった。あの馬鹿やろう、そんなことも教えてくれないほどにオレは頼りなかったか。

 

 モルグレイドは心を口にできずにどんどんと飢えていっているはずだ。

 

 そしていつかは欲望に負けて暴れだす、と。そこまで考えて、オレはこのパーティーの追放劇の背景に思い至って舌うちをした。

 

 恐らくはモルグレイドはアグラシュタインを脅したのだ。

 

 オレを銃後にいかせない限り、このオグダネル城跡でその暴走をしてやると。あのガンギマリショタはかわりにこう口にしたに違いない。

 

 わかった、そのかわり死ぬ時は妖精の森に深く踏み入って、そこで暴れろと。

 

 モルグレイドほどの力をもった妖精が狂暴になって死すらも恐れずに暴れると、恐らくは数年の時が稼げる。そのうちにもっと優れた狩人を育てればいい。

 

 ガンギマリショタのやりそうなことだ。

 

「ありがとうアルハンゼン先生、おかげでやらなければならないことがわかった」

 

 腰のロングソードをなでる。たしかにオレは己の命惜しさにいつも戦地から逃げることしか考えない恥知らずだ。

 

 戦友がなにか困っていそうなことはうすうす気づいていながら、それでも穏やかな銃後での暮らしに心が負けてしまった。

 

 だが、それでも譲れないものがある。

 

「軍を辞めるのは、また後でもできるからな」

 

 流石に十年も生死をともにした戦友を殺してまでぬくぬくと生きるなんてことができるほどオレは馬鹿じゃない。そんな己をオレは許せない。 

 

「いくつの軍法に背くことになるやら。これは終わった後に実に困ったことになりそうだ」

 

「まったくそのとおりである。拙も実に困った上官をもったものだと考える」

 

「……べつにアルハンゼン先生まで巻きこむつもりはないぞ」

 

 どうやらついてくるつもりらしいアルハンゼン先生に、オレは気後れする。

 

 王都の優れたラボなど喉から手がでるほど欲しいだろうに、それでもアルハンゼン先生はオレをみつめてにやりと笑った。

 

「好きにまとわりついてこいと言ったのはミッカネンなのである。それに、二人きりでの逃走はすこし楽しそうだと考える」

 

「っ、すまんな」

 

 オレが思わず頭をさげたその時だった。

 

「っ、この学者もどきが! そこの凡人はわたしの上官だ、ラボにこもりきりの学徒風情ではなくこのわたしがついていくべきだろう!」

 

「なぜイスファーナがいるのであるか。今は実にいい流れであったのだからとっとと帰って欲しいのである」

 

 オレの下宿の扉がひらいて、怒り心頭といった顔でイスファーナが飛びだしてくる。そのままオレにしがみつくとアルハンゼン先生をにらんだ。

 

 どうやら、今夜はすでに家に忍びこんでいたらしい。

 

 続いて、ガサガサと音をたてて木からイングラシウスが転がり落ちてくる。その手に握っていた歯ブラシを慌てて隠すと、スケッチブックをかかげた。

 

『( ・・)ノコノ拳ヲフルウ時ガキタトオ聞キシテ 』

 

 どうやらあいかわらずストーカーされていたらしい。道理でやけに歯ブラシがずっと新しいままだったわけだ。

 

 それにしてもまあ、オレは良きパーティーをもてたものである。オレはすこし嬉しくなりながら敬礼した。

 

「頼りない上官ですまない、これから数えきれないほどの軍規に背くことになるが、それでもオレについてきてくれるか」

 

「なにを今さら、貴様は天才たるわたしが誇る唯一の上官だ。ただ命じればいい」

 

「探求のためには時には虎穴に飛びこむ勇気も求められると考える」

 

『( ̄  ̄)ゞモトヨリ、ドコマデモ一緒スルツモリデスカラ』

 

 ここに、軍の指揮の下から逃れた新たな狩人のパーティーが組まれた。

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