【書籍化】人類滅亡寸前ゲーム世界で自分を犠牲に敵を倒してたら、みんなが病んでいた   作:雨雲ばいう

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31 軍人が英雄に瞳を焼かれた日

 風のように逃げだしていくミッカネンから目をはなすと、ちょうど入れ違いに入ってきた軍人が眉をひそめた。

 

「あれでよろしいのですか、せっかく数年の時を稼ぐ絶好のチャンスだったというのに」

 

 若い佐官が本官に問いかけてくる疑問は、まったくもって人類が勝つことを考えすらしていなかった。本官はため息をつく。

 

「数年を稼いだとしてどうするのだ。モルグレイドに肩をならぶような狩人をろくに妖精との戦いもないのに育てられるとでも」

 

 もっと頭を働かせればわかることだ。

 

 そもそも長い戦争のうちで人類が妖精に優勢でいられているこの数年のほうが貴重なのである。

 

 そして、それらすべては人類の歴史のなかでももっとも優秀とされる英雄ミッカネンを筆頭とした今の狩人たちの腕のおかげでもある。

 

 今攻めなければいつ妖精たちに人類が勝てるというのだ。

 

 その貴重な駒をひとつ失って稼げるのがたった数年というのは、骨を折るだけでなんら手にするものがない馬鹿な考えである。

 

「で、ですが……」

 

「そもそも貴官は妖精の森のはしを吹き飛ばしてわずかな安穏を手にしたとして、いったいどれほどの油断を誘うと考えているのだ」

 

 王都の生温さには本官はさんざ嫌気がさしている。

 

 今は人類がこの命運をかけた一大戦争に勝つか負けるかという時だというのに、政治家や将軍どもは権力闘争にあけくれている。

 

 銃後を富ませるという戦略そのものはよいが、だからといって数年は妖精をしのげるという考えがどれほど人類を腐らせるか目にみえていた。

 

「どうせ狩人を育てるなどよりも醜い血肉の争いを始めるだけだろうよ」

 

 すくなくともその数年を人類が妖精に勝つための手をうつ時と考えないことははっきりしている。ならばこのままのほうがましというものだ。

 

「な、なるほど勉強になります」

 

「このぐらいのことはオグダネル城跡の士官ならきちんと考えておけ。そのぐらいのこともわからないようなら人類の足手まといになる」

 

 書類をうけとりながら、軍大学をでたばかりのその兵に苦言をこぼす。

 

「はっ!」

 

 敬礼をして遠ざかっていくその背に本官は静かにため息をついた。

 

 先ほど話したことは嘘ではないが、ほんとうの訳はほかにある。だが、そちらのほうは己でもあまりに馬鹿馬鹿しくて秘さざるをえないものだった。

 

 なぜ本官がモルグレイドを救おうとするミッカネンをとめなかったのか。それはミッカネンが英雄だからである。

 

 ミッカネンの戦いはかならず守られなければならない。

 

 初めてミッカネンという英雄を目にした作戦のことを思いだす。あの、すべてを諦めきっていた日のことを。

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

 電話線のむこうから、大隊長の断末魔が聞こえてくる。顔をひきつらせた兵が本官に敬礼した。

 

「今から大隊の指揮はアグラシュタイン殿に委ねられます」

 

 山に陣どって背後の街を守るはずの軍は、すでに崩れ落ちていた。五つもの厄災が攻めこんでくる、そんな悪夢におびただしい数の兵が死んでいっている。

 

 本官は絶望とふがいなさに震えた。

 

 軍の名門に生まれ、この命を人類が勝つために捧げると誓ったはずだった。だというのに、現実はまったく違っている。

 

 どれほど努力しようと、いまだ人類は後退し続けていた。

 

 銃器や砲弾を工作する人類にとって片手ほどしか残っていない工業の盛んなこの街を背水の陣として軍は戦うことにしたはずだ。だというのに、なんだこれは。

 

 ここが陥落すれば、もはや人類に滅びから逃れられる術はない。

 

「ははっ」

 

 絶望の戦地に焼け石に水の指揮をそれでも飛ばしながら、本官は乾いた笑いをこぼした。いいかげん己に嘘をつくのもいいかげんにしたらどうだ。

 

 そんな風にしていったいいくつの失ってはいけないはずの街から逃げてきた。

 

 背後の上級の司令部からすべての軍に後退の命が入ってくる。本官はその時、人類は敗北したのだと諦めた。ここからなにをしようと勝つことはできない、と。

 

 その責はすべてろくに人類を守れなかった軍にあるのだ。

 

 ならばその軍のために兵が死ぬことはない、一人でも兵が長く生きられるように努めるべきだ。本官はそうして地獄の後退作戦を指揮しようとした。

 

「大隊の指揮官はここにいらっしゃいますか」

 

 その時、血みどろになりながら狩人が転がりこんでくる。ミッカネンというらしいその遊軍の狩人が口にした言葉は、本官を絶句させた。

 

「ほかの隊が退くまで時を稼げなど、それは死兵になれと命じるもおなじではないか! そんな指揮を、この本官にくだせと貴官はよくもぬけぬけと!」

 

 激怒して狩人の胸もとをつかみあげる。ミッカネンはなされるままになりながら、口をひらいた。

 

「オレも、それはおかしいと思っています。だから、話があります」

 

 今、この大隊はその奮戦のおかげで軍のなかでもっとも妖精に食いこんだところに陣どっている。ゆえに、もっとも妖精の群れをつきぬけやすい。

 

「オレが一人でつっこみます。そして、五ついる厄災を背後から闇討ちしてみます」

 

 ミッカネンが口にしたのは、もはや作戦などとは言えないほど馬鹿馬鹿しい戦法だった。どう考えても上手くいかないことなど目にみえている。

 

 今の人類に厄災を殺すことのできた狩人は生き残っていない。

 

 それを、未だ新米であるミッカネンが五つも殺してまわるというのだ。たとえ赤子であっても笑い飛ばすであろう。

 

「大隊は戦っているふりをしてじりじりと後退してください。オレがつっこむだけで殿は勤められますから」

 

 だが、続く言葉にはっとする。

 

 この若き狩人は己の身を捧げてでも大隊を救おうと言っているのだ。たしかに今なら恐らく大隊のほとんどは死ぬにしても生き残る兵がいるかもしれない。

 

 それは狩人というものの貴重さを考えれば断らなければならない話だった。まともな指揮官なら頷くわけにはいかない。

 

 だが、そもそも人類は勝てない、すでに負けているのである。

 

 ならば、どうして狩人を残してまで大隊を潰さなければならないのか。本官は首を吊られることも承知の上でミッカネンの話に乗ることにした。

 

 たかが新米狩人がはやく死ぬだけだ、そう己に言い聞かせて。

 

 そうして、まるで鬼神のように妖精の群れにつっこんでいくミッカネンから目を背け、大隊の後退を始めようとして。

 

 本官は己の手が震えていることに気づいた。

 

 ほんとうに、これが本官の目指していた軍人の姿だというのか。未だ酒も飲めないだろう若者を死地におくりつけて生き長らえる、これが命を捧げたはずの軍人か。

 

 ミッカネンという狩人はあまりにも馬鹿だ。

 

 馬鹿すぎて、本官まで頭が狂ってきたようだった。軍大学から今までろくに撃っていないピストルを手にとる。

 

「大隊はそのまま後退を続けたまえ、本官はすこしばかり果たさなければならない責というものがある」

 

 そばの副官にそう告げて、本官は砲弾飛びかう戦地に足を踏み入れようとした。

 

「なにを考えているんですか、指揮官が一人で戦ってよいはずがないでしょう。そういうのは狩人のすることです」

 

「っ、それはそうだが」

 

 腕をつかまれてとめられる。

 

 苦しい顔をしてそれでも足を踏みだそうとする本官に副官はため息をついた。背後からにょきりとのびてきた副官の手にはこれまたピストルが握られている。

 

「せめてわたしがついていきますよ」

 

「おいおい、士官だけでつっこませると思ってんですか。俺たち兵卒がいなくちゃ戦争は戦えないですよ」

 

「伝令もいなければ困りますね。それぞれの隊がつながれないですから」

 

 雪崩をうったように大隊の兵たちが志願してくる。本官はその光景に目を疑った。

 

「なに、もう隠さなくてもいいですよ。今から後退しようたって大隊はほとんど死ぬんだ。だったらせめて一矢報いたい、そう思うのはおかしくないでしょう」

 

「あのミッカネンとかいう狩人の瞳、まっすぐでな。どうせ死ぬなら戦って妖精に指たてながらくたばったほうがマシってもんだ」

 

「っ、そうか。はは、ははははっ!」

 

 まるで気狂いのように笑う。そうして、本官は大隊旗を己の手で握りしめた。

 

 頭に焼きついたままなのはあのミッカネンという狩人の瞳の輝き、いまだ人類の勝ちを諦めていない、人類にしてはあまりにも希望にみちた光。

 

「これが大隊最後の命である、ミッカネンに続け」

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

 その日、どう考えてもろくでもない作戦とも言えないなにかに身を投じた大隊は、そのおよそ七割の兵が死にながらもミッカネンとともに妖精に勝った。

 

 誰もできるはずがないと信じていた、五つの厄災をすべて殺したのである。

 

 あの時に腕のなかで死んでいった副官の残したピストルをなでながら、本官はあらためてミッカネンのことを思う。

 

 軍大学にて、戦争というものは常に不条理がつきまとうものだと教わった。

 

 思ったとおりに兵が動き戦えるなら敗北はない。いくら優れた戦法があろうと終わりには天運のようなものが勝敗に入ってくるのだと。

 

 むろんそれをできる限り考えつくして戦うのが軍人なのだが。

 

 あの時、あそこから人類が勝てる道などひとつもないというのが、今も昔も本官の考えである。ならば、あの勝ちには軍略を越えたなにかがあったのだ。

 

「そう、たとえばあそこには英雄が一人いた」

 

 ぼそりと呟く。

 

 本官は己を優秀な指揮官と考えている。だが、妖精に人類が勝つために求められるのはそんなものではないのだ。

 

 不条理をひっくりかえし、不可能を可能とする英雄。

 

 ミッカネンがいるからこそ、人類は勝てる。それがこのアグラシュタイン・ローレライが下した結論であった。

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