【書籍化】人類滅亡寸前ゲーム世界で自分を犠牲に敵を倒してたら、みんなが病んでいた   作:雨雲ばいう

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04 モブ、聖女の独善に激怒するⅢ

「まあ、いらっしゃい。英雄ミッカネン、わたしとあなたの愛の巣へ」

 

 雨水が造りあげた洞穴のなかの湖で、聖女の妖精は優しくほほ笑む。だが、今のオレたちはそれどころではなかった。

 

 額から脂汗がたれる。ガンギマリショタを怒鳴りつけたい思いだった。

 

 いったいこうなるまで、なぜ気づかなかったのか。なんともおぞましく、怖気の走るような光景がそこにはあった。

 

 人が、絡みあっている。

 

 兵が、狩人が、街のパン職人が、教会の牧師が。みな白目をむいて、言葉にならない叫びをあげながらもつれあっている。

 

 その人の群れが湖岸をびっしりと埋めつくしていた。

 

「これは、いったいなんだ」

 

「楽園です。誰もが幸せに暮らすことのできる、天国です」

 

 聖女の妖精が胸をはって誇るように語る。

 

 ふざけるな、これのどこが幸せにみえる。魔術漬けにされて絶えず快楽を流しこまれ、聖女の妖精の口に入るその時までただひたすらに絶頂におぼれる。

 

 これは救世などではない、ただの牧畜だ。

 

「お気にめしませんでしたか、それならもっとみなさんを幸せにしましょう」

 

 首を傾げた聖女の妖精が手をふると、からまった人の震えが、飛ばす唾がより激しくなる。一人の兵の腕が聖女の妖精の足にあたった。

 

「おや、甘えんぼさんですね。もっと激しい救いが欲しいなんて」

 

 クスクスと笑いながらその兵を聖女の妖精は抱きかかえた。兵の口に淡いピンクの唇をそっとくっつける。

 

 とたん、耳をおおいたくなるような恐ろしい音が響きわたった。

 

 ズズズと蛇がのたうつようなその音は、聖女の妖精が脳をすする音である。ビクンビクンと断末魔のかわりに身もだえする兵を残酷までにその腕がはなさない。

 

 やがて口づけを終えた聖女の妖精は、口のはしの肉をハンカチでぬぐった。頭を食われた兵はそのまま放っておかれ、死した後も魔術に囚われたまま震えている。

 

 聖女の妖精は、あでやかに笑った。

 

「さあ、みなさんもお救いいたしましましょう。ほらいらっしゃいな」

 

 もう、その独りよがりな救世とやらを耳にして激怒しないでいられる気がしなかった。この妖精はモルグレイドではない、人を喰らうことをなんとも思っていない。

 

 人類を食いものとしか考えない聖女の妖精と話ができると思うほうが馬鹿だ。

 

「妖精と戦い続ける暮らしは辛いでしょう。そんな叶わぬ欲望は忘れて、わたしと幸せになりませんか」

 

 いや、人語を口にするだけよりいっそう耳ざわりだ。静かに腰からロングソードをひきぬいていく。

 

「けっこうだ、そのまま死んでくれ」

 

 聖女の妖精の誘いを、オレは静かに断った。

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

 地下の湖、清んだ水をはねあげながらロングソードをふるう。その刃からゆらゆらと逃れながら、聖女の妖精はクスクスと笑った。

 

「まあまあ、ミッカネンさん。恋する女にこんなに激しくすると、思い違いをしてしまうかもしれませんことよ」

 

 黙ったままその頭にロングソードをふり降ろす。

 

 だが、聖女の妖精がふうっと息を吹きかけるだけで、オレの腰は砕け手に握るロングソードはあらぬほうへと曲がっていった。

 

「おっと、気を許してはいけませんね。さすがわたしを殺した大罪人のみなさんは救うのが難しいものです」

 

 にっこりとした笑みを崩さないまま、イングラシウスの拳を頭をひょいと傾けてよける。そしてその腕にからみつくようにしてイングラシウスと瞳をあわせた。

 

 その瞳がだんだん虚ろになっていく。

 

 頬を赤く染めて身もだえするイングラシウスに、うっとりとした笑みをうかべながら聖女の妖精が口づけをしようとした。

 

 だが、なにかに気づいた聖女の妖精はすぐさま地を蹴って後退する。

 

 恍惚のふりをしてその首を狙っていたイングラシウスの手刀はその白の髪をいくばくか斬りすてるだけで終わった。聖女の妖精が困り果てたとため息をつく。

 

「まったく、ほんとうに油断も隙もありません」

 

 すぐさまロングソードで攻めたてる。

 

 イングラシウスのほうに目をやると、苦し気な顔をして息も荒くなっている。いくら魔術によって己を鋼とするイングラシウスでもこらえられる快楽には限りがある。

 

 まったく、ここにきたのがオレとイングラシウスでよかった。

 

 アルハンゼン先生などはこういう魔術から己の身を守る術がない。下手をすれば一撃で沈むことすらありえた。

 

 だが、幸運なことに今はかつて聖女の妖精を殺した時のメンバーがそろっている。

 

 かつて殺した妖精なのだ、ならば生きかえったのか知らないがふたたびその首を断つだけである。オレはそう頭を働かせながらひたすらにロングソードをふるった。

 

 聖女の妖精の雪よりも白い肌にはどんどんと傷がついていった。心なしか、その優し気な笑みも陰りがみえてきている。

 

 聖女の妖精にとって、オレは天敵なのだろう。

 

 なにしろ常人なら肉が吹き飛ぶほどの官能を流しこんだとしても、オレはその吹き飛んだ肉を治して起きあがってくる。だからこそいい勝負になっているともいえた。

 

 イングラシウスとともに聖女の妖精を追いつめていく。

 

 いくつ目かの腕を斬り飛ばしたところで、聖女の妖精がよろめいた。はっきりと目にみえて魔術の威力が衰えだしている。

 

 死にかけで一矢報われるぐらいなら、一気に畳みかけたほうがよい。オレはイングラシウスに目くばせをした。

 

 今、ここで聖女の妖精をふたたび殺す。

 

 言葉などいらない、オレの言わんとすることがすぐさま伝わったイングラシウスは目にもとまらぬ拳打で聖女の妖精を岩壁まで吹き飛ばす。

 

 その下を、まるで湖の水すれすれをなめるように腰を落としてオレが駆けぬけた。

 

「っ、さらに人をお救いした今のわたしならあるいはと思いましたが、さすがは英雄ミッカネン、わたしの愛しきお人」

 

 一瞬のうちに聖女の妖精を目と鼻の先にとらえる。

 

「わたしの首をかつて断ったその罪深さを知っておきながら、この三年でこれほど力をつけていることに気づかないとは。わたし、とても恥ずかしいです」

 

 その背後から後光がさす。

 

 脳を、手足を、己の肉を、どんどんと快楽でぐちゃぐちゃにしていくその光にしかしオレはロングソードをふりかぶった。

 

「このままでは駄目、わたしは昔からなにも学べずじまいということになって終わってしまいます」

 

 聖女の妖精が、オレの頬に手をかざす。

 

 すぐさま思考がまるでヘドロのように重くなり官能におぼれだす。ロングソードの刃がこれまでのように狂おうとする。

 

 だが、イングラシウスがそんなオレの頭をなかば吹き飛ばした。

 

 もはや官能を味わうところがなくなったオレの脳はもはや惑わされることはない。ほんのわずかながら生まれたその好機を、逃すわけがなかった。

 

「せっかくあの人に命を頂いたのです。新たに身につけたこの力であなたを救ってさしあげないと!」

 

 聖女の妖精が訳のわからないことを叫んでいる。

 

 だが、なにもかもがすでに遅い、オレの刃はすでにその肌に食いこんでいる。あと数瞬の後にその首は断たれ、ふたたび聖女の妖精は死するだろう。

 

 だというのに、聖女の妖精は朗らかに笑った。

 

「さあ、魔術を越えた魔術、大魔術にて救ってさしあげましょう」

 

 首に腕がまわされる。なにもかもが遅かったのはオレたちのほうだったのだと気づいた時には、閃光に飲みこまれて思考がうすれていった。

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

「こ、こは……」

 

 起きあがって、オレは目を疑った。それは、ありえない光景だったから。

 

 遠大な雪山を背にして、ふもとの川岸にぽつんと村があった。牧羊犬に追われて羊が鳴きながら柵に入っていく。黄金に輝く麦穂が風にゆられていた。

 

 すべて、頭に焼きついている。ここはオレの育った村であった。

 

 だが、そんなことはありえるはずがなかった。オレの故郷は子どもの時に妖精に喰い荒らされ燃え落ちたのだから。

 

 これは聖女の妖精の大魔術とやらだ。

 

 そう頭ではわかっていた。だというのに、胸の奥からあふれだす懐かしさと幸せとで気が狂いそうだった。

 

 目を落とすと、いつのまにかオレは狩人のマントではなく村で暮らしていたころのシャツを身につけている。もしかすると、ここは妖精との戦いがなかった……。

 

「おい、ミッカネン! サボってんじゃないぞ!」

 

 ああ、オレの心が震えた。

 

 それもそうだ、ここが穏やかなまま暮らしが続いた故郷だとするならあの子も生きているはずだった。ゆっくりと顔をあげる。

 

 朝日のように笑うかつての親友が、オレのかわりに讃えられるべきだったシナリオの英雄が、オレをみつめていた。

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