【書籍化】人類滅亡寸前ゲーム世界で自分を犠牲に敵を倒してたら、みんなが病んでいた   作:雨雲ばいう

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08 モブ、聖女の独善に激怒するⅥ

 月夜の下、ひとつの人影が汗を散らしてオグダネル城跡のなかを走っていた。

 

「はあ、はあ、はあ」

 

 己の身をギリギリまで追いつめている者の荒い息が聞こえてくる。恐らくは苦しくてしかたがないだろうラディム、だがその瞳はまっすぐにひたむきだった。

 

 やがて力つきたラディムが崩れ落ちるようにして倒れていく。

 

 隠れてずっとみつめていたひとりの狩人がそんなラディムに慌てて歩みよっていくのを目にして、オレはそっとカーテンを閉じた。

 

 原作のゲームではそもそも聖女の妖精などはいない。

 

 恐らくはオレのかわりに死ぬことのなかったクルクッタが殺したことになっているのだろう。もちろん、オレも殺したはずだったのだが。

 

 だが、ラディムの初戦は聖女の妖精となってしまった。

 

 いくら『妖精たちの狩人』が死にゲーだといっても、ファーストステージで災厄すらも越したあんなバケモノが飛びだしてくるほど厳しくはない。

 

 もしもあの時オレがいなければラディムは死んでいた。

 

 果たしてそれはいったいなぜなのだろうか、オレというイレギュラーが入りこんだことによる影響があったのだろうか。ギリギリと歯を食いしばる。

 

 結果として、ラディムは思いを新たにし鍛錬にはげむようになった。ああして一人目のヒロインとの原作のイベントも起こしている。

 

 しかし、オレの悩みがなくなったわけではない。

 

「また会いましょう、などと。そもそもどうやって生きのびていたのだ」

 

 聖女の妖精は生きていた、そしてラディムが死にかけた。原作にないイベントが起きていて、それはどうもこれで終わりとは思えない。

 

 駄目だ、久しぶりにクルクッタのことを思いだして思考がまとまらない。

 

 目と鼻の先で血を飛び散らせながらオレを守ったあの親友の姿が、瞳に焼きついてとれない。これまでずっと目をそらして逃げてきたというのに。

 

 浅い息でこみあげるものをこらえていると、ふと肩をつつかれる。ふりむくと、イングラシウスがやわらかな笑みをたたえながらスケッチブックを手にしていた。

 

 『(^^)コンバンハ』

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

『(*_ _)スミマセン、先日ノ戦イデハ足手マトイニナッテシマッテ』

 

「べつに気にすることはないとも。かつてのように己の身をかえりみないイングラシウスよりは今の笑うことができる君のほうがはるかにマシだからな」

 

 悲しげに目をふせているイングラシウスの恐らくは考えているだろうことにやんわりと首をふる。あれは、人の心をもてあそぶ聖女の妖精を責めるべきことなのだ。

 

『ソレデモ、デス。イツモ助ケラレテバカリデスカラ』

 

 イングラシウスがオレをまっすぐにみつめる。その瞳があまりにもキレイなものだから、オレは思わず目をそらしてしまった。

 

「それはどうかと思うが。オレはただ己のなすべきことをなしているだけだ、君のほうがよほど苦しんでいるように考えるが」

 

『カツテ、コノ世スベテノ苦シミヲ一人デ負ウノハ誰ニモデキナイ、ソウ教エラレマシタ』

 

 イングラシウスはオレの手をとり、握りしめる。

 

 そういえばそんなことを口にしたこともあったな、オレは思わず笑いそうになった。英雄を殺してなりかわったような者がよくもぬけぬけと。

 

『デモ、アナタハドウナノデスカ』

 

「オレはいいんだ、好きでやっていることだから」

 

 原作でそうだったからとプレイヤーキャラのラディムにすべてを負わせ、逃げようとしている。クルクッタという原作のキャラを死なせた。

 

 ならば、それぐらいはしなければ。

 

 滅びかけていた人類のために戦って、妖精の森まで攻めこんだ。もうこんな嘘つきの英雄は求められていないはずだ。ラディムというほんとうの勇者がいるのだ。

 

 追放されるべきなのだ、オレなど。もともとは己の命のほかはどうでも良い類の人で、英雄などと讃えられるべきじゃない。

 

「だからまあ、いくらでもオレを困らせてくれ。それでいいから」

 

『イイエ、ソレハ聞ケマセン』

 

 イングラシウスの暖かな手にいたたまれなくなって、オレは逃げるように去ろうとする。その腕に、イングラシウスがまるで祈るように額をすりつけた。

 

『幸セトハナンナノカ、荒山ノ夜カラズット考エテイマシタ。ソシテ、聖女ノ妖精トノ戦イデ気ガツキマシタ』

 

 イングラシウスがその胸に手をあてる。

 

『アナタガ苦シム時、胸ガ痛ミマス。アナタガ悲シム時、泣キタクナリマス。アナタノ笑顔ガ心ヲ暖カクシマス。アナタノ幸セコソガ、己ノ幸セダッタノデス』

 

 牧師のくせに、まるで忠誠を捧げる忠臣のようにイングラシウスはほほ笑んだ。その瞳はすんでいて、しなやかで美しい輝きをはなっている。

 

『闇夜デハ先ヲ照ラス灯火ニ、砂嵐デハ足ヲササエル杖ニ、戦地デハ身ヲ守ル盾ニ。ソレガ今ノ願イナノデス』

 

 どうしてオレなんかをそこまで思ってくれるのか、オレはイングラシウスにみあうほど上等な人ではないのに。オレの思考がこんがらがって焼けきれそうだ。

 

 だが、それでもほんのすこしだけ嬉しく思ってしまった己がいた。

 

「ありがとう、だが、そこまでオレは慕われるべきではないと思うが」

 

 かぶりをふって馬鹿な情をふりきったオレはそっぽをむいて歩きだす。だというのに、イングラシウスは楽しそうにそんなオレの隣をついてくるのだった。

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

 ぱちりと、瞳をひらく。

 

 起きあがった聖女の妖精が目にしたのは、うっそうと暗い森の闇だった。三日月が頭上から生まれたばかりの命をのぞきこんでいる。

 

「ああ、また死んでしまいましたか」

 

 ゾッとするほど情のぬけ落ちた口調で、聖女の妖精はぼそりと呟いた。

 

 しかし、そっと斬り落とされたはずの己の首をなでるたび、その息はドンドンと荒くなっていく。瞳は恍惚としてとろけていった。

 

「ああ、ああ。やはりわたしの恋した人は実に敵わない。まさか己でも気づいていなかったこの浅ましき思いを白昼にさらすとは、流石としか口にできません」

 

 月光に照らされて光り輝く純白の肌がわずかに赤らむ。それとともに、あたりの木々はすべて実り、熟れていった。

 

 ボトボトと落ちていく果実の甘ったるい香りがあたりをつつむ。

 

 リスが、フクロウが、緑の葉が官能に焼き焦げながら落ちてくる。かつての聖女の妖精が楽園だと信じたその地獄の光景に、ラッパが鳴り響いた。

 

 馬の土を蹴る音がはるか遠くから聞こえてくる。やがて数えきれないほどの妖精をはべらせながら、帝冠をかぶった女の姿の妖精が現れた。

 

 聖女の妖精が眉をひそめる。

 

「せっかく愛にひたっていたというのに、ずいぶんと無粋なお人ですね」

 

「知らん、皇帝たる我は人を従え踏みつけにすれど思いやりなどはカケラもせんのだ。むしろ不敬で首をはねないだけ慈悲と知れ」

 

 黄金で縁どられた赤のマントをその妖精はバッとひろげた。その瞳に嘲笑と優越をにじませながら、歪んだ笑みをうかべる。

 

「まったく我が言ったとおり、臣ごときではミッカネンを殺すことはできなかったであろう」

 

「ええ、そうですね。せっかくクジひきで一番になれたというのに困った話です」

 

 帝冠をかぶった妖精の靴を、ボロ布をまとった妖精たちが磨いていく。そのうちのひとりの妖精の頭を気まぐれに蹴って殺しながら大笑した。

 

「ははははっ! やはりあやつはこの我のみが従え屈させることのできる男よ、臣ごときではできるはずもない!」

 

「賢人さまはどこにいらっしゃるのですか」

 

 帝冠をかぶった妖精の嘲りをまったく気にせず、聖女の妖精はあたりにキョロキョロと目をやる。帝冠をかぶった妖精はつまらなさそうに呟いた。

 

「また洞穴にこもっている。結末もなにもすべて知っているから足を運ぶことはない、とのことだ」

 

「そうですか、久しぶりに話してみたかったのに悲しいことです。でも、星天さまはいらしてくださったのですから、それで良しとしましょう」

 

 すこしも悲しげでない口調で、聖女の妖精はため息をついた。その頭上で星がチラチラと瞬く。

 

 ひとしきり笑ったのち、帝冠をかぶった妖精の瞳がすっと細くなった。

 

「それで、ミッカネンはどうだった。ここ数年でどれほどの力を身につけていた、」

 

「それはもう、わたしの不徳を恥じ入るばかりです。大魔術までかけてみましたが、あえなく首を斬られてしまいました」

 

 聖女の妖精は思い起こす、ミッカネンという英雄のその瞳の輝きを。瞳をとろけさせ、身もだえしながら聖女の妖精は神に誓った。

 

 かならずしや己があの英雄を官能に堕し、犯しつくし、そしてその輝く心を手にするのだと。

 

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