【書籍化】人類滅亡寸前ゲーム世界で自分を犠牲に敵を倒してたら、みんなが病んでいた 作:雨雲ばいう
イスファーナの冷たい笑いが砕けたガラスのように響き渡った。その赤の瞳がギラギラと怒りで輝いている。
「ほう、貴様がそこの凡人の言うところの才にあふれた優れた新人とやらか。話はよくよく聞いているぞ、なにしろ常この天才を従えるあの凡人が讃えていたからな」
マズい、実にマズい。
「魔術の天才たるこのわたしをさしおいて、この先が楽しみだと、わたしをも越える狩人に育つやもと。そう耳にして実に楽しみにしていた」
そう口にして、イスファーナはラディムをねめつけた。
ラディムが瞳で助けを求めてきている。上官としてオレがイスファーナをなだめなければならないことなど知っている。
「なぁ凡人。そうなのだろう、ん?」
だが、それでも嫌なものは嫌だ。
イスファーナが激怒の炎を燃やしながら、オレの腕にからみついてくる。
おいイスファーナ、なぜ勝ち誇るようにラディムを嘲る。ラディムも、どうしてムッとしたような顔をするんだ。
オレはこの残虐なる現実から目を背けるように思い起こした。なぜこのような目にあうことになったのか、その悲劇のきっかけを。
後、胃が実に痛いです。
◆◆◆◆◆
「ミッカネン、誠に心残りであるが拙は王都に旅せねばならず今夜をともにできないのである。実に胸が痛い、こればかりは逃れえぬ悲劇と考える」
「そうか、それはしかたがないな」
まるで一万年ぬか漬けされたキュウリでも口にしたかのような顔で、アルハンゼン先生が顔をうつむかせる。オレは胸のうちでほっと息をついていた。
夜がくるたびイスファーナとアルハンゼン先生がベッドの領土をめぐって争いだすものだから、いつも戦火に巻きこまれて著しい辛苦をこうむるのである。
ベッドを独り占めしたいなら、オレのところに潜りこまなければ良いのに。
もちろん死んでもそんなこと口にできないのだが、今晩ばかりは穏やかに休めそうである。そのささやかな幸せにオレは救われた思いだった。
「だが、あの馬鹿なイスファーナがひょんなことから暴れ狂う獣とならんこともないのである。ゆえに拙はミッカネンに己を守る術が求められると考える」
「はぁ」
オレの手になにやらスプレーのようなものを握りこませられる。
「それを吹きかければ、それがたとえ象であれ虎であれ厄災であれ一秒で気を失わせることができるのである。ただの人ならば死んでもおかしくないと考える」
「はぁ……はあ!?」
オレがそれをしげしげと目にしていると、イングラシウスがなにやら恐ろしいことを口にした。もちろんすぐさまレバーから指をはなす。
「な、な、アルハンゼン先生!? いったいなんというものを作って」
「もちろんミッカネンが負けることはないと信頼しているのである。だが、それはそうとしてフェイルセーフは求められると考える」
オレの胸のうちでの絶叫も虚しく、なにやら悲痛な顔つきをしたアルハンゼン先生はトロッコに乗りこんで王都にむかっていってしまった。
残されたオレは静かに手のうちのスプレーをみつめる。まぁ、アルハンゼン先生からのもらいものだし懐にしまっておこうか。
なぜかオレはそうするべきな気がしたのであった。
◆◆◆◆◆
「さあ、はやく床につけ。天才たるわたしは明日も朝から軍務があるのだ、ベッドをともにすることを光栄に思え」
いつもよりも嬉しそうにイスファーナが白いシーツをたたいてオレを誘っている。オレはため息をついて毛布に潜りこんだ。
そもそもこれはオレのベッドではなかっただろうか、などとは考えてはいけないのである。
「ふふ、実によい抱きまくらではないか」
毛布にくるまるとさっそく、イスファーナが背後から腕をまわしてひっついてくる。オレも悲しいことに、これしきのことはなれてしまっていた。
なんとか遠ざかろうとベッドでもがくも、逃れられそうにない。
しかたなしにオレはイスファーナの腕のうちで大人しくすることにした。新手のセクハラにオレがたえていると、イスファーナがあくび混じりに口をひらく。
「そういえば、貴様遅かったではないか。またなにか新たな軍務でも言い渡されたか」
「いや、パーティーに新しくラディムが入ってくれたろう。剣術を教えていると熱が入ってしまってな」
「ああ、そんな凡愚もいたな」
イスファーナとラディムとはあまり話させないようにしている。
初めて会った時よりははるかにマシになっているが、それでもイスファーナは人あたりが厳しいし、戦えない狩人に情けがない。
オレとしてはそこが玉にキズであった。
新人の狩人をイスファーナと会わせるのはできる限り遅らせるというのがオレの長年の狩人暮らしでの学びである。
「実にいい子だからな、ラディムは。教えがいがあるというものだ」
「思うのだが、貴様は凡人のくせに甘すぎるところがある。そのラディムとやらも、しょせん天才たるわたしより魔術が優れている訳がない」
「そんなことはない、下手をしなくともオレも君も追い越される日がやってくるかも知れんぞ」
そう、ラディムの才能には恐ろしいものがある。
流石は死にゲーのプレイヤーキャラと言うべきか、まるで草木が生い茂るように魔術の腕を上げているのだ。さらにイングラシウスほど兵たちにも好かれている。
これが人類を救うことになる勇者か、と舌を巻くばかりだ。
「……ずいぶんと入れあげているな」
「それはもちろん、オレは上官であるからな。ラディムのことは一番というほどに気をかけている」
いきなり手首をつかまれ、あおむけにされる。馬乗りになったイスファーナが、オレの顔をじぃーっとのぞきこんできた。
その瞳にメラメラと燃え盛る情にオレは目を白黒させる。
「は、イスファーナ、なぜ怒って」
「このわたしが、怒っている? ついにその瞳までもくさり落ちたか、天才たるわたしがどうしてラディムなどという凡愚ごときの話で激しなければならん」
いや、どう考えても怒っている。
だが、訳がわからない。己を魔術の天才と考えるイスファーナにたとえラディムの話をしようともせいぜい鼻で笑うぐらいで青筋をたてるなど考えられなかった。
「ラディムが誰だか知らんがくだらん。貴様にはこのわたしがいる、凡人の指揮官にはすぎたる魔術の天才が従っているではないか」
「もちろんイスファーナは頼りになるとも。だが、ラディムがこれから優れた狩人に育っていくであろうことは話が違うだろう」
イスファーナが顔をうつむかせる。手首をつかむイスファーナの力が入り、ギリギリと歯のきしむ音が聞こえてきた。
「わたしを死ぬまで従えると、そう語ったのは貴様だ! 貴様はわたしだけをみつめていればいい!」
嘘だろう、オレはあんぐりと口をひらけた。
まさか、まさかイスファーナがラディムを目の敵にするのはオレがとられるとでも思ったからと言うまいな。いくらなんでもそんな子どもっぽくない、はずだ。
「貴様はわたしの上官だ、そこらの凡愚にくれてやるものか」
イスファーナがしがみつくようにオレの胸もとに顔をうずめてくる。生暖かい肉の温もりが伝わってきて、オレはため息をついた。
なんだかすさまじくどうでもよくなってきた。
「ラディムとやらにこの温もりを断じて渡してやるものか、これは天才たるわたしだけに許されたものなのだから」
「わかったからもう休みたまえ、ほら」
オレの上でなにやら身もだえているイスファーナの顔に、アルハンゼン先生からもらったスプレーをかける。オレはもう眠たくてしかたがないのだ。
オレにしがみついたままイスファーナがコテンと瞳を閉じてしまう。
オレは毛布を頭までひっかぶりながら、すべてを明日のオレにおしつけて夢に旅だつことにした。久しぶりにぐっすりと眠れそうである。
◆◆◆◆◆
「そろそろ貴官のパーティーに入れたラディムも赤子から新米狩人となる時がきただろう、新たな軍務だ」
ガンギマリショタに今日も今日とて軍務を山のように言い渡される。
どうやらラディムをつれて妖精の森まで忍びこんでこいと命じられたようだ。戦地で日夜妖精と殺しあっている狩人でもなければできない、ふざけた軍務である。
「かつて妖精の攻勢で滅びかけていた人類と今とは違う。この戦争を終わらせ人類が勝つためにも、そろそろ手をうっておきたい」
今後の人類の攻勢も考えて妖精の森について調べられるだけ調べておきたい、そういう話らしい。たしかにそれならば今のラディムでも務まるか。
「ほかに貴官のパーティーからつれていけるのは一人だけだな。しかたがないが、貴官になんとかしてもらうしかないか」
アグラシュタインが顔をしかめたことに、オレは嫌な気がした。
アルハンゼン先生は兵器生産の話で王都で、イングラシウスは地下坑道に潜っている。モルグレイドは銃後まで実験のモルモットとなる妖精を運んでいるはずだ。
つまり、である。
「新米狩人には苦しいだろうが、イスファーナをつれていきたまえ」
あ、終わった。オレは絶望に沈んだ。