【書籍化】人類滅亡寸前ゲーム世界で自分を犠牲に敵を倒してたら、みんなが病んでいた 作:雨雲ばいう
妖精の森は白昼であっても深緑の葉につつまれて暗い。下手な城ほどの大きさがある大樹ばかりがたちこめる霧のむこうに黒い影となってたたずんでいる。
オレたちはそんな敵地のどまんなかを息を潜めながら歩いていた。
腰ほどもあるコケや、人の背をはるかに越えた毒々しいキノコ。妖精の森は身を隠すことのできるものには欠かない。
時に遠くで妖精の巨大な影とすれ違う。
ずしんと地響きをあげながらオグダネル城跡のほうへ歩いていくその妖精を息を殺してみつめた。殺すのは易いが、それでほかの妖精が群がることだけは駄目だ。
地図を記し、植生や妖精たちの森でのふるまい、飲み水が手に入りそうな川や道を築けそうなたいらな地などできるだけ書きこんでいく。
人類が妖精の森に足を踏み入れるなど、昔はありえないと笑われていた。すさまじい数の死人の山の先に手にしたこれらの知識は金よりも重い。
◆◆◆◆◆
夜が訪れ、オレたちは倒木の洞に宿をとった。マントで炎の光を隠し、音をたてないよう気をつけながら飯をとる。
森だけではなく、オレたちも黙りこくっている。オレの胃は痛くてしかたがない。
たとえ軍務のなかであっても、優れた狩人というのは気を休めることを忘れないものだ。妖精との終わりのない戦争のなか、心が死んでしまえば戦えもしなくなる。
できればラディムにはこういう厳しい軍務のなかでこそそうした知恵を学んでほしいのだが。オレはイスファーナとラディムに目をやってため息をつく。
妖精の森に入る時からやはりラディムとイスファーナはひとつも話をしない。
イスファーナのほうはまだいい、いや良くはないが考えられることだった。思いがけないのはラディムだ。
脅えるでもなく心が折れるでもなく、イスファーナを目の敵にする。初めてのことだ、そんな新米狩人を目にするのは。
コトコトと火にかけられた鍋が吹きあがる。
できあがったシャバシャバのスープに、せめてでも味をつけようと懐からスパイスの入った箱をとりだす。鍋のふたを開けるその手を握られた。
「イスファーナ?」
「わたしは天才だ、そこのラディムなどという凡愚と違ってこうした味つけなどもお手のものだとも。なにしろ凡人たる貴様にもっとも頼りにされているからな」
ラディムの眉がピクリと震える。
顔に嘲笑をはりつけてイスファーナはオレの手からスパイスをうばいとると、スープにあれこれ流しこみ始めた。よりにもよって、オレは頭をかかえる。
よりにもよって、どうして飯時にそんなくだらないプライドをみせるのか。
たしかにイスファーナは魔術の天才だとも。だがこれまでずっと二人の時はオレが飯作りをしてきたのは訳がある。
イスファーナには絶望するほどに味つけの才能がない。
「……そんなに塩を入れると、いくら優しいミッカネンさんでも吐きだしてしまう味になってしまいますよ。」
「はっ、たかだか数十日のつきあいの貴様がどうしてあの凡人のことをわかる! ミッカネンは塩辛いほうが好みなのだ」
初めムスッとした顔をしていたラディムだったが、だんだんと優越の笑みをうかべだす。それとは違って、イスファーナはどんどんと焦りを露わにしていった。
だから、そんな馬鹿なことをしなければよかったというのに。
ため息をつくオレの目と鼻の先に、なんとも言い難い毒々しい香りをただよわせるスープがさしだされる。額を汗でいっぱいにしたイスファーナが口をひらいた。
「天才たるわたしの作ってやった天にものぼる心地のスープだぞ、ありがたがって飲むといい」
そう語るイスファーナの手もと、スパイスの入っていた箱はからっぽになっている。なにをどうしたらそんなに塩や薬草をつかいきることになるのか。
だが、ここでイスファーナに恥をかかせるのはあまりにもかわいそうだ。
オレはゴクリとのどを鳴らすと、渡されたスープを木のスプーンですくって口をつけた。まさに熊の巣穴に入っていくような思いである。
口にふくんだとたん、とてつもないエグみが舌を焼く。
あのほぼ水のスープをどうやったらこんな重苦しい味わいにできるのか。オレはイスファーナの秘めたる才能に恐れおののいた。
「ど、どうだ」
イスファーナがすがるようにオレをみつめてくる。
その肩がわずかに震えているのを目にして、オレは逃げることは許されなくなった。歯を食いしばって魔術炉に火が入るのをこらえながらまたスプーンを手にとる。
「まあまあいい味になっているのではないか」
「そうか、そうだろう。なにしろこの天才たるわたしの味つけだからな」
イスファーナがこわばった顔で胸をはった。ラディムはそんなオレたちをじっとみつめている。
「ほんとうにミッカネンさんは優しいですね」
そして、ふっと鼻で笑った。
今晩のメニュー、そのもうひとつである紙のようにうすいベーコンを手にとりながら、ラディムが不敵に笑う。
「せっかくですから、ボクもミッカネンさんのためにちょっとした手をかけてこのベーコンを焼いておきたいと思います」
ジュッ。
肉と脂の焦げる音が聞こえてくる。スパイスの箱にわずかに残った塩こしょうで味つけを終えたラディムはできあがったベーコンを皿によそった。
いつも雑巾のようだったベーコンが、ラディムの手にかかるとまるでステーキのようにキラキラと脂を輝かせて美しくみえる。
「っ、みた目だけよくても駄目なのだぞ。たかが凡愚ごときにはわからんかもしれんがな!」
イスファーナ、それは負け惜しみにしか聞こえないと思うぞ。
「……おいしいな」
「故郷ではご飯作りはボクがしていましたから。みんなに才能があるって褒められたものです」
口をつけると、ありえないことに旨みがぶわっと鼻の奥までひろがる。いったいどうしたらゴムみたいなベーコンから肉の味をひきだせるというのだ。
口からよだれがあふれそうになる。となりからイスファーナの恨めしげな瞳がつきささって、オレはすぐさま顔をとりつくろった。
ラディムがニコニコと怒りを秘めて笑いながら、イスファーナに器をさしだす。
「それでは、イスファーナさん。そちらのスープを頂いてもよろしいでしょうか」
「う」
オレは黙りこんで手をださないことにする。これはイスファーナのまねいた窮地なのだ、すこしは痛い目をみておくべきだろう。
歯をギリギリと食いしばりながら、ラディムがその器を手にとった時だった。
遠くで巨大な炎の竜巻がおこる。ビリビリと魔術の力が肌に伝わってくるので、オレたちはそれがすぐに妖精と狩人が戦っているのだとわかった。
「ラディム、イスファーナ。すぐさまいくぞ」
あのガンギマリショタによると、オレたちのほかにも狩人をいく人か森に密かにいかせているらしい。恐らくはその一人が下手をしでかしたのだろう。
もちろん、みてみぬふりはできない。後続が育ってきたとはいえ、いまだ狩人が貴重な戦力であることは違わないし、それにその命は助けられるのだ。
火を消し、すぐに荷をまとめたオレたちは夜の闇に飛びこんでいく。妖精に群がられているであろう狩人のもとまですこしでもはやくいかなければ。
森の奥から、かすかにラッパの音が聞こえた気がした。
◆◆◆◆◆
「くくく、それでいい。英雄たるなら我が婿はそうするだろうことは知っていた、人の命がかかわるなら、たとえなにがあっても我の謀略に陥っていくだろうことも」
妖精の森の奥深く、帝冠をかぶった女のような妖精が笑った。
黄金の縁どりがなされた赤いマントを羽織り、その身は数えきれないほどの宝石や黄金で豪奢に飾りつけられている。黄金の長髪の下には傲岸な瞳の輝きがあった。
黄金の玉座の赤いクッションに沈みこみながら、かつて人類を滅びに追いやった災厄を越えた妖精、皇帝の妖精は顔をゆがめる。
ああ、愛しくも不敬に我が愛をこばんだあの英雄よ。
思いがたかぶった皇帝の妖精は、そばにはべる妖精の頭を指で吹き飛ばす。その妖精が捧げていた肉を口にしながら、尊大に笑った。
「さあミッカネンよ、我が手に落ちてくるのだ。まずはその不敬のために痛めつけてやろう、愛でてやるのは我に心から従うようになってからでよいからな」