【書籍化】人類滅亡寸前ゲーム世界で自分を犠牲に敵を倒してたら、みんなが病んでいた   作:雨雲ばいう

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12 モブ、皇帝の臆病を哀れむⅣ

 キィキィと皿とナイフのすれあう音が響く。

 

 瞳をひらいた二人の若い狩人たちが目にしたのは、純白のテーブルクロスとその上にわずかの狂いもなしに飾られた美食の数々だった。

 

 まわりには、数えきれないほどの妖精たちがひかえている。

 

 誰もかれも黙りこくっているなか、たった一人だけがこの妖精の森の静けさに縛られていない。長大なダイニングテーブル、その先にいる一人の妖精だけが。

 

 赤子の拳ほどもありそうな青の宝石が、その帝冠にて輝く。

 

「ああ、ようやく気がついたか。皇帝の尊顔を拝することなど許されぬはずの下衆でありながら我をまたせるその不敬、後すこしで首をはねているところであった」

 

 血の滴るレアステーキが、その紅の唇に隠れていった。

 

 遠くはなれた二人にまでその豊かな香りのする白ワインで口を洗いながら、皇帝の妖精がまるで己の寛大さに恐れ入るとばかりにウットリと笑った。

 

「さあ、皇帝たる我が夕食をともにすることを許そう」

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

「っ、誰がてめえなんかに! 今から殺して」

 

「耳ざわりだ、黙らせておけ」

 

 勝気な狩人がギリギリと歯ぎしりしながら叫ぶ。

 

 皇帝が眉をひそめると、まわりの妖精はその怒りに脅えるようにバッと狩人に群がっていった。あっというまに縄で縛りつけられ、口にロウトをつけられる。

 

「我が鹿を馬と言えば鹿は馬となり、羊を黒いと言えば羊は黒くなるのだ。この世において我に逆らうことなど許されず、誰しもが我が命に従わなければならない」

 

 恐怖に駆られた妖精たちが、机の上の皿をどんどん手にとった。

 

 クジャクのソテーが、チョウザメのスープが、鹿肉のステーキが。ロウトを伝って勝気な狩人の口もとに流しこまれていく。その地獄に終わりはない。

 

 やがてロウトはつまり、ぐちゃぐちゃになった残飯がこんもりと山のようになってあたりに飛び散った。勝気な狩人はぐったりとして、また気を失ったようである。

 

 友の末路を目にしてしまった大人しげな狩人はちいさく悲鳴をあげた。 

 

「さて、臣はどうするのかね」

 

 皇帝の妖精が、そんな哀れな狩人の瞳をじっとみつめる。あまりもの恐ろしさに震えるその身を駆りたてながら、大人しげな狩人はなんとか机についた。

 

 その瞳に露わになった脅えに、皇帝の妖精は気を良くする。

 

「なかなか賢いやつではないか、んー? 愛いやつであることよ」

 

 頭にその靴をのせられ、まるで犬をあやすかのように髪をもてあそばれる。泥ひとつついていないその靴を降ろした皇帝の妖精は、そばの妖精に冷たく言った。

 

「靴がよごれた、かわりをもってこい」

 

 顔をさっと青くしたその妖精はしばらく慌てた後、なんとか背後のテントからつややかに輝く革の靴をもってきた。捧げられたそれを一目みて、皇帝の妖精は呟く。

 

「遅いな」

 

 手にとったフォークを、その首につきさした。

 

 吹きだされる血をほかの妖精が身をもってうけとめ、皇帝の妖精には一滴たりともあびせない。そのまま死んだその妖精はズリズリとひきずられみえなくなった。

 

 まるでなにもなかったかのように皇帝の妖精はまた夕食を楽しみだす。

 

「遠慮することはない、どんどんと食べるとよい」

 

 大人しげな狩人は死にもの狂いで机の上の皿を口に運びだした。

 

 のどをつまらせそうになりながらも、それでもフォークの走る手はとまることを知らない。皇帝の妖精はそんな狩人を笑いながらみつめていた。

 

「臣はよい食べぶりだな。だがそれでは口が乾いてしかたがないだろう、我手ずから口にあう酒をやろうではないか」

 

 皇帝の妖精が無造作に手をわきになげだす。

 

 はべる妖精たちがたがいの顔をみあわせ、そうして生贄となった哀れな豚顔の妖精は手足をおさえつけられて皇帝の妖精の手もとに捧げられた。

 

 皇帝の妖精が、その顔をむんずとつかむ。

 

 煌びやかな黄金や宝石で飾られたその腕に力がこもったかと思うと、肉や骨のちぎれるブチブチという鳥肌のたつような音が耳に入ってきた。

 

 生首を手にとった皇帝の妖精は、それをゴブレットの上で握りつぶす。

 

 ぶちまけられた血と脳みそがゴブレットにそそぎこまれる。未だ震えている目と唇がまるでカクテルの飾りのようにそえられた。

 

「さあ、ほかならぬ皇帝の我が賜るのだ。無下にはしてくれるなよ」

 

 そばの妖精に血まみれとなった己の手をなめさせながら、皇帝の妖精は心から楽しそうに笑った。唇をわななかせた狩人は、ゴブレットのうちをのぞきみる。

 

 血の海をただよう死んだ妖精の目が、じっとみつめかえしてきた。

 

「どうした、まさか我の親愛の証をうけとってくれないのか」

 

 ためらう大人しげな狩人に、皇帝の妖精が笑みを退かせる。ゾッと怖気の走るつめたい瞳に、まわりの妖精たちは震えだした。

 

 勝気な狩人は未だ口もとに飯を流しこまれ、びくびくと震えている。

 

 それを目にした大人しげな狩人はぎゅっと瞳を閉じた。舌が脳に伝えるものをすべて忘れようと努めながら、ゴブレットをつかむと一気にのどに流しこんでいく。

 

「ふふふ、それが臣のすべきことだ。この世には誰ひとりとしてこの我に従わぬ者はおらんのだからな」

 

 ありとあらゆる者を従えて笑う。そうして狂気の宴はいつまでも続くかと思われた、皇帝の妖精がまちわびていた客人の訪れに気がつかなければ。

 

「あ、ああ」

 

 皇帝の妖精の顔がゆがむ。

 

 狂おしいほどの激怒と情愛、ドロドロとした思いを秘めた瞳が己が婿とせんとする男にそそぎこまれる。かつて胸もとをつらぬかれた男に、妖精は愛を叫んだ。

 

「おお、おお! 我が婿よ、今すぐにでも我に屈し、我に従い、我に盲目せよ!」

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

「やはり、皇帝の妖精のしわざだったか」

 

 統率のとれた妖精どもを目にしてからずっと考えていたことは正しかった。聖女の妖精とおなじように、皇帝の妖精は死から蘇ったのだ。

 

 オレは歯噛みした。

 

 皇帝の妖精はそれそのものが恐ろしいわけではない、戦う力など厄災に毛が生えたぐらいでしかない。ただひたすら恐ろしいのはその魔術だ。

 

 妖精を従え、率いる魔術。

 

 たったそれだけで、人類は滅びかけた。皇帝の妖精がそもそも生まれてから百年もたっていない若造であるというのにである。

 

 これまで統率のとれていなかった妖精が軍のようにひとまとめに戦いだす。しかもその軍勢は時がたつにつれより大きくなっていくのである。

 

 気がつけばその時の妖精のほとんどを従えた皇帝の妖精は人類の生存についてはもっとも恐ろしい妖精であったといえるだろう。

 

「とっくの昔に心臓をひとつきして殺したと思っていたのだがな」

 

「はははは、あの時は実に不敬で激情で頭が煮えくりかえるかと思ったぞ。我の求愛を断り、あまつさえ我の命をうばうなど許されざる大罪だ」

 

 皇帝の妖精がニヤニヤと笑う。

 

「それにしても昔と違わんな、なんら重みのないこんな命ふたつのためだけに妖精の森奥深くまでとってかえしてくる。まさしく人類の英雄よ」

 

「そういうならばまた大人しく胸をさしつらぬかれて欲しいのだが」

 

「ははは、そうはいかんな。臣を我が婿として跪かせ、我が偉大さをその心にねじこむためにこそ我は地獄から帰ってきたのだから」

 

 皇帝の妖精とともに豪勢な食卓につかされているあの二人の狩人に目をやる。幸いなことに未だ死んではいない、まだ救うことができる。

 

 それにしても、皇帝の妖精がその身をこうしてさらしていることは実に驚きだ。

 

 先ほど言ったとおり、皇帝の妖精の単騎としての力などたかが知れている。かつても臣下たる妖精に戦わせて己はオグダネルの宮殿にこもっていた。

 

 そんな臆病な妖精が、いったいどうして。

 

「ミッカネンよ、我が婿よ。生まれて初めて我が夜も眠れぬほどに従えたいと願った英雄よ、我の愛をうけて我に従うつもりはないか」

 

「それはできない話だ。オレは君の嗜虐をみたすために生まれたわけではない」

 

 皇帝の妖精は昔からずっとこうだ。

 

 オレを英雄と讃えて婿になれとか訳のわからないことを口にする。その時に瞳にうかんでいるのは嗜虐と情愛と怒りと、そして憧憬。

 

 なんとなく気づいてはいる。

 

 なにゆえ皇帝の妖精があれほどまでに臆病であったのか。なにゆえ皇帝の妖精がオレを従え婿とすることにこだわるのか。オレは皇帝の妖精を哀れにすら思う。

 

 だが、あまりにも人を殺しすぎた。

 

 たとえオレの考えが正しくとも、皇帝の妖精はすでに救えるところにない。人を妖精を血祭りにして、もはや穏やかな生を許されないところまでいってしまった。

 

「ならば力づくで従えるまでよ」

 

 皇帝の妖精が笑みを深める。オレは静かに呟いた。

 

「せめて、やすらかに殺してやろう」

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