【書籍化】人類滅亡寸前ゲーム世界で自分を犠牲に敵を倒してたら、みんなが病んでいた   作:雨雲ばいう

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14 モブ、皇帝の臆病を哀れむⅤ

「あの男を我に捧げた者には人の頭を五百ほどやろう、だがもしも逃げだすようであれば縛り首だ!」

 

 皇帝の妖精が手をかかげると、脇のラッパ吹きが耳ざわりな音を奏でる。

 

 一瞬でオレたちの瞳は飛びかかってくる妖精で埋もれた。ある者は野望の輝きを、ある者は恐怖の震えを瞳にうかべながらオレたちを殺そうとしてくる。

 

 そのすべてをロングソードで斬りさく。

 

 背後ではラディムの輝く閃光が走り、そしてイスファーナに命じられた妖精たちが哀れにもたがいの命を絶ちあっていた。

 

 妖精ひとりひとりの力はそこまででもない。

 

 皇帝の妖精が魔術で妖精を従えるためには、その者は己よりも力なき者でなければならない。そもそも武に秀でているわけでもないのだから、あたりまえだ。

 

 だが、それを補ってありあまる恐ろしさが、皇帝の妖精の魔術にはあった。

 

「まったく、しかたがないか。我の軍略なしにはろくに戦えんとはな」

 

 あっというまに殺しつくされた臣下たちになんら情をしめさず、皇帝の妖精はただ落胆のため息をついた。指を鳴らして、ラッパ吹きに指図する。

 

 それまでバラバラに攻めてきた妖精たちの歩みが、まったく違うものになった。

 

 オレたちにおしだされるは死んだ妖精の山。その背後から山のように魔術が飛んでくる上、時をみて足のはやい妖精たちが一撃をくわえては逃げていく。

 

 それはまるで軍の精鋭がごとき戦いぶり。

 

 これこそが皇帝の妖精の知略。己よりもはるかに力ある者に血を流させ、殺し、屈させるための魔術。

 

 死んだ妖精をオレが斬ったところでどうしようもなく、イスファーナが操ってもただの死肉、そしてラディムは狙いがつけられず魔術を封じられている。

 

 あの妖精は千年に一人の軍師である。

 

 たとえその心が怒りや欲望に惑わされていても、その頭は静かにオレたちに勝つための手を練っている。それこそが皇帝の妖精を皇帝たらしめているのだ。

 

 はっきり言うなら荷が重い。かつて皇帝の妖精を殺した時はこちらにもアグラシュタインという優れた軍略家がいたが、もちろんここにはいない。

 

 だからこそ、ここでの上官たるオレがしっかりと指揮を下さなければならない。

 

 死んだ妖精の山は、今やオレたちを囲んでおおいかぶさってくる。

 

 この数はオレたちが殺した妖精だけではたりない、恐らくは皇帝の妖精は己の手駒をつぶしてこの山を築いているのだろう。実にらしい手段だ。

 

 これをつきぬけなければオレたちは負ける。

 

「イスファーナ、頼んだ」

 

「ああ」

 

 死肉におしつぶされそうになったその時、オレは目くばせをした。あまりやりたくないことだが、死にたくなければこうするほかない。

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

「もっと、もっとだ」

 

 皇帝の妖精は目と鼻の先で育っていく肉のかたまりに叫んだ。臣下の妖精たちが己の命すらもいとわずに、いやいとわないよう命じられて死肉となっていく。

 

 まわりからの妖精の魔術によって、肉のかたまりはまとまっている。

 

 どんどんとふくれあがっていく肉塊、そのうちに人がいたとすればとっくの昔におしつぶされて息ができず死んでしまっているだろう。ミッカネンをのぞいて。

 

 それこそが皇帝の妖精の望み。

 

 ミッカネンだけを手に入れることができれば、後はじっくりと煮るなり焼くなりしてその心を屈させればよい。その輝きを己の胸だけにとどめることができる。

 

 皇帝の妖精はその心の昂りのまま大笑した。

 

「そうだ、それでいい。我だけがあの輝きをみつめておればよい、我だけがその幸運を楽しむことを許されるのだ」

 

 その時だった。

 

 ずっと白骨の手が、肉塊からつきだされる。やがて筋が育ち、肌がひろがり、人の腕となったところで、続いて足の骨が飛びだしてきた。

 

 ヌッと肉塊から現れた肉のそげた顔を、オレは皇帝の妖精にむけた。

 

 その血で染まった腸、そのうちにはイスファーナとラディムを抱きかかえる。イスファーナの魔術で臓をかきだし、腕とその洞のすきまに二人をつめた。

 

 後はオレが肉をけずられながら死んだ妖精の海のなかをただひたすら歩いていくだけである。そうして、オレたちは窮地からぬけだした。

 

「なるほど我が婿よ、ひたむきに戦うことしか能がないと思えばそれなりに頭は働くのだな。ますます跪かせたくなったぞ」

 

「ぬかせ」

 

 腰からロングソードをひきぬく。

 

 なぜかは知らないが、いつもなら妖精の群れの奥にひきこもって軍略を練っている皇帝の妖精がこうして姿をさらしたのだ。ここで殺してやらなければいけない。

 

 すでにして、オレとやつを遠ざけるは長大なダイニングテーブルのほかはない。

 

 皇帝の妖精が座する玉座、その足もとに転がされた若き狩人たちに目をやる。大人しげな狩人の脅える瞳は、たしかにオレに助けを求めていた。

 

 ふと思う、もしもオレでなくクルクッタが生きていたならどうしただろうか。

 

 聖女の妖精といい、皇帝の妖精といい、プレイヤーキャラたるラディムが会うはずのない初めてのクエストにしてはありえないほどの敵。

 

 原作では、恐らくクルクッタがすっかり殺してしまったはず。

 

 こうして生きかえらせるなど許しはしなかっただろう。ならば、そこでうずくまる新米の狩人たちもこんな目にあうこともなかった。

 

 ならば、とオレはロングソードを握りしめる。

 

 たとえ己が嘘の英雄であっても、クルクッタを殺してしまった罪のためにオレはあいつらを救わなければならない。恐らくはクルクッタがそうしたように。

 

「ここで死んでもらうぞ、皇帝の妖精」

 

「できるものならば、そうすればよい」

 

 皇帝の妖精が笑みを深める。その背後ではけたたましいほどにラッパが吹き鳴らされ、黄金で飾られた玉座が月の光にギラギラと輝いた。

 

「我はこの世すべてを従えるだけの力を手にして地獄から帰ってきた。英雄ミッカネン、臣はすでに我に跪き我が婿となるを乞うほかないのだ」

 

 また死肉に囲まれるより先にその首をはねようと足に力をこめたその時。

 

「ミッカネン!」

 

 イスファーナの絶叫が森に響き渡る。

 

「あ、え? な、なんてボクがミッカネンさんを……?」

 

 オレの胸を、ラディムの黄金の輝きがつらぬいていた。

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

「がっ」

 

 崩れるように転がりながら、オレは続くラディムの一撃から逃れる。

 

 ここで死によってもたらされる魔術の激痛をこらえればそれは命とりの隙を作りだす。なぜなら、炎の竜巻がオレをつつみこもうとしているからだ。

 

「に、逃げてください! か、かってに魔術が!」

 

 大人しげな狩人が悲鳴をあげる。勝気な狩人のほうも気を失っているはずなのに、その魔術ははっきりとオレを狙っていた。

 

「この天才に命じる、なにがなんでもあの凡人だけは傷つけるな!」

 

 背後をふりむくと、己の腕を血があふれるほど噛みしめながらイスファーナがほかならぬ己に命を下している。助けを求めるわけにはいかないようだ。

 

「我が栄光はすでに人類すら手をかける。我が手にした大魔術はミッカネンのほかの人類はいかなることがあろうとも従える、この世すべてを屈する皇帝の力よ!」

 

 皇帝の妖精がまるで誇るように胸をはった。

 

 そうしているうちにも、ラディムの閃光が、新米狩人たちの風と炎が、そしてなによりも軍として戦う恐るべき妖精の群れが、オレに飛びかかってくる。

 

「さあ、ミッカネンに我が手ずから屈辱をやろう」

 

 皇帝の妖精が笑った。

 

 先ほどのように妖精が群がり、あちこちから魔術が飛んでくる。違うことは、オレのロングソードの先に捧げられるのは死肉ではなく生きた人であることだけ。

 

 妖精の首をはねようとふるった刃をむりやりずらす。

 

 オレが生きた狩人を殺すことができないのを皇帝の妖精は良く知っているのだ。よく知っているからこそ、もっとも優れた戦術を編みだした。

 

 流石は皇帝の妖精だ。

 

 そうして身を崩したオレに、妖精たちはこれでもかと魔術をかけてくる。そのうちには戦友であるはずの狩人たちの魔術が混ざっていた。

 

 炎で焼かれ、風で斬りきざまれ、閃光でうがたれる。妖精たちはオレの腕を、足を、胸を噛みちぎり、腸をついばんでいく。

 

 死よりも辛い責め苦にあって、だがそれでもオレは哀れんだ。

 

 皇帝の妖精よ、その大魔術とやらはたしかに優れた力なのだろう。だが、それはどうしようもないほどの脅えの証だということに果たして気がついているのか。

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