【書籍化】人類滅亡寸前ゲーム世界で自分を犠牲に敵を倒してたら、みんなが病んでいた 作:雨雲ばいう
「さて、そろそろ心も折れたであろう。いいかげん我の愛に屈したらどうだ」
あれからほぼ一晩、オレは雪崩のようにおしよせてくる妖精の群れと戦った。とっくにロングソードは失われ、今やオレが握るのは妖精からぶんどったナイフだ。
オレを玉座から嘲る皇帝の妖精は未だ無傷だ。そしてその背後には未だ数えきれないほどの妖精がいた。
「臣にオグダネルの宮殿で討たれた時とは違うぞ。妖精の森にやってくるのをずっと狙っていたのだ、臣ひとりを殺すためだけに育てあげた軍をもってな」
だろうな、妖精が飛ばしてくる魔術があまりにもオレのメタすぎる。
心が折れない限り負けることはない、それがオレの魔術だ。かならず勝てるとか、そういうことではない。
「毒の魔術に、傷が治る魔術、果ては土くれでできたロングソードでは傷つけられない妖精。よくも嫌らしい妖精どもをここまで集めてくれたものだ」
「我の威光はこの世の果てまで輝き、陰りはない。皇帝たる我の命ならば、これぐらいを集めることなど易いことよ」
こうやって話しているうちにも、毒がじくじくとオレの肉を腐らせていく。
「しかし、それにしても狩人には手をださないのだな。それでこそこの我が愛する婿よ、かならずその信条すらも跪かせてやろうぞ」
「ぬかせ」
いくらオレでも、いつもならこんなに雑魚の妖精に苦労はしない。
未だ皇帝の妖精を殺すことができていないのは、たったひとつ。オレが妖精を殺そうとするとかならず狩人たちが刃の先にさしこまれるのだ。
「ミッカネンさん、なんでそんな傷ついてまでボクを守ろうとするんですか! ボクなんかより英雄のあなたが生き残ったほうが」
「やかましい。オレは君に希望をみた、ならばなにがあっても守りぬくだけだ」
そばに落ちていた斬られた妖精の死肉をささえにして、オレは起きあがる。
魔術による傷の治りが遅くなっていることに胸のうちで焦りながら、オレはそれでもナイフをかまえた。そんなオレに、皇帝の妖精が頬を赤く染める。
「おお、おお、臣はどれほど我の心を狂わせれば気がすむのだ。まったく、我の恋心をもてあそぶなど実に罪な男であるな」
「黙っていろ、おまえのその思いが恋なわけがあるか」
「……なんだと」
皇帝の妖精がオレの言葉に眉をもちあげる。まるで怒りをこらえるように口のはしをぴくぴくと震わせながら、皇帝の妖精はもの言いをつけた。
「いくらミッカネン、我の婿であろうともそのような不敬は許すことができんぞ。我の愛はたとえ妖精であっても心から生まれたものだ、それを」
「違う、それは脅えだ。その瞳の奥にある情は、オレへの恐怖だ」
皇帝の妖精が、うろたえた。
◆◆◆◆◆
「なにを、言って」
「気づいていないのか、おまえの魔術に。誰かを従えようと欲する、それは逆に従えられること、己より力あることへの恐怖をいだいているからにほかならない」
その常に皇帝と、ほかを従える者とせんとする姿。
だが、時にみせる震える瞳や、脅えるような誰かに媚びるような顔つき。それはなによりも皇帝の妖精のほんとうの姿である。
「恐らくおまえはこれまでずっと妖精のことが恐ろしかったのだろう。だから、そんな魔術を手に入れた。妖精にもう従えられたくなかったから」
「……やめろ」
「ならば、なぜその大魔術とやらでおまえは人を従えられるようになった」
「……もういい、やめろと言っている」
「おまえは、オレに恐怖したんだ。初めて人に力で負けると言うことを知った。その大魔術とやらはおまえのオレへの恐怖の証だとも」
「うるさい、黙れ! 我は、なにもかもを従える皇帝の妖精だ!」
皇帝の妖精が絶叫した。
息を荒げながら、オレを激情のこもった瞳でにらみつける。たかくその手がかかげられると、そばの妖精が狂ったようにラッパを吹き鳴らした。
「言葉がすぎるぞ、いくら我が婿と言えどそれを許すことはできん! 臣ごときがこの我を恐怖させるなどと、されごとを口にするその身のほどを思い知るがよい!」
わきにひかえていた厄災が、オレにむけて駆けだす。その鋭い牙がオレの首にかかろうとしたその時、鋭い叫びが森をつんざいた。
「この、愚鈍な、妖精どもが。死にさらせ」
まわりの妖精たちがつぎつぎと自害していく。
妖精の死肉の海、そのなかにあってイスファーナは肩で息をしながらも皇帝の妖精をにらみつけていた。その身は己のつけた傷だらけで血まみれになっている。
「な、に? 我の大魔術は人すべてを従えるはずだ。たとえそれが婿の臣下であろうと」
「わたしを従えることができるのはこの世でたった一人、ミッカネンのみだ」
己をナイフで斬りきざみながら一晩じゅうずっと皇帝の妖精の大魔術と争っていたイスファーナは、ついに己の身を従えた。大魔術を、己の心のみでやぶったのだ。
「わたしに命じろ、ミッカネン! 貴様の命とあればわたしはたとえ火の海であろうと光のささぬ海の奥であろうと迷わず踏み入ってやろう!」
「まったく、オレは恵まれた上官だな」
イスファーナの命で大地が震え、倒れこむ木々が妖精たちをおしつぶしていく。わきの死んだ妖精がもっていたロングソードをひきぬいたオレは、負けじと駆けた。
たとえオレ一人では勝てぬとしても、イスファーナがいるならば話は違う。
「っ! よけてください!」
顔をゆがめたラディムの黄金の閃光を、イスファーナがねじ曲げる。その背後からせまりくる炎の嵐をオレはこの身でうけとめた。
刃を煌めかせ、妖精の海を渡っていく。
「は、はやくなんとかせよ! 臣下ならば皇帝のために命を捧ぐべきであろうが!」
初めて、皇帝の妖精の瞳に焦りがさした。
まわりの妖精をまるでかんしゃくを起こした子どものように投げつけてくる。勢いあまっていくつかは大地にたたきつけられ、赤い染みとなっていた。
残った妖精もイスファーナの魔術で大地におしつぶされる。
「なにをしているか、なんのために臣らを我が従えたと思っておる! 我が婿の刃から我を守る盾とするためであろうが!」
ラディムたち皇帝の妖精の大魔術に縛られた狩人が、まるで生贄のようにたちふさがる。だが、その魔術が飛ぶより先にイスファーナの命が下った。
「そこの凡愚ども、ピクリとも手足をうごかすな」
こいつらのことはイスファーナにまかせ、オレはその背を飛び越える。
「わ、我を逃がせ! 臣らは我のために死んでおけ!」
皇帝の妖精はすでに玉座から逃げだしていた。妖精の群れをおしのけ、森の奥深くへと逃げようとしている。
とまどったように飛びかかってくる妖精たちを細ぎれにしながら、オレはその背を追いかける。
「ひっ、命、命だけは! なんでも、なんでもしますから、お従いしますからぁっ!」
媚びるような、甘えた叫びをあげる皇帝の妖精、その胴をふたつに斬った。
◆◆◆◆◆
「なるほど、皇帝の妖精も生きていたか」
頭が痛いとばかりにこめかみをもみながら、アグラシュタインは呟いた。
「はい、こうなるとほかの魔王が気になります」
「貴官の言うとおりだ。まったく、皇帝の妖精をすぐに殺すことができたのはまったくもって幸運だったな」
魔王。それはかつてこの世にて暴虐の限りをつくした四人の妖精。
原作である『妖精たちの狩人』にはいっさいでてこないことから、恐らくはシナリオではクルクッタによって殺されたのだろう妖精たちである。
そのうちの二人、聖女の妖精と皇帝の妖精が姿を現したということは、死んだはずの残りの二人も生きていると考えるべきだろう。
「星天の妖精が今もこの世のどこかで瞬いていると考えるだけで、ぞっとします」
「それは貴官だけの話ではない。まったく、今夜はよくない夢になりそうだ」
しかめ顔のアグラシュタインは、オレのさしだした報告書をバインダーにしまいながらため息をついた。その瞳が、ふとオレをみつめる。
「時に、貴官は賢人の妖精を殺した時のことをどれほど詳しく記憶している」
「まさかオレがあの光景をわすれるとでも思っているんですか。しっかり頭に焼きついてしまっていますよ」
賢人の妖精。実験と口にして人におぞましい業を犯していた妖精。
今でもその根城に足を踏み入れた時のことはわすれられない。あの時助けだした一人の女の子、その心の死んだ瞳を思いだしてオレは思わず唇を噛んだ。
「ならばよい。賢人の妖精は皇帝の妖精とならんで戦略に影響をおよぼすことのできる妖精だ、きちんと始末したまえ」
「ええ、もちろんです」
オレは扉に手をかける。その時にアグラシュタインが呟いた言葉は、よくわからなかった。
「ラディムの手綱をはなすことだけはないように」