【書籍化】人類滅亡寸前ゲーム世界で自分を犠牲に敵を倒してたら、みんなが病んでいた 作:雨雲ばいう
「ほら、チェックメイトだ」
「く、やられたな」
クイーンの駒が、オレのキングを追いつめた。
机のむこうに座るイスファーナは、新聞を読みながらの片手ですでにオレに五つも勝ち星をあげている。このあたりはさすがは軍学校の首席というべきだった。
オレが談話室のソファにつっぷすると、ふと扉のむこうにラディムを目にする。
「おお、ラディムじゃないか。よかったらでいいんだが、こっちにきてオレとチェスで勝負でもしないか。イスファーナには歯がたたないんのだ」
「あ、いえ。ごめんなさい」
ラディムがオレを目にして、顔をくもらせる。
そのまま逃げるように談話室を後にしていくラディムに、オレはあげたばかりの腕を手もちぶさたに降ろすほかなかった。
あの森での戦いからこのかた、オレはずっとラディムにさけられている。
その訳ははっきりしていた。先ほどラディムがちらりと目をむけていた先は、オレの胸もと。己の魔術でオレを傷つけたところである。
もちろん、オレの傷はすでに魔術で治っている。
だが、なぜかは知らないが憧れられているらしいラディムにとってはそれはたえ難いことだったらしく、オレは話もできていなかった。
一日の終わりに狩人のイロハを教えるという日課も、断られてばかりだ。
「はっ、あれだけわたしに挑んでおいて終わりはあれか。情けないにもほどがあるぞ」
「……イスファーナ。よしたまえ」
イスファーナがラディムを嘲るのを、たしなめる。いくらなんでも新米狩人にすぎないラディムにその言葉は厳しすぎる。
だが、イスファーナは鼻で笑った。
「たとえ大魔術であろうとなんであろうと、戦地にて妖精に踊らされて上官を傷つけたのだ。ならば、とるべき道はふたつのいずれかだろう」
イスファーナの瞳が、オレをまっすぐにみつめる。
そこには、かつての己への激情と、それすらもかすむほど輝く星のような忠誠心が燃え盛っていた。
「逃げるか、それとも捧げるかだ」
まるでヘビににらまれた蛙になったような思いだ。
「わたしはかつて貴様を傷つけた。なればこそ、この身のすべてを貴様に捧げると、そう誓うことにした」
イスファーナがオレの頬に手をはわせる。ほかに狩人がいるというのに、イスファーナは耳もとで恐ろしい言葉をささやいた。
「貴様が死ねというのならば死のう。貴様が軍に反逆するというのならばかつての戦友であろうとみな殺しにしてやろう」
イスファーナが口にすると、嘘には聞こえなかった。
「それは、軍人としてどうなのだ」
「ははは、そうだな。まったくもって正しくない言葉だ」
オレは冗談ということにして笑う。イスファーナも乾いた笑いをあげてオレに続いた。
「だが、それがわたしの忠誠だ」
その瞳は、まったく笑っていなかった。
◆◆◆◆◆
「ラディム、ちょっといいか」
ラディムのいる一室の扉をたたく。
「……ごめんなさい、後でいいですか」
かすれた言葉が扉のむこうから聞こえてくるのを耳にして、オレはそのまま踏み入ることにきめた。
いつもならこんなプライバシーのかけらもないようなパワハラ上官は流石にやらないが、今のラディムはちょっと危ういところがある。
手遅れのところまでいくのはイングラシウスでこりごりだ。
「入るぞ」
「あ……」
ラディムはベッドに腰かけて、ボロボロと泣いていた。
オレが入ってくるのを目にして、慌ててその顔を隠そうとする。オレは椅子をひきずってラディムの目と鼻の先に座った。
その肩をつかみ、瞳をのぞきこむ。
「オレは、君の上官だ。君の悩みを、なにもかもを抱えこむのも軍務のひとつなのだ。だから、遠慮などいらない、オレにいくらでもおしつけていい」
「……ありがとう、ございます」
震える嗚咽が聞こえてくる。オレはしばらくラディムが泣きやむまで己の肩を貸していた。
「ミッカネンさんに憧れてたんです」
ぽつぽつとラディムが胸のうちを語りだす。
「この世には暗い情しかないんだって、思っていました。怒り、悲しみ、諦め、そういうものしかないって、そうボクは信じてたんです」
思えば、ラディムの一室に入ったのはこれが初めてのことだ。まわりに目をやると嫌でも気がつく、ベッドとタンスのほかにはなにもない。
そこにはふつう、その狩人の人がみえてくるはずなのだ。
アルハンゼン先生ならばほこりをかぶった書籍の山、イスファーナならば飾りつけられた勲章に趣味のチェス盤。
しかしラディムのそれは、からっぽだった。
「でも、ミッカネンさんだけは違った。いつか明日がやってくる、その日は今日よりももっと楽しくて幸せなはずだって。そんな言葉、初めて聞いたんです」
うつむいたまま語るラディムに、オレは胸のうちで首を傾げる。
おかしい、プレイヤーキャラは王都ですくすくと育ち、ゆえにまっすぐとした瞳と暖かな心があったはずだ。だから、原作でもヒロインたちがひかれていったのだ。
今のラディムの瞳の奥には、なにか暗い獣が蠢いているようにみえた。
「だから、ミッカネンさんみたいになりたいって思った。どんな不条理な現実も吹き飛ばして、みんなに希望をあたえられるような、そんな狩人になりたいって」
なにかがズレていた。
プレイヤーキャラは、ラディムは熱血で、こんな暗い瞳はしないはずだ。オレなんかより英雄らしくて、常に希望でまわりを照らす、そんな狩人だったはずだ。
「あんなに大口をたたいておいて、笑えますよね。これじゃ、イスファーナさんになんにも言えないや」
ラディムの瞳は、静かに死んでいた。
◆◆◆◆◆
「ハロハロ―! 皇帝チャンったらきちんと生きてる? いや殺されることぐらいはウチも知ってたけど、ほんと情けなかったね!」
とても楽しげな口調で、その妖精はさえずった。
妖精の森にて大地にうずくまる皇帝の妖精が、拳を岩にたたきつける。一瞬でその岩は砕け散った。
「この我を嘲け笑うかぁ! 臣め、殺すぞぉ!」
「え、できんの? 英雄チャンにコロコロされちゃって臣下の妖精チャンもひとりもいないのに?」
ひびわれた皇帝の妖精の激怒をまっすぐにむけられながら、その妖精はカラカラと笑い続ける。
その妖精は、実に人懐っこそうな顔つきをしていた。
キラキラと輝くような金の髪に、ニパッと音のしそうなヒマワリのように大きな笑顔。小麦に焼けた肌からは健やかに育った街娘のような香りがする。
だらりと崩したそのワンピースは、妖艶というよりは生き生きとした陽気を伝えてきた。まるで妖精のようにはみえない、ほんとうに人のようだった。
人のようで人でない。妖精でないようで妖精。
それが、賢人の妖精だった。
「いけませんよ賢人さま、皇帝さまを虐めては。あのお人はとてもお心が折れやすいことはご存じでしょう。泣かれては困るのですから」
いつのまにかそばの大樹に腰かけていた聖女の妖精が、眉をさげて優しげに賢人の妖精をたしなめる。
まるで皇帝の妖精をかばうようなその言葉はその実、嘲笑のかたまりであった。
「この、くさった果実が! 今ここでくびり殺してくれる!」
皇帝の妖精が聖女の妖精にほえる。それを、聖女の妖精は笑って流すだけだ。
いつもから臣下の数に頼りあげくのはてにミッカネンに背をむけた皇帝の妖精は、すでにここでは敗者であった。それが、恐ろしく皇帝の妖精を恐怖させる。
「うーん、いいよ。皇帝チャンを殺す時の顔もマジおもろーだし、ウチが戦ってあげようか」
賢人の妖精が、ちらりと八重歯をのぞかせた。
とたん、大気が重々しくなる。ざわざわと妖精の森が震え、命ももたないのに逃げるように大地の小石が転がりだした。
「っあ……」
皇帝の妖精の心が、屈する。
ここにいるのは皇帝の妖精が未だ従えることのできない力ある者たる妖精。ならば、あれほど大口をたたいておきながらただ戦えば負けるのははっきりしていて。
その絶望の顔に、賢人の妖精は舌をチラチラとさせる。
「ヤバッ、ウチ皇帝チャンの顔でモヨオシちゃったかも。ヤッてもいい? メッチャ楽しいよ!」
天で、星が瞬いた。
とたん、誰もが黙りこむ。
「あらあら、星天さまがお怒りですよ。お痛もそこまでにしておかないと」
聖女の妖精がクスクスと笑う。
「……あーあ、興ざめってヤツ? じゃあ、そろそろウチは愛しの英雄チャンと遊んでくるわ」
賢人の妖精は、つまらなさそうにため息をつくと、森の暗がりに去っていった。気がつけば、聖女の妖精もいなくなっている。
「……くそっ!」
土にうずくまる皇帝の妖精を、夜の星がじっとみつめていた。