【書籍化】人類滅亡寸前ゲーム世界で自分を犠牲に敵を倒してたら、みんなが病んでいた 作:雨雲ばいう
とにかくラディムが、このゲームのプレイヤーキャラがしょげていては困るのだ。
「ラディム、ちょっといいか」
「え、は、え?」
オレは休暇の昼食後にラディムの一室を襲撃する。有無を言わせず、その手を握ってつれだした。
ラディムがこうも落ちこんでいてはオレもおちおちと軍から逃げだすこともできない。ラディムが人類を救うと信じているからこそ、オレは追放を望んだのだ。
休日に労働に駆りたてるなどパワハラの極みだが、しかたがない。
そもそもオレはさっさとオレの功績なんか追いぬくだろうラディムに嫌われることで軍を辞めようと考えていたのだ。ならば今さら気にすることはなかった。
「その、いったいどこに……」
「いや、ほかのパーティメンバーとは顔をあわせたきりになっているだろう。とくにアルハンゼン先生はラボにこもりっきりだからな、もっと親しくなってもらう」
ラディムはそもそも軍務にひたむきだ。パーティの親睦を深めるとか言っておけばなにやら思いつめた顔をしていながらもついてきた。
その瞳は未だ暗いままであるが。
◆◆◆◆◆
「すごいですね、ここ……」
オレとラディムとは、このごろアルハンゼン先生がずっとこもっている地下の巨大な兵器工場にやってきていた。
アグラシュタイン肝いりのプロジェクトである。
軍がこれから妖精の森に攻勢をかけるにあたって、これまでのように王都やそのほかの工業が盛んな街からの鉄道だけでは心細い。
そう考えたあのガンギマリショタはいっそのこと兵器の産地をこのオグダネル城跡にまで運んできてしまおうと言いだしたのだ。
しかも、初めからアルハンゼン先生の作った兵器の生産が考えられている。
軍のかなりのリソースがつぎこまれたここを失えば、さしものアグラシュタインと言えどもその功績は危うくなるであろう。
なにしろ王都の官僚やほかの将軍からの反論をこれまでの戦績で黙らせてこの考えをおしとおしたのはアグラシュタインなのだ。
それほどの一大作戦であった。
あまりにも巨大な生産ラインは未だできあがっていない。あちこちで火花が散り、鉄がつなぎあわされていた。
「ミッカネン、きてくれたのであるか」
ヘルメットをかぶりながら遠くで建設の指揮をとっていたアルハンゼン先生がトテトテと歩みよってくる。
長いつきあいだからこそその顔がわずかに笑っていることに気がついていた。
たぶん、これまでずっと力をそそぎこんできた探求が終わろうとして、その結果を誰かにみせたくてしかたがなかったのだろう。
ここで無数に稼働することになる兵器ラインのために生産管理などについて新たな理論をいくつも組んだと聞いている。
オレの背後から顔をだしたラディムが恐る恐る口をひらいた。
「あ、アルハンゼンさん。お久しぶりです」
「ふむ、どこかで会っただろうか」
アルハンゼン先生が首を傾げる。
ラディムの顔がみるみるうちに沈みこみ、かわりにオレの顔がさっと青くなっていった。なんていうことを口にするんだ、オレはあわあわと唇を震わす。
「冗談、ジョークなのである。その虹彩、顔のキャラスティックポイントの三次座標は記憶している、ラディム・ライオンハーツであると考える」
アルハンゼン先生が眉をピクリともさせずに、すっと手をさしだしてきた。
え、あれが冗談だったのか。
オレはなんとも言えない思いになった。ずっと探求ばかりしてきたアルハンゼン先生はユニークなセンスをもっていると思っていたが、ここまでとは。
パアッと顔をあかるくさせているラディムに、オレは悲しい思いになる。
それでいいのか、君はオレのパーティメンバーに虹彩と顔の座標で記憶されているんだぞ。
アルハンゼン先生がラディムと握手する。
「えっ」
その一瞬で、腕にブスリと針がつきたてられた。
あまりのことにオレも言葉を失っているなか、アルハンゼン先生はラディムからぬきとった血を懐からとりだした機械にかけている。
小さなタイプライターがカタカタと弾きだす巻紙を目にしながら、アルハンゼン先生はうんうんと頷いた。
「ちょうど良いところにきてくれたと考える。未だラディムのデータを記録していなかったことに気がついた時だったのである」
「……」
駄目だ、アルハンゼン先生のもとにつれてきたオレが馬鹿だった。
アルハンゼン先生の頭に拳骨を落としながら、オレは泣きそうになっているラディムをなだめた。
◆◆◆◆◆
アルハンゼン先生の頭をつかんで下げながらラディムに謝った後、オレたちは兵器工場のなかをみせてもらうことになった。
アルハンゼン先生もちょうど休憩をとろうとしていたそうだ。
「すばらしいであろう、この光景は」
試運転している生産ラインの上では数えきれないほどの工作機械が蠢いていた。パンチ穴をあけた紙のコードを渡すだけで、その後はすべて機械が従うらしい。
つまり、人の手がほとんどなくともこのラインは稼働を続けるのである。
田舎育ちで、王都にやってくるまで鉄道も目にしたことがなかったというラディムは、目を輝かせてアルハンゼン先生の言葉に聞き入っていた。
ゲームではラディムは王都で暮らしていたんじゃなかったか。
ふとそんな疑問が湧いてくるも、考えないことにする。もしかすると軍学校でのことを王都の暮らしと語っていたのかもしれない。
今はそんなことよりもラディムの瞳がふたたび輝いていることのほうが肝心だ。
そもそもオレなどを傷つけたことを気に病まなくともよいのだ、激痛は走りはするが、それだけでオレの魔術はオレを戦わせ続ける。
そんなことよりもラディムが沈んでいることのほうがオレにとって嫌だった。
「そういえば、先日の皇帝の妖精との戦いは聞いている」
「っ」
胸をなでおろすオレの目と鼻の先で、アルハンゼン先生が爆弾を落とした。ラディムがひゅっと息を飲む音がオレの耳まで聞こえてくる。
ラディムの瞳はまた一気に暗くなってしまった。
「ご、ごめんなさい。ボクのせいでミッカネンさんもイスファーナさんも傷つけてしまって……」
「イスファーナのことは気にしなくてよいと考える」
「え」
「ともかくである」
なにやらとんでもないことを耳にしたかのようにラディムが顔をあげる。アルハンゼン先生はそんなラディムをじっとみつめた。
「そもそもあれを気に病むのは実に論理に反していると考える。あれは敵がそういう魔術であっただけであり、罪に思うことはないのである」
「で、でも……!」
「探求も戦地も、やらなければわからないのである。やらずにひきこもっていれば、失敗はしないが負ける。ならば、いかなる時も足を踏みだし戦わなければならぬ」
アルハンゼン先生が静かにほほ笑んだ。
「そもそも若人の手なくてゆらぐほど拙もミッカネンも軽くはないと考える」
オレはほうっとため息をついた。
初め口をひらいた時は失礼ながらいったいどんな地雷を踏みぬきにきたのかと脅えていたのだが、終わってみればなかなかいい言葉である。
探求馬鹿で人の情などすこしもわからないと思っていたアルハンゼン先生も、なかなか熟練の狩人らしく新米を導くことはできたらしい。
オレはアルハンゼン先生を胸のうちで賞賛した。
これなら、禁忌となったイングラシウスのかわりにオレとともにパーティの新米狩人の教育を手伝ってもらってもいいかもしれない。
なにぶん祭壇というオレでも怖じ気つく地雷よりは、すこしばかり言葉がたりないぐらいなんとでもなる気がしていた。
「ところである」
アルハンゼン先生が、ちょっと嬉しそうな口調になった。
「新米の狩人に不条理な言葉をなげかけたイスファーナには罰が求められると考える。それも、とびっきりのやつである」
「え、そんな。イスファーナさんはただ……」
アルハンゼン先生がオレをニコニコしながらみつめる。
「夜のことであるが、ここ一月ほどは考えてもよいのである。ミッカネンならばそう考えてくれると信頼しているのである」
オレはすぐさま首をふって先ほどの考えを吹き飛ばした。こいつ、ただベッドを独り占めしたいだけだ。